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深層の異形 05


「もう一度聞くよ。一旦仕掛けたらもう後戻りはできない、無茶をする覚悟はいいかい?」


「大丈夫だと言っているだろうに。それに私たちが無茶をするのは毎度のことだ」


「……言われてみればそうだ。なら行こうか」



 薄い外套の下に幾つもの武器を下げ、可能な限りの重装備となって立つのは、第三階層の壁際へ位置する閉鎖区画。

 かつては多くの鉱石を得たであろうそこは、利用されなくなり数十年の時を経ても、埋められることなく放置されていた。

 中は迷路も同然ではあるが、各階層を繋ぐ道となり得るそこがあえて埋められずにいるのは、おそらく膨大と言える手間を嫌ったがため。


 だがその怠惰が今から自身を食い破るのだ。

 これより僕等はここを通り、聖都カンドローナの最深層へ向かう。



「いつでも戦闘が行える準備だけはしておいてくれ、どこでヤツと遭遇しないとも限らない」


「例の馬鹿デカい虫か。出来れば相対したくないものだが……」


「もちろん近接武器だけでね。さすがに銃声がするのはマズイから」



 静かに坑道跡へ足を踏み入れながら、僕は三人並んだ中央に立つヴィオレッタへ注意を促す。

 坑道の探査を始めて二日目、僕とレオはなんとか最深層へのルートを発見した。

 ただ最深層へ抜ける直前、再び得体の知れぬ生物の一部と思われるパーツを発見。

 それも最初に見つけたのよりも、おそらく更に新しいと思われる物であり、まだ生きて彷徨っていると考えるのに足る理由となった。



 最深層へ向かうべく行動へ入った僕等は、慎重に、しかし足早に暗い中を進んでいった。

 一度通った道とは言え、暗い中でいつ襲ってくるとも知れぬ存在への警戒は、ジワジワと精神を削っていく。

 抜けるまで最短でも三十分程だろうか。これでもエイダのマッピングがあったからこそ、なんとか見つけ出せた短い部類のルート。

 まだマシな方であると自身に言い聞かせ、僕は灯した洋灯を前方に向け歩き続ける。



「それにしても、本当に警備が手薄だったのか? 曲がりなりにも神殿の中枢なのだろう」


「僕等が見た限りではね。確かにあまりに人が少なすぎて、拍子抜けしたのは事実だけど……」


「決してお前たちの言葉を信用しないという訳ではないが、俄には信じがたい話だ。聖堂国における教皇の重要性を思えばな」



 坑道内を進んでいると、靴音ばかりが反響する中で、突然に発されたヴィオレッタの疑問。

 今回念のため可能な限りの装備は持って来たが、それが本当に必要であるかは、実のところ疑わしいと思え始めていた。


 というのも昨日僕とレオが最深層へのルートを開拓した時、当然多少の偵察を行ったのだが、その時なぜか警戒らしい警戒がされていなかったのだ。

 もう一つ上の神殿関連施設の階層では、一定数の兵が武器を携行し歩いていた。

 だが最深層には人っ子一人として居らず、兵士どころか神殿の本来なら居るであろう司祭すら見当たらない。

 ただただ静かで大きな神殿の施設が、その階層内へ林立しているばかりであった。



「何かの事情で留守にしていた……、とか」


「神殿の司祭らが軒並みか? それこそ考えられぬであろう」


「そうなんだよな……。考えられるとすれば、実際の神殿中枢は五層にあって、ここに在るのは儀式的な施設のみとかいう可能性だけど」



 昨日一瞬だけ、神殿施設の集中する五層も覗いたが、そちらは多くの司祭や信者たちが行き来していた。

 なので実際国の運営を行うのはそこであり、最深層にはほとんど人が詰めていないという可能性もある。


 しかし教皇が最深層に居るというのは間違いないようだ。

 昨日五層へ隠れた状態で聞き耳を立て辛うじて得たのは、聖堂国内の保養地から帰った教皇が、その日以降一度も最深層から上がってこないという噂話。

 数日に一度ほどの頻度で姿を現していたのが、ここ最近は一切見ないというものであった。



「もし僕等が昨日見聞きした話が本当なら、こちらにとってこれ以上ない好都合だ」


「誰もいない階層に、教皇が一人きりか……。だが好都合も過ぎると逆に不審だぞ」



 これは僕等にとって好機であるのに違いない。

 排除せねばならぬ敵が居らず、居るのはターゲットただ一人なのだから。


 とはいえヴィオレッタが言うように、僕等にとって都合が良すぎるという感はある。

 もしやこちらの存在に向こうがとっくに気付いており、誘い出そうとしているのではという悪い想像が巡る。

 そんな僕とヴィオレッタであったが、後ろを歩くレオが僕等の間に入り並ぶと、重みの無い気楽な調子でその不安を打ち消した。



「行けばわかることだ。もし罠なら、最初の予定通り突破すればいい」


「……それもそうだね。どちらにせよ今更後には引けないんだ」



 かなり無茶苦茶な論法だが、レオの言うようにそれはある程度織り込み済み。

 そのために重武装して来たのだ、肩透かしを食らったら食らったで、運が良かったと思えば済む。



 レオの身も蓋もない言い様に苦笑しつつも、僕等はエイダのガイドに従い坑道を進んでいった。

 上に下にと道を選び、所々崩落しかけている場所を慎重に踏み進んでいき、深度を深めていった場所で一瞬立ち止まる。


 足元を照らしてみれば、そこには半透明の乾いた薄い膜状の物体が。

 おそらく坑道内に居るであろう、巨大な生物が脱皮をした跡。形状は先日見つけた物とほぼ同じ、鎌状の椀部らしき部分の物だ。

 こんな物が綺麗に形を確かに残っているのだ、そう古い物ではないはず。


 洋灯を足元のそれにかざしたまま、視線を前へと向ける。

 先には小さく光と思われる点が。出口はすぐ近くだ。



「なるほど、確かに人っ子一人居ない」



 抜け殻を放置して先へ進むと、数十mほど進んだ先で視界が開ける。

 まだ早い時間であるため陽が傾いているというのもあるが、各階層の中央を貫く巨大な縦穴から差し込む光は薄く、ここが相当に深い位置であることが窺えた。

 そんな場所へと出るなり、ヴィオレッタは小さく率直な感想を口にする。


 幾つもの巨大な建造物が並ぶ光景。

 しかし本来なら人が行き交っているであろう通りは、閑散とし静寂が音となって響くようだ。

 風化の見られぬ建物と相まって、昨日今日まで人の暮らしていた町が、突如ゴーストタウンと化したようにすら思える。



「これだけ出口が近いんだ、おそらくヤツはこの階層にも出ているはず。余程明りが嫌いとかじゃない限りはね」


「あんな大きさの化け物が居れば、騒ぎになってもおかしくはない。だが無人では騒ぎになりようもないか」


「ここを根城としているなら厄介だな……。下手をすれば教皇が餌になっているかもしれない」



 背後の坑道を一瞬振り返った僕は、眉を顰め緊張感を露わとする。

 ここまで痕跡だけは見かけたが、廃坑内では例の生物とは一度として遭遇しなかった。

 出口のすぐ近くに皮が残っていたため、最深層へ出てきていてもおかしくはない。

 ここ数日教皇が姿を現さないという話もあって、嫌な想像が膨らんでしまう。



「直接確かめれば済むだろう。教皇はどこにいるんだ?」


「たぶん、……あそこだろうね」



 レオは先ほどと変わらず平然としたまま、キョロキョロと周囲を見回す。

 敵が出れば斬ればいい、教皇が居れば殴り倒して気絶させ運べばいいという、至極単純な行動に納得しているため、行動はとてもわかりやすい。


 その彼の視線を誘導するべく、僕は階層の一点を指さす。

 指が向いた先には、並ぶ神殿施設の中でも最も大きく、瀟洒な細工が壁面へ彫られた手のかかっているであろう建造物。

 まず間違いなく、あれがこの階層で最も重要な施設のはずだ。

 となれば教皇が住んでいるのもそこである可能性が高い。なにせ教皇という存在は、聖堂国にとって神と同一である、開拓船団から遣わされた使者という扱いなのだから。



「見た感じでは誰もいないけれど、何が起きるかわからない。ここからは一切の休憩はなしだ」


「上等だ。たまには私も実戦をせねば腕が鈍って仕方ない」



 一応万が一を考え、すぐ取り出せるようにしていた武器だが、ここからはその動作をする隙すら惜しい。

 外套の下へ幾つもの武器を下げたハーネスを身に着ける姿を晒し、僕等は各々得意とする武器を手に取った。

 レオは隠せる範疇の大きな剣を、ヴィオレッタは短槍を。そして僕は大振りな短剣を持ち、神殿施設の立ち並ぶ最深層へ踏み入れる。


 ヒンヤリとした空気の漂う最深層。であるにもかかわらず緊張感から額に汗した僕等は、静まり返った中で抜身の武器を手にして歩く。

 そこは昨日見た時のように誰一人として姿を現さず、自分たち三人の足音と身に着けた武器が揺れ、ぶつかる音ばかりが響いていた。



「……エイダ、まさか本当に誰も居ないのか?」


<発生した音のみが判断基準となりますが、現状感知可能な範囲に他の生命体は存在しません>



 小さく、それこそ近くを歩くレオとヴィオレッタにすら聞こえぬ声で、僕は緊張気味にエイダへと問う。

 あまりにも静かすぎる。昨日も同じ光景が広がっていたが、こうして階層の中央へ移動を始めてみると、その静寂が不安感を掻き立てる。

 一切の気配らしきものも感じられないのが、どこか不自然にすら思えてならない。


 だが返ってきたのは、それらしい存在は感知できないというもの。

 現在エイダには衛星の監視もそこそこに、最大感度でセンサーを働かせ、指定範囲内の音を拾うという作業に専念させている。

 大抵は小動物や昆虫くらいは潜んでいる。だがそれすら感知できないというのは、やはり異常と言う他ない。



「……ここだ。準備はいいか」



 妨害を仕掛けてくる者が居らず、こちらの姿を見咎める者も居ない以上、辿り着くのに要する時間は短い。

 早々に最深層中央部付近に建つ、一軒の建造物前に立った僕は、振り返ることもなく二人へ再度覚悟を問うた。


 声には出さぬも、静かに頷いた気配。

 それを察するなり僕は、この国においては貴重な木製の扉へ手を付き、開くべく力を込める。

 だが取っ手を握りしめた僕の頭へと、エイダの鋭い声が響いた。



<呼吸音及び心音を感知。扉の向こうです>



 エイダの声が届くなり、無意識に取ってから手を離し警戒の体勢を取る。

 向こうからは気配らしきものは感じられない。だがエイダがそう言う以上、おそらく間違いではないのだろう。

 すぐ背後の二人もまた、僕の発した空気から扉の向こうに人がいると悟ったか、自身の武器を構える。


 数秒、その体勢を維持するもこれといった反応はない。

 こちらの接近に気付いているか否かは不明だが、今のところあちらから仕掛けてくる気はないようだ。

 そこで意を決して再び取っ手に手を掛けると、思い切ってそれを引き開けた。


 扉を開け放つなり勢いよく飛び込む。

 建物の中へ入って短剣を真っ直ぐに構えつつ、僕は中の様子を確認。

 そこはこれといって部屋ごとを壁で仕切るということをしていない、ただひたすらにだだっ広いだけの空間だった。



「アル、あれを見ろ」


「わかっている。……おそらくあいつがそうだ」



 同じく武器を構え戦闘態勢を維持するレオは、スッと広い空間の中央を指す。

 拾い空間のほぼど真ん中に位置するそこへ居たのは、艶やかに磨かれた床へと大の字となり、仰向けに転がる少年の姿。

 真っ白な法衣、小柄な身体、そして聖堂国民の平均よりずっと色素の薄い肌。

 僕等が目途を付け飛び込んだ建物に居たそいつは、紛れもないシャノン聖堂国の国主であり、教皇として祀り上げられる少年型のクローンであった。



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