遮断 06
シャノン聖堂国を相手とした、将来的に十分起り得るであろう大規模な戦闘。
その際に活用する防衛拠点を構築せんと向かったのが、同盟領と聖堂国の国境沿いの山地に在るルートだ。
ラトリッジの軍から一定数の精鋭を選び、僕とレオはそこへ向かったのだが、結果聖堂国兵士との戦闘により大勢を失う破目となってしまった。
僕等を除き当初は十人ほど居た兵も大幅に減り、命からがら逃げおおせた時点でたったの三人に。
しかしその三人にしたところで、シャリアと共に共和国への国境を越えた後で消息を絶ち、無事でいてくれる保証などはなかった。
全滅という言葉が脳裏をよぎり、僕は共和国へと移動した後、過去最も大きな屈辱と胃を焦がすような重圧を感じ続けていた。
しかし運はまだ、こちらを完全には見放さずいてくれたようだ。むしろ味方をしてくれていると言ってもいいのかもしれない。
「随分と探したよ。三人とも無事だね」
「へ、陛か――」
「静かに。曲がりなりにもここは敵国、早々素性はバレないだろうけれど、用心するに越したことはない。ともあれ無事で良かった」
深夜に差し掛かろうという頃合い、一軒の酒場へと入った僕は、店の奥で顔を寄せ合う三人組に声をかける。
彼らは僕の姿を見るなり、一様に驚愕した表情を浮かべ、無意識と思われる言葉が口を衝く。
発されかけた言葉を制した僕は、声を潜めて再会を喜ぶ。
そう、彼らはシャリアと共に共和国へ逃げ、その後行方の掴めなくなった都市王国ラトリッジの兵士たちであった。
都市リヴォルタへ到着して三日目、ボロボロの民家を借り受け活動の拠点とした僕等は、偶然立ち寄ったとある酒場で、客がする一つの世間話を耳にした。
なにやら不審な三人組が、その酒場で夜毎一杯ずつの酒と簡単な食事を手に、店の奥で密かに何かを話し合っているというのだ。
人数から考えると、間違いなく別行動を採った兵たちであるとすぐさま確信する。
どうやら時折周囲を窺い、人目を憚るようにする仕草が逆に目を引き、人の噂に上り始めているようであった。
ただ彼らは全員、元来が前線で斬り合い銃を撃って相手を沈黙させるのを得手とする、根っからの戦争屋。
敵国で潜んで怪しまれぬよう自然に振る舞うというのは、完全に領分が違うと言っても過言ではない。
逆に方々へ散らばって情報を集めているマーカスの部下らは、そういった面での適性を買われて抜擢されているのだ。
「とりあえず移動しよう。もうこの店では、君たちはかなり目立っているようだから」
店で最も安価な酒であろう、彼らが持っている三杯分の酒と料理の代金をテーブルへ置く。
簡潔な言葉だけを発し、不自然にならぬようゆったりとした動作で酒場を跡にすると、三人の兵士たちはそそくさと後ろをついて歩いた。
専門外の行動であるためあまり強くは言えないのだが、敵国内における行動の仕方などを、今後は教える機会を設けた方が良いのかもしれない。
「この町に来てからは、どこに寝泊まりを?」
「町で最も安い宿へ泊まっていました。そろそろ路銀も尽きるので、そちらも引き払わねばなりませんが」
「ではとりあえず、すぐに宿を出るんだ、僕とレオが使っている家に移動する」
「おお……、レオニード隊長もご無事でしたか」
酒場を出るなり大通りから一本横道へ入り、暗い路地裏へと移動。
シャリアの姿が見えぬのは気になるが、とりあえずその話は後だ。
夜の喧騒が薄らと届くそこを歩きつつ、僕は彼らにだけ聞こえる小さな声で現状の確認をする。
きっと僅かな所持品を売って工面したであろう、少ない金額でなんとか耐えていた彼らは、レオの無事を聞くなりより一層安堵の色を濃くした。
酒場に現れたのが僕だけであった時点で、もしやという想いが思考を巡っていたようだ。
その彼らに先導させ、ひっそりとした人通りの少ない地区へ行き、使っているという安宿へ。
数日分の代金を支払って宿を引き払うと、僕等は急く気持ちを抑え、ゆったりとした歩調でレオの待つ家へ向かう。
引き払った安宿と同じく大通りから外れた地域の、隅へ建つ一軒の古びた民家。
そこへ入り無事なレオの姿を見た三人は、目に涙を溜めながらも、ようやく緊張が弛緩し膝から床へと崩れ落ちた。
「それで、シャリアはどうしたんだ?」
しばしの時間をかけ、彼らが落ち着くのを待つ。
狭い台所で淹れた温かい茶を飲み、軋むボロボロの椅子へと腰を降ろし、ほんの僅かな沈黙が場に満ちたところで、僕は三人に向け肝心なことを問い掛けた。
「シャリア嬢は、我々を逃がすため囮に……」
「囮だって? 彼女が自らそう申し出たのか?」
「……はい。おそらくは、既に囚われの身となっているはずです」
ようやく再会できた三人の内の一人、最初の時点で脚を負傷していた一人は、無念さを全身で表すように震えながら告げる。
彼の話によれば、リヴォルタの近くまで逃走を続けるも、あと少しというところで追手と接触。この三人を逃がすため、シャリアは自ら敵へ向かっていったという。
「本来であれば、足を引っ張っている自身が担うべきだというのに……」
そう言ってその兵は口惜しそうに自身の脚へ手を当て、グッと歯を食いしばる。
脚の方はもうかなり治っているようだが、それでも戦いに支障があるのは確か。
なのでもし仮に、負傷した彼が囮役を担ったところで、早々に排除されてしまうのがオチではある。
しかし少々解せないのは、あのシャリアがその決断をしたということ。
彼女は元々が暗殺者稼業の人間であり、損得や最終的な利益量のみを基準に判断を下すという、柔和な言葉使いや表情に反しドライな側面を持っている。
もし本当に必要であると判断したならば、彼を切り捨て見殺しにしてでも、より多くを助ける選択をするのがシャリアという人物だ。
それに他国で密かに活動するのに慣れ、道案内役でもあるシャリアが居なくなれば、三人は途方に暮れてしまうのは避けられない。
現にさきほどの酒場で、彼らは上手く不審さを隠すことが出来ておらず、逆に目立ってしまうという有様であった。
「今更悔やんでも始まらない。ところでその追手というのは、共和国と聖堂国どちらからのものだ?」
「おそらく共和国側です。銃を持っていませんでしたし、格好も白い外套ではなく軍服に見えました」
「ならシャリアがまだ生きていると信じて、救いだす方法を考えないとな」
彼らは自分たちの不甲斐なさに歯噛みする兵たち。だがそこを責めるのは酷というものか。
シャリアがどうしてこのような行動に出たのかは不明だが、ひとまずこの件は置いておくことにし、僕はシャリアの行方を突き止めるのを優先することにした。
接触した追手というのは、共和国側の兵であったという。
ならば彼女が息絶えていない限りは、まだリヴォルタの軍施設内に隔離されていると考えていい。
「我々もそう考え、昼夜交代で軍施設の監視を行ったのですが、これといって得られたものは」
「流石に外からでは窺い知れないか」
「申し訳ありません。一度は潜入も考えましたが……」
シャリアによって逃がされた彼らも、おめおめと隠れ潜むのを善しとはしなかったらしい。
なんとか自らの手でシャリアを救い出そうと、もしくは僕等と合流を果たした際に、少しでも情報を渡せるように動いていたようだ。
しかし考えてもみれば、この都市に在る共和国軍の施設というのは、以前ここへ来た時に僕等が火をかけ大きな損害を出した場所。
あの時よりもずっと監視は厳しくなっているだろうし、もしシャリアがそこへ捕らえられているのだとすれば、余計に中の様子を知るのは難しいはず。
さて、ならばいったいどうしたものか。
衛星では流石に石造りな建物の中を窺うこともできず、僕はまずシャリアの様子を確かめるための方法を思案する。
しかしそんな僕へと、意を決したように一人の兵が顔を上げて口を開く。
「お二方はこのまま、国へお戻りください。シャリア嬢のことは我々がなんとか致します」
「……君たちだけで助けるつもりか? いくらなんでも無謀だろう」
「わかっております。しかし彼女の意志は、国に必要なお方が無事帰還されますこと。そこを違えてはなりません」
ハッキリと断ずるように彼が言うのは、僕とレオはこのままリヴォルタを離れ、同盟への帰路に着くべきであるという主張。
彼らの立場で優先順位を考えたならば、それも間違いではないのだろう。
シャリアにしてもそこを第一に考えていたであろうし、きっと彼女は僕等が迎えに行くことを望んでいないのかもしれない。
しかしそれを言うならば、この三人を助けるべく囮となったのも彼女の意志だ。
だからこそ彼らはそんなシャリアを助けるべく、自分たちだけはこの都市へ残り、救出を画策しようとしているのだろうけれど。
彼らは実力面においては、共和国の兵士より上回る者たちであると僕も評価している。とはいえあまりにも多勢に無勢、乗り込んでも返り討ちに遭うのが関の山。
なので流石に反対しようと口を開きかけるのだが、先に言葉を発したのは横で座っていたレオであった。
「俺も同意見だ。シャリアとの付き合いはそう長くないが、あいつは自分が助かることよりも、アルを逃がすのを優先しようとするはず」
「レオ……。僕にシャリアを見捨てろと言いたいのか?」
「こいつらが言ったように、重要なのはお前が国へ帰ることだ。まずラトリッジへ戻って、時間をかけてでも助けてやればいい」
レオが発した言葉に、僕は立ち上がり鋭く彼を見下ろす。
だがそんな視線をものともせず、静かにこちらを見上げるレオは、珍しく自身の主張を譲ろうとはしなかった。
おそらく彼と兵たちの意見は、僕自身の立場を考えれば受け入れるのが筋なのかもしれない。
ただでさえラトリッジでは、こちらと連絡がつかず生死不明な状況によって、混乱している可能性が高そうではある。
そこに加えてもし僕が死したとなれば、知らされた時点で情勢は酷く不安定となってしまうはず。
となると国の成り立ちからして血生臭いだけに、後継を巡って争いが起こってしまう恐れもあった。
だからきっと、彼らの言い分は間違ってはいない。
しかしここでレオがしれっと言い放った言葉に、僕は捻じ伏せられかけた自己の意志を取り戻す。
「もっとも俺は残るがな。女を犠牲にして尻尾を巻くのは性に合わない」
彼自身も身重であるリアーナが心配であるため、一刻も早く帰りたいであろうに。
シャリアを助けぬままで逃げ帰っては、自身に納得がいかぬと言わんばかり。
ただ性に合わないというのは僕も同じ。こちらを見る兵たちへ視線を合わせると、苦笑し一人逃げ出す選択はありえないと告げる。
「なら僕も断るよ。あれでも彼女はヴィオレッタの親友でね、見捨ててはおけない」
「しかしそれでは……」
「ここでシャリアを見捨てて逃げようものなら、きっと僕は老いて死ぬその日まで嫁さんに軽蔑され続けてしまう。そいつは避けたいところだね」
当然のように異を唱える兵たち。
救出にどれだけのリスクを負わねばならぬかはまだ不明だが、大人しくこの都市を離れ、帰路に着いた方が確実ではあるかもしれない。
しかし述べたように、シャリアを見捨ててしまおうものならば、きっとヴィオレッタは良い顔をしないだろう。
一応帰還を歓迎してくれるとは思うが、しこりとして残ってしまうような気がしてならない。
「何としてでも助けるよ。方法は、今から考えるけれど」
これ以上の言葉を弄しても、僕を説得するのは難しいと考えたのだろうか。
二の句を次いで反論しようとする口を噤み、レオを含む四人は深く息を吐いた。
僕はそんな彼らの様子を眺めながら、早速救出の策を練るべく、用意しておいた一枚の大きな紙を卓の上へ広げ始めた。




