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駒と王 04


 船内に幾度も響く銃声。跳弾によって頭上をよぎる風切り音。

 技術者が放つそれは、現代の地球においては既に骨董品となりつつある、火薬を用いた物。

 ただあまり大きな口径ではないようだが、この惑星で製造されているそれとは異なり、易々と連射を可能としていた。


 しかし扱うのがただの素人であるせいか、扉の陰に隠れた僕等を狙うには、あまりにも滅多やたらすぎる。

 そのため僕等はただ隠れ、弾が切れるまで散発的に応戦するという行為に終始していた。



「そいつは不運だったな! だが見逃してやった恩も忘れた輩には、お似合いの末路じゃないのか?」


「黙れ……、黙れ!」



 乾いた短い発砲音の間を縫い、僕は技術者を挑発し続ける。

 そのおかげか激昂し冷静さを欠いているようで、ヤツは金切り声をあげ無闇に発砲を繰り返す。


 混乱の中でされた発言であるため要領を得ないが、技術者の発した内容を聞く限り、どうやら好き好んでこの地へ残った訳ではなさそうだ。

 この航宙船内が照明もなく暗いのも、接近した飛行艇が攻撃されなかったのも、ひとえにこの航宙船の機器トラブルが原因であるという。

 おかげで飛行すら儘ならず、衛星を撃墜したミサイルの発射位置から特定されていても、この場に留まるしかなかったらしい。

 その撃墜という行為にしても、ヤツの独断であるそうで不憫に思ってやる義理さえないが。



「結局クローン研究のデータだけ送って、開拓船団は助けを寄越すどころか音沙汰もなしか」


「なぜだ……、なぜワシがこんな目に!」


「単純にお前が見捨てられたってことだろう? 助けに来ようものなら、地球側との戦闘は避けられないからな」


「そんなことはない! ワシが何十年この辺境で研究を続けたと思っている、貴様のような小僧が生まれる前からだ! 全ては開拓船団がこの戦争で勝つために……」


「だが救出のリスクとお前を天秤にかけた結果、軽かったのはお前だったみたいだな。ご愁傷様」



 挑発を続ける度に、ヤツの放つ弾はどんどん荒くなっていく。

 かなりの弾薬を持ち込んでいるようだが、こちらにかすり傷を与えるのが先か、それとも予備の弾が尽きるのが先か。

 ただあまり時間をかけるのも馬鹿らしく、僕は微塵も期待をしてはいないが、一応は降伏の勧告を行ってみる。



「こっちが突入する前に投降した方が賢明だ。少なくとも生き残る確率が生まれる」


「信じられるか! 武器を捨てたらお前はワシを撃つ、そうに決まっている」


「武器を捨てていなければそうなるけどね。だがこっちとしては聞きたい事が色々あるんだ、そのためには生きていてもらわないと困る」



 単純に誠意がどうという言葉だけであれば、信用に足るものではないだろう。

 しかしこちらにとってヤツを捕まえるメリットがあると提示すれば、それが自身の安全を保障するものとなる気がしてくる。

 実際には生きてようが死んでようが、僕自身にとってどうでもよいというのが本音。

 ただ一応は情報を吐かせてくれと言われた以上、可能であれば捕らえたいところではあった。


 そんな言葉を発すると、技術者の男には多少の逡巡が生まれたらしい。

 発砲に躊躇いらしき間が生じ、一人ぶつぶつと独り言を呟く声が聞こえてきた。

 まさか成功かと思うも、僅かに覗き込んだところで顔の横を弾が掠める。



「やっぱり無理か」


「時間の無駄であったようだな。諦めて突っ込むか?」



 持つ銃をより連射性の高い物へと替えたのか、より一層激しくなる銃撃。

 物陰へ隠れながら手元の短剣へノンビリ触れるヴィオレッタは、暗い部屋の中を指さす。

 彼女も最初こそ緊張していたものの、当たりもしない銃撃など、ただ欠伸を引き起こす環境音程度の物でしかなかったようだ。この辺りは流石傭兵上がりというところか。

 レオもまた同じであり、早く片付けてしまおうとばかりにこちらを眺める。



「そうするしかなさそうだ。ヤツを無力化する、援護を頼んだ」


「別に要らんとは思うが、まあいいだろう」


「あまりこういったのは得意じゃないんだが……」



 そう言って腰から短銃を取りだすと、牽制として数発を撃ちこむレオとヴィオレッタ。

 突如としてされた反撃に面食らったか、技術者の男は物陰へ隠れ、悲鳴らしき声を上げた。


 隙を逃さず突入し、自身も発砲しながら接近。

 物陰に隠れた技術者の場所まで行くと、近付いた僕に気付いたそいつは、顔面へ苦渋と絶望の入り混じった色を浮かべる。

 折角なのでわざとイヤらしい笑みを浮かべ返してやるなり、片足を振り上げ顔面へ強かに蹴りを見舞ってやった。



「入ってきていいよ、もう終わったから」


「死んだのか?」


「まさか。ちょっと気絶しているだけだよ、小一時間は起きないだろうけど」



 コンソール上の僅かな明り以外、光源の無い真っ暗な空間。

 多少慣れてきた目で見下ろせば、気絶した技術者が蹲ったままで気を失っている。


 外で援護をしてくれた二人が入ってくると、倒れたそいつの監視を任せ、僕は手近な機器へと近寄り探ってみた。



「ああ、やっぱり完全にオシャカだ。こいつが来たのもかなり以前のようだけれど、この船はそれよりもずっと古い代物だ」


「ということはやはり、最初からこいつを帰還させる気などなかったということか」


「そうだろうね。何十年規模で行う研究だってのに、船そのものが当時でさえポンコツな代物なんだから。たぶんここへ来た時でさえギリギリだったはず。たぶんこいつも、そこには気づいてはいたんだろうけど」



 適当なコンソールへと触れてみるも、うんともすんとも言わない。

 機械の不調などという次元ではなく、あまりの古さに加えメンテナンスを行っていないため、とっくの昔に壊れているといった様子だ。

 つまり開拓船団はこの技術者が研究を終えた所で、自らの意志により帰還するのを許さなかったというのに他ならない。


 素人である僕ですらわかるのだ、この男も当然理解していたに違いない。

 こいつの心情などは知る由もないが、使い捨てられるということを認めるのが耐えられず、研究終了の暁には迎えに来てくれると信じつづけたのだろう。

 そう思えば、多少哀れではある。



「粘っても無駄そうだ、この船からは何も得られそうもない。気絶させるのは早まったかな……」


「ではこいつが起きたら聞くしかないであろう」


「といっても、もう随分長い年月開拓船団から離れているみたいだし、有益な話を聞き出せるかどうか」



 そもそも機器が操作すら受け付けぬ以上、中から情報を引き出すのは不可能。

 僕はその壊れた装置類へ強く手を着くと、倒れた技術者を横目に肩を落とした。

 見たところ火器管制の部分も沈黙しているようなので、きっと衛星を撃ち落とした時の操作を境に、壊れてしまったのかもしれない。

 接近を試みた飛行艇が攻撃されなかった理由がわかったというものだ。



「とりあえず、そいつを飛行艇へ運ぼう。まだ作戦の途中だ、出来れば早く済ませて帰りたい」


「この船はどうする。このまま放置するのか?」


「そうするしかないだろうね。とりあえず入り口だけしっかり閉めておこう。そうすれば誰も入って来れないだろうし」



 倒れた技術者を抱え担ぐと、真っ直ぐ船外への通路を歩く。

 もうこの船には用がない。軍からされた命令はまだ残っており、ここで技術者の男を確保したことなど、全体のもっとも簡単な部分でしかなかった。


 念のため使えそうであると、ヴィオレッタに男が使っていた銃を。レオに弾薬の納められた箱を持ってもらい、揃って航宙船を跡にする。

 外に出て入口を占め念入りにロックを掛けたころには、外は陽が昇りきって刺さるような陽射しが僕等を襲った。




「まず一つ、次はどうする」


「クローンの捕縛だ。といっても後から現れた方、少年の見た目をしたやつをね。できればそいつも生かして捕らえたい」



 強い陽射し降りしきる空と、熱された砂により挟まれた灼熱の荒れ地。

 飛行艇を停めたのが極々近い距離であったのに安堵しつつ、僕等は重い荷を運び飛行艇へと乗り込む。

 すぐさまエンジンを始動し、短い助走を経て飛び立つ飛行艇の中、レオは操縦室で隣へ座り次の標的の確認をした。


 軍から受けた任務は、大まかに分けて三つ。

 潜んでいる技術者を捕らえ、開拓船団に関する情報を引き出すこと。

 次いでその技術者が製造した、少年型のクローンをサンプルとして捕獲すること。

 最後に聖堂国の中枢、神殿総本山へと攻撃を仕掛け教皇を奪取。

 今から行うのはその二つ目、クローンの捕縛だ。一つ目よりはある意味では簡単だが、逆に難しいとも言える。



「まず連中がどこに居るかだな……。聖堂国軍の拠点でも襲うか?」


「おそらくそっちには居ないと思うよ。連中が居るとすれば、神殿施設の方だ」



 クローンの製造拠点が一つとは限らないものの、そのための機器を管理し修繕できる技術者は、既にこちらの手に落ちた。

 単細胞生物であればともかく、人の形を成すほどの個体ともなれば、ボタン一つで大量生産可能という代物ではない。

 正確な知識と緻密な管理が求められるため、これ以上聖堂国がクローンを増やすのは不可能である可能性は高い。


 そのためおそらく残った数少ないクローンは、軍ではなく神殿の管轄下に置かれているはずだ。

 なので狙うは聖堂国内の各地に在る、神殿の主要施設。あるいは同盟と聖堂国の国境地帯。

 神殿の総本山を叩く時についでに行えば楽そうに思えるが、教皇を奪取するだけで手一杯の可能性も十分にあり、片手間に相手して捕獲できるほど生易しい相手でもない。



「国境の方は単純に、山地なせいで飛行艇じゃ近づき辛いからね。それに……」


「それに?」


「まだあまり足を踏み入れたくはない。もう少し、覚悟が済むまでは」



 今更このような事を言っても仕方ないだろうが、大勢の部下たちを失った国境地帯。まだ分け入るだけの気概が持てずにいた。

 幸運にもと言っていいのか、ヴィオレッタが行方を眩ました僕等の捜索をしたため、あそこで命を落とした仲間の遺品は回収してくれている。

 いずれは弔いに行ってやらねばならないが、今はまだ難しい。


 弱気さを纏う空気に出してしまったか、レオはそこから沈黙し前を向いた。

 操縦室内にはただ、エンジンと風切り音ばかりが響く。

 しかし少しの間それが続き、飛行艇の高度がグッと高くなったところで、すぐ後ろに在る扉が開く。



「アル、やつが目を覚ましたぞ」


「思ったよりも早かったな。エイダ、しばらく操縦を頼んだ、海にでも降りて燃料の節約をしてくれ」



 沈黙を破ってくれたのは、後ろの貨物室で男を監視していたヴィオレッタ。

 彼女が入り沈黙を破ったことに安堵した僕は、立ち上がりエイダへ操縦を任せると、レオを残し機体の後部へと移動した。



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