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駒と王 03


 高く、ただ高く尾を引き飛ぶ飛行艇。

 地上から見れば天を衝くように見える山脈も、空から見下ろせば小高い丘と見紛うばかり。

 改めて空を行く気楽さ自由さを噛みしめ、僕は操縦桿を握って高度を上げた。


 だが当然高度があがるにつれ、下がっていく気温ばかりは耐え難い。

 シャノン聖堂国との国境に聳える山地を飛び越える中、僕は分厚い外套を頭から被って震え、口からは白い息を吐き出していた。



「こんな砂漠地帯で凍える破目になるとはな。思ってもみなかったぞ」


「仕方がないよ。高く飛べるようには造っていても、断熱ばかりは博士も考慮していなかったようだから」



 飛行艇の操縦室。隣の席へと座るヴィオレッタは、スッポリと被った毛布の下、両の手を擦り合わせ僅かな摩擦で暖を取っていた。

 この飛行艇を製造したミラー博士だが、飛行性能の面では問題がなくとも、居住性という面ではあまり頓着しなかったらしい。

 木の板と薄い金属板で造られた機内は寒く、当然のように暖房器具など備わってはいなかった。


 一応こういうことを想定し、多めに防寒の布を用意しておいて正解だった。

 これがなくては零下の高空を飛べず、諦めて引き返そうという欲求に抗えない。



「どうしてこんな中を飛ばねばならんのだ。もっと低い位置であれば、このような想いをせずに済むというのに」


「言ったろう。向こうはこっちを落とす手段を持っているんだ、少しでも回避する余地が欲しい。矢だって離れている方が、避ける体勢を取りやすいのと同じだよ」


「こうも寒さに耐えていれば、確実に回避できるのか?」


「さあ? なにせ敵の弾は追いかけてくるんだ、誤差範疇かもしれない。気休め程度の差でしかないかもね」



 鼻をすすり身を縮めるヴィオレッタ。彼女はこのような高い空を飛ぶという、一見して不必要な行動に悪態衝く。


 だが衛星が撃墜されたように、これから拘束または始末をしに行く開拓船団の技術者は、迎撃用のミサイルを保有している。

 発射を行った航宙船は衛星を使い監視し続けているのだが、今のところ動きを見せてはいない。

 しかしそれが次にこの飛行艇へ向けられる可能性は十分存在し、もしも放たれようものなら、こいつの期待性能で回避できるかは限りなく疑わしかった。

 それでも僅かな可能性に賭け、少しでも回避行動を採れるよう高度を上げようという悪足掻きなのだ。



「その気休めのため寒さに耐えろと言うのか。で、あとどれだけ耐えればいいのだ。レオなどは後ろで毛糸玉のようになっているぞ」


「もう少しで着くよ。ヤツの船はここからそう遠くない場所に在るから」



 ヴィオレッタは細い指を、自身の背後にある扉へと指す。

 この操縦室などはまだマシな方で、後部の貨物室などはそれこそ極寒の空間だ。

 レオはそちらで待機しているのだが、前に来ないのは単純にここへ席が二つしか存在しないため。

 強行着陸も余儀なくされる場合がある以上、身体の固定できぬ状況は危険に過ぎる。

 そのためレオには申し訳ないが、大量の上着と毛布を友とし、後ろで団子状に丸まり寒さに耐えているのであった。



<その技術者が乗る船ですが、もう間もなく見えてきますよ>


「わかった。警戒しつつ高度を下げてくれ」



 ただ国境から然程離れていない場所にあるため、この寒空の旅もようやく終わりが近づいていく。

 エイダの案内で目的地が近いことが告げられ、すぐさま飛行艇は機首を下げ、ゆっくりと下降を始めていった。


 向こうは飛行物体の接近に気付いているはずだが、別段迎撃の兆候は見られない。

 いったいどうしてと訝しみながらも、今更不審だからと引き返すこともできず、僕等は警戒しながらゆっくり大地への距離を詰めていった。



 熱された砂ばかりの大地へと、ゆっくり着陸する飛行艇。

 盛大に巻き上げる砂に一面の大気が茶色に染まり、もうもうと立ちこめる視界ゼロの中、僕等はすぐにでも戦闘を行える体勢で機外へと降り立った。



「あいつがそうか。よく似ているな、ラトリッジの広場へ降りてきた物と」


「僕が属している側とは敵対しているけれど、元来は同じ文明圏の技術だからね、どうしても共通の規格が多いんだよ」


「……そこいら辺はよくわからんが、ともあれ中に踏み込めばいいのだな」



 着陸した飛行艇のすぐ近く、開拓船団の技術者が乗っていると思われる航宙船は、思いのほか小さな船体を大岩の陰へ横たえていた。

 鈍色をしたその外観は、エイダが飛ばしラトリッジへ着陸させたそれと細部こそ異なるが、ヴィオレッタからすれば似たようなものであるらしい。



「出来れば生かして捕らえたいけれど、別に絶対とは言われていないから……。中へ入って万が一ってこともあるし、このまま船ごと破壊してしまいたいのが本音だ」


「飛行艇の砲で破壊できるか?」


「流石に無理だね、火力が足りなさすぎる。それに情報すら引き出さず死なせたら、流石に怒られるかもしれない」



 警戒を伴って近付きつつ、僕は息を呑んで侵入するための入り口を探る。

 飛行艇へ積んだ機関砲は、この惑星においては何にも勝る強力な兵器。しかし星の海を渡る船に対しては、それこそ豆鉄砲でしかない。

 背負っている背嚢の中には、軍用艦の隔壁すら破壊できる禁制の器具が納められているが、ここで使っては大量に巻き上がった砂により、こちらが生き埋めとなりかねなかった。



「あった、ここから入れるはずだ」



 いくら比較的小型であるとはいえ、星の間を渡るだけの能力を持つ船。

 僕等の乗ってきた飛行艇よりもずっと巨大なそれの周囲を探り、時間をかけようやく入り口らしき箇所を見つける。

 地球のそれと共通の規格は多いが、こういった細部の位置までは異なるらしい。


 そこにあったパネルを操作し、手にした端末を介しエイダに開錠作業を行わせる。

 前もって軍から専用のプログラムを入手していたらしく、程なくして小さな電子音と共に、扉はスライドし船内への入口が現れた。



「随分と暗いな、あいつは本当にここへ居るのか?」


「さあ……。でもまだ中に居る可能性はある、十分気を付けて進もう」



 燦々と降り注ぐ陽射しに背を向けた船内は、照明の類すら一切なく静まりかえっている。

 中を覗き込むレオが、適当な小石を暗闇の中へと放り込むも、コツリと跳ねる音が数度するだけで反応らしきものは返らない。

 入口が開いたのだ、電源の全てが落ちているということはないはず。

 となれば機器のトラブルによって照明だけ稼働していないか、あえて明りを落とし中で息を潜め待ち構えているか。



 ここで警戒し立ち尽くしていても始まらず、洋灯へ明りを点け船内へ踏み込む。

 だが三人分の足音が固く響くばかりで、通路を進み幾つかの部屋や機関室などを覗くも、これといった異常らしきものは起こらない。

 居住用の部屋や、家で言うリビングに相当する場所、そして小さいながらもレクリエーションの行える部屋など、単純な構造の船内を巡る。



「それにしても、外観よりはずっと広いし思いのほか普通の造りだな」


「私はそこら辺がよくわからんが、こんなモノではないのか? エイダが運んできた船も似たような構造だったが」


「そうなんだよ……。最初は軍用かと思ったけれど、これはたぶん民間の商船だ。ヤツはこれに乗って一人で来たのか?」



 各部屋を周っていく中、僕は船に多少の違和感を感じ始める。

 軍用船にしては居住性優先な造りであるし、だだっ広い格納庫らしき部屋もあったため、こいつがただの商用航宙船であるのは間違いない。

 ヴィオレッタの言う通り、僕の持つ航宙船と構造的にはソックリであるというのも、同じ商船であるならおかしな話ではなかった。


 見たところかなり古い代物であるため、おそらくは開拓船団が独立する以前、地球との物資移送を行っていた頃の船だ。

 こんな骨董品がまだ存在するとは思っておらず、珍しい物を見れたと思うと同時に、どうしてこんな代物に乗ってきたのかと疑問が口を衝く。



「一応武装だけはしているようだけれど、旧式すぎるし見たところ装甲も薄い。軍が使うような船じゃないよ」


「だが例のヤツは軍の人間なのだろう。それではまるで、無事帰ってこずとも良いと言っているみたいではないか」



 怪訝そうにするヴィオレッタの言葉に、僕もまた頷く。

 そこがイマイチ理解できない。

 人口的に少ない開拓船団が、戦力を補うためより優秀なクローン製造を行うための研究として、この地へあの技術者を送り込んだのは確かだ。

 研究結果だけであればデータを送れば済むけれど、それを成した人間を見捨てたりするものだろうかと。



「考えていても仕方がない。あいつから直接聞けば済む話だろう」



 そうこうしている内に、僕等は船の中枢部分へと到達する。

 見たところここは航宙船の全てを統括するであろう、操船を行うコンソールルームの前。

 地球の言語で書かれているためレオには読めないはずだが、それらしき雰囲気でも察したようで、彼は真っ直ぐに扉を見据え腰の剣へと手を伸ばしていた。


 軽く扉へ手を触れ開けようと試みるも、まるで反応がない。

 だが電源はまだ生きている。となれば中からロックされているようで、微かに中からは人の気配らしきものが感じられるため、ここにあの技術者が潜んでいるのは間違いなかった。


 再度端末を接続し、エイダに開錠を試みさせる。

 ただ今回は多少念入りであるためか、数十回のエラーを吐く破目となった。



「開いた。準備はいいか?」



 ようやくロックが解除され、これから開いて突入をするという状態へ。

 レオとヴィオレッタへ視線を向ければ、二人とも手には短い得物を握り、すぐさま突っ込める態勢で待機していた。

 僕自身も短銃を発射できる状態にし、身を低くしてソッとパネルへと触れる。


 音もなく開かれた扉の向こうは、通路と同じ暗く静まり返っているが、所々で小さく点滅する光源が。

 操作パネルの発する明りであろうかと思っていると、不意に暗闇の一か所に動く気配を感じ、僕は咄嗟に横へ跳ね身を隠した。

 直後、すぐ近くの床から乾いた金属音が。おそらく中から放たれた銃弾が跳ねた音。



「やっぱり居たんじゃないか。大人しく出てくればいいものを」


「黙れ! 貴様らなどに捕まってたまるか!」



 避けた勢いで手元を離れた洋灯が割れ、燃えた油が床へと散乱する。

 それ程の量でもなく、船体の構造物が燃えるような類ではないため広がらないが、それでも少しばかり明るく船内を照らした。


 ソッと顔を覗かせ探ってみれば、明りによって映し出されたのは、奥の部屋で震え銃を構える技術者の姿。

 ヤツは引きつった表情ながらも血走ったで、敵意を前面に押し出していた。

 抵抗の意志はあるというのに、どうして飛行艇を狙ってこなかったのか。

 それは今のところわからないものの、大人しく捕まってくれる気などないようで、多少の荒事を覚悟し牽制としてヤツへ一発をお見舞いした。



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