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深層の異形 09


 このまま数瞬待てば、照射され溜まった熱が限界を迎え爆発を引き起こす。

 だがヤツの遺伝子へ混じり込んだ野生動物の本能が、肌に感じた熱を危険と判断したのだろうか。すかさず横っ飛びに回避行動を取った。


 だが腕輪の装置を起動させ、思考速度と瞬発力を強化。ヤツの動きを追い銃口を向ける。

 回避しようとするハウロネアの動きよりも、手元を僅かに動かすだけで広く追えるこちらの方が若干有利。

 準備をするためというのもあるが、このためにわざわざ遮蔽物の無いここを選んだのだ。


 センサーをフル回転させ、ハウロネアの動きをエイダが演算。僕は細かく腕を動かし奴へ照準を合わせ続ける。

 赤い光を当て続けられた箇所は徐々に熱を持ち、もう少しで爆発へ至ろうかという時。

 上昇していく熱量に状況を察知したか、その大元である僕を先に仕留めるべく、回避の動きから攻撃へ転じた。



<警告。爆発が生じるまで0.8秒、接近される方が早いです>



 強化され高速化した思考の中、エイダからされたのは舌打ちしたくなる状況。

 あとほんの少し、ほんの数瞬ヤツの判断が遅れていれば、こちらの勝ちを確信できたというのに。


 このまま接近されてしまえば、碌な近接武器を持たぬこちらに勝ち目はない。

 そのため仕方なしに照準の安定を捨て、大きく後方へ飛び退こうとするのだが、熱線に晒されている極限状態で、ハウロネアは動きに不規則なものを織り交ぜてくる。

 ここで回避しようものなら、すぐさま照準から離れてやると言わんばかりだ。


 いくらこちらの反応速度が向上しているとはいえ、一度大きく狂った狙いを再度つけるのは難しい。

 ならばこのまま耐える他ない。だがヤツは迫りつつある、いったいどうやって……。



「これで終わリダよ。残ネン、だッタネ」



 瞬時にするべき判断が遅れ、無意識のうちに身体は硬直する。

 その間にもなお接近を続けたハウロネアは、身体を焼かれゆくせいか強く雑音めいたものが混じる声を発した。

 粘り気すら帯びたヤツの声。狂気の帯びたそれがすぐ間近で響くような気がした僕は、全身が粟立つのを感じ思考は白化する。


 やはり間に合わない。そう確信する僕であったが、必死の抵抗をするべく手にした武器を振り回そうとするも、突如ヤツの動きが止まるのに気付く。

 いったいどうしてと思うも、その理由はすぐさま定かとなる。

 ハウロネアの固くも細い胴の真ん中から、淡く赤い色が漏れていたからだ。

 それは僕が先ほどヴィオレッタへ投げ渡したナイフ。ヤツの体表を穿てる数少ない武器であるそれが、深々と刺さり貫いていた。



「ヴィオレッ……」



 一旦は突破を許すも、再度追いつきこちらの加勢をしてくれた。

 そう考え名を口にしようとするも、すぐさまそれはおかしいと思い至る。

 ヴィオレッタは常人よりは遥かに高い実力を持つが、身体能力はあくまでも人として常識の範疇内に収まる。

 たったこれだけの時間で追いつけるかと言えば、首を横に振らざるをえない。


 直後ハウロネアの陰から僅かに見えたのは、銀色の髪を持ち筋肉質な肌を血で赤く染めた男の姿。

 それはヴィオレッタへ渡した武器を、いつの間にかその手に受け渡されていたレオ。

 彼はハウロネアの背後から、唖然とする僕へ鋭く叫んだ。



「撃て、アル!」



 レオの発した声にハッとし、僕は戻していた引き鉄へ再度力を込める。

 不可視の熱線はハウロネアの頭を捉え、再びジワリと赤く染めていく。


 おそらく全力で力を振り絞っているであろう、ナイフを刺したままハウロネアの胴へしがみ付くレオは、逃げられぬようその身を繋ぎ止め続ける。

 だがこのまま爆発を引き起こせば、きっとレオも無事では済まない。

 それをわかってもなお僕に撃てと、討てと言っているのだ。



「貴サマ、死ヌツもりカ!」


「さて、どうだかな……。俺が化け物と心中するか、試してみるとしよう」



 流石にこの状況は看過できぬか、動揺を見せるハウロネア。そしてしがみ付き続けるレオ。

 レオを巻き込む可能性は著しく高いが、こうなればもう攻撃を継続する他ない。


 ここでレオがしがみ付くのを止めれば、きっと彼はハウロネアに斬られる。

 逆に僕が躊躇えば、やはりレオはヤツの持つ鎌の餌食となってしまう。

 僕に出来るのは、レオが爆発の寸前で回避行動を取ると信じ、彼の言う通り攻撃を行うのみ。

 意を決し僅かに距離を取って引き鉄を引き続け、彼へと聞こえる声で口を開く。



「信じてるよ、レオ。君は化け物と同じ墓に入るような人間じゃないって」



 発した言葉を聞くなり、ニカリと口元を歪ませるレオ。

 彼のした表情こそが了承の合図と判断し、引き鉄へかけた指へとさらに力を込めた。


 照射された熱線は対象を鮮やかに染めていき、赤とも白ともつかぬ色へと変わる。

 その光を頭部へ受けるハウロネアは、自身が焼かれていくのを認識したか、既に失いつつあるであろう目をギョロリと僕へ向けた。


 その瞬間、轟音を立て生じる振動。

 ハウロネアを焼き尽くす爆炎は、階層を貫く縦穴へ吹く風に引き込まれ昇っていく。

 これらが猛烈な勢いで砂埃を巻き上げ、視界は一瞬にして奪われる。

 瞼を閉じ自身も地面へと伏せて耐え、暫くしてそれも収まったところでようやく顔を上げると、視線の先には黒い塊が映った。



「レオ……? いや、違う」



 両手両足を持つ人型のそれは、黒く煙を吐き横たわる。

 まさかレオの変わり果てた姿かと思うも、よくよく見ればそいつの形は少しばかり歪。

 身体を起こし近寄ってみると、それが身体の大部分を炭化させたハウロネアであることが知れた。


 レオを探し周囲を窺ってみれば、砂埃の晴れた先で、地面へ突っ伏し倒れた彼の姿を見つける。

 身体からは多くの血を流してはいるが、なんとか手を付き起き上がると、再びニカリと笑んで自身の無事を示した。



「悪いな、お前の武器、失ってしまった」


「……構わないさ。元々そう使う機会は多くないんだ」



 ヨロヨロと立ち上がったレオは、近づくなり空となった自身の手を差し出し謝罪を口にした。

 爆発が起こったその瞬間、僕の目に見えたのは引き抜いたナイフをハウロネアの背へ奔らせ、外骨格の一部を剥ぎ取ったレオの姿。

 直接熱線を食らったヤツはともかく、そこから生じた爆発であれば、辛うじてその外骨格を盾にし衝撃を防げたようだ。


 だからと言って無事で済むはずはなく、レオの腕は骨を折ってしまったのか、片方が見るも無残に垂れ下がっている。

 その時に衝撃で武器を手放したため、ナイフは爆発に巻き込まれ失ってしまったようだが、レオがこの程度で済んだだけ御の字。

 元来の丈夫さに救われたようだが、僕は長年の戦友を失わずに済んだようであった。



「クハハ、マサカコンナ所デ倒レルトハネ」



 互いに生存を喜び合う僕とレオ。だが背を叩き合う僕等の耳へ届いたのは、神経を張り詰めさせる声。

 驚き背後へと振り返ると、そこには黒焦げとなった身体ながらも、僅かに振るえ声を発するハウロネア。

 既に虫の息であるヤツだが、まだその生を完全には停止していないようであった。



「……まだやるつもりか?」


「マサカ。頑強ニ作ラレタボクデモ、コレダケ損壊スレバモウ無理サ」



 気道をやられているためか、声もまた原型を留めてはおらず弱々しい。

 だが思いのほかハッキリとした声で話すヤツは、含み笑いをしつつ自身には既に戦いを行う力が残されていないと認めた。


 それはいい。いくらなんでもあの状態から起き上がり、戦いに臨んでくるような存在であれば、流石に僕等も逃げ出す。

 ただずっと狂気を表に出していたにしては、やけに諦めがいいように思えてならない。



「サゾ美味カッタロウニ。喰イ損ネタ」


「悪いが大人しく餌になってやる趣味はないんでね。抵抗ぐらいする」


「本当ニ残念ダ。"ボクガ"オ前タチヲ喰ウツモリダッタノニ」



 既に腕一本すら動かせぬヤツは、捕食者としての業か、僕等をなおも餌とし未練を述べていく。

 その尊大さは聖堂国の教皇としての名残りを残しており、倒れてもなおこちらを見下ろすかのようだ。

 だが既に人を食う化け物と化し、命を終えようとしている輩。遺言を聞いてやる義理もない。

 僕は身に着けた剣の一本を抜くと、ハウロネアへ近づき片手で剣を振り上げる。



「これ以上話を聞いてやる気はない。兵器として生まれた不幸を呪うといい」



 そう言って剣を振りおろすと、外骨格を失ったヤツの胸へ突き立てる。

 武器を防いでいた表皮を失ったそいつの身体は、想像していた以上に脆く崩れ、体格の割に小さな心臓を貫く。

 僅かにビクリと身体を震わせたかと思うと、ハウロネアは以後一切口を開かず、ただ真っ黒な炭の塊として横たわった。



「……帰ろうか。と言っても、追手を撒きながらになるけれど」


「ヴィオレッタと合流してからな。あいつは向こうで伸びているぞ」



 ハウロネアを仕留めると、フラつくレオのもとへ戻り、彼へ肩を貸して元来た道を辿る。

 レオによればヴィオレッタは無事であるものの、疲労や若干の負傷もあって壁に背を預け休んでいるということ。

 話す様子からすると大したことはなさそうだが、迎えに行かねば後々どう言われるかわかったものではないと、僕は苦笑し彼女を迎えに行くことにした。



「それにしても、一人倒すだけでこれだけ苦労をする。あれがもっと増えたとしたら……」


「考えたくはない話だよ。もしそうなったら、流石に僕等の手には余る」



 懐に入れていた丸薬を取り出し、口へと放るレオ。

 痛み止めの作用があるそれをガリガリと噛み砕きつつ、彼は嘆息しハウロネアのような存在がもっと居たとしたらと、あまり想像したくもない仮定を口にした。


 ただ実際ヤツの言ったことが本当であるとすれば、そういうこともあり得るようだ。

 単独で繁殖をするという、冗談ではない性質を与えられたヤツが、もし自身の眷属を大量に生み出していたらと考えると身の毛もよだつ。

 しかしそこまで考えたところで、ふと僕は足を止めた。



「どうしたんだ?」


「いや、本当にまだ繁殖をしていないんだろうかと思って。ヤツは可能だと言っただけで、まだ行っていないとは一言も」


「考えすぎじゃないのか? ……というよりも、考えたくはないが」


「それに確か僕等へこう言ったはずだ、"卵を生む為の栄養にしてあげる"って」



 頭をよぎった嫌な考えに、足を止めたままで自身へ言い聞かせるように口にしていく。

 聖堂国のトップである神殿の教皇ともなれば、一般の国民が飢えているとはいえ、相応の食事は供するされていたはず。

 人前に出る機会は少ないとはいえ、国の頂点へ据わる教皇が貧相では話にならないからだ。


 もしハウロネアがあの身体を維持するのに、人を捕食せねばならぬというのであれば、本来あの技術者が行っていたクローン製造の趣旨から外れる。

 なにせ大元の開拓船団は食料供給に難があり、最小限の補給で動ける兵士を生み出すという趣旨の研究が、そもそもの起こりなのだから。


 ヤツは階層間を繋ぐ坑道跡で、人を捕食するという行為に出ていた。それは何故だ。

 僕等へと口にした、卵を産む為の栄養という言葉。それも相まって一つの仮定が思考を埋め尽くし、冷や汗が首筋を伝う。

 もし人を捕食するというのが、眷属を増やすため必要な行為であるとすれば。



『"ボクガ"オ前タチヲ喰ウツモリダッタノニ』



 ハウロネアが最後に言い残した言葉、それが頭の中で幾度となく響く。

 ボク"ガ"というのは、他にそれを成す存在が居るからこそのものだ。



「急ごう。まだ僕等は、逃げ出す訳に行かないかもしれない」



 なんとか歩ける状態のレオと共に、歩を早める。

 想像したことが杞憂であってくれればと思いながらも、僕はハウロネアが思いのほかアッサリ自身の死を受け入れていたことが、強い根拠になると思えてならなかった。



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