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駒と王 06


 流れる薄い雲を呆と眺め、手元では拾った小さな小石を弄ぶ。

 二つのエンジンによって回るプロペラが大きく音を立てるも、その反面機内は静まり返っていた。


 隣で座るヴィオレッタはただ気まずそうに足元を見下ろし、貨物室に居るレオも黙したまま。

 理由はわかっている。昨日からずっと僕の機嫌が思わしくなく、それが空気として伝播してしまっているためだ。

 別段意図してそうしている訳ではないが、開拓船団の技術者である男から聞いた話の影響が、動揺として自然と表に出てしまっていた。

 この辺りは自身の弱さの表れであると思える。



「……そういえばアル、後ろのやつはどうするんだ。いったんラトリッジへ引き返し置いてくるか?」


「いや、このまま進もう。日が経つにつれ、向こうも警戒を強めるはずだ」



 ただそんな重い空気に耐えかねてか、ヴィオレッタは口を開く。

 僕もまた自身の発するそれを打ち払わんと、極力穏やかとなるよう努め、以後の方針を返した。


 ヴィオレッタの言うところの、後ろのヤツという存在。

 それは機体後部の格納庫でレオに見張られている、拘束した少年型のクローンのことであった。

 技術者の男を海へ捨てた僕等は、そのまま沿岸部に在る大規模な神殿施設を襲撃、そこで警戒に当たっていたクローンを捕縛した。

 数体は居るかと思ったのだが、結局見つかったのはたった一体だけ。

 その一体をなんとか生かして捕らえ、逃げるように飛行艇で飛び去ったのだ。



「だが大丈夫なのか。あの状態で数日も放置しては、流石に死ぬかもしれんぞ」


「おそらくは問題ないよ。飢餓には強く創られているはずだし、身体も丈夫そのもの。三日や四日じゃビクともしないさ」


「とはいえ見た目が子供だからな、正直かなり心地悪いのだが……」



 現在拘束したクローン兵は、ラトリッジへ居る間に即席で作ってもらった檻へと放り込んでいる。

 当然武器の全ては取り上げ、腕には鋼鉄製の枷を嵌めた上で足の腱を切っておいたため、抵抗らしい抵抗も出来ようはずがなかった。

 碌に歩けもしないだろうが、地球の軍から指示されたのは"生かして捕らえる"という一点。どうあろうと生きているのであれば問題はない。


 ヴィオレッタの言うように、外見がまだ少年然とした姿であるため、その様子に気が揺れるというのもわからなくはない。

 もっともクローン自体には自我らしい自我すら与えられてはおらず、今も見張りをするレオの前で、表情すら動かさず格子の中でジッと転がっていた。


 そこまで話したところで、再び機内は静まり返る。

 ヴィオレッタも先ほどの話が、なんとか振り絞って出した言葉であったようで、視線が僅かに泳ぎどうしようかと苦悩している様子が見えた。



「……すまない、実のところかなり動揺しているみたいだ」


「構わんさ。ヤツにいったい何を言われたかは知らんが、お前がそれほどまでになるのだ、余程の内容だったのだろう。詳しく聞くのは止めておくが」


「感謝するよ。いずれ、ちゃんと話すから」



 だがこのまま気まずい状態で行くのに耐えられぬのは僕もまた同じ。

 そこで自ら切り出し謝罪を口にすると、ヴィオレッタはホッとしたように身体を弛緩させる。

 我ながら相当に狼狽えていたようだが、とりあえずこの件は後回しだ。

 ヴィオレッタに話していいかどうかも悩むところだが、これもまたラトリッジへ帰ってから、その時に改めて考えるとしよう。



「それで、次に向かうのは聖堂国の首都か。よもやこのまま乗り込むわけにはいかんぞ」


「一旦海へ降りよう。そこから陸路で向かおうと思う」



 安堵したヴィオレッタは、そのまま今後の予定についてを切り出す。

 軍から下された命令は、まず技術者の男を拘束し、情報を引き出せぬようであれば始末をするというのが一つ。

 そして少年型のクローンを生かしたまま捕らえることなど、指示されたのは幾つかあるが、ここまででそれらは消化した。

 残る一つは、聖堂国の首都に在る神殿の総本山を攻撃し、教皇を奪取すること。



「ただ南岸の海域は潮流が早い、海も荒れがちだしそこに係留するのは不安だ」


「では一旦飛行艇だけ戻すのは? 勝手に操縦してくれるのであろう」


「その手もあるけれど、燃料がね……。今もラトリッジで生産は続けているけれど、今回ほとんどを持ってきてしまったからさ」



 シャノン聖堂国の首都カンドローナ。聖都などとも呼ばれるそこは、この国において最大の都市だ。

 元々が鉱山跡地であったそこは、聖堂国の気候等の問題により主要な施設の多くは地下に建造されており、当然破壊対象となる神殿総本山もそこに在る。

 故に衛星からは情報が得られず、僕らは都市へ潜入以後、手探りで攻撃の計画を立てる必要があった。当然飛行艇に乗せた機関砲など、地下の建造物に通用するわけもない。


 それらを終えるまで最低でも数日は要するだろうし、その間無駄に飛び回れもしない。

 燃料はある程度持って来たけれど、確保できたのは乗せているだけで全部。いったんラトリッジへ戻っていられるだけの量ではなかった。



「南部沿岸の少し西へ行った場所に、小さな入り江になっている場所がある。そこへ停めようと思う」


「発見される恐れはないのか?」


「一応町らしきものは見当たらない。もちろん地下に在るっていう可能性はあるけれど、その時は諦めて他を探さないと」



 前もってエイダは、飛行艇を係留する場所の候補を選定してくれていた。

 とりあえず人家らしみものは見られず、一見して地下に建造された都市への入り口と思われる構造物もなし。

 そのためここが一番安全と考えられるも、見落としがある可能性も捨てきれず、断定するだけの確証は得られていなかった。

 なので直にこの目で見る他ない。



「そこから一番近くの町へ移動して、まずは移動手段を手に入れる」


「お前たち二人が話していた、例の妙な生物とやらだな」


「そうだ。金は持ち物を売れば手に入るけれど、いっそ物々交換の方が楽かもね」



 食料はしっかりと飛行艇に積み込んでいる。

 あとは首都であるカンドローナまでの移動手段だが、前回シャリアに用意してもらった、砂漠を進むあの生物が手に入れば言うことはなかった。

 その費用は持って来た荷物を不審に思われない範疇で売れば、十分な額が手に入るはずだが、食糧難という事情を鑑みれば、そのまま保存食の類を渡した方が喜ばれるかもしれない。



「接舷は念のため夜間に行う。それまでは……」


「昼寝でもして英気を養うとするか?」


「なかなか良案だ。たった一日の休息じゃ、回復もなにもあったもんじゃない」



 そう言うと僕はエイダへと、適当な海面に飛行艇を降ろすよう指示する。

 まだ時刻は午前で陽が高い。目的とする入り江に係留する時間までは燃料を節約し、こちらも身体を休めることとした。

 なにせラトリッジで摂った一日だけの休みでは、聖堂国へ入り共和国を経由した行程の疲労が、抜けるはずもなかったためだ。

 今も実際には身体が悲鳴を上げ、ともすれば操縦桿を握ったまま眠りそうになってしまう。



 ゆっくりと洋上を降下していき、鈍い衝撃を伴って着水。

 そこでようやく息をついた僕とヴィオレッタは、休む前に一度様子を見るべく、機体後部の格納庫への扉を開いた。



「レオ、様子はどうだ?」


「退屈そのものだな。まだ壁の染みを数えている方がマシだ」



 格納庫へと入り、拘束した少年型クローンの見張りをするレオへ飲み物を渡す。

 そこで尋ねた言葉に返されたのは、ウンザリだと言わんばかりな、なんとも辟易とした声であった。


 見れば椅子へ腰かけ監視をするレオへ、簡素ながら丈夫な檻へ閉じ込められた少年型クローンは、ジッと無言のまま瞳を向け続けている。

 だがその瞳には生命の色らしきものが感じられず、生きているのか死んでいるのか、それすら定かでないと思わせる空気を纏っていた。



「やっぱり何も反応はないか」


「まったくな。文句の一つでも言ってくれた方が、まだ気が楽だ」


「仕方がないよ。こいつらはそういう風に作られていないんだから」



 もし万が一舌でも噛まれては困るため、一応猿轡はしてある。

 だがそのような選択が最初から無いかの如く、檻の中に居るそいつは胡乱な瞳を向けるばかりで、一切の反応すらせず沈黙したままであった。


 こいつとその同類相手に、ここまで幾度か刃を交えてきた。

 ただ見たところ確かに意志というものが存在していないようで、これでは本当に与えられた命令を実行するばかりの人形だ。

 そういえば技術者の男は、教皇だけは僅かに自我を与えたが、それ以外には一切与えていないと言っていたのだったか。

 そう思えば多少不憫であると、僕は自我すら持たぬそいつへ一抹の同情めいた感情を抱く。



「あいつらとは……、違うんだな」


「ああ、彼らはちゃんと全員が意志を持っていた。こいつらとは違う」



 僕の発した言葉でしばし格納庫に沈黙が流れるも、レオはかぶりを振って少年型のクローンを眺め、小さく確認するように呟いた。


 レオが言わんとしているあいつらというのは、彼の同胞である者たちのことだろう。

 全員が孤児で身寄りがないのを利用し、人体強化を行う薬物の実験対象とされてしまった、No.001から050とナンバリングされた被験者たち。

 そのNo.002であるレオ、そして050であるラトリッジで待つリアーナ。今ではこの二人だけとなってしまったが、死した者たちは全員薄くも個別の自我をしっかりと持っていた。


 共に人工的に手を加えられた存在だけに、レオからすれば他人事とは思えないようだ。

 自身をダブらせたのか、ともすれば同じ道を辿っていたのかもしれないと口にする。



「なあアル、こいつと今から捕まえに行く教皇、いったいこれからどうなるんだ」


「……僕にはわからない。でも碌な目には遭わないと思う」


「捕まえて、引き渡さないという選択は?」


「ないよ。もう既にこいつを捕まえたという報告はした。それに僕はわざとそんな事をして、地球の軍に抵抗するような無謀は冒したくない」



 別に情が沸いたという訳ではないだろうが、レオはどうもこいつを引き渡すのを渋っているようだ。

 人格らしき物を持たぬ存在とわかってはいつつも、外見が少年然としているだけに、そうするのは多少の抵抗があると見える。

 だがこれが軍から下された命令である以上、わざとそのような真似をすれば厳罰の対象となりかねない。



「悪いけどそこは諦めてくれ。……ここは僕が見張っておくから、二人は今のうちに休んで」


「……わかった」



 話を切り替え、二人へとこの僅かな時間を休息に当てるよう促す。

 ヴィオレッタは大人しく頷き、レオは不承不承ながら手近な床へ布を敷いて横になった。


 僕は先ほどまでレオが座っていた椅子へ腰かけ、真っ直ぐに少年の姿をしたそいつを凝視する。

 返される視線には感情の色が見られず、深く黒い瞳は腰かける僕をただただ映していた。



「お前に言ってもわからないだろうけれど、僕はこう見えて小さな国の王様なんだよ」



 レオとヴィオレッタが眠りについたのを確認すると、僕は小さくそいつへ語りかける。

 半ば独白にも近い声量ではあるが、どちらにせよ反応が返されることはない、聞こえていなくても問題はないだろう。



「でも今やってるのは、人を捕まえて地球の軍に引き渡す作業。これじゃただの小間使いだ」


「……」


「いや、ただの人攫いかな。お前を引き渡す相手こそが、本当の仇であるかもしれないってのに」



 言葉は理解しているかもしれないが、決して反応など期待してはいない。

 それでも僕は内に隠していた、新たに生じた疑念を表に出しながら、自嘲気味に笑う。

 小間使いなのか、ただの駒なのか。どちらにせよ僕がこの地で得た地位に対して、それは随分と軽いものであると思えてならなかった。



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