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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
ヴィオレッタ
40/422

その少女 01


 デナムでの戦闘終了から一週間少々。

 僕は相変わらず雑多な用事を申し付けられ、都市内をあちらこちらへと走り回っていた。

 どういう訳かこれまで補佐役の居なかったデクスター隊長は、これ幸いとばかりに僕をこき使う。

 やっているのはほぼ伝言役というか、完全な使いっ走りなのだが。



「矢を優先して作って頂けると助かります。あとは兜でしょうか、少しくらい重くてもいいので、丈夫なのを」


「槍なんかはそのまま使えそうなのが多いが、そっちは要らないのかい?」


「投げ槍が二〇〇程欲しいですが、それ以外は売っても問題ありません」



 僕は都市の中心部にほど近い、住民の代表者たちが集まる集会所へと来ていた。

 住民たちに何かの依頼をする時などは、大概ここへと集まるのだが、今僕の前に立ち並んでいるのはこの地で鍛冶を生業とする人たちだ。


 このデナムは国境最前線の都市ということもあって、狭い土地でありながらも鍛冶を生業とする人が多く住む。

 常に武具の需要が高い土地であるため、彼らのような専門職にとってここは、危険の代わりに利益もまた多い地であるようだ。


 倒れた敵兵から回収した装備はここで修繕、あるいは鋳溶かして新たな武具へと作り直される。

 それはそのまま傭兵団が買い上げたりもするが、多くは別の土地へと運ばれて金銭へと換えられることになるらしい。

 そうして得た金銭によって、農耕地のほとんど存在しないデナムは食料を購入するのだ。

 ある意味で、戦場となるからこそ潤う都市であると言っていい。




「了解だ、準備が出来次第そっちに運ぼう。……お前さんも、疲れているようだな」


「いえ大丈夫です、お気遣いなく。では後はお願いします」



 極力穏やかな笑みを浮かべ、僕は目の前に立つ鍛冶師の言葉を否定する。


 ただ彼の言う通り、いい加減疲労も溜まってきているというのは事実だった。

 初日よりはずっと睡眠をとれているのだが、やはり一日中走り回っていては疲れるのも当然か。

 戦闘状態が続いているよりはマシだけれども。


 ただ僕一人が忙しいかと言えばそうではなく、レオは次以降の侵攻にそなえて渓谷内の土木作業へと従事し、ケイリーとマーカスは共和国軍の第二陣が来ないかの偵察に従事。

 それぞれの適性を活かして役割が割り振られていた。

 各々それなりに大変な役割をこなしている以上、僕だけが弱音を吐くわけにもいくまい。



 僕は少しだけ自身に気合を入れ、まだこの先に待っているであろう雑用へと取り掛かろうとする。

 しかし意外なことに、その意気込みはこの日を境に不要のモノとなるのであった。



「ご苦労だったな。ではお前たちはすぐに荷を纏め、ラトリッジへと帰還するといい」



 指示された役割をこなし、完了の報告をした僕に対しデクスター隊長が発した言葉。

 それはここでの仕事は終わったから帰っても構わないというものであった。


 この場には僕だけでなく、同じチームである皆も集められていて、同様に意外そうな顔を浮かべている。



「……よろしいのですか?」


「問題はあるまい。どうやら奴さんも続けては攻めて来ないようだからな」



 隊長は僕の言葉を軽く笑い飛ばし、問題ないと告げる。

 確かにエイダから得た情報に寄れば、今のところ国境付近では動きがなく、近いうちに攻めてくる様子は無さそうだ。



「今回の一件で連中が被った被害は大きい。次はより多くの軍勢を従えてくるかもしれぬが、その機会はしばらく先になるだろうな」


「と言いますと」


「軍事国家である共和国が戦っている相手は、何も同盟だけではない。更に東方のスタウラス国や北方の小部族連合、それに南の"王国"とも国境線でやりあっているからな」



 一つ所に戦力を集中させることが出来ないため、続く攻撃には準備が必要ということであるようだ。

 どうやら共和国は領土的な野心の強い国家であるようで、四方八方へと喧嘩を売った結果、余計に膠着状態を招いているとのことであった。

 大陸中央部に位置し、周囲を複数の国家に囲まれているというのによくやるものだ。



「それに団の本隊から、こちらにある程度増援を回してくれるようだ。斥候役や裏方で動いてくれるヤツも含めてな」



 つまりベテラン達が来る以上、この場で僕等のような新米はお役御免となってしまうということか。

 だが僕等とてこの地でそれなりに貢献してきたという自負がある。

 人を寄越してもらえるから帰れと言われるのも、少々面白くないものはあった。


 ただ隊長はそんな僕等の心境を察したのだろうか。

 付け足すように、その理由を告げる。



「お前たちを戻すよう指示したのは団長だ。何か別件で頼みたい用件があるみたいだぞ」


「団長の指示ですか……?」



 隊長の言葉に、僕はついオウム返しに問うてしまう。

 当然傭兵団である以上、そこには頂点に立つ団長と呼ばれる存在が居るのは当然。

 ただ僕等はその当人であるイェルド傭兵団団長と面識はなく、どんな人物であるかすら知らされてはいなかった。

 現在は北方の戦場へと出向き、前線で指揮を執っているということだけは聞いているが。



「連絡専任の騎兵を使って、常に団長とはやり取りをしているからな。そこにお前らの事を書いたら、状況が落ち着き次第戻すようにとのことだ」


「それは、いったいどのように」


「別に妙な事を書いたりはしていないぞ? ただ有りのまま、お前たちがした行動の成果を書いただけだ」



 団長の真意がどこにあるのかは知れない。

 しかしここまで見た隊長の様子から察するに、それなりに高い評価をもって書かれたであろうことは想像に難くなかった。


 その結果としてお褒めの言葉をもらえるのか。

 あるいは新人が出すにしては大きな成果に、何がしかの疑いを持たれているのか。

 それは今の時点ではよくわからないものの、未だ顔も知らぬ団長に会わねばならぬかもしれない状況に、僕は少々緊張を覚え始めた。




「団長がどんな理由でお前たちを戻すのかは知らんが、決して悪い事態にはならんと思うぞ」


「そうでしょうか……」


「勿論だ。団長は以前も似たような状況で数人を呼び寄せたことがあるが、そいつらは数年以内に団内での地位を上げていった。きっとお前たちもその類だろう」



 ニカリとした笑みで言い放つデクスター隊長の言葉は、決して冗談や慰めで言っているものではないと思えた。

 ただ単純に、団長の人間性を推測してのものだ。

 その言葉によって、背後で立つマーカスやケイリーなどは露骨に安堵した空気を放つ。



「俺たちはこの地に残って警戒を続ける。次に会うのがいつになるかは知らんが、再び共に戦える日を楽しみにしているぞ」



 そう言って隊長は僕等全員の背を、一度ずつ叩く。


 多分に社交辞令的な意味も込められていそうではあるが、僕にはそれが嬉しく思えてならない。

 戦場に出て傭兵団の一員として認めて貰えた。

 彼の言葉は僕にとって、その証明であると信じられるものだった。







 ラトリッジへの帰還を命じられ、再び旅支度をして直後に出立。

 道中にいくつかの山や丘を越え、ようやく僕等はラトリッジへと帰り着こうとしていた。

 なだらかな丘陵地帯に建つラトリッジが、視線の先へと小さく映る。


 行きと異なり、帰りは徒歩。

 乗って行った騎乗鳥と荷車はデナムで使うとのことで、仕方なく置いてくる必要性があったのだ。

 なので往路で五日かかった行程が、帰りには七日を要してしまった。

 山道を進む時などは逆に早い部分もあったのだが。




「特別に追加で報酬をもらえるとか! なんか褒められるんだよきっと!」


「ボクはそんなに楽観的には考えられませんよ……。今さらながら、やっぱり怒られるんじゃないかと気が気でないです」


「大丈夫だって。怒られるんならとっくにそうなってるはずでしょ?」



 小石混じりの細い街道を歩きながら、僕等は会話を続ける。

 今は再び不安を覚え始めたマーカスと、変わらず軽い調子のケイリーの声が響いていた。



「マーカスももう覚悟を決めなって。街は目の前に見えてるんだからさ」


「それが余計にですよ。もし戦力外になったり、何もないような僻地に行かされたりしたらと考えると……」



 以前には思ったよりもしたたかな性格であると思ったのだが、案外こういったストレスに弱いタイプなのだろうか?

 そう言う面では、第一印象の通りであると思わなくはない。



 僕は掛け合いを続ける二人の様子を眺めながら歩く。

 その最中少しだけ隣を見やると、並んで歩くレオがこれといった感情の浮かばぬ表情のままで歩いていた。

 そこでそれとなく、前を歩く二人の会話は聞いているであろうレオにも、心境を問うてみる。



「レオはどうだ?」


「緊張しているかという話か? 俺はまったくない」


「案の定で安心したよ」



 なんとなく聞いてはみたが、やはりそっけない言葉で否定を返す。

 レオも当然ながら無感動ではないため、多少なりと緊張する場面は存在するはず。

 だがこういった先に対する不安感といったものは、あまり彼自身にとって気にする対象ではないのだろう。


 相変わらず簡潔な返しによって速攻で終わってしまう会話。

 しかし彼なりにある程度の感傷は有ったのだろうか、レオは僕へと一つの問いを投げかけてきた。



「どうだった、戦場は」


「どうだった……、と言われてもね」



 いまいち要領を得ない彼の言葉に、僕は首を傾げる。

 レオが僕に対してどういった答えを期待しているのか、それはわからない。

 ただ珍しく向こうから話を振ってきた以上、その言葉には何がしかの想いが込められているのだと感じられた。



「……そうだね。軽いなって思った」


「軽い?」


「ああ、戦場での命がさ。向かってくる共和国軍の兵士たちが、次々と炎に焼かれていくのを見てると、こんなにも呆気ないものなのかと」


「……そうか」



 僕はただひたすらに、正直な内面を吐露する。

 これがレオの望んでいた答えであるとは思えない。

 しかし僕には、これこそが偽らざる戦場に対しての感想に他ならなかった。


 我ながら随分と、精神的に歪になってきたものだとは思う。

 やはりデクスター隊長が言っていた、戦いによって心が歪んでいくというのはこういう事なのだろうかと思わされる。



「レオこそどうなんだ。戦場を乗り越えて、何か思うところは?」


「さあな……。俺にはよくわからない、だから聞いてみた」



 どこか遠い目をしながら、レオはボソリと掠れ気味な声で呟く。


 彼がその青い瞳で何を見ようとしているのか、それを察することは叶わない。

 ただどうしても、レオの瞳が映す先にあるものは、僕が見たものと似ているように思えてならなかった。

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