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深層の異形 07


 まず最初に仕掛けたのは、隙の少ない動きで斬りつけたレオであった。

 ハウロネアと呼ばれるそいつは、骸となった司祭の男へと覆いかぶさり、顔を赤く染め咀嚼を続けている。

 だが当然ヤツの食事が終わるのを待ってやる義理などない。

 むしろ背を向けたままの居間こそ好機と考えたのだが、レオの握る剣が届こうかというタイミングで、僕は彼に向け大きく叫んだ。



「下がれレオ!」



 その言葉が届いたのか、直進する動きを無理に抑え真横へ跳ねるレオ。

 彼が飛び退いて床へ降りた時、先ほどまで接近せんとしていた場所を見れば、そこには床へ深々と突き刺さる鎌状の腕があった。



「食事の邪魔をされるのは……、不愉快だね」



 ゆらりと立ち上がり、床へ刺さった鎌を引き抜くハウロネア。

 裂けるように大きく開いた口を血で染めたヤツの腕を見れば、その両方が同じく鋭い刃を持っていた。

 右腕だけがそうかと思っていたが、左もまた同じであったようだ。

 強烈な悪寒によって無意識に叫んだのだが、結果それは正しかったらしい。



「まったく、難儀な代物を生み出してくれたもんだ。完全に暴走してるじゃないか」



 間一髪のところで避け息を荒くするレオを横目に、僕は既に死した技術者の男へ悪態衝く。

 開拓船団の意向によってか、それともあの男個人の意志によって作られたのかは不明だが、おそらくこいつだけであろう、異形の怪物として生み出された存在。

 ただどちらにせよ、身内といえる司祭すら捕食してしまうようなヤツである以上、兵器としては著しく駄作であると言っていい。


 ならば排除が容易であるかと問われれば、流石に肯定はし辛い。

 それどころか平静な思考と狂気、それに一瞬だけ垣間見せている高い身体能力を持つという、非常に危険な存在だ。



「お前は兵器として欠陥品だよ。これが他のクローン連中同様に、自我を持たないのならともかく」


「そうかもしれないね。でもボクはこう作ってくれたあの人に、むしろ感謝してもし足りないくらいなんだ。他の役に立たない雑兵と違って、容易に餌を狩る力をくれたんだから」



 おそらくは他のクローン兵を指しているのだろうが、雑兵ときたものだ。

 最初に姿を現した青年型の連中は、統率こそされていたが確かに特別高い能力を持ってはいなかった。

 しかしその後現れた、こいつとほぼ同じ容姿を持つ少年型のクローンは、遥かに高い身体能力を誇り、都市王国ラトリッジの百戦錬磨な兵たちを壊滅せしめた。

 あれは雑兵どころじゃない。この惑星においては、集団として最高水準の戦力であると言っていい。


 それにこいつは"餌"と言った。

 指すのが聖都カンドローナの住民や司祭であるのは、今まさに捕食した光景を見れば明らかだ。



「さしずめこの都市は、お前の餌場といったところか。こうなるともうただの化け物だな」


「化け物だって? 素晴らしいじゃないか。そもそも特別な存在である教皇が、人を越えた力を持つんだから」


「だがそんな見た目じゃ苦労するだろう。もう誰もお前を崇めちゃくれない」


「君は理解していないようだね。むしろ逆だよ、この見た目だからこそボクは神聖な存在として崇められる。あいつはそう作ってくれたんだ」



 思いのほか饒舌に語るハウロネア。

 その言葉に僕は眉を顰めるのだが、ヤツは指の無い腕を高く掲げ、壁の一点を指す。


 そこにかかっていたのは、シャノン聖堂国の国旗に相当する物。

 聖堂国内の都市で度々目にしてきたそれだが、ここまでそう特別気に掛けてはこなかった。

 だが改めて見ると、ハウロネアの発した言葉の意味が理解できる。

 中央に紋章。その左右には蟷螂にも似た生物が描かれているからだ。


 聖堂国からの脱出を計るべく移動をしていた時、シャリアが道中の退屈しのぎとして話してくれたことを思い出す。

 国旗に描かれているのは、聖堂国の国教である神殿によって、聖獣として崇められている空想上の獣であると。

 ハウロネアを作りだした技術者の男は、そういった点と合わせて他の遺伝子を混ぜ込んだようだ。



「なら尚のこと、お前をここで仕留めておかないとな。信仰する対象に食われる人間が可哀想だ」



 グッと持つナイフへ力を込めると、僅かな振動が掌へと伝わり、刀身は淡く赤色を帯びていく。

 最初に僕の頭を裂いた一撃に、司祭を屠った際にした跳躍。そしてレオが寸でのところで回避した攻撃などを見る限り、一瞬の油断が命取りとなりかねない。

 僕は手加減という思考の一切を放り出し、最初から本気で仕留めるべく構えた。



「前に出る、援護は任せた!」



 金属すら容易に切り裂く、本来は工具としての用途を持つナイフ。

 それを構えた僕は、レオとヴィオレッタへ向け叫び一足飛びに距離を詰めた。


 赤い軌跡すら残さぬ速度で繰り出した一撃は、お返しとばかりにハウロネアの前髪を焦がす。

 だがなにも意図してそうしたのではなく、単純に初手で終わらせんと、首を狙ったものが回避されただけ。


 ほぼほぼ全開。長期戦を考慮せず仕掛けた渾身の攻撃であったが、ヤツは反応し間一髪で回避をしたようであった。

 ただこの武器そのものは有効であるようで、続けざまに繰り出した一振りは、受け止めようとした鎌の先を切り飛ばす。



「……危険だね。真っ先に喰わなきゃいけないのはお前か」



 超高温となった刃により切り飛ばされた、自身の手を眺めるハウロネア。

 やつは僅かな焦げ臭を放つそれに舌を這わせると、ギョロリと気味悪く動く胡乱な目を、ジッと僕へ合わせてきた。


 その直後、反撃とばかりに両の鎌を振りかざし迫る。

 辛うじてその攻撃を半身で回避すると、一旦距離を取るべく建物の外へ飛び出た。

 扉のところへ転がったままな司祭の死体へ目を遣ると、そいつは既に随分と体積を減らしている。


 ハウロネアの耳まで裂かれた口は、蟻を彷彿とさせる分かれた大きな歯へ変質しており、あれでズタズタに裂かれ食われたようだ。

 ヤツはあの歯でもって、次は僕を捕食しようという腹積もりなのだろう。



「そいつは勘弁してもらいたいな。死ぬときはちゃんとベッドの上と決めてるんだ、虫に齧られるなんて御免被る」


「虫とは失礼じゃないかい。これこそが支配者の姿、この星を統べる新たな神さ」


「冗談じゃない。お前のような化け物を神扱いするくらいなら、いっそ滅んだ方がマシだ」


「なら大人しく喰われるといい。ボクは単独での繁殖も可能でね、卵を生む為の栄養にしてあげる」



 いったいどうやって上手く言葉を発しているのか、耳のあたりまで裂けた大きな口で流暢に話すハウロネア。

 やつの纏う法衣は下から押し上げられていき、端々が破れ新たに現れた茶色い外骨格の体表を晒していく。

 最初こそ少年然とした外見であったが、今はもうほとんどそれは失われ、人としての名残りすら残されてはいない。


 ハウロネア二世と呼ばれた教皇は、ヤツの言うところの支配者の姿へと変貌しつつ、両の腕を広げ恍惚とした声を漏らす。

 挑発として発した言葉も、自身の力へ陶酔するヤツにはあまり有効でないようだが、僅かな隙くらいは生まれただろうか。

 最深層へ吹き降りる緩やかな風を浴び、ボロボロとなった法衣をはためかせるハウロネアの背後から、音もなく一本の刃が突き出された。



「……クソッ!」



 ヤツの背後から突進したレオによって繰り出された剣の一撃。

 それが届き貫いたかと思うも、直後にレオは悪態を発すると共に大きく飛び退く。



「痒い。痒いんだよ」



 レオの攻撃を食らったはずのハウロネアだが、動じた様子を微塵も見せない。

 それどころかされた攻撃を痒いと言い放ち、嘲笑うように自身の腕を振り回す。

 見ればレオの持っている剣は、血に濡れるどころか中ほどからへし折れており、弾け飛んだ刃によってかレオの頬は血が滲んでいた。


 歴戦の戦士であるレオの剣は、素人同然の兵士が振るうものとは次元が違う。

 戦場では巨大な剣を用いる剛剣使いとして名を馳せているが、それは確かな技術に裏打ちされたものであり、実のところ雑さとは無縁。

 そんな彼が不意を打って仕掛けた攻撃を外すとは考えられない。



「並の刃では通さぬようだな……」


「そうみたいだ。アレだってかなりの上物なはずなんだけど」



 おそらく何がしかの反撃を食らったという訳ではない。ただ単純に、ハウロネアの変質した身体の表皮が高い強度を誇っているのだ。

 金属鎧や甲殻類を思わせるヤツの外骨格は、堅牢さを誇示するかの如く薄明りを受け艶やかに輝く。


 既に人としての外見を捨て去り、全身を甲虫同然と化したヤツの姿。

 ただそれは彫刻を思わせ、剛健さと機能美を合わせたような、一種の美しさすら漂わせているように思えてならなかった。


 ヴィオレッタはその体表に対し、普通の武器では通用せぬと瞬時に悟ったようだ。

 まだ一度も試していないはずなのに、己が持つ短槍を忌々しそうに眺め苦渋を漏らす。



「エイダ、強度の推定をしてくれ。それ次第で攻撃を考え直さなきゃいけなくなる」


<撤退、という手段はないのですか?>


「悪いけどそいつは無しだ。さっきヤツは言ってたろう、単独での繁殖も可能だって。ここで仕留めておかないと、こんなのが際限なく増えてしまう」



 逃げたいのは山々だが、ハウロネアが言っていたように、本当に単独で数を増やせるのであれば非常にマズイ事態。

 もし大挙してこんなのが押し寄せようものなら、聖堂国のみならず同盟領も、そして大陸全土の危機だ。

 そうなれば地球の軍は、こちらを巻き込んででも大規模な空爆を仕掛けてくるかもしれない。

 なにせいずれは降下し、この地へ拠点を構築する腹積もりなのだから。

 ただ戦うにしても、攻撃が通用しなくては話にならない。



<仕方ありませんね。通用するとすれば、攻撃方法は二つです。まずそのナイフ、先ほど見た通り効果的であるのは間違いありません>


「もう一つは?」


<背中に負った物です。流石にあれだけの大火力であれば、あの外骨格も破るのは容易でしょう>



 既に測定は終えていたのか、エイダからはすぐさま確信を持った情報がもたらされる。

 背負った背嚢には、僕が携行できる装備の内最も火力の高い武器、というよりも工具が納められていた。

 本来は航宙船内で隔壁等を破るための代物、手にしたナイフを遥かに超える破壊力のそれであれば、間違いなく効果は現れるとのお墨付きだ。

 ただどちらにせよ地球製の武器を用いる以外には、確実に効果的と言える手段はないようであった。



「どうだ、上手くいきそうか?」


「……すまないヴィオレッタ、ヤツの注意を逸らしてくれ。僕が隙を見て仕留める」


「わかった。私たちの攻撃は効かぬようだが、それくらいであれば」



 ヴィオレッタは僕がエイダとやり取りを終えたのを見計らい、ソッと小声で問う。

 ハウロネアの動きは尋常でなく、切り結びながらでは他のことをする余裕などない。

 ならば注意が他所へ向いた好機、瞬間的に起動し仕留めるというのが無難か。


 咄嗟に立てた策とも言えぬそれを実行するべく、ヴィオレッタへ小さく告げる。

 彼女は頷くなり駆け、ハウロネアの周囲を回るように牽制をかけ始めた。



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