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人里


 延々と森の中を駆け続けた僕が、ようやく辿り着いた場所。

 そこは人の背丈の数倍はある高さの城壁に囲まれた、それなりの数の人々が居住する町だった。



「人里なんて久しぶりだな……。爺ちゃんに連れて来てもらって以来だから、三年ぶりくらいか?」


<三年と二か月半です。生前に彼が健勝であった頃になります>



 エイダの言葉を聞きつつ、若干の緊張をしながら無人の正門をくぐり、町を歩きながら様子を窺う。

 行き交う人々はそこまで多くはないが、荷車などが通りを走っていく様子から、ここが人の営みある地であると実感できる。

 もっとも、その荷車を引くのは馬などではなく、ダチョウと恐竜を足して割ったような外見の生物。

 おそらくは運搬に適しているため飼われている、この惑星固有の動物だろう。



 更に周囲を見渡してみると、店舗と思われる建物の入り口には、木彫りの看板と見慣れない文字。

 当然僕にはこの惑星で使われている文字を読めようはずもなく、そこが何を扱う店であるのかなどわからない。

 なので、ここでも彼女の力を借りることになる。



『エイダ、文字の翻訳を』



 人通りの中で口に出す訳にもいかない為、僕は少しだけ集中して思考により指示を出す。

 この惑星の言語に関するデータは、船のデータベースへと集められている。

 それをしたのはかつて僕と共にこの町へ来た爺ちゃんで、度々人里に行ってはこういった言語や物価などに関するデータを収集し、意思疎通が可能となるよう準備をしていた。



<当該文字は"材木商"を表すものと推測されます>



 センサーにより読み取った文字を、エイダが僕にわかる言語へ変換して伝える。


 今はもう亡くなってしまったが、あの爺ちゃんには感謝しなくてはならない。

 僕がこの星で生きていくのに、最も重要な手段を残してくれたのだから。

 他星との交流が一切存在しない惑星である以上、言語体系が地球圏とは大きく異なるのも当然。

 それを教えてくれる教師も教材もない状態では、エイダによる翻訳のみが頼みの綱だ。


 そのうち彼女の力を借りずとも読めるようになればいいのだが、それには少々長い時間が必要となるに違いない。

 僕がもし救助されるようなことでもあれば、その必要もないのだけれど。




 僕は次々と、通りに並ぶ店の前を通り過ぎる。

 目に見える範疇だけで幾つもの店々が並び、その珍しさから目が離せない。



『アレとアレは何の店なんだ?』


<あの二つはそれぞれ、手前が"鍛冶屋"。奥が"薬局"となります>


『それじゃあ、あっちの看板は?』


<アレは"診療所"ですね、その隣は"灰屋"と書かれています>


『へぇ……、色々な店があるもんだな。……って、灰屋って何だそれ?』



 エイダによって文字を読み上げて貰うも、いったい灰を何に使うというのか、その用途は知れない。

 だが二~三件同じ店が見える点から、それなりに需要のある商品なのだろう。



 しばらく通りに沿って歩き、看板を一軒一軒確かめていく。

 そうしている内に、僕はとある店の前で立ち止まる。

 外壁には衣料品と記された看板が下がっており、そここそが僕の目的とする場所であった。


 意を決し恐る恐る扉を引いて中へと入ると、店内には壮年の男性が一人だけ。

 この店の店主と思われるその人物は、手にした商品を乱雑に棚へと納めているところだった。



「ん……? ああ、いらっしゃい」


「ど、どうも……」



 聞こえてくる、僕にも理解のできる言葉。

 どうやらエイダの行っている翻訳は、ちゃんと機能しているようだ。



「何の用だい。買うのか、売るのか?」


「買い取りを……、お願いします」



 僕は男性に向けて、持つ物を買い取って欲しいと告げる。


 言葉を聞く時には耳から入った情報が脳を経由して、頭皮下に埋め込まれた端末へ。

 そこからペンダントを介してエイダによって翻訳され、再び脳へと戻されて認識する。

 喋る時は逆に、脳で考えた事が端末を経由してエイダに届き、それが再び脳へと戻されて口から出すという順になる。

 なんとも面倒な方法ではあるが、これをタイムラグなく無意識下で行えるというのはありがたいことだ。



「とりあえず査定すっからよ、出してみな」



 店主の言葉に促され、僕は背負ったバックパックから二枚の大きな布を取り出す。

 両手をいっぱいに広げた程のそれをカウンターの上へと広げると、店主はそれを手にして手触りや丈夫さなどを確かめ始めた。


 これは船の中に転がっていた品で、僕にはこれといって使い道がなかったため、この先必要となるお金を捻出するために売ることにしたものだ。

 何のために積まれていたのかは知らないが、おそらくは僕と同じく船に乗り込んでいた誰かの私物。

 今となっては持ち主も居ないため、ありがたく有効活用させてもらうことにする。


 ただ大きめとはいえ、たった二枚の布でどれだけの金額になるのかはわからない。

 悪くすればタダ同然の値で買い叩かれる可能性も大いにあるのが不安ではあった。



「……あんた、これをどこで手に入れたんだ?」


「すみません。それはちょっと……」



 不意に問うてきた店主の言葉に、僕は咄嗟に言えないと返す。

 まさか他の星から持って来たなどと言う訳にもいかず、自分が作ったと言うのも流石に嘘くさい。

 男性は首を捻りながら、何度も引っ張っては強度を確かめていく。



「……そうだな、とりあえずこんなところか」



 男性はカウンターの下から小さな袋を取り出し、中へと幾らかの硬貨を放り込んでいく。

 そうしてカウンターの上へと置かれた袋を受け取ると、しげしげと中身を覗き込む。



『エイダ、これは……、どの程度の価値なんだ?』


<安くはありません。この町の物価であれば、二月弱は暮らせるかと>



 エイダに問うて確認すると、以外にもそれなりの額であると判明する。

 正直予想していたよりも、ずっと多い額だ。



「ありがとうございます」


「ああ、また手に入ったら持ってきな。……ところで、あんた今夜はどこに泊まるんだ? 見ない顔だし、旅の人間だろう」


「まだ決めていませんで。どこか安い宿はありませんか?」



 店主へと、可能な限り安価に泊まれる宿を問う。

 二月近くは暮らせる額になったとはいえ、そうそう贅沢もしてはいられない。

 今後の見通しが立つまでは、出来るだけ節約をしていかなくては。



「だったらここの四軒隣に在るのを使いな。そこまでボロでもないし、この町で一番安い宿だ。つっても宿は二軒しかないがな」


「ではそこにします」



 僕は店主へと一礼すると、そのまま店を出て言われた通りに真っ直ぐ宿へと向かう。

 この町でどれだけの期間過ごすかはわからないが、大人しく言うことを聞いておいた方が、心証もそこまで悪くはならないはず。

 隣人と上手く付き合っていくのも必要なことだろう。




 衣料品店の店主に指定された宿へと行き、前払いで五日分の宿代を払って二階の部屋へ。

 そこまで古くない建物だと言っていたはずだけれど、ギシギシと軋む床板に少しだけ歩みも慎重になる。

 そもそも木板の床というものに馴染のない僕にとっては、二階の床が木材で作られているというだけでも少々恐ろしい。

 壊れやしないかと思って念の為エイダに確認してもらうと、ほぼ大丈夫であるとの答えが返ってきた。



「……綿のベッドか」



 僕へとあてがわれた部屋は、ベッドが一台にサイドテーブルが一つという、非常に簡素なものだった。

 一応それなりに掃除はしてあるのか、ベッドの淵に座っても埃が立つ様子はない。


 ただ部屋の木窓を開け放った後でベッドに身体を投げ出してみると、僅かに感じるかび臭さ。

 それが多少気にはなるものの、この程度ならばなんとか許容範囲といったところか。

 身体をベッドに横たえたまま、しばらく目を閉じて休憩する。



 さて、これからどうしたものか。

 最初の目的地である町には到着し、当面の生活費と一時の拠点は確保できた。

 どこかの店にでも入り込んで雇ってもらってもいいし、小金が溜まったら別の土地へ移動するのも悪くはない。

 例え航宙船からどれだけ離れていてもエイダとの疎通は可能で、もし仮に救助が来たとしても発見されるのは容易なのだから。



「エイダ、この近辺に他の町は在ったっけ?」


<東南東約六七kmに、現在地よりも若干大きな都市が在りますが>


「六七kmか、遠いな……」


<道は整備されていない模様で、道中で休息を取る必要はありますが、歩けない距離ではありません。ただひ弱なアルフレートの膝が、可愛く震える様が見れそうですが>


「うるさいな……」



 東南東となると通ってきた森とは違う方向なので、移動そのものは楽になるだろう。

 だが六七kmも先となると、かなりの距離を移動しなければならないため、相応の準備は必要になるかもしれない。

 もし移動を開始するにせよ、明日や明後日という話にはならないはず。

 どちらにせよ既に五日分の宿代を払っているのだ、その間に行動を決めればいいため楽なものではあるが。




 少しして目を開け身体を起こすと、開いた窓の向こうに見える空は赤く染まっていているのに気付く。

 いつの間にかベッドの上でうたた寝をしていたようだ。


 疲労からダルさを感じる身体に鞭打って立ち上がる。

 確か宿の主人は、食事をするには別の店へ行かなければならないと言っていたはずだ。

 僕は大きく伸びをすると、当初の目的の一つでもある、普通の食事を求めて部屋の扉を開けた。

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