遮断 11
ただただ無言のままで、荷物を背負って暗い山地を歩いていく。
すぐ後ろを歩くレオもまた、口を開くこともなく荒れた地面を踏み、僕以上の荷物を持って進む。
片言でしか言葉が通じないということもあり、ごく短い励ましの言葉以上のものは発せず、夜闇の中で沈黙ばかりが響くように感じられた。
僕が幼少の頃にこの惑星へ降り立って以降、これまでエイダに支えられてきたのは言うまでもない。
だがエイダと一切の繋がりが失せた今、ここに至ってただ一人異星に放り出されたようなもの。
高空からの情報支援もなく、装備する装置の起動作業すら儘ならない。そして言語も片言でしか通じない。
エイダの本体そのものは、同盟領内の深い森に在る航宙船に納められているため、そちらは無事であるはず。
だが両者を繋ぐための中継地点、衛星がないことにはどうしようもなかった。
「大丈夫か?」
「ああ、問題はないよ」
ぐちゃぐちゃと思考が混雑し始めた僕が、重い息を吐いたところで、レオは簡潔に心配をする声を発した。
ほとんど言葉が通じないとはいえ、このくらいならばわかるし、なんとか返すことができる。
ただ細かい打ち合わせも出来ぬこの状況で、いったいこれからどう動いたものか……。
しかしあえてこの中で救いと言えるのは、正確な認識とは言えないまでも、僕は元々この惑星の住人でないとレオが知っていること。
言語を何がしかの手段で行使しているに過ぎず、それが無くなれば意思疎通すら困難になってしまうというのは、以前に話をしたことがあった。
そのおかげだろう、レオはさしたる動揺もせず、時々簡単な励ます言葉を発してくれていた。
再び無言となった僕等は、一路シャリアらが待つ都市へ向け道を急いだ。
ふと夜空を見上げれば、無数に瞬く星が地上を見下ろす。
本来であればあの中に、エイダと繋がる衛星が浮かんでいたであろうに。
衛星を復活させる手段そのものは存在する。
あれは十数年に一度ほどの頻度で交換が必要な消耗品、予備となる衛星は航宙船の中に備わっている。
しかしただそれだけであれば、エイダが勝手に打ち上げて一時的にでも回復させれば済む話。
それでもそうしないのは、あれが人の手によって一定の作業をせねば、打ち上げられぬ仕組みとなっているためであった。
「アル、ちょっと待て」
衛星を再度打ち上げねば行動は難しくなるが、打ち上げるためには帰還しなくてはならない。
さていったいどうしたものかと、そんな事を考えながら歩いていると、鋭く制止するレオの声と共に、強く肩を掴まれ引っ張られる。
いったいなにがと思い振り返ると、彼は身を低くしながら、前方をスッと指さした。
よくよく前方を見てみれば、夜闇の中でうっすらとだが、明りが灯っているのがわかる。
次の町まではまだ距離があるはずなので、おそらく共和国の街道各地に点在する、軍の見張り所かなにかだろう。
レオに留められるまでまるで気付いておらず、こういった点でも僕がエイダに頼り切りだった事実を突き付けられる。
「――――? それとも」
「すまないレオ、何て言ったのか……」
「攻撃、隠れて通る、どっちだ?」
僕もまた共和国軍に見つからぬよう、身を低く保って岩場に隠れる。
レオはその体勢で隠れこちらを見て何事か問うてくるのだが、やはり彼の言わんとしている事がどうしても理解できない。
それは彼にも伝わったようで、ほんの僅かに逡巡してから、多少の身振り手振りを交えて、簡単な単語を用いて問い直した。
これは本格的にマズイかもしれない。
時折は万が一に備えて勉強をしていたのだが、ラトリッジが新たな国へと変わる繁忙期以降、忙しさにかまけて疎かにしていたのが祟っている。
この局面を無事乗り越えラトリッジへ戻った暁には、統治者としての役割と並行して、徹底的に語学を叩き込む必要があった。
「……迂回しよう。たぶん、シャリアたちはもう通っているはず」
「了解だ」
このルートは先行するシャリアらも通ったはずであるが、遠くに薄らと見える小さな小屋には、彼女らが使う荷車が見当たらない。
となれば不審に思われることなく、あそこを通過したと考えるのが自然。
もし拘束されているのであれば別だが、そうでないなら無用の戦闘は回避した方が無難だとは思う。
どうしても避けられないのであればともかく、移動する先々で戦闘を繰り返しては、逃げる先をみすみす教えるようなものだ。
僕らは簡単な単語でやり取りを行うと、細い街道から外れる。
足場の固められていない、崩れ易い斜面をゆっくりと慎重に歩き、見張り小屋に立つ兵士から見えぬように進む。
昼間であれば、せめて僕の言葉が問題ない状態であればともかく、今は旅人や行商人に扮するのは難しい。
「まだ五日は――。早く――――」
「仕方がないだろう。――の到着を待つしかない」
見張り小屋のすぐ近くを通る時、立つ兵士たちが交わす会話が聞こえる。
こういったものからも、何がしかの情報を得られることが多いのだが、生憎と今の僕には半分近くが意味不明の音としか聞こえない。
しかしレオがこれといった反応を示していないので、ただの世間話か愚痴の類であるのだとは思う。
それでも内容を理解できぬ歯痒さに、見張り小屋をやり過ごして街道へ戻ったところで息を漏らす。
レオはそんな僕の肩へ軽く触れ、「気にするな」と、簡単な言葉で告げ先を歩いた。
難所を突破した僕等はそのまま夜通し歩き続け、早朝に都市リヴォルタから最も近い小さな町へ辿り着いた。
この町は昔から共和国の領土であり、侵略によって併合された土地ではないと聞く。
そのおかげだろうか、決して規模の大きな町とは言い難いものの、建物の壁面は小奇麗で、比較的大きな民家や商店が立ち並んでいる。
町人たちに関しても古くから住む者は、徹底した階級によって区別される共和国において、比較的高い位置に類するはずだ。
ただどうやらシャリアらは、既にここを通り過ぎているようだ。
小さな町を一通り周ってみても、彼女らが使う荷車が置いてある形跡はなかった。
荷車に乗せた食料が潤沢であるのに加え、兵士が迫ってくる可能性を考え、そのまま素通りしたのかもしれない。
「少しだけ休憩をしようか?」
「ああ、俺はそこの出店で――も買ってくる」
荷車に乗って移動するシャリアらと異なり、僕等は歩き通しであったため、少しばかりここで小休止を挟むことにした。
開いたばかりの小さな出店で、歩きながら食べられるような軽食を買い、ほどほどに目立たぬ場所へ腰を降ろす。
しかし身体の力を抜いた矢先、視線の先では小さな立て看板を前に、大勢の住民たちが群がっているのに気付く。
なにやら嫌な予感がしつつも、再度立ち上がり近づいて様子を見てみると、看板の内容を目にしたレオが表情を強張らせるのに気付いた。
「マズイな……」
彼は人の喧騒に掻き消えてしまう、小さな声で呟く。
いったいどうしたのだろうかと、僕もまた看板へと視線を遣り読み進めていく。
会話の方はかなり拙い面が多いが、文字の方はそれなりに読めるようになっている。
そこでなんとか悪戦苦闘しつつも読み進めていくと、レオが緊張した理由がすぐ明らかとなった。
看板に掲示されていたのは、共和国軍発の布告。
他国からの間者が共和国内に潜入、リヴォルタの軍施設を攻撃し現在も逃亡中であるという、起きたことそのままを説明する内容だ。
その間者はリヴォルタより逃走したため、近隣都市の者は警戒せよという指示が記されている。
「早く出発するぞ」
「ああ、のんびり休憩している場合じゃないね」
伝書鳥を使って行われる連絡手段は、ここワディンガム共和国に限らず、大陸の各地で普通に使われている。
人よりも遥かに早いそれを使い、逃げる先へ待ち構えるように知らせを届けているようだ。
具体的な人相などは書かれてはおらず、リヴォルタ方面から来た旅人や行商人に警戒する旨が記されているだけだが、それでも到底安心はできない。
つまり僕等のような存在を指す内容だけに、僕はレオと共にそこから急ぎ離れようと小さく後ずさる。
「そういえば、――――が居るってさっき露店の親父が言ってたが……」
「こんな時期に――」
「まさかとは思うが、そいつらが……」
ただ逃げ出すと決めるには、少しばかり決断が遅かったのかもしれない。
背を向けようとした僕の耳へと、全てを聞き取れないながらも、住民たちの話す善からぬ内容が飛び込んできた。
共和国によって征服された土地であれば、住民たちも軍の指示に反発し、このような看板を無視するということもあるだろう。
しかしこの辺り一帯は、大昔から共和国の領土であり、そういった反発心とは無縁な地域。
つまり然程大きくもない町へ紛れ込んだ余所者、僕等の存在はすぐさま住民たちの目に留まり、速やかに軍の指示を遂行しようとする。
そんな住民の中の一人が、この場から逃げ出そうとした僕等の姿を見るなり、大声を上げるのにそう時間はかからなかった。
「あいつらだ! さっき来たばかりの――!」
叫び声を上げたのは、いつの間に集団の中へ混ざっていたのか、つい先ほど軽食を買った露店の店主。
一斉に住民たちはこちらへ振り返り、目を見開いて怒声を上げる。
「捕まえろ!」
「――呼んで来い、ここに敵が居るぞ!」
まだ僕等が軍の告知にあった間者であると確証もないはずなのに、集団ヒステリーの如く敵と認識してしまったようだ。
もっともそれそのものは正解であるため、弁解など出来ようはずもない。
それに僕が言葉を上手く使えぬ今、会話が通じぬのは他国人である証拠という理由で、確信を持って袋叩きにされかねなかった。
言語の統一された大陸にあってそのような事はないのだが、こうなってはそれすら通じぬ可能性が高い。
「逃げるぞ、アル!」
「了解だ。一気に町を抜ける」
興奮し金切り声をあげる住民たちへ背を向け、僕等は一方へ向け一気に駆ける。
置いておいた荷物を拾い、一直線に小さな町の大通りを抜け、突然起きた騒ぎに困惑する見張りの兵の横を通り過ぎていった。
一瞬だけ背後を振り返ってみれば、町の入口付近に殺到する住民たちの手へと、農具や薪割の手斧が握られているのが見える。
いくら一人一人が戦えるような人間でなくとも、一斉に襲い掛かられては恐ろしい事態になってしまう。
かなり疲労感はあるが、夜通し歩き続けて正解だった。
町に到着するのがもう少し遅ければ、さり気なく取り囲まれ速攻で捕まっていたかもしれない。
僕はそんな好ましくない光景を想像し、ゾッとしながらレオと共に岩山の街道を駆けていった。




