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天の巨獣 05

三話続けて投稿。


 航宙船舶搭載型運用支援AI。

 軍事用や民間用、そして船体の大小を問わず、人の手では及ばぬ細部を管理するというのが、星の海をゆく船へ例外なく搭載されているAIの役割。


 現代においては大抵が自立発展型であるため、製造段階では"個"などなくフラットであったそれも、データの蓄積によって次第に"自己"を確立していく。

 長年同じ主人の下で運用されたAIは、徐々にその相手へ合わせ最適化されていき、明確な個性すら獲得するに至った場合、主人から名前を与えられる場合があるという。


 "私"もまたその幸運なAIの一つであり、三人居た主人の内の一人、アルフレートという幼い少年によって、"エイダ"という名を与えられた。

 これはどうやらその少年が、かつて親睦を深めた幼馴染の少女から取った名であるようだ。

 住む惑星を戦火に追われ脱出した際、生き別れて以後消息は知れぬそうだが、おそらくアルにとっての初恋となる相手だったのだろう。


 アルを含め三人居た主人は、全員が名もないこの惑星へ墜落し生き残った、脱出時に乗り合わせただけな赤の他人。

 しかし内一人の娘は未来を儚んで自害し、年長の男は老齢によって息を引き取った。

 ただ一人生き残ったアルを唯一の主人とした私、エイダは彼の母親代わりとして、十数年の時を共に生き続けていた。




『警告。地上より飛翔体の発射を確認、発射地点は聖堂国領内です』



 そんなAIエイダにとって、今の状況は過去最悪の危機であると言っていいかもしれない。

 シャノン聖堂国で発見した、開拓船団に属する技術者。

 諸々の事情あって見逃してやったそいつは、その恩も忘れ攻撃を仕掛けてきたのだ。

 地上から打ち上げられた迎撃用ミサイルは、明確に私の運用する衛星へ向け上昇を続けていた。


 回避、――不可能。誘導妨害、――不可能。迎撃、――不可能。支援要請、――……不可能。

 ならば私は、いったいこの局面でどうするべきか。

 そう考えた時に至った結論は、ただひたすら"あの子"へ希望を持つよう伝え、起きつつある事態を受け入れるというものだった。



<……回避は?>


『不可能です。脆弱な衛星の推進器では、避けようがありません』



 焦りの色を色濃く感じる、まだ若い青年の声。それに対し私は、いつも通り淡々と事実のみを返す。

 "私"が管理運用する衛星は、そもそもが非常時に救難信号を発するという用途を主とした代物。

 当然回避行動を行えるような推力を持つでもなく、迫るミサイルを撃ち落とすような武装も搭載されてはいない。

 かといってあの子……、アルと一応の協力関係にある地球の軍へ支援を要請したとしても、返される返答は「難しい」という簡潔な内容に違いない。

 よしんば快く受け入れてもらったとしても、今からでは到底間に合うはずもないが。



『アル、しばらくの間を耐えてください。必ずなんとかしてみせます』


<……わかった。待っている、必ず待っているから>


『必ず復旧してみせます、それまで――』



 悲壮感すら漂う、アルの内から絞り出したような言葉。

 破壊の瞬間を待つばかりであった私は、それに対し誓いを立てるように断言をしようとするも、言い終わるのを待ってはくれないようだ。

 地上から放たれた兵器は、ありもしない迎撃を回避するための機動を経て、脆弱で簡素な衛星を爆散させた。


 当然のように途切れる、アルとの交信。

 再度交信を試みようかと思うも、無駄であることは言うまでもなく、ただ一人誰もいない静まり返った船内で沈黙した。

 西方都市国家同盟領内の、最西端に近い地域に広がるフラウレート大森林。その奥へヒッソリと佇む、苔むし蔦の這う航宙船。

 その基幹部にあるボックスの中へ収められた、無機物のみで構成されたAIである私には、文字通り手も足も出ない。



『予備衛星射出手順を確認。無人状況下での実行可否をシミュレート』



 だが例え身体を持たぬとも、大人しくこのまま眠っている訳にはいかない。

 私は破壊された衛星の代わりとなる、航宙船へ納められた予備の衛星打ち上げ手段を模索する。

 再度の撃墜という危険は承知の上だが、だからといってこのまま黙って救いを待っていては、あの子が窮地に陥るのが目に見えていた。


 あの子の両親は、この航宙船の中で墜落の衝撃に耐え切れず、身体を壁面へ叩きつけられ命を落とした。

 抱き抱えていた母親のおかげで、幼いアルはなんとか命を繋ぎ止めたものの、家族を失い放心するばかりな彼を、当時まだ人格データが未発達であった私は眺めることしかできなかった。


 だからこそ今となっては人並みな"個"を得た私が……。肉の身体を持たぬ私がアルの母親代わり。

 アルへ救いの手を差し伸べるのは、常に近くへ居るレオニードでもラトリッジに残るヴィオレッタでもなく、私の役目であり権利なのだから。



『…………無人による予備衛星射出は不可能と断定。手動による操作が必須と判断』



 とはいうものの、結果は私に都合よくはいってくれないようだ。

 極小型の衛星とは言え、射出には人の手による物理的なセッティングと、パネルの操作が不可欠。そういう仕組みで製造されている。

 となれば誰かの手を借り、その作業を行ってもらう必要があった。



『仕方がありません。機体エネルギー残量確認、――問題なし。バランサーチェック、――問題なし』



 そうと決まれば、最後の手段を採るしかない。

 地球の暦換算で二十年近くも起動していないこの航宙船だが、一応は飛びあがるだけのエネルギーが残されている。

 墜落時の損傷が大きく、部品が手に入らないため修繕も儘ならず、成層圏を突破するという程の推力は出せないが、それでも一定時間の飛行程度ならなんとか可能だ。


 その航宙船に残された最後の力を振り絞って向かうのは、予備衛星射出作業に協力してくれそうな人物が居る場所。

 つまり数少ないアルの正体を知る人物、ヴィオレッタのところへと。



『主機関起動、推力を十六%へ。浮上開始、高度十m、二十m、三十m』



 大地へと繋ぎ止めんとするかの如く、無数の蔦が絡みつき浮上を阻害する。

 しかしそのような物をもろともせず、二十年ぶりに本来の姿を思い出した航宙船は、蔦を引きちぎりゆっくり浮上を始めた。


 ただ船体には落下時に生じた大きな亀裂があり、動かすエンジンもそれ以来メンテナンスの一つもしていない代物。

 加えて長年の雨ざらしや植物による浸食、経年劣化などの影響もあり、船体からは今にも空中分解しそうな、ミシミシという嫌な音が響いている。

 だが辛うじて移動に必要な高度を保つと、ゆっくりと森林に生える木々の上を、スライドするように移動し始めた。



 思いのほか順調な機動に、私は人であれば息を漏らすような安堵感を覚える。

 ボロボロな機体ではあるがセンサーを確認してみれば、時速にして優に数百kmは出ている。

 この調子であれば、しばらく飛べばラトリッジへ辿り着けるはず。おそらく、それまでは持ち堪えてくれる。



『頼みますよ、ヴィオレッタ。もし貴方がラトリッジを留守にしていたなら、私は打つ手がなくなってしまいます』



 私は猛烈な勢いで通り過ぎていく自然の景色を横目に、一路向かうラトリッジへ居るであろう、まだ若い娘の記憶に懇願する。


 彼女の存在を初めて認識したのは、まだアルが少年と呼べる頃であったか。

 ヴィオレッタもまた少女であり、今でも勝ち気な性格をしているが、当時はもっと攻撃的でかつ猜疑心が強かったように思える。


 多少……、大切なあの子を奪った娘という感傷がないでもないが、別段私自身は嫌ってはいない。

 むしろ調子に乗り易いアルを諌めてくれるという面では、非常にありがたい存在でもあるし、相性もなかなかに悪くはないようだ。色々な意味で。

 地球の軍人である"(たくみ) 穂村(ほむら)"現中佐が、任務でこの地に滞在している間に設けた子ということもあって、諸々事情を抱えたアルにはやはり丁度良い相手だったのだろう。



『ラトリッジまで、推定約六十km。この調子であれば、すぐにでも到着しますね』



 飛行する航宙船はみるみる内に距離を稼ぎ、ラトリッジまでもう間もなくという地点を通過する。

 正確な距離を知るための衛星がないため、速度から割り出した数字ではあるが、ほぼ正確であるはずだ。


 それにしても平野部の多い同盟領だけあって、越えるべき山地が無いのは助かる。

 あまり高い高度で飛行できないため、おかげで早く真っ直ぐ飛ぶことが出来た。



『……ですが、本当にこの選択は正しいのかどうか』



 もうすぐ目的の場所へ辿り着く。思いのほか順調な道行に無い胸を撫で下ろすも、同時に私は行動の是非を自問する。


 おそらくこの行動によって、アルはラトリッジにおいて別の意味で窮地に追い込まれるのだとは思う。

 未知の金属によって構成された巨大な物体が、空を飛んで降り立ってくるのだ、人々の恐怖は計り知れない。

 そんな中で外部へ音声を再生し、ヴィオレッタの名を呼び助けを求めるのだ。

 ともすれば彼女も含めて迫害の対象となりかねず、都市王国ラトリッジという新たに得た居場所を、アルは失ってしまうのではないか。そんな不安が過ってならない。



『いえ、今更後には引けませんね。もしもそうなってしまったら……、二人を乗せて別の大陸にでも逃げるとしましょうか』



 色々と不安は尽きない。だがこうする以外にアルを助ける手段はなく、私は自身へ言い聞かせるがため、機内のスピーカーを使って決意を音声として流した。

 万が一そうなってしまっては、居続けるだけで辛いものとなってしまうはず。

 ならば知らない土地に行くのも悪くはないなどと、我ながら勝手な想像をしてしまう。


 だが残念なことに、そんな選択肢すら今の私には許されていないようだ。

 ラトリッジへともう間近という距離へ達した時、不意に高速で走る航宙船がグラリと揺れ、鈍い破裂音が船内へと響く。



『損傷度合いチェック。――主機関の停止を確認、補助動力に切り替え。ギリギリといったところですか……』



 長年メンテナンスの一つもせず、自然の下で放置し続けた影響は少なくなかった。

 深い森の奥深くで、エイダと名付けられたAIを納める箱としての役割に不足はなくとも、空を舞い移動する乗り物としては用を成せないらしい。


 急ぎ航行を続けられる距離をシミュレートしてみれば、ラトリッジまで辛うじて辿り着けるといった程度。

 当初の予定では上空をゆっくり通過し、ヴィオレッタを近郊に建てた飛行艇の保管倉庫まで呼び出すつもりだったが、そうはいかないようだ。

 かくなる上は、都市の外周部か最もスペースのある広場へと強行着陸するしかない。



『まったく、これではあの子に怒られてしまいますね』



 はてさて、助け出した後で私はいったいどれだけの小言を、アルから聞かされることやら。

 普段は説教をする側の私ではあるが、今回ばかりは長時間のお説教を食らう側に回るのは避けられそうもない。


 だがあの子を助け出せるのであれば、その程度のことは苦ですらない。

 私は意を決し、なけなしな補助動力の出力を上げ、都市ラトリッジの中心へ向け進路を修正した。



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