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天の巨獣 03


 ここが戦場でなく、互いに敵同士ですらないのであれば、この再会は本来喜ばしいものであるのかもしれない。

 茶や酒でも酌み交わし、孫はまだかとせっつかれる。

 そんな何でもない光景に、僕は僅かな緊張感を持って直面していたことだろう。


 だが実際に双方の立場は大きく異なる。

 片や侵略国家の将、片や迎え撃つ国家の人間ともなれば、必然刃を交えるに至る。

 例えそれが妻であるヴィオレッタにとって、生みの母となるダリアとて例外はない。

 血生臭い傭兵に、そして一大勢力の軍事を担う国の長となった時点で、それは避けられない帰結であったのだとは思う。



「距離を取れレオ! 仕切り直す」



 僕はしくじった攻撃のパターンを途中で止め、ダリアの反撃を回避しつつ一度大きく飛び退いた。

 声に反応し、レオもまた背後に迫っていた動きを止める。

 見ればダリアの隠れた左手には、レオを迎え撃つべく短剣が握られており、ともすれば鋭い一撃を見舞われていた可能性すらあった。


 片方が囮となって背後からの強襲。隙を突いて両サイドからの挟み撃ち。そして逃走するフリをしての反撃。

 これらすぐさま思い付く手段は真っ先に試したし、二度ほど同じ攻撃を試みた。

 しかしそのどれもが碌な効果を表さず、軽々といなされ続けている。



「このようにか弱い女を、若造が二人で害そうなどとは。全く世も末だ」


「……なにがか弱い女だ。二人も同時に相手しながらよく言う」


「なに、気持ちの上ではいつまでも娘のつもりでね。恥ずかしげもなくこのように吹聴して回っている」



 距離を取って武器を構え直す僕は、ダリアの飄々とした発言に歯を食いしばり悪態衝く。

 シャノン聖堂国からワディンガム共和国へ移動する際、銃を破棄したのが今になって悔やまれる。

 いかなダリアと言えど、あれを立て続けに撃たれれば流石に厳しいであろうから。

 だが持たぬ物を惜しんでも始まらず、僕等は手にした簡素な短剣を頼りとし、女傑を前に虚勢を張るしかなかった。


 ダリアが特別、常人を遥かに超える身体能力を有している訳ではない。

 むしろそういった面では、常識的な範疇で歳相応。単純な素早さや腕力などであれば、むしろヴィオレッタの方が上であるとすら思えた。

 それでも僕等が手も足も出ないのは、経験からくる卓越した判断能力。

 そしてこちらがギリギリ攻めるのを躊躇するタイミングでされる、牽制の技量だ。


 なるほど、僕等が引き継いだ傭兵団を率いていた、今は地球に居るホムラ中佐と共に居ただけのことはある。

 直接真正面から対峙して勝てぬと思えるのは、あの人の他にはラトリッジで待つリアーナ、そして今目の前に居る人物くらいのものだった。



「さて、そろそろお遊びも終わりが近づいているようだ」


「そうみたいだな……。なら速攻でケリをつけないと」


「君たちに出来ると?」



 決して手を抜いている訳ではないようだが、まだどこかダリアからは余裕めいたものを感じる。

 そんな彼女は短槍の穂先を地面に着くと、肩の力を抜いて片手を自身の耳元へ当てる。それは微かな物音を聞き分けようというジェスチャーだ。

 僕もまた意識をそちらに傾けてみれば、微かに遠くからは大勢の人間が移動する際に発する、金属鎧の鳴る音や声が聞こえ始めていた。


 もう時間が無い。演習を行っていた共和国軍が、シャリアらを追い詰めるために行動を開始してしまっている。



「まずは私を倒し、その上で追手となる数百の軍勢を誘導、見つからぬよう都市デナムまで移動する……、か。こう言ってはなんだが、到底可能であるとは思えんぞ」


「だがこうする他にないんでね。一番最初が特に難関だと知っていても」



 この女傑をどうにかするというのが、最も高いハードルであるというのは言われるまでもない。

 しかし身内だからと大人しく見逃してくれぬのであれば、戦ってその障害を排除する以外にはなかった。


 僅かに生き残った三人の兵士を無事に帰す。これ以上シャリアを踏みにじらせぬよう、五体満足のまま連れて国境を越える。レオを身重な家族のもとへ……。

 そして僕自身も、ヴィオレッタの待つ屋敷へ帰るのだ。


 それらのどれを成すにしても、まずダリアを排除せねば道は開けない。

 僕とレオはそれを認識し、持てるだけの全てをもってこの場を打開するべく、グッと武器を持つ手に力を込める。

 だがその時だ、不意に異音のようなものが聞こえてきたのは。



「……なんだ!?」



 ザザザ、というノイズめいたそれに、僕は動く足を止め瞬時に辺りを見回す。

 接近しつつある共和国軍兵士の、足音や草を掻き分ける音ではない。

 しかしレオには、そしてダリアにはこれといって聞こえてはいないようで、ダリアなどは構え直した短槍を手に、怪訝そうに僕を凝視していた。



「どうしたんだ、アル!」


「いや、そっちには聞こえないのか?」


「兵士連中のことか?」



 決して小さな音ではない。であるというのに、やはりレオには聞こえていないようだ。

 となればこれは、空気が振動することによって耳へ伝わってきたものではない。

 響いているのは耳にでなく、僕の頭の中へだ。よもや撃墜されたはずな衛星が、どうやってか復活したとでもいうのだろうか。

 驚きの中でそう考えていると、この想像が正解であると示さんが如く、頭へ聞きなれた声の断片が流れてきた。



<――mすか、アル。私の声――えますか>


『エイダか!』


<良か――。上手く接――きたようですね>



 若干懐かしさすら感じさせる感覚に、動揺を振り払い内から歓喜が漏れ出す。

 人の声を合成して生み出された、"エイダ"の声。ずっと聞き馴染み続けるも、しばしの間届かずにいたその声。

 実際声には出さぬも、幾度となくその名を繰り返し思考の中で叫ぶ。

 ただすぐには反応が返されず、僅かに無音の間が続いたかと思えば、今度は一切の雑音なく声がハッキリと聞こえる。



<通信機能の最適化を完了。私が離れている間に、随分と切羽詰った状況へ追い込まれたようですね>


『どうやって復活したんだ。衛星を打ち上げるには人手が要るってのに』


<理由は追々説明します。今はそれよりも……>



 先ほどの途切れ途切れなそれとは異なり、鮮明な音声として頭に響く。

 いったいどうやってかは知らないが、新しい衛星を打ち上げるのに成功したようで、頭には幾つかの機能が正常に作動しているという表示が浮かぶ。

 それを成した理由を聞こうとするも、エイダはこちらの言葉を打ち切り、用件だけを言い放った。



<あと二分ほど待ってください、火器による支援を行います>


『支援だって? いったい……』



 エイダはいったい何をしようというのか、もう少しばかり持ち堪えろとばかり、一方的に指示を出してきた。

 火器による支援と言われても、運用する衛星にそのような機能は存在しない。

 あくまでも救難信号の発信を主目的とし作られた、民生品の代物であるだけに、軍事用途で使用されるような兵器が搭載されているわけはなかった。

 ただ僕はエイダの意図を理解しないままながら、ひとまずその言葉を信じることとした。



「なにやらおかしな反応をする。追い詰められて気でも触れたかね?」


「さあ、それはどうだろう。案外その通りかもしれないよ」



 この間僅か数秒程度のものであったのだが、ダリアにしてみれば酷くおかしな物を見たと感じたようだ。

 先ほど同様に怪訝そうな素振りをし、僕へと困惑混じりの声をかける。

 エイダがどういった手段で支援をするのかは知らないが、この状況を切り抜けられるのであれば何でもいい。

 告げられた二分という時間を生き残り待つべく、肩を竦めおどけた調子で反応してやることにした。



「という訳ではないと見える。大抵そのような返しをする者は、奥の手を隠し持っているものだ」


「いったい何のことやら。この状況で起死回生の一手、本当にあるならとっくに使っているさ」


「……解せんな。余裕が生まれたようにも見えるが、動揺や困惑が混在しているようにも窺える。いったい今の瞬間に何を考えた」



 やはり血は争えないのか、ヴィオレッタ同様に勘の鋭い人だ。

 必至に内へ隠していた感情などお見通しであったようで、ダリアは僕が隠し玉を持っていると確信しているらしい。



「そういえばお前は、あの男と同郷であったな。前に手合せした時も、妙な発光する武器を持っていた」



 そうだ、ダリアは僕のことを遥か遠い地から来た人間であると知っているのだ。

 彼女の夫であったホムラ中佐が、かつてその断片を話していたようなので、そういった奥の手を持っていてもおかしくないと考えたらしい。

 そのためどちらにせよ、僕が常軌を逸する力を持っていると考えたか、先ほどまで見せなかた警戒感を露わとする。


 ダリアからはまるで視覚化されたような、強い敵意や戦意をが立ち上っていく。

 その強い圧力に戦慄し、背筋が粟立つのを感じる。

 だがこちらにとってそれは好都合。戦意は増したようだが、同時にこちらの動きを警戒し直接的な攻撃に出ようとはしてこない。

 時間を稼ぐのにそれは都合がよく、僕はそれらしい含みを持たせたまま、エイダに指定された二分という時を耐えた。



<お待たせしました。その場を動かないようにしてください>



 そうして暫し。短槍を構えるダリアと睨み合っていると、ようやくエイダから声が届く。

 レオに動かぬよう手でジェスチャーを送り、いったい何が起きるのであろうかと身構えていると、今度は不意に"耳へと"低く呻るような音が聞こえてきた。

 共和国軍の兵士が歩く音ではない。もっと低く力強い、風を切るというよりも押しのけていく音。


 ハッとし空を見上げてみれば、瞬時に大きくなっていくそれは猛烈な勢いで風を撒き起こし、距離にしてわずか数十Mという上空を貫いていく。

 ずんぐりとしたシルエットに、両側面から伸びる少しばかり小さな翼。そして空気を撹拌し力強く進むプロペラ。

 間違いない、随分と前にシャノン聖堂国から脱出するために使用した、ラトリッジ近郊に建てた格納庫に隠す飛行艇だ。



「あれはいったい……。空を飛ぶ巨大な獣!?」



 すぐ直上を勢いよく通過していった、巨大な威容に唖然とするダリア。

 彼女は目を見開き、風にたなびく髪を抑えながら、力強く舞う飛行艇をそう言い表わした。

 なるほど、確かに一切を知らぬ者が見れば、咆哮上げ空を駆ける巨獣に見えてもおかしくはない。

 追い詰められた僕等を助ける力。エイダによってもたらされたそれに、僕は目の前に明るい道が開いたような心地にさせられた。



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