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遮断 08


 市街地で人目につかぬよう気絶させ、密かに隠れ家へと運び確保し軍施設の構造を聞き出そうとした軍人の男。

 そいつは思いのほか位が高く、都市リヴォルタ駐留軍の副司令などという、大層な肩書を持つ人物であった。

 ただこういった立場の人間は、逆に施設内のあれこれを把握していないのではと心配したのだが、拘束されたシャリアの存在はちゃんと把握してくれていたらしい。

 少しばかり痛めつければその居場所を吐くかと考え、腕の一本でもと頂くかと脅したところで、思いのほかアッサリと居場所を聞き出せた。



「それじゃ、早速助けに行くとしようか。夜が明ける前に済ませたい」


「こいつはどういたしますか? このまま置いておくというのも」


「そうだな……。とりあえずは逃げられないよう、縛って物置へ転がしておこう。声も出せないようにね」



 囚われの身であるシャリアを助けるのに、必要な情報は得られた。

 ならばすぐさま行動に移すかと言うも、すぐ背後に立っていた兵の一人は、おずおずと小さく挙手し問うてくる。

 彼が向ける視線の先には、目を回しグッタリとしている共和国軍副司令の男。


 今は気を失ってこそいるが、しばらくすれば意識を取り戻すであろうし、そうなった時に暴れて周辺住民に不信がられても困る。

 そこで隠れ家の物置へと放り込み、戻って来た後で扱いを決めることとした。

 助け出したシャリアにでも、良い対処法を聞くというのが無難だろうか。



 副司令の男を物置へ転がすなり、僕等は急ぎシャリア救出の準備を進めていく。

 とはいえ出来ることなどたかが知れており、至って普通な一見してただの市民にしか見えぬ服装の下へ、密かに幾ばくかの武器を忍ばせる程度ではあった。


 それでも今回は上手くすれば、それほど多くの装備を必要とはしないはず。

 どうやら男から聞き出した内容によれば、あの施設には密かに通り抜けられる通用口が存在するようで、派手に外壁を破壊して突破するという強硬手段を採らずに済みそうではあった。

 だが一応念のために、僕は背負った小さな背嚢の中へと、国境越えの際に聖堂国兵士を排除した装備を押し込む。



「それにしても、あんな輩が数百人からなる部隊の将とは。共和国の軍に対する印象が変わってしまいました」



 準備のほとんどを終え、さあ出ようかという頃合い。

 上着の裏に小さなナイフを仕込んでいる兵の一人が、さきほど男を押し込んだ物置を眺めながら、嘆息するように呟く。


 確かに彼の言うように、あいつは小太りで筋肉らしきものが消え失せ、手には武器を握るタコすら見られない。

 おまけに最初こそ気丈であったものの、脅しをかけた途端にペラペラと口を割ったのだ。

 大陸最大の軍事国家と言われるワディンガム共和国。そこの軍で大勢の兵を率いる立場を思えば、彼らがやるせない気持ちになるのもわからないでもなかった。



「僕等と違って、共和国の軍は指揮官が前線に全く出ないからね。長く戦場や訓練から遠ざかっていれば、ああなるのも不思議じゃないよ」


「そういうものですか……。自分たちの立場からすれば、あれに上から指図されるのは御免被りたいところです」


「この国は生まれ持った階級が絶対だ、どんな相手であってもそれには逆らえないと聞く。それに同盟でだって、騎士隊の連中はあんなものだったろう?」



 そう説明をしてみると、彼は言われてみればとばかりに、納得したように頷く。

 共和国は全ての人間に五段階の階級が割り振られ、それに沿って人生のほとんどが決められてしまう国。

 元来の共和国国民は上に、共和国によって征服された国の民は下に。軍で指揮官になるのは前者、末端の兵士は後者の出自だ。

 下剋上の許されぬ制度であり、決して上に立てつくことは許されぬこの国では、真っ当に剣も握ったことのない指揮官に命令されるなど日常の光景であると聞く。



「こっちは精々、同盟に生まれた幸運を享受するとしよう。おかげで僕自身こうして都市で上に立てたわけだしさ」



 僕がそう言って笑うと、彼もまた腰へ手を当て小さく笑む。

 これから敵の拠点へ乗り込もうとしている状況、上手くリラックスさせるだけの会話にはなれたようだ。


 ただこの会話の中で、そういえばと僕は一つのことを思い出す。

 都市リヴォルタ駐留軍の副司令と言えば、かつてこの地を訪れた時に任じられていたのは、ヴィオレッタの母親であるダリアという女性であった。

 元々共和国の軍人であった彼女は、紆余曲折あって同盟領に入り込み、そこでヴィオレッタを成した後、母国であるこの地へ帰ったという話。


 もしやもう一つ上の立場に立ったのだろうかと思い、物置へ入り男へそれとなく確認してみるも、吐かれた司令の名はまったく聞いたことがないもの。

 どうもここ数年の間に、別の任地へ移ってしまったようで、僕は内心でそのことへ安堵した。

 一応は義母に当たる人物なだけに、単純に武器を手に対峙したくないというのもある。

 ただそれ以上に、あれから数年が経ち僕もそれなりに実力も付いたと思うが、いまだもって勝てるイメージがまったく沸かず、当時見せつけられた彼女の実力はそれ程までに鮮烈であった。




 この地に現在ダリアが居ないというのを幸運に捉えつつ、僕等は人々の寝静まった市街地を抜け、都市の外れへと移動する。

 所々へ立つ見回りの兵を迂回し避け、ゴツゴツと固い地面を走り辿り着いたのは、聞き出した通用口を望む岩場の陰。

 そこで見張りに立っている歩哨を眺め、僕は背後の全員へ向き直る。



「作戦は道中説明した通りだ。頭に入っているな?」



 岩の陰で声を潜め、全員へここへ移動する中で簡潔にした計画の確認をする。

 レオを含め全員が黙したままで頷き、簡潔ながらも即座に頭へ叩き込み、幾度か脳内でシミュレートを行っている様子が知れた。



「本来ならこんなもの、作戦とすら言えない単純に過ぎる内容だ。けれど今はこれ以上の策を練る余裕はない。速やかに、迷いなく遂行しよう」


「了解した。俺もサッサとシャリアを助け出して、こんな国からはおさらばしたい」



 本当ならばもう少し、じっくりと計画を立てて潜入したいというのが本音。

 ただ副司令などと呼ばれる役職を持つ人間が、昼間以降突如として姿を消してしまったのだ。今は別段それらしい反応はないが、いずれ異常を察知し捜索が始まるだろう。

 こうなった以上、早急に行動を起こさなくてはならない。タイムリミットは、共和国軍があいつの失踪に勘付くまで。


 すぐさま僕の言葉に了解を返すレオは、凝った肩を回しうんざりとした表情を浮かべる。

 レオにしてみれば聖堂国に共和国と、食事の面であまり豊かでない国での逃走劇が続いたのだ。いい加減豊富な食材を使える地元の料理が恋しいらしい。

 いや、というよりも家で待たせているリアーナの料理がだろうか。



「同感だよ、僕も固いパンと干し肉の生活はそろそろ切り上げたい。だがまずはシャリアを助けるのが先だ。これが成功した時の報酬は、シャリアが作り笑いで告げてくれる感謝の言葉。個人的には悪くないと思う」


「なかなかに良いご趣味だと思います。我々としては、感情込めて抱き着き口づけの一つもして欲しいところですが」


「形だけでいいなら、期待していいかもしれないぞ。彼女はきっとそういった演技もお手の物だから」


「せめて少しくらいは、本気の抱擁を受けたいところですね。あとはラトリッジへ帰ってから、速攻で浴場に駆け込むのが楽しみで」


「そいつもいいな。長く真面な風呂に入れていない」



 歩哨に立つ兵士を観察しつつ、僕等は小さな声で談笑を交わす。

 作戦前に緊張をほぐすという意味合いもあるが、もうしばらく行動に出るには時間を要する。

 本来ならこのような会話もそこそこに、できれば早々に行動したいところだが、あの歩哨が交代をしたタイミングを見計らいたいと考えたため。


 まだかまだかと、焦れる気持ちを会話によって押さえつける。

 そうして待っていると、一人の兵士が壁に開いた通用口から外へ出て、今まで立っていた男と交代をしようとした。

 背後で待機するレオらを抑え、そいつが一人になるのを待つ。

 報告かあるいはただの世間話か、幾ばくかの言葉を交わして片方が中へ引っ込むと、僕は合図をして一気に岩陰から飛び出した。



「なんだおま――」



 交代したばかりで眠気がないせいだろうか。歩哨はすぐさまこちらへ気が付き、手にした槍を構え叫ぼうとする。

 だがそれを言い終える間もなく、数十mの距離を一気に駆け抜けた僕とレオは肉薄。

 僕が兵士の口元を押さえると同時に、レオが呻る拳を鳩尾へ叩き込んだ。


 白目を剥いて意識を失い、膝を折る兵士。

 そいつの身体が落ちる前に支えると、急ぎ踵を返して岩陰へと引きずり込む。



「急ごう。思いのほか手間取ってしまった」



 岩陰へ気絶した兵士を転がすと、まずはそいつに猿轡を噛ませる。

 次いで着ている軍服を引っぺがし、同行する三人の中で最も体格の近い者へと渡した。

 これから施設内へ潜入する役目は、僕とレオが担う。

 外で待つ彼ら三人の内一人が歩哨に成りすまし、警戒に立つフリをした状態で状況を窺い、残る二人が陽動を担うこととなる。



「十分気を付けてくれ。いくら今現在敵兵が少ないとはいえ、ここは敵の中枢なんだから」


「了解いたしました。我々も生きて帰るつもりです、しっかり役目は果たしてみせましょう」



 少々窮屈そうに共和国軍の軍服を着ていく彼は、真剣な表情となり小さく敬礼をする。

 僕とレオはそこで全員の顔を見渡し、軽く拳同士を合わせてから再度飛び出した。


 急ぎ壁へ張りつき、遠目ではわからない小さな出っ張りを掴んで引く。

 すると先ほど兵が出てきたように、壁の一部が動き扉となっていき、中の様子を確認するなり滑り込む。



「最近はこんなのが続くな。留守を狙ってばかりで、俺自身コソ泥になった心境だ」


「こっちはたったの数人なんだ、こればかりは仕方がないさ。もし本格的に飽きたら、何百人の相手をしてみるかい?」


「そいつは冗談じゃないな。せめて数十人程度にしておいてくれ」



 施設内の通路を静かに駆け、僕等は奥へ奥へと進んでいく。

 通路の角で身を隠し、奥の様子を見るも人影らしきものは見当たらず、この基地内に兵士がそう多くは詰めていないことが窺えた。


 例年であれば、聖堂国の国境近くに在る都市へ滞在していた教皇が、そろそろ首都へ戻る頃合いだ。

 それに合わせて一時後退していた共和国軍も、再度国境付近へと移動するのだが、今年もそうであるかは未知数。

 なにせ一時的にか否かは知らないが、両国が協力している状況。今回ばかりは例外ではないかと考えた。


 しかし共和国側には聖堂国への猜疑心や、緩まぬ領土拡張の意欲に陰りはなかったようで、丁度昨日を境に大規模な部隊の移動が行われていた。

 その留守を任されていたのが、捕らえ尋問を行った副司令の男。

 つまり大多数の兵が基地を離れ、非常時に指揮を行う者も行方不明という、絶好の機会を迎えていたのであった。

 この機を活かさねば、シャリアを助けるのは非常に困難となってしまう。



「この先だ。合図をしたら突っ込む」



 時折通路を歩く兵士をやり過ごし、予定していた一室の前に辿り着く。

 金属の頑丈そうな扉は、不審者を捕らえ隔離しておくための、牢として機能する部屋へ続くもの。

 副司令の男から聞いた話では、この中に国境近くで捕らえた女を隔離しているという。

 捕らえた女というのは、つまりところシャリアのことだ。


 中からは複数人の気配がし、居るのが彼女だけではないのがわかる。

 壁に背を着け息を整え、僕はレオへ小さく突入を告げると、指を折って三つのカウントを行い金属製の扉を蹴り破った。



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