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業火 01


 痛む身体へ鞭打ち、扉をぶち破って建物へと入る。

 途中でヴィオレッタと合流した僕等が向かったのは、聖都カンドローナ最深層に在る、無数に建つ建造物の一つ。

 手近にあったそこへ突入するなり僕等は、そこで息を呑む光景を見る破目になった。



「じ、冗談ではないぞ。よもやこれが全部そうなのか」



 間もなく上の階層から降りてくるであろう、聖堂国兵士から逃げることよりも優先し、深層の建物内を探る。

 その中へ入るなり見た光景に、ヴィオレッタは口をポカンと開け、信じたくはないとばかりに呟く。



「……本当に、冗談で済めばどれだけ幸いか」



 僕等の前に現れたのは、入った建物の天井や壁面を埋め尽くさんばかりに、無数に付着した半透明の球体。

 それがいったい何であるのか、言わずとも二人は理解したようだ。


 人として行う普通の食事だけでは、自身の眷属を増やすには足りない。

 ハウロネア二世と呼ばれた化け物が人を捕食していた理由は、卵を産むための栄養とするためであった。

 そして一番最初に入った建物がこうであるのだ、おそらく他の建物も同じような状態なのだろう。


 半透明な膜の奥には、うっすらとではあるが鳴動するなにかが見える。

 それが新たに生み出されたハウロネアの分身であるのは言うまでもなく、あれと同種の存在が無数にあるという事実は、僕等を戦慄させるに十分なものであった。



「だが実際目の前にある。どうすればいい?」


「生まれる前に全て焼き尽くすってのが無難だとは思う。けど僕等にはそれほど時間がない……」


「ならどうする。聖堂国の兵が来る前に、減らせるだけ減らすか」


「それじゃ焼け石に水だろうね。こいつらが一斉に孵化したら最後、きっと爆発的に数を増やしていく」



 いったいどれだけな数の卵があるとも知れない。

 レオは息を呑みつつも、この危険な存在を僅かでも駆除しようと考えたようだが、僕等も生きてここを脱出しなくてはならなかった。


 後でここへ駆けつけた聖堂国の軍人に期待しようかと思うも、連中にとってこれは聖獣という扱い。駆除をしてはくれないだろう。

 だが一旦生まれれば最後、この聖都カンドローナに暮らす人間はその多くが、というよりもことごとくが餌となってしまう。


 まさにこの都市そのものが、化け物の揺り籠であり餌場。

 餌が尽きれば同族同士の共食いに発展するだろうが、それよりも先に他の都市へと波及するはず。

 そうして聖堂国内を覆い尽くし、いずれは国境を越え同盟を含め他国に及ぶ。一種のパンデミックだ。



 ハウロネアと同水準の強さかは不明だが、卵の内に駆除しなくては近いうちに無数に生まれる。

 だがそれらを虱潰しにする時間はない、駆けつけた聖堂国兵士によって僕らが取り囲まれてしまうからだ。


 三人とも満身創痍な状態では、包囲され速攻で捕らえられてしまう。

 教皇が居なくなっていると知られれば、おそらく極刑は免れぬため、今すぐにでも脱出する必要があった。しかしこれを放ってはおけない。

 ならばどうするかと、思考を必死で回そうとするも、直後にエイダからは通信が届いているという知らせたされた。



『慌ただしいところ申し訳ないね』



 僕がそれを繋げるかどうかを告げる前に、エイダは強制的に接続。

 頭へ響いて来たのは、僕へ今回の任務を伝えてきた人物、ヴィオレッタの父親でもあり地球の軍に属するホムラであった。

 強制的に繋げさせたあたり、よほど切羽詰った事態であるらしい。



「本当ですよ。今はかなり立て込んでいます」


『ああ、知っているよ。君のAIからリアルタイムでおおよその内容を聞いている』


「では今直面している状況も?」



 これまでもそうであったが、エイダはつぶさに状況を報告し続けていたようだ。

 それによって非常事態であると判断した彼は、すぐさまこちらと連絡を取ったのだろう。

 元々が軍からの命令で行った作戦、こちらからは見えないが、きっと彼の近くには軍で要職に着く他の人間も居るはずだ。



『完全なものとは言い難いが、AIからデータは受け取った。随分と凶悪な代物を創りだしてくれたものだ、実におぞましい』


「そいつの卵が、数えきれないほど目の前にありますよ。いつ孵化するかは、……正直わかりませんね」


『では今のうちに全て焼却するというのが、最も確実だろうな。増えてから対処していたのでは、根絶やしにするのは困難を極める』



 直接その威容を目にはしていなくとも、送られたデータから早急な駆除を要すると判断したようだ。

 特に単独での繁殖を行えるというのが、より危険性を際立たせているのだと思う。


 ただ僕等には、ここで悠長に駆除して回る余裕はない。

 そのことを伝えると、彼は理解しているとばかりに、最も確実性が高いであろう手を提示してきた。



『確実な手段はある。現在当該宙域へ展開している部隊より無人機を降下、都市カンドローナ中枢へ攻撃を行う』


「ここへ爆撃を行うということですか……?」


『君と相対した存在がどの程度かはよく知らない。しかし携行火器で仕留められたのだ、航空戦力を用いた攻撃であれば、確実に仕留めるのは容易だ』



 確かにそれであれば、間違いなくこの最深層そのものを焼き払えるはず。

 だだっ広い空間であるとは言え、それはあくまでも地上に立つ人の目線から見てのもの。

 炸薬を満載した弾頭の一つでも放り込めば、易々とこの階層一つを焼き尽くしてしまえる。


 しかしこれには一つ問題もある。

 それをすれば間違いなく階層間を支える柱まで崩壊してしまい、どうしたところで都市全体へ被害が及んでしまうというという点だ。

 いやそれ以前に、都市そのものが一瞬にして消滅してしまう。



「そんな事をすれば、この都市に暮らす住民が……」


『全滅は免れないだろうな。だがそれはこのまま放置していても同じであろう?』



 口振りからすると、階層一つを燃やし尽くすというだけで終わらす気はないらしい。

 より確実に駆除するために、都市そのものを吹き飛ばす威力の代物を投入する。そう言わしめる力強い言葉だった。

 結果聖都カンドローナの住民が全滅すると理解はしているようだが、この決断を行わなかった場合、向かえる結末は同じものであると告げられる。


 地球の軍によって爆撃され全滅するか、あるいは繁殖した異形によって喰われ全滅するか。

 この都市に残された道は、このどちらかしか存在しないということだ。



『だが実際、一般的には道義に悖る行為と言われかねないのは事実。故に上は"決断を君に委ねる"、とのことだ。こちらでは状況を完全に把握しきれないせいもある』


「それって単純に、責任を僕に押し付けようとしているだけでは?」


『包み隠さず言ってしまえば。現状君が居る惑星の存在は公にされていないため、地球に住む大多数は存在すら知らない。故に何が起きようと秘匿するのは容易だ。ただ後々になってもしバレた時、根掘り葉掘り責任追及の嵐に晒されたくはないということさ』



 ハッキリと言ってくれるものだ。

 どうしてこのような決断を、軍に協力しているとはいえ一介の民間人に過ぎない僕へ振るのか。

 その理由は至極単純で、いずれこれが公となった時に現地の協力者が必要と断じたとすれば、糾弾を完全に躱せるということはなくとも、多少なりと回避の余地もあるということだ。


 実に面白くない話ではある。

 ただ延々と向こうで議論をされていても埒が明かず、こちらとしてもあまり時間は残されていない。

 決定権が振られたというのは、ある意味で僅かな救いかであると言えた。



『もちろんその時には、君の名は出ないよ。そもそも既に死亡した扱いなのだから、いくらでも偽装が利く』



 相変わらずの悪辣さを口にするホムラ大佐。


 いくら敵国と言えど、それだけの決断をするのは流石に躊躇する。

 そこで救いを求めるべく、レオとヴィオレッタへ視線を向ける。

 見れば彼との通信を行っているというのを、二人は既に理解していたようで、ただ黙って待機していた。

 その二人へと、今した話を伝える。するとヴィオレッタは僕の手を取り、軽く身体を寄せて囁く。



「ならばその責、私も背負えばいいだけのことだ。簡単な話だろう?」


「これまで散々人を屠っておいて今更だけど、これは都市一つを滅ぼしてしまうものだ。今までとは比べ物にならないほど背負う業は大きい」


「では問うが、私はお前にとっての何だ?」


「……嫁さんだよ。そして相棒の一人だ」


「正解、だからこそ二人で分ける。他に選択肢がない以上、私にできるのはお前の背へ手を当てるくらいのものだ」



 こう言う他ないのはわかっている。今すぐここへ爆撃を行い、全てを焼き尽くしてくれと。

 推定で十数万を越える住民の、ほとんどを焼き尽くしてしまう言葉。選択の余地が無いとは言え、口にするのは憚られる。


 僕自身は博愛や人道主義といった、人によって重要視するであろうことと無縁の性格であると自認している。

 だが流石にこの規模ともなれば、流石に重いものを感じずにはいられない。

 その重みを、ヴィオレッタは支えてくれようと言うのだ。

 聖堂国兵士の手が迫りつつあり、重大な決断を支えようという割には穏やかなヴィオレッタの表情に、僕は内に詰まっていく澱みが晴れていくのを感じる。

 ただそうして手を貸そうとしてくれるのは、なにも彼女だけではないようであった。



「俺は仲間外れなのか?」


「まさか、君も支えてくれるって言うつもりかい」


「当然。俺も自負していたつもりなんだがな、アルの相棒だと」



 彼はそう言って近寄り、僕の肩へソッと手を置く。

 グッと軽くなっていく。背負うものは変わらずとも、支えてくれるという意思だけでどれだけ気が楽であるか。

 僕はそんな二人に感謝しつつ、繋がったままの通信へと再び意識を向ける。



『腹は括ったかな?』


「ええ、後押しもされましたからね」


『無人機の発進体勢は整いつつある。国を丸ごと吹き飛ばすよりは、多少なりとマシだろう』



 もしここで爆撃を行わず野放しとなった場合、今度は聖堂国そのものを吹き飛ばすということになるらしい。

 いずれは地球の軍も降下し拠点を構築するため、ああいった危険生物の存在は看過できないということのようであった。

 つまりどちらにせよ、この聖都カンドローナに未来はない。

 ここだけを消滅させられるか、国土丸ごと吹き飛ばされるかのどちらかだ。



「……投下をお願いします。ここでアレを放置してしまえば、より酷い事態になるはずですから」


『ならば急いで脱出したまえ。タイムリミットは今より一時間、その時点で状況の如何を問わず投下を行う。既に君のAIが、町の外で拾うべく飛行艇を動かしているはずだ』



 意を決し、僕はそれがすぐさま必要であると告げた。

 建物内の壁面や天井に張り付いた無数の卵は、その多くが鳴動し誕生の時を待つ姿がうっすらと透けて見える。

 一つ一つもかなり大きい。ハウロネアと同等とは言わないが、それに迫る大きさで生まれてくるようだ。


 どうしてこうも重大な決定をこちらに任せてしまえるのか。

 そういった文句はあるものの、今はこいつを早々に滅するのが最優先。

 僕はホムラ大佐の言葉に無言のまま頷くと、二人と共に急ぎ最深層の脱出を試みるべく駆け出した。



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