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遮断 14


 夜間は移動のための時間。それはシャノン聖堂国へと逃げ延びて以降、ずっと続いていた行動だった。

 聖堂国においては、昼間の焦がされるような陽射しを避けるため。

 そしてワディンガム共和国へ入って以降は、単純に迫っているであろう敵から身を隠すために。

 故にこの都市へ辿り着き、固くもちゃんと布で覆われたベッドの上、夜に眠れるというのは望外の喜びだった。


 ようやく逃亡と緊張の連続から解き放たれ、穏やかに眠りに就ける日々が戻るのだろうかという安堵感に、僕は身体の力を抜き眠気に身を任せる。

 だが僅かながら翌日も休息を摂れると思いきや、事態はそれを許してくれそうもなかった。



「……なんだ?」


「わからない。ちょっと見て来よう」



 この都市に辿り着いた僕とレオ、そしてシャリアらを含む六人は、大通りに面した商会の奥に在る一室を一時の宿としている。

 だが微睡みの中にある僕等を叩き起こしたのは、商会の入り口方向で鳴ったと思われる大きな音。

 何かを叩くような、というよりも殴りつける物音に、僕等は反射的に跳ね起き自身の武器へと手を伸ばす。


 室内の暗さに慣れた目で互いに顔を見合わせ、レオに待っているよう告げソッと部屋を抜ける。

 上着だけを羽織り廊下へ出てみれば、丁度隣の部屋も扉が開き、中からはシャリアが顔を覗かせていた。



「……何ごとでしょうか」


「まだわからない。でもあまり平穏とは言い難い雰囲気だね」



 彼女もまた眠っていたところを叩き起こされたようで、薄手の寝巻に上着を一枚羽織っていた。

 ただ敵地で一般人として馴染み暮らすという役柄、習慣であるのか一見して武器の類は持ってはいない。


 その彼女へと、一旦部屋へ戻り用心しておくように告げると、さらに出てきた三人の兵たちにも待機するよう指示し、僕はすぐさま入口の方へと向かう。

 商会入口の方からは物音と共に、怒声らしき声が幾重にも重なって響く。

 音は次第に大きくなっていき、発される声も徐々に鮮明となっていく。そして頑丈に作られた入口の扉が見える場所まで来ると、声の主が何を言っているのかが定かとなった。



「繰り返す! 我々は共和国軍治安維持部隊だ。これより臨検を行う、速やかに扉を開けよ!」



 先ほどから扉を幾度となく叩き、開かせようというよりも今にも破ろうとしているのは、共和国の軍人たち。

 いったい急にどうしてと思いはするが、心当たりなど僕等の存在意外にあろうはずがない。

 結果的に、昨夜レオへ話した予感が当たっていたことになるのだろう。


 歯噛みしどうしたものかと逡巡するも、すぐ背後へ人の気配が生まれるのに気付く。

 振り返ってみれば、そこに居たのはこの商会の主であり、ここで諜報活動を担う壮年の男であった。



「共和国軍は強権ですが、このような事は滅多に行いません。となれば皆様を匿っていると、察知されてしまったようですな」


「そのようだ。すまない、まったく気付かなかったが、付けられていたのかもしれない」


「あるいはずっと以前より、我々に疑いを持っていたのかもしれません。でなければ出てきたところを抑えるだけで良いのですから」



 このようなタイミングで来るなど、僕等が見張られていたと考えるのが自然。

 しかし男は平然とした態度を崩さぬまま、前々からこの商会へ疑いの目を向けられていた可能性を口にした。


 まさかと思いはするが、言われてみればそうなのかもしれない。

 隠れ蓑として機能している商会ではあるが、事業の成功によってこの都市においては、かなりの税を納める存在となっている。

 そんな商会相手であれば、まだ入って一日と経っていない状態で、あまり無闇な行動に出るかは疑わしい。


 となれば商会そのものへ以前から疑いの目を向けており、踏み込む口実を待っていた可能性は大いにある。

 得体の知れぬ人間が中へ入り、そのまま出てこないという事実を上手く使われたのだと。



「詮索は後です、今は脱出を」


「可能なのか? おそらく裏口も含め監視されているぞ」


「備蓄倉庫の奥に、隠し扉を用意しております。地下道に繋がっておりますので、入口に置いてある荷を持ってお逃げください」



 彼は僕の背を押し奥へ向かわせると、途中で起きてきた青年を案内役とし、すぐさま逃げるよう告げた。

 随分用意周到であると言って良いのか、地下道に加え道中必要な荷までも用意していたようだ。

 ただ口振りからすると、自分たちの正体が疑われている可能性を考えていたようなので、本来万が一に備え自分たちが使うための物なのかもしれない。



「貴方たちどうする。もし捕まりでもすれば……」


「なに、連中とて拘束するに足る根拠がなければ、易々と危害は加えませぬ。それに我々とて相応に訓練を受けた身、万が一剣を交えるとなっても、雑兵如き蹴散らしてみせましょう」



 男はそう言うと、暗い建物の中であるというのに、ギラリと輝くような目で笑んだ。

 なるほど、傭兵団時代から長くこういった役割を担ってきただけはある、実際に見た訳ではないが実力は相当なものを持っていそうだ。



 僕は彼の言葉を信じると、すぐさま商会の奥へと駆け戻る。

 そこで既に着替えを済ましていた全員に声掛け、自身の荷物を持つと急ぎ商会の青年に案内され、扱う商品の多くが置かれた一室へと向かった。


 薬草類を多く扱う商会であるためか、幾つもの大きな木箱が置かれ、その中には無数の乾燥させた草花が納められている。

 室内を埋め尽くすその箱の幾つかを押しのけ、一見してなにもない壁の前へと立つ。

 そこで青年が壁の数か所に空いた穴へ、細い棒を不規則な順で捻じ込むと、壁はガタリと音を立て開いた。



「お早く。ここを真っ直ぐに進めば、都市の北側にある岩山へ出ます。そのまま国境へ」


「助かる。君たちの無事を祈っているよ」


「そのお言葉だけで十分です。では……」



 洋灯をこちらに渡した青年は、再度扉を閉めるべく力を込める。

 彼はこのまま商会に残り、素知らぬ顔をしてただの一般人を装うのだろう。

 そういえば彼はしばらく前、僕がラトリッジの軍内から選抜し、マーカスのもとへ送った一人であったか。

 思えば過酷な役割を与えたものだと思いつつも、僕らは頷き大人しく地下へと降りていく。


 背後で扉が重く響き閉まると同時に、通路内は手にした洋灯の明りだけとなる。

 その心許ない明りを二つに増やし、僕六人は人ひとりが通れる細いその道を、慎重に進んでいった。



「もしやわたくしたちが来た時から、監視されていたのでしょうか」


「いや、どうやらそれ以前からのようだ。僕らのことはあくまで切欠でしかない」



 洋灯で先を照らす僕のすぐ後ろ。狭さから背負えぬ荷物を引きずるように持つシャリアは、険しい表情を浮かべ問うた。

 彼女はどうやらこの事を、商会主の男から聞かされていなかったようだ。

 諜報要員として受け持つ地域が違うため、いかな同僚とは言えシャリアもここではお客。そのため彼女は商会主の男から、一切を聞かされていなかったようだ。

 歯噛みするシャリアへと、僕は振り返りすぐさまそれを否定する。



「大丈夫、上手く切り抜けてくれるさ。なにせ共和国軍には、彼らを捕まえるだけの根拠がない」


「だと良いのですが……」



 一応は慰めめいた言葉を発するも、シャリアにしてみれば楽観視は出来ぬらしい。

 僕だって確証を持って言ったわけではなく、あくまでも都合の良い推測、願望の域を出ない話。

 願わくば、そうあって欲しいのだが。

 ただこれ以上僕等に出来る事などなく、彼らが無事であってくれるよう祈る他ない。



「欲を言えば、ベッドをせめてもう一日くらいは堪能したかった」


「言えてます。我々もここ数日は実に楽でしたから」


「お前たちはまだ良いだろう。俺とアルなんかたったの半日だけだ」



 沈んだ空気を変えようとしたか、明りを手に先頭を歩くレオは、嘆息混じりに寝床への未練を口にした。

 レオの言葉に同意した兵が軽く笑うと、レオは再び不満気な様子を見せ、彼らの会話を聞き背後を歩くシャリアからは小さな笑いが漏れるのが聞こえる。


 まだ都市の地下を歩いてるため、あまり大きな声を出すのは難しいが、レオの言葉を切欠に多少は気が紛れていく。

 そんな中ではあったが、人に気にせぬよう言っておきながら、僕は内の奥で陰鬱さを溜め込んでいた。

 今更ではあるが、もし衛星が撃墜されておらず空からの目が生きていれば、もっと早くに察知できていたのだとは思う。

 尾行をされているかの有無も気付いたろうし、シャリアらが無事であることもわかったはずだ。


 やはりエイダの支援あってこその僕であり、それこそがここまで昇り詰めた原動力。

 そう思えば突然に耳へ響いて来たエイダの声が懐かしく、僕は仲間たちと行動しつつもどこか、置いてけぼりとなった子供のような心境となっていた。



 そんな心情を吐露もできず、なんとか表面では平静を装い狭い地下道を歩き続ける。

 そうしてしばし進んだ結果、ようやく緩い上り坂を経て外へと辿り着いた。

 騒動が起きたのは深夜であったのだが、今は既に太陽も完全に顔を出し、眩しい朝日が強く照り付けている。



「ここから西へ進む。予定より一日早いけれど、このまま渓谷内を通っていこう」


「町へ残った連中はどうする」


「……口惜しいけれど、今の僕等には助ける術がない。無事ラトリッジへ辿り着いてから、改めて様子を確認しよう」



 実に無力感を感じざるを得ないが、ここで踵を返し助けに戻ることも出来はしない。

 険しい表情で離れた場所に見える都市を眺めるレオへ、僕は自身の未練を断ち切らんと断言した。

 レオだけではない、同行する三人の兵にしても、やはり戦いもせず逃げ出したのを口惜しく思っているようだ。

 シャリアはここまでの道中で割り切ったのか、表情には表れていないものの、内心では気が重いだろうことは想像に難くない。


 僕はそんな都市を遠目に眺める五人へ背を向け、荷物を背負い直し、真っ直ぐに向かうべき西へと視線を向けていた。



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