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駒と王 05


 回転し空気を撹拌するプロペラの音と、翼を経由して機体へ伝わる振動。

 それらが響く飛行艇後部の貨物室で、一対一となり技術者の男と向かい合った僕は、ジッと突き刺すように男を見下ろす。



「これだけ聞いても話してはくれないか」


「知らぬものは答えようがない。ワシがどれだけこの地に居たと思っている」


「……だよな。わかってはいたんだけど」



 尋問を開始してしばし、男はこちらの問いに対し落ち着いた様子で、答えられることなど一切ないと断じた。


 問うた内容は、男の属する"開拓船団独立共和国"が、現在どのような状況であるかというもの。

 研究の進捗状況などで、定期的にあちらと連絡くらいは取っているだろうと思ったのだが、どうやら男は開拓船団に家族も居ないらしく、必要以上のことを話してはいないと言う。

 つまりこの男、根っからの技術者というか研究者であり、その対象外な事柄には基本関心がないようだ。


 別段嘘をついている素振りは見られない。

 なので本当にあちらのことに感心が無く、この惑星へ来て以降の知識を持たないようであった。



「用は済んだか? ならさっさと殺すがいい、最初からそのつもりなのだろう」


「ああ、ちゃんとそうしてやるよ。言われずともね。だがどうしてそう思った?」



 もう話すことはないとばかりに、男は自身の喉元へ親指を当て、スッと横へと移動させた。


 軍から受けた指令は、何も情報が引き出せない場合は始末しろというもの。

 僕の判断でそれを行っていいものかと思うものの、生かしておくよりは面倒がないと考えたためなのだろう。

 受けた内容を反芻して考える限り、された指示の中ではこの男に関するものが最も重要性が低い。

 おそらく端から、大した情報を引き出せるなどと期待していないのだ。


 きっと当人もそう理解しているからこそ、このような言動が飛び出すのだとは思う。

 ただそれだけが理由とは思えず、僕は適当な木箱へと腰かけ問う。



「ワシは人を好かん、何を考えているかわからないからな。しかし流石に自身へ向けられた悪意くらいは察するものだ」


「……僕がそうしていたと?」


「気付かないとでも思ったか。お前は最初に顔を合わせた時からずっと、ワシに対し殺意を向けていた。余裕そうな表情の下で、静かに、暗くだ」



 吐き捨てるように告げる男の言葉に、僕は言葉を詰まらせる。

 男が言った内容。それは密かに抱き続けた感情であり、決して否定出来ぬものであったから。

 自分としては上手く抑えているつもりだったが、あまり社交性があるとは言えぬこいつにすら、実のところ見破られていたようだ。



「当然だろう。お前が製造したクローンのせいで、こっちは随分と被害を被ったからな」


「そいつは大変だ。さぞや多く死んだと見える」


「快活だったルオーノ、皮肉屋だが根は優しいカサンドラ、戦場に酒を持ち込もうとして怒られていたデトリア。密かに僕を憎んでいても、それを押し殺し力を貸してくれたジェスタ。皆長い付き合いだったが、開拓船団による企みのせいで失った」


「軍人が戦場へ行き死んだ、それをこっちのせいにされては困るな。だがそれだけとは思えん、他にもあるだろう?」



 先ほど船の中であったやり取りの意趣返しだろうか。挑発するように、口を開く男はニタリと口元を歪めた。


 ヤツは確信を持って言っている。僕が仲間を失ったということ以外、もっと根本の部分に恨みを抱える理由があると。

 こいつが製造したクローンのおかげで、多くの仲間を失ったというのは十分恨むに足る理由。それが例え戦場の出来事であったとしても。

 だがこいつの言うように、それがなくても僕はこいつを、というよりもこいつの属す開拓船団への恨みを、長年密かに抱き続けていた。



「……失ったのは仲間や部下だけじゃない。実を言うと家族もそうでね」



 折角だ、手向け代わりに話してやってもいいか。

 大きく息を吐くと、男へ僕自身の生い立ちについてを多少話してやる事にした。


 そもそも僕がこの惑星へ来たのは、入植した星を開拓船団独立共和国の侵攻によって追われたため。

 偶然港に残っていた無人の商船へ、家族や見知らぬ人たちと共に乗り込み、命からがら脱出したところで、開拓船団の追手に攻撃を受け墜落したのだ。

 メンテナンスの不備によるせいか、父と僕の手を握っていた母は、墜落時の衝撃で不運にもシートへの固定が外れ壁に叩きつけられた。

 僕が辛うじて命を繋いだのは、座った席が別であったからに他ならない。


 当時まだ幼かった僕だが、その時の記憶ばかりは鮮明だ。

 全ては開拓船団のせい。両親についてはほんの少しの記憶しか持たぬが、恨みを抱くには十分な理由ではある。



「そのような理由であれば、恨んで当然か……」


「そう思うなら大人しく死んでくれ。命乞いをする相手を撃つのは、今でもちょっとだけ息苦しい」


「ならば早くするがいい。研究もあらかた終わった、もう未練もない」



 淡々とそれらの話をしてやると、男は小さく息を吐き、真っ直ぐにこちらを見据えた。

 別にこれが自身を殺す正当な理由であるとは思っていないようだが、僕が引き金を引くのを躊躇わぬと判断するには十分だったらしい。

 加えて研究のみに費やした全てが終わった時点で、男には今後の見通しすらないようで、別段命へ執着する様子も見られなかった。


 しかし抵抗すらせぬ男の眉間へ奪った銃を突き付けた時、男はもう一度口元を綻ばせる。

 死を間際にして気でも触れたかと考えたが、どうやらそうではないようで、男は呟くように口を開いた。



「最後に一つだけ、嫌がらせを兼ねてお前に良い話をしてやる」


「聞いてやろうじゃないか。遺言として」


「お前は脱出時に乗った船を、開拓船団によって落とされたと言った。だが本当にそんなことをする必要があると思うか?」



 男が発したのは、僕の内面を掻き乱さんばかりな問い。

 幼少期であるとは言え、強烈に過ぎるその記憶はハッキリと、僕と家族の乗っていた航宙船が、開拓船団の小型機に攻撃される様子を覚えている。


 しかし次第に含み笑いを漏らし始めた男は、血走った眼で僕の目を射る。

 まるで僕が気付いていなかった裏を掘り起こさんと、鋭い爪で扉を裂き開くように。



「開拓船団独立共和国は建国当時から、食料などの物資だけでなく、人的資源の面でも著しい問題を抱えていた。当然お前の住んでいた星を占領したのも、食料や鉱物資源を求めてだ」


「……何が言いたい」


「であるにも関わらず、奪った土地を知り尽くしていた開拓者を、わざわざ殺したりするものか。一時的に食い扶持が増えたとしても、利用した方がよほど有益だ」



 男が言わんとしていることを、僕はすぐさま理解した。

 つまりこう言いたいのだろう、"本当にそれは開拓船団の仕業なのか"と。


 僕は確かに見たはずだ。連中の掲げる徽章をペイントされた、今にしてみれば旧式な機体の姿を。

 だが当時の僕は幼かった。本当にこの記憶は本物なのか、どこかで自ら歪めてしまったのではないか。

 突然に向けられた言葉によって、視界がグラつくような感覚に襲われる。



<アル、しっかりしてください。これはあなたを動揺させるための狂言です>



 手にした銃は動揺に震え、眉間へ当てていたはずの銃口はずれる。

 だがそんな僕へと声をかけたのは、この話を密かに聞いていたであろうエイダであった。


 そうだ、僕の記憶は長い時間をかけて歪んだものかもしれない。

 だがあの時の光景は、当時まだ自我の確立すら覚束なかったエイダの記録にも残されており、僕自身は見直したことはないが映像としても残っている。

 ならばコイツの発言は、僕を困惑させるためのものだ。そう考えることにし、グッと力を入れ直し引き鉄へ指を掛ける。



「……遺言を聞いてやるとは言ったが、流石にそんな妄想へ付き合ってやる気はない。無駄なお喋りはそこまでにしてもらおうか」


「これはあくまでも、ワシの推測に基づいたものだ。だが本当に妄想かどうか……、それはいずれわか――」


「黙れと言ったんだ!」



 鼻で笑うようにフッと息をし、自身がした推測への自信を口にする男。

 僕はその仕草と言葉に思考が沸騰し、叫ぶと同時に無意識に引き金を引いた。

 軽い音と共に、手へ小さな衝撃が伝わる。

 僕の言葉通りに沈黙したそいつは、一瞬硬直したかと思えば、ぐらりと身体を傾け飛行艇の床へ崩れ落ちた。


 赤黒い染みが零れ落ち、前もって敷いておいた厚布へと広がっていく。

 その光景を見下ろしながら、僕は再度眩暈にも似た感覚を覚えた。



「エイダ、間違いないんだよな……。あの時に攻撃してきたのは、開拓船団の小型機だった」



 自身へ言い聞かせるように、僕はエイダに確認をする。

 普通に考えるのであれば、これはこちらを動揺させるための出まかせであるのかもしれない。当時の映像という証拠だって残っている。

 しかし考えてもみれば、そもそもが開拓船団も地球からの独立を果たした国家だけに、艦船等に共通の装備は数多い。

 僕が見たのは迫る機体にペイントされた、開拓船団の徽章。あのような物、いくらでも容易く擬装できてしまう。



「どうなんだ、間違いないんだろう?」


<……外見及び識別信号は、確かにあちらのそれでした>



 しかし返されたのは、なんとも含みのある言葉。

 男が最後に発した内容を完全には否定できない。可能性は排除できないと言わんばかり。

 エイダにしてみても、言われてみればあれが開拓船団による攻撃ではないという可能性を、捨てきることはできないようだ。


 悪い想像は膨らんでいく。

 そうであるという根拠はない。しかしもし仮に、あいつの言っていた推測が正しかったとすれば……。

 僕はそんな想像を振り払い、弾の空となった銃を床へ強く叩きつけた。



「アル、終わったのか?」


「……ああ。無事ね」


「何があった。顔色が悪いぞ」



 僕の叫び声や発砲音によってか、それとも銃が床を叩く音を聞いたためか。

 操縦室の扉を開け貨物室へと入ってきたヴィオレッタは、こちらの顔を見るなり心配そうに眉を顰める。

 自身では気付けていないが、どうやらよほど酷い有様なようで、ヴィオレッタは近寄るなり男の死体に一瞥もくれず手を握ってくる。



「なんでもないよ。こいつは後で海にでも捨てよう」



 心配そうにするヴィオレッタへぎこちなく微笑み、僕は自身で投げた銃を拾う。

 技術者の男が使っていたその銃へと、僅かに震える手をなんとか抑え弾を込めていく。

 そして彼女へそれを渡すと、僕は荒み始めた呼吸を押し殺し、男の死体へ背を向けゆっくり操縦室へ向け歩いた。



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