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天の巨獣 04


 突如として現れた異形の怪物は、飛行する人工物という物を知らぬ者たちにとって、ただひたすらに混乱をもたらす存在であった。

 轟音立て飛ぶその威容に、共和国軍兵士たちは一斉に恐れおののき、重い鎧に振り回され次々と転倒していく。

 空という世界を駆るのは鳥と雲だけ。そんな常識を疑いもしなかっただけに、飛行艇の存在は理解の及ぶ対象でないのは言うまでもない。



「盾を、盾を上に向けろ!」


「無駄だ、そんな物じゃ防げん! 逃げろ、逃げろ!」



 ただ共和国軍兵士たちが混乱しているのは、大きな機体とプロペラが風を切る音だけが原因ではない。

 舞う飛行艇からは時折破裂音が響き、同時に渓谷内へズシリと大きな衝撃が響く。

 それらによって固まった兵士たちは薙ぎ倒され、四肢をバラバラに弾き飛ばされ、血と悲鳴が渓谷の底を埋め尽くす。


 抵抗する事も叶わぬ兵士たちを蹂躙するのは、飛行艇の側面に搭載された機関砲だ。

 これはずっと以前にミラー博士が造り、僕が戯れに飛行艇へ乗せた物。

 遠距離での攻撃と言えば弓が主流で、一部の国でライフルが使われているという程度なこの惑星において、それは常軌を逸する暴力の権化。

 成す術無く死を撒き散らすそれによって、渓谷内は混乱のるつぼと化していた。



「アレはなんなのだ……。よもやアレも、貴様ら異界の物が持ち込んだのか!」



 流石に動揺を隠せず目を見開くダリアは、キッとこちらを睨みつける。

 如何な彼女とは言え、ここまで技術的な差を知らしめる物体を想像はしていなかったようだ。

 空を旋回し一方的な暴力を撒き散らす、未知の飛行物体。それの正体を計りかね、僕へと苛立ちをぶつけてくる。


 一方僕はと言えば、助けが来たことへの安堵からか、睨みつけるダリアの目元がヴィオレッタとソックリであるなどと、暢気な思考をしてしまう。



『そういえば、まさかあれに乗っているのは……』



 親子であるのを証明するかのようなダリアの表情を切欠に、僕は空舞う飛行艇の中へ居るであろう、その人のことをエイダに言及する。

 衛星さえ復活すれば、飛行艇は細かい動作はともかくとしてエイダによる操縦が可能。

 だが発進前の準備や搭載された機関砲を使うには、どうしたところで人の手が必要。つまりアレには誰かしらが乗っているということになる。

 とはいえ飛行艇に乗りそれを使えるのは、僕の他に一人しか思い当たらない。



<当然でしょう。飛行艇の操縦だけであればともかく、火器の使用まではこちらで操作できませんから>


『そうか……。ヴィオレッタ、都市のことはゼイラムにでも押し付けたかな』



 飛行艇への搭乗経験があり、機関砲の使用方法を知っているとなれば、ヴィオレッタの他には居ない。

 どういう経緯か彼女はラトリッジ近郊の格納庫へ行き、飛行艇を起動しここへ救援に駆け付けたようだ。

 丁度そのタイミングで衛星が復活しているので、その作業も彼女がしたであろうことは容易に想像がつく。


 空を舞う飛行艇とヴィオレッタに微笑むと、こちらを睨み続けるダリアへと向き直る。



「その通り、あれはこの世界の物じゃない。当然共和国軍の戦力でどうこうできる対象じゃない、大人しく引いた方が身のためだ」


「では何故今までアレを使ってこなかった。あのような人知の及ばぬ代物、使えば共和国を攻め落とすことも出来るであろうに……!」


「攻め落としてどうする? 元々僕等は戦場を駆る傭兵で、今でも同盟内の軍事を担うのが役割だ。敵対する国がなければ稼ぎようがない」


「……商人のような事を言いおる」



 今にも短槍の穂先を繰り出さんばかりなダリアへと、僕は飛行艇がこちらの所有であると断言した。


 本来であれば、あのような隠し玉があると知られるのは好ましくない。

 使い様によっては一つの都市、一つの国を容易に機能不全に陥れるだけの火力となるそれは、敵に対し強烈な抑止効果となる兵器だ。

 普通の国であればそれでもいいのだが、戦闘を生業とし戦うことによって金銭を得るという、都市王国ラトリッジこと"傭兵国"にとって、それは困った事態になる。

 敵対する共和国が侵攻を断念しようものなら、同盟としてはともかくラトリッジには大きな損失。

 なのでダリアが僕を商人と言い表わしたのは、あながち間違いでもなかった。



「だが僕が合図一つ送れば、すぐさまアレは首都へ飛んでいく。どうなるかはわかるだろう」


「……お前たち全員を、見逃せと言うのか?」


「兵士でもない一般人が死ぬのは、僕も正直心苦しい。そうせざるを得なくなる選択を、選ばせないで欲しいところだ」



 今はこの場を乗り切るのが先決。ダリアを警戒させ、手出しするのを躊躇させなくてはならない。

 そのために僕は少々意地の悪いと自覚しつつも、飛行艇がこのまま共和国の首都へ飛び、無差別に破壊を行う可能性を口にした。

 当然立場的に僕等を捕らえなくてはならないダリアだが、それと同時に彼女は国を護る存在。

 見せつけられた無慈悲な破壊の光景に、短槍の穂先はゆっくりと下がっていく。


 おそらくダリアの思考では、二つの選択肢がいまだせめぎ合っている。

 止める術すらわからぬ飛行艇を行かせてでも、僕等を拘束するか。それともみすみす僕等を逃し、渓谷内の兵士という犠牲だけに留めるか。

 きっとダリアは僕等を逃がすという選択を取るはず。しかし万が一前者を選ばれでもすれば、この窮地は脱したと言えない。

 ならばと僕は旋回を続ける飛行艇を指さし、押しの一手となる内容を告げた。



「ついでに一つ、いいことを教えて差し上げましょう。アレには人が乗り、この攻撃はその人が行っている」


「であろうな、信じ難い話ではあるが。それで?」


「僕は"彼女"へと、貴女を攻撃するよう指示したくはない」



 僕はダリアに幾ばくかでも動揺を与えたいと考え、飛行艇に乗り今も攻撃を行うヴィオレッタのことを口にした。

 きっとこれだけ言えば、飛行艇に乗っているのが誰であるかは察するに余りある。


 すぐさまハッとしたダリアは、飛行艇を見上げ悠々と舞うその威容を凝視する。

 すると一瞬ではあるが、飛行艇から放たれる銃弾の雨が止む。おそらくエイダによってヴィオレッタへと、この会話内容が伝えられたために。


 いったいいつ振りなのか、到底穏便とも平穏とも言えぬ、血生臭い緊張感を孕んだ再会。

 ほとんど母親のことは記憶に残っていないと言っていたヴィオレッタは、いったいどのような表情でこちらを見下ろしているのか。

 一方の見上げるダリアの表情は、徐々に感慨深そうな様子へと変わり、二度ほど行き来する飛行艇を眺めると軽く首を横へ振る。



「……早く行くがよい。これ以上味方へ損害を出すのは本意ではない」


「それだけが理由か?」


「あまり深勘繰りすぎるのは野暮というものだぞ。とりあえず私は、"混乱した兵たちを統率し直すため"に戻らねばならん。敵国の間者を捕らえるのも大事だが、今はそちらが優先だ」



 短槍を引っ込め背へしまうダリアは、深く息を吐いて僕等へ去るよう告げる。

 この混乱に乗じ、一軍の将としての責務を全うするという大義名分を盾に、僕等を逃がそうというようだ。


 まだ表には出さないまでも、とりあえずダリアを諦めさせるのには成功したらしい。

 ひとえに救援に来てくれたエイダとヴィオレッタのおかげ。特にヴィオレッタの存在が、決め手となってくれたのに疑いようはない。



「まぁ、個人的には捕まえるのに抵抗があったのは確かだ。好都合と言えなくはない」


「なら最初から見逃してくれればいいものを」


「立場というものがある、せめて形の上では善戦しなくてはならんものでね。……あの子に伝えてくれ、いずれ戦場で会う時もあるだろうと」



 そう言ってダリアは踵を返すと、藪の中へ飛び込むようにして去っていく。

 去り際にした軽く手を振る動作とウインクが、妙に様になっていたのに少しばかり苦笑する。


 ダリアが去ったためとりあえず攻撃の必要はなくなり、ヴィオレッタに砲撃を止めるよう告げてもらうべく、エイダと連絡を取る。

 そこでようやく握った短剣を鞘に納め、振り返ってレオへと顔を向けた。



「何とか助かったな」


「ああ。とは言ってもあの人も本心では、最初から僕等を見逃したがっていたようだけどさ」



 レオもまた極度の緊張に晒されていたためか、膝に手を付き項垂れる。

 真っ向勝負すれば僕よりも強いレオにしても、やはり難敵であると認めざるを得ない相手であった。


 そのダリアであるが、去り際に発した言葉からすると、意外にも本気でこちらを拘束し捕虜とする気はなかったらしい。

 だが思い出してみれば、彼女は確か"負け惜しみを吐いて泣き帰るのがオチだ"と言っていた。

 なのでダリアが僕等を仕留めたり捕らえる気が無かったというのは、本心からのものなのだろう。


 しかし今にしてもそうなったという確証は持てない。

 ダリアの内には、共和国軍の将という自身の役割とヴィオレッタの母親という、二つの立場が葛藤を続けていたように思う。

 もしも前者が勝り心変わりでもしようものなら、僕等に先はなかった。となればやはり、エイダの駆る飛行艇とヴィオレッタのおかげだと言える。


 そんな安堵感に胸を撫で下ろしていると、レオは僕を眺め困ったような表情を交え軽く笑む。

 いったいどうしたのだろうかと思っていると、彼はジェスチャーを交えてその意図を告げる。



「言葉……」


「ん?」


「また言葉が戻っているぞ。通じなくなる前と同じにな」



 柔らかな口調で言うレオの指摘で、僕は今更ながらに気付く。

 どうやら衛星が復活しエイダとの疎通が可能になったことで、翻訳機能の方も正常に作動したらしい。

 いったいいつの間にとは思うも、気付かず話し続けていたのは、それだけの緊張に晒されていたということだろうか。

 折角短期間でここまで話せるようになったのだ、今更不要なようにも思えるけれど、ようやく戻って来たエイダの補助。すぐ手放すには惜しいように思えてならなかった。



<では今しばらく、このままでいるとしましょう>


『頼んだ。……これからは極力、自分で話せるようにするからさ』



 懐かしさすら感じる、エイダの淡々とした了承。

 僕はそんないつもの反応に苦笑しながら、エイダへと飛行艇を一旦同盟領へ引き返させるよう指示する。


 どうやってエイダが衛星を打ち上げるのに成功したのかなど、聞きたい事は多々あれど、それは後々合流してからでもいいだろう。

 おそらく先行したシャリアらも、頭上を通過した飛行艇には気づいているはず。

 それも含めて説明をするべく、僕は進路上に在る都市デナムの向こう、平野部へ降り待機しているよう頼んだ。



「それじゃ、今度こそ帰ろうか。これで本当に、長い逃亡生活も終了だ」



 僕はそう言うと、レオの背を強めにバシンと叩き、西へ向け移動を開始した。

 レオもまたすぐさま頷き、ようやく本当の終わりが見えた帰路に、喜びから表情が綻び始めている。


 おそらく彼の脳裏には、ラトリッジで待つ家族の姿が映っていることだろう。

 その中にはまだ見ぬ、生まれているはずなレオとリアーナの子供の姿が、きっと含まれている。

 先行しているシャリアと三人の兵士たち、そして僕等二人。最初の時点を除き、なんとか数を減らさずに済んだようであった。



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