遮断 07
傭兵時代から便利屋の如く方々でこき使われていた僕は、当時の団長らからの指示を受け、遊撃や情報収集にと走り回る機会が多かった。
長期間の潜伏や監視という任務を多くこなしてきたため、そういった方面に不慣れな兵たちとは異なり、むしろ比較的得意な分野であると言えるかもしれない。
都市リヴォルタに在る共和国軍の基地は、市街から少しばかり離れた場所に築かれているため、あたりは一面の岩山。
彼らが上手く監視をし様子を探れなかったのは、遮蔽物を上手く活用する術に長けていなかったためなのだろう。
しかしこれが得意な僕はこの日、一枚の厚手な薄茶色の布を被り、燦々と降り注ぐ陽射しの中、共和国軍の基地をジッと凝視し続けていた。
「かなりの増築をしているな。以前には存在した隙が、丸々塗り潰されたみたいだ」
<盛大に火を放ちましたからね。今度は早々上手くはいかないでしょう>
ただ突破口を見つけられなかったという彼らの言葉は、あながち監視技術の未熟さからくるものとは言い切れないようだ。
遠目に見る基地施設の姿は、かつて潜入し破壊した時よりも大規模な増設が行われ、一部の隙もないと言わんばかりに堅牢な要塞と化していた。
これでは確かに中を窺うのは難しい。真っ平らな壁には窓らしき物が見当たらず、採光を放棄してでも内を見せぬ事を優先している。
空気口くらいは流石にあるだろうけれど、どう入り組んでいるかもわからぬそこへ入るのは御免被りたい。
「これを思えば、前回は随分と楽な作戦だったんだな」
<内部の構造からなにから、探るまでもなく判明しましたからね。中に入るのも容易でしたし>
「となれば今回はもっと強硬策に出なきゃいけないかな。あまり好ましくはないけれど」
前回は軍施設内部の協力者が居たが、今回はそういった伝手の一切が無し。
無難な手段としては、まず共和国の兵士に扮して中へ潜入し、速やかにシャリアを救出するというもの。
ただこれは施設の警備が厳しければ、早々に見破られてしまうため、なかなかにハードルが高いとは思う。
<となれば力ずくでの奪還ですか>
「そいつが無難だろうか。壁の破壊そのものは容易だから、シャリアの居場所さえわかればな……」
エイダの告げたもう一つの手段、僕はそれに不承不承ながらも同意をする。とは言ってもただの力押しではるが。
もっともこれまた問題があり、もし破壊した場所へ丁度シャリアが居たりしようものなら目も当てられない。
おそらく前回来た時とは、内部も様変わりしているであろうことは想像に難くないため、うっすらと残っている記憶も当てになりはしなかった。
せめて内部の構造さえわかれば、どちらの手段にしても現実味を帯びてくるというのに。
さて、どうしたものかと思案しつつ、そのまましばし施設の監視を続ける。
しかし中の様子を窺えぬのに変わりはなく、別の手段を模索した方が賢明ではないかと思い始めた矢先、施設の正面入り口から十数人の人影が出てくるのが見えた。
よくよく見れば、見送りに出ているであろうその連中は、一人の人物へ向け共和国式の敬礼をしている。
となると共和国内においてかなり重要な人物、あるいは高い位を持つ軍人ということになるだろうか。
「あいつを追う。上手くすれば情報が引き出せるかも」
<ではどこかで攫うということになりますね。良さそうな地点を探しておきましょう>
二人ほどの護衛を引き連れ、荷車に乗って移動し始めるそいつ。
見たところ格好からして軍人であるのは間違いなく、捕らえることができれば、内部の構造などを吐かせることが出来るかもしれない。
僕はエイダと物騒な会話をしつつ、すぐさまこの場からの撤収準備を進めた。
のんびりと回る車輪を追いかけ、一定の距離を保ったまま尾行をする。
これといった荷物も載せていないため、ここから都市の外へ出るということも無さそうだ。
案の定連中はまっすぐリヴォルタの市街へ向かい、大通りの一角へ来たところで停止する。
そこで乗っていた軍人の男は荷車から降り、護衛らしき二人へ「ここまでで十分だ」と告げると、制止も構わず一人路地へと入っていった。
「この先は酒場が集まっている地域か。どこか捕まえるのに良さそうな場所はないか?」
<ここより七十mほど先に、細い路地が一本あります。人目がないのが前提ですが>
男が入っていったのは、リヴォルタの中でも多くの飲食店が集まる一角。
夜は普段は大勢の人間でごった返しているが、今はまだ昼日中。
客が大勢歩いているような時間帯でもないため、捕まえて話を聞き出すのであればここが好都合。
僕は静かに男の後ろを着いて歩くと、どの店へ入ろうかと物色していたそいつの肩へと手を置いた。
「失礼、少しよろしいですか?」
「なんだね君は。……この私が誰であるか、知って声をかけたのだろうな?」
「残念ながら存じません。ですがそれは今からお聞きしようかと」
一瞬ビクリと身体を震わせ振り返る男だが、すぐさまこちらへと強い視線を向け、自身こそが上の立場であると言わんばかりの態度を示す。
この様子と口調からすると、常日頃から大勢の人に囲まれかしずかれる立場。
纏う軍服には階級章らしき物がゴテゴテと張り付いており、態度と合わせてそれなりに高位の軍人であることが窺えた。
「生憎だが、私は忙しい身なのでな。重要な要件でないなら去りたまえ」
居丈高な態度のそいつは、鼻を鳴らしこちらを邪魔者とし背を向ける。
僕の見た目はただの市民然としたものであり、共和国軍の人間にも見えぬため、自身の行動を邪魔されるのを快く思わなかったようだ。
浮つきながら酒場を物色して、いったいなにがどう忙しいのかは知らないが、そんな言葉で引き下がってやるつもりはない。
護衛を返してしまったのが運の尽きなそいつの肩へもう一度触れ、不愉快そうに声をあげて振り返ろうとしたそいつの顔面へ、僕は強かに拳を見舞った。
軍人であろうに、打たれ強さを見せるどころかまったく反応すらせず、アッサリと地面へ倒れ伏せる男。
白目を剥いて意識を失ったそいつの腕を掴み、急いで細い横道へ引きずり込むと、たっぷりと贅肉の乗った重い身体を肩に担ぐ。
「ここからなら、人目に付かず戻れそうだな。ルートの指示を頼む」
<了解しました。大通りは使えないので、少々大回りをするようですが>
適当に大きな布袋でもあれば、荷物を担いだ商人とでも思ってくれるかもしれない。
しかしそのような丁度良い物は見当たらず、仕方なしに剥き出しとなったそいつを担ぎ、人に見つからぬよう移動する必要があった。
軍服を着た人間をそのような運び方をしていれば、すぐさま通報されてしまうはず。そうなっては色々と厄介だ。
重さに難儀し息を吐くと、僕はエイダの指示通りのルートと速度で、拠点へ急ぎ戻ることにした。
途中幾度となく捨てて帰りたい欲求に抗い、何人もの通行人から隠れ路地を進んでいき、なんとか拠点の裏口へと辿り着く。
男を確保した時点ではまだ昼間であったというのに、ここまで来るのに随分と時間を要し、既に陽は傾き始めていた。
荒く扉を開いて中へ入るなり、長い時間担いでいたそいつを放り、脱力してソファーへ身体を預ける。
出迎えてくれた兵の一人は、冷たい水をカップに入れたものを手渡してくれ、僕はそれを一気に煽る。
そうして一息ついてから、汗だらけになった服を換えに部屋を移動し、戻った時には運んだ軍人は意識を取り戻していた。
「わざわざすみませんね、こんなボロ屋へお越しいただいて。実は少々お聞きしたいことがありまして」
床へ座らされている男へと、極力柔和に見えるであろう表情を浮かべ問う。
しかし返される言葉はない。それは当然で、男は気絶したままこの拠点へ放り込んだ時、起きて騒がぬよう猿轡をしているためであった。
念の為騒がぬよう念押しをしてから、ゆっくりとそれを外してやる。
すると助けを呼ぶつもりであったか、男が大声を上げる素振りを見せたため、僕はすかさず脚を振りつま先をそいつの腹へ捻じ込んだ。
「勘弁してください。大人しくしてもらえないなら、もっと物騒な手段で黙らせる必要がでてくる」
「き、貴様等いったいなんの目的で……」
笑んだままでする警告に、男は苦痛に歪んだ表情で頷きながらも、我が身に降りかかった事態を知りたがる。
おそらく男にとっては、僅かな光源のみの薄暗い室内で見る僕の笑みは、酷くおぞましい物に見えていることだろう。
だとすればむしろ好都合、情報を聞き出すには助けとなってくれるはずだった。
背後で直立し待機している兵たちもまた、その一助となってくれているらしい。
きっと男はこの空気感から、僕等が自身と同業者であるというのは察しているはず。それも自国に属する者ではなく、他国のそれであると。
「お聞きしたいのは、貴方の出てきた軍施設内の構造についてです」
「話すとでも思っているのか。だとすれば随分と目出度い輩だ、私とて立場というものがある」
「もちろん理解しています。立場のある方とお見受けしたからこそ、こうしてご足労願ったのですから」
どうも男は訓練らしい訓練から長年遠ざかっているようだが、やはり軍人である以上、易々と情報を漏らすことなどできはしない。
施設の造りについてを問うも、平然と突っ撥ねこちらを睨み返してきた。
簡単に話してくれれば手っ取り早くて良いのだが、これはこれで悪くはない。
この程度の気概を示してくれた方が、国として敵対関係にあるこちらとしては、ある意味で安心できるというもの。
逆に怯えからペラペラと話されようものなら、こちらが虚しくなってしまう。
「ですがこうして地位ある人物を攫った以上、成果なしとはいかないもので。申し訳ないが、若干手荒な手段を使わせてもらうとします」
「な、なにを……」
「単刀直入に言えば、"必要以上に痛い目を見たくないなら、聞かれたことを素直に話せ"、と言ったところでしょうか」
多少骨のあるところを見せられ安堵したとはいえ、あまり悠長に駆け引きを楽しんでいる暇はない。
シャリアを少しでも早く助けてやらねば、彼女の身がどうなるかわかったものではないのだから。
僕はサッサと情報を引き出すべく、笑みを強めグッと足の裏で男の頭を蹴り倒した。
「折角の機会だ、よく見ていてもらおうか。傭兵団時代の僕等は、こういう術も必要とされたもんだよ」
倒れた男の肩を踏みつけ、軽く振り返って兵たちへ言い放つ。
レオなどはもう慣れたものだが、ひたすら戦場で身体を張り続けた彼らにとって、これから行うものは未知の領域。
ここまで着いて来た彼らならば、少しくらい後ろ暗い在り様を見せた所で、いまさら怖気づいたりはすまい。
表で武器を振り銃を撃つばかりが戦場ではないと、僕は彼らの前で手に短いナイフを握った。




