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 シャノン聖堂国の風土を色濃く残す岩山を越え、砂漠地帯を抜けたと実感させるワディンガム共和国の緑多い山地へ。

 そこを越え再び辿り着いた、緑の少ない荒涼とした山々を、足を滑らさぬよう慎重に歩いていく。


 ようやく砂と岩という一面の灰茶色から抜け出せたと思いきや、次いで現れたのも似たような光景であるだけに、少々うんざりする気がしないでもない。

 ただどちらかと言えば、このゴツゴツとした岩ばかりの山々こそ、共和国において最も多い風景だ。


 国土の大半が山地で構成され、あまり耕作に適した土地が多いとは言えぬそこには、人が食すに適さない草が一定量生えているばかり。

 その草を食み育った家畜の肉を焼き、僅かな農産物を煮るばかりの味気ない食事を摂るのが、共和国の日常だ。

 もっともそんな土地だからこそ領土的な野心が強く、周辺の小国を幾つも占領しては国民を奴隷同然の立場へと落とすという、軍事国家が誕生する下地となったのやもしれない。

 とはいえそんな乏しい食も、食べるという行為にすら事欠く聖堂国を思えば、遥かにマシであると言えるけれど。



「見えた。あそこがリヴォルタだ」



 ともあれそんな荒れた山々を越えて辿り着いたのは、共和国南部地域において有数の都市リヴォルタ。

 人口にして十万強。大国であるワディンガム共和国にしては、それほど人口が多い都市ではないように思えるが、この国は町が各地へ無数に散らばっているため、これでもかなり多くを抱える方だ。


 山の間から見える石造りな都市の景観に、僕は小さく安堵の息を漏らすと同時に、緊張感から背筋へ張り詰めるものを感じる。

 ただそんな僕へと、隣へ立ち手で陽射しを避け眺めるレオは、ノンビリとした口調で懐かしそうに呟いた。



「久しぶりだな。いったいいつ以来だ?」


「何年前だったかな……。とりあえず、僕等がまだ傭兵団の下っ端だった頃であるのは間違いない」


「詳細すら聞かされず、危険な他国に放り込まれるしかなかった頃か」



 視線の先に見えるリヴォルタを懐かしみながら問うレオ。

 僕が肩を竦めて返すと、彼は目を細め苦笑して皮肉めいた言葉を吐いた。


 ここリヴォルタを訪れるのは、これで二度目となる。

 まだ傭兵団に入って間もなく、僕自身はレオとヴィオレッタを含めたった三人の隊を任せられたばかりの頃。

 あの時共和国へ来たのは、同盟へと大規模な侵攻の準備を始めていたこの国へ潜入し、一定の打撃を与えることで出鼻を挫くという目的であった。

 そのために陽動として攻撃を行う対象に選ばれたのが、ここリヴォルタの軍施設だ。


 共和国においてここリヴォルタが担う大きな役割としては、まず聖堂国を監視するというもの。

 国境から最も近い大規模の都市であるため、軍の拠点も大きなものが整備され、常に多くの兵が駐留している。

 そういえば当時、ここリヴォルタ駐留軍の副司令を担っていたのが、ヴィオレッタの母親であるダリアという女性であった。

 紆余曲折あってヴィオレッタと離れ、母国である共和国へ戻ったという彼女だが、今もこの地へ居るのだろうか……。



「とりあえず陽が落ちる前に辿り着こう。聞いた話だと、この辺りには肉食の動物が出るらしいから」


「そいつは恐ろしいな。動物を狩って食うのは好きだが、食われるのは好みじゃない」



 一匹であればともかく、群れで狩りをする類の肉食獣が現れでもすれば厄介だ。

 そのことを告げ歩を進めると、レオは至極当たり前な言葉をしれっと言い後ろを着いて歩いた。




 聖堂国の国境を越えて共和国へ入った僕等が最初に採った行動は、予定通りシャリアらと合流を予定していた町へ向かうこと。

 しかしようやく辿り着いた所定の家屋へ入るも、残念ながら彼女らの姿はそこになく、居たのはその場所を管理する者だけ。

 共和国へと潜入し情報を集めているその人物曰く、シャリアらは顔を出してもいないとのことで、すなわちどこかで捕まった可能性が高いことを意味していた。


 そこで食料と幾つかの武器を補充し、すぐさまその町を出立した僕等が向かったのが、国境に最も近い都市であるリヴォルタ。

 国境越えの最中に捕まったのであれば、連行されるのはここであると踏んだためだ。

 あえてここを待ち合わせの場所に指定しなかったのは、単純に共和国軍の大規模な部隊が駐留しているというのが一点。

 そしてもう一つに、僕等は以前ここで大暴れした過去が在るだけに、万が一顔を覚えられては厄介と考えたためであった。



「聖堂国とは違って、全身を覆わずに済むだけまだマシか」


「でもあまり大っぴらにしないでくれよ。申し訳ないけれど、君の容姿はこの土地でも目立つんだから」



 不自然に見えぬようノンビリと歩を進め、都市の入り口である門をくぐる。

 入口の警備をする兵士はこちらの姿を見咎めることもなく、生欠伸を噛み殺しながら山の向こうを、面倒臭そうに眺めていた。

 そんな緩い警備を越えると、レオは軽く息を衝いて自身の被っている外套の前を緩めた。


 長い緊張から解放されたであろう、少しばかり気の抜けた言葉。

 僕はそんな彼へと、まだ油断はならないという旨の注意を口にするも、レオの気持ちもわからないではなかった。

 銀髪に青目という外見は、南方の国である聖堂国にあっては随分と目立つものだ。

 それはこの共和国でもまだ同様だが、先日まで居た国に比べれば、向けられる奇異の視線はずっと少なく、ようやく陽光に肌を晒せる環境には違いない。



「了解だ。なら早速、どこか隠れる場所が欲しいな……」


「ビルトーリオの家は……、流石にもうないだろうな。元々貸家だったみたいだし、あれから何年も経っているから」



 シャリアらが囚われている可能性の高いこの都市だが、今すぐにその所在を掴むというのは難しい。

 エイダはつい先日、この都市へ連れて入られるそれらしい人影の幾つかを確認してはいるが、入り組んで見通しの悪い場所であるだけに、詳細までは判明しなかった。

 そこでレオの言うように、まずは情報を集めるための拠点を構築する必要がある。


 前回この都市で活動した時は、ここの住民である共和国軍の研究者と行動を共にしていた。

 ビルトーリオという名の彼は、現在はラトリッジで研究を続けているのだが、当時彼の住んでいた家がこの近くに在ったはず。

 しかしあれから数年が経過し、当時の家がそのまま残っているとは考え辛い。



 一応それでも万が一と思いその場所へ行ってみるも、そこは既に他の人間が住んでいるどころか、新たに改装されまるで違う建物となっていた。

 ただの民家であったそこは、現在では何かの店舗へ変わっているようなので、空き家というわけではなさそうだ。



「どこか空き家になっている場所を探そう。上手く借りられればいいんだけど……」


「そういえば前に来た時は貸家を使ったんだったか。宿ではダメなのか?」


「こんな特別名物のない土地に、観光客が来るはずもないからね。行商人にも見られないと思う、これといった荷物も持っていないし」



 歩を進め空き家を探し始めた僕だが、レオは背後を歩きながらも少しばかり怪訝そうにする。

 ここリヴォルタは岩だらけな山の上に築かれた都市で、主に防衛上の利点のみを追求された城塞都市だ。

 特産品はおろか、これといった名物料理もない土地であり、基本的には聖堂国を監視する軍とその研究所が主となる土地。

 それだけに物見遊山の人間など来ようはずがなく、多く存在する宿もほぼ全てが行商人向けのそれ。


 かといって僕等は到底行商人にも見えぬため、宿を利用しては少々目立ってしまうのが避けられそうもない。

 そこで前回来た時は、適当に見繕った貸家を拠点としたのだが、同じところは使えない。万が一貸主がこちらの顔を覚えていては困るためだ。


 なので別の物件を探す必要はあるのだが、幸いにも立ち寄った都市に居た諜報要員から、それなりの金銭を経費として預かっていた。

 これを元に、ほどほどに目立たぬ場所へ建つ部屋でも借りられればいいのだが。



 僕等はあまり人目を引き付けぬようにと、黙したままで大通りや路地を進み、使えそうな家屋を捜し歩く。

 ただここまで強行軍で来たためか、大通りの一角にある露天の前を通ったところで、不意に腹が鳴ってしまう。

 互いに顔を見合わせ苦笑すると、そこで売っていた簡素な軽食で、一時腹を満たすことにした。


 極僅かな肉と野菜が挟まれたパンを齧り、乱雑に置かれた椅子代わりの木箱へと腰かける。

 街道が細く、大規模な食糧の輸送が困難な土地であるため、お世辞にも恵まれた食事であるとは言えない。

 ただそれでもようやく得られた休息のひと時。腰を降ろした僕は、緊張に強張った脚を投げ出す。

 しかしそこでレオが呟くように問うてきたのは、僕等がこの状況へ置かれてから経過した時間であった。



「もう、あれから何日経つ」


「一月くらいかな。ラトリッジを出発してからだから、丁度そのくらいだ」


「もうそろそろかもな……。その瞬間には立ち合えそうもない」


「数年越しで嫌味を言われるかもしれないよ。もし僕が逆の立場だったらと考えると恐ろしい」



 食べかけのパンを持つ手を下げ、俯き加減となるレオ。

 彼は悲痛とすら思える表情を浮かべ、嘆息して目下一番懸念しているであろうものを吐き出した。


 レオが言わんとしているのは、遠くラトリッジへ置いて来た半ば彼の妻となっている、身重のリアーナに関する内容。

 僕等がラトリッジを出た頃、既に随分とお腹が大きくなっていた。

 その辺りの知識は疎いので断言できないのだが、近いうちに産まれてもおかしくはないと感じたのを覚えている。


 時期的にはそろそろ、レオにとって最初の子供が産声を上げる頃なのだが、その日に帰り着くのが叶わぬと彼は言いたいのだ。

 今からシャリアらの居場所を突き止め、場合によっては救出のため戦わねばならないのだが、レオにとってみれば同じく重要なことであるのは間違いない。



「後々まで小言を言われるくらいならまだいい。もし万が一のことがあったら……」


「気にしすぎじゃないか? 時々はそういう不幸に見舞われる人も居るけれど、リアーナは元々の体力があるし、きっと大丈夫だよ」


「……そうであってくれれば良いんだが」



 食べかけのパンを口へ押し込むレオは、無理やりにそれを水で押し流す。

 どうしたところで、医療面がまだまだ発達していないこの惑星において、出産時に命を落とす者は決して少なくない。

 なので自身が留守にしている間、出産となったリアーナがそうなってしまうという不安を抱えていたようだ。

 案外これまで表に出さなかっただけで、ここまでの道中同じ思考が堂々巡りしていたのだろうか。

 きっと聖堂国を抜け、帰路に着く目途の一端が見え始めてきたことで、遂には言葉に現れてしまったのだろう。


 僕はなんとか慰めの言葉を向けるも、レオの不安は尽きない。

 ただどう気を逸らしていいものやらと考えていると、僕等が座るすぐ横から、ノンビリとした声が向けられたのに気付く。



「なんだ兄ちゃん、子供が生まれるのか?」



 声をかけて来たのは、今しがた軽食を買った露店の店主。

 老年の域に入ったその男は、俯き悲痛な面持ちとなったレオを覗き込みつつも、務めて明るい調子を保っていた。

 そういえば聖堂国の保養地でも、僕はこうして気安く話しかけられたのであったか。

 外で屋台を出して商いをする者たちは、こういったコミュニケーション能力が意外に必要だということなのかもしれない。


 柔和な笑みを向けてくる店主へと、僕は俯くレオに代わり愛想笑いを浮かべて返す。



「そうなんですよ。ですがまだ当分はここで用があるので、出産に立ち会えそうになくて」


「そいつは災難だったな。オレもカミさんが身重の時、こうして外で商売に明け暮れていたもんさ。おかげで何十年経った今でも頭が上がんねぇ」



 そう言って店主は大きく笑うと、気を落とすなと言わんばかりに、レオへ小さな串焼きを一本手渡した。

 基本が口下手なレオにしても、それを素直に受け取り礼を述べる。

 すると店主は満足そうな様子で頷くと、少々……、僕等が予想だにしていなかった内容を口にした。



「悩み事を頭から追い払いたいなら、良い方法がある」


「と言いますと?」


「祈りを捧げるのさ。教皇様は遠い地であっても、きっと祈りを聞いて下さる」



 軽く手を合わせ、祈るように目を閉じる店主。

 その素振りと発言に、僕等は今の今まで表に出していた笑みを一瞬強張らせてしまった。


 これとまったく同じ動作を、僕等は幾度となく見てきた。

 聖堂国の国教である神殿の教えを信仰する者たちが、日常的に行っている祈りの姿勢だ。



「おっと、他所の町から来たお客さんには、あまり馴染がないかもしれんな」


「え、ええ……。それはいったい、どういったもので?」


「ここ何年か、リヴォルタに神殿が幾つも建ってな。今じゃ住民の三割くらいは、数日に一度は神殿で祈りを捧げるようになってるって話さ」



 随分と熱心に信仰しているのか、問う言葉に店主は嬉しそうな面持ちで、少しばかり早口となって話をする。


 よもや共和国にあっても、神殿の信者が居るとは思ってもみなかった。

 ラトリッジを含む都市国家同盟内でも、多少なりと神殿は拠点を構えてはいるが、実際そこまで信者が多いとは言えない。

 同盟と聖堂国の対立構造が確立された現在においては、信者の数は以前より更に減ったと言ってもいい。

 なので共和国にもそう信者は多くないと考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。



「アル、こいつは……」


「なるほど、追手連中が国境を平気で越えてきた理由がこれか」



 短い祈りを行う露天商に聞こえぬよう、僕等は小さな声で囁き合う。

 これで少しばかり納得がいった。聖堂国の兵士が平然と国境を越えてきた理由は、共和国においても神殿が力を持ちつつあることに関係がありそうだ。

 ようやく追手を排除してここまで来たというのに、異星の技術をバックとした神殿という組織は、ここに至ってもまだ付き纏ってくるかのようであった


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