遮断 04
おかしい。これはいったい、どういうことなのだろうか。
僕は息が上がるほどの早さで駆けながら、幾度目かになる背後の様子を確認し、喉の奥で苦悩の音を漏らした。
シャノン聖堂国とワディンガム共和国の国境にほど近い、温泉湧き出る保養地の町。
教皇が逗留するその土地で、警戒に立つ兵士の視線を潜り抜け、僕等は町を突破し国境の山へ足を踏み入れた。
ただある程度の戦闘は避けられず、数名の兵士を排除した僕等は、発見されて以降追跡されつつ山を走って越えていく。
ここまでは想定の範囲内。
しかしさほど高くはない山を越え、国境となる地点を通り過ぎたはずであるのに、僕とレオはいまだ聖堂国による追跡を受け続けていた。
「応戦して片付けた方が早くないか!」
「無茶を言わないでくれ。銃はとっくに捨てたんだ、それに人数が違い過ぎる」
荒く弾んだ息に身体を振り回されながら、僕等は予想だにしない事態への対処を思考しつつ走る。
こちらが二人であるのに対し、追跡してくる敵は数十に及ぶ。
おまけに内一割ほどが少年の容姿を持ったクローンで、並の兵士のように簡単に仕留めるとはいきそうもない。
それだけならばまだ迎え撃ちようがあるのだが、こちらは持っていた銃を既に破棄している。
というのも技術的に銃を運用していない共和国に対し、わざわざそれをもたらしてやるのを避けるため、当初から国境越えの時には手放すつもりであったからだ。
「それにしても、どうして奴らは平気で国境を越えてきた。あいつらも共和国を刺激したくないんじゃなかったのか?」
「僕に聞かれてもわからないよ。案外何も考えていないだけだったりしてね!」
かなりハイペースで走っているというのに、そんな状況でも器用に怪訝そうな顔を浮かべるレオ。
僕は一瞬だけ背後を振り返り、握りこぶし大の石を拾って追う兵士へ投げつけながら、心にもない予想を口にした。
レオの言うように、多くの戦力を持つうえに武装面で優位に立つ聖堂国とはいえ、同じく軍事的な大国である共和国とは事を構えたくないはず。
以前であればともかく、今現在全面的な対決に発展してしまえば、著しい食糧難である聖堂国こそ危険。
だからこそ聖堂国も、比較的国境を越えるのが容易な共和国ではなく、戦力面で劣る都市国家同盟に侵攻の狙いを定めたのだとは思う。
『エイダ、共和国側に動きはないのか?』
<今のところはこれといって。監視の人間も、別段動きを見せてはいません>
既に国境を越えてから、それなりの距離を進んでいる。
共和国側も一応監視くらいは置いているだろうし、数十もの聖堂国兵士が侵犯してくれば、流石に気付きもするはずだ。
なにせこれといった遮蔽物もない低い岩山、少し高い所から見れば、星明りの下で薄ぼんやりとながら映し出されてしまう。
だが上空からこの光景を見続けるエイダは、山地に置かれた共和国側の監視要員数人が、対処のため動く様子は見られないと断じた。
二~三人であればともかく、いくらなんでもこれだけの数、気付かないということはないはず。
考えられるとすれば、発見はしたが報告の面倒を嫌って放置しているという可能性。あるいは居眠りでもしており、そもそも気付いてすらいないというもの。
しかしどちらにしても、全員が全員そうであるというのは考え辛い。となれば……。
「聖堂国が国境を越えてくるのを、とっくにわかっていたのかもしれない」
「……裏で通じていたということか?」
「考えてもみれば、今のところ両国は直接の敵対関係にない。国境を強行突破する人間を捕らえるため、追跡の部隊をあえて見逃しているというのはありえる話だ」
聖域へと兵士たちを引き付け、その間に国境をすり抜けるという案。
シャリアが逃げ出すために用意していたこの計画は、僕等だけでなくエイダもこれといった反対意見を述べることなく同意してくれた。
衛星によって得られた映像を下に、幾度ものシミュレートを経て、十分に可能であると判断したのだ。
しかし暗黙の了解か双方合意の上かは知らないが、両国がこの件で同調しているのであるとすれば、計画の前提はいとも簡単に崩れてしまう。
聖堂国から逃げ出した者を、共和国が捕らえ引き渡す。もしくは捕らえる為に侵入してきた軍を、見咎めることなく放置する。
それによって恩を売るのか利益を得るのか、どちらにせよ共和国にとっても別段悪い話ではない。
「実際連中は躊躇なく追いかけてきているし、共和国も動きを見せてはいない。大人しく引いてくれるといのは望み薄だろうね……」
「となると先を行ったシャリアらも危ないか」
「かもしれない。このまま別行動で帰路に着くよりも、四人を探した方がいい」
僕がした予想の内容に反応しレオが発したのは、先を行くシャリアら四名の行方について。
彼女らは既に緑深い山地へと入り、衛星によって所在を掴むことは不可能。
逆に言えば追手も撒き易くはなるが、どちらも確証が得られない以上、安否の確認だけはしておきたい。
「ならまずはこいつらをどうにかしないとな」
「……仕方ない。レオ、少しだけ時間を稼いでくれ!」
背負う分厚い布で作られた背嚢の中には、万が一に備え持って来た武器が一つ納められていた。
こいつは僕がこの惑星へ降りてきた時、乗っていた航宙船に積まれていた装備の一つ。
元々は完全な軍用品で、白兵戦時に軍艦の隔壁を破砕するといった用途の代物だ。
ただの商船が、こんな物を積むなどあり得ないはずなのだが、船の持ち主は違法なそれをどういう訳か積み込んでいた。
もっとも威力が高すぎるため使い所が限られ、比較的低い出力で使用しても、大きな爆音を響かせ轟炎が天を衝く。
敵の襲撃を受け聖堂国へ逃げ込んだ時も、場所が森林地帯であったため、火の手が回るのを恐れ使わなかった代物だ。
潜伏し逃げようという身にあっても、あまりに目立ちすぎるため使用を控えていたのだが、今この状況にあってはそうも言っていられないか。
僕は立ち止まって急ぎ背嚢を降ろすと、中から折り畳まれた金属の塊を取り出す。
走りながら組み立てるのは難しいため、レオに時間を稼いでくれるよう叫ぶと、彼はこちらの言葉に返すこともなく自身の武器を抜き放つ。
「数が多すぎる、あまり長くはもたないぞ!」
「精々急ぐとするよ。でもかすり傷くらいは許してくれ」
ただ流石に敵の数が多すぎる。
いかなレオと言えど、数十にも及ぶ敵の全てを足止めできるはずはなかった。
あえて救いを探すとすれば、全員がひと塊となって襲ってこないこと。そしてやはり共和国に渡してやるつもりはないのか、連中が銃を持っていないことくらい。
それでも彼には少しばかり時間を稼いでもらう必要があり、僕は急ぎそれを組立てていく。
走り近づいてくる聖堂国兵士を袈裟がけに斬り伏せ、返す刃で迫る青年型クローンの腕を斬り飛ばす。
一人、また一人と数を減らしていくレオ。
しかしあまりに敵の数は多く、減らす数よりも迫り来るペースの方がずっと早い。
それでもなんとか立ち回り、レオが四人ほどの敵に囲まれ浅い傷を作っているところで、ようやくそれの準備が整った。
「離れろ!」
組み上がり発射準備を整え、僕は僅かに残ったナイフを投げ叫ぶ。
レオの背後で襲い掛かろうとしていた兵を仕留め、空いたその個所からレオは飛び退り離脱。
僕はそんな姿を見るなり、組み上がったライフルを彷彿とさせる見た目のそれを構え、集まりつつあった敵のど真ん中へ向け引き鉄を引いた。
不可視の熱線が照射され、照らされた箇所だけが赤く熱を持つ。
それは次第に強く明るくなっていき、レオが一目散にその場を離れた頃、二十人以上の聖堂国兵士を巻き込み炎と化した。
轟音、閃光、衝撃による地面と空気の振動。
それらの複合した圧を身体に受け、気を抜いてしまえば意識を失いそうになる。
だが近くに居るレオよりはマシと、フラつく思考をなんとか振り払い視線を向けた先にあったのは、今の今まで生命であったモノたち。
跡形もなくとは言わないものの、黒炭と化しバラバラに砕けた兵士の姿は、人であった名残りを感じさせぬものだ。
「もう一発いくぞ!」
だがまだ後続の追手は迫ってくる。
これが普通の兵士であれば今ので怖気ずくか、呆然と立ち尽くしてくれる。
しかし追手の何割かは、感情の起伏すら存在せぬ恐怖心とは無縁のクローン連中。
僕はすぐさま次の発射体勢に移ると、少しばかり引き寄せ固まるのを待って二射目を放った。
再度発生する強い衝撃に、地面へ足を踏ん張り耐える。
碌にメンテナンスもしていないのに、動いてくれることに安堵しつつもレオの姿を探せば、爆炎から少し離れたところで地面に伏せる姿が。
気絶している、というようではなさそうだ。片方の手はしっかりと地面の小岩を掴み、もう片方で砂埃から顔を護っている。
「無事か?」
「一応、辛うじて。……おそらくな」
熱風と降り注ぐ砂利に耐えてしばし、僕はレオへ近寄り声をかける。
彼はすぐさま起き上がると、うんざりした様子を浮かべながらも、自身の衣服へ着いた砂を払い咳込んでいた。
彼の前でこれを使うのは、確か二度目であったか。
前回使ったのも聖堂国内へ侵入した時であり、どうやらこの国では極端な状況に追い込まれ易いようだ。もっとも、今はもう共和国の領土内ではあるけれど。
「急ぐか。いくらなんでも、今の音を聞けば大軍で押し寄せてくるはずだ」
「異議なし。そろそろ聖域へ向かった戦力が戻ってくる頃だし、今のうちに尻尾を巻いて逃げ出すとしようか」
流石に今ので共和国側にも異常が察知されたと思うが、こればかりは仕方がない。
僕は僅かな焦燥感を表に出すレオに頷くと、抱えた武器を仕舞うことなく駆け出す。
今ので追手のほとんどは片付けたが、まだ幾人かが迫ってくるかもしれないし、もし共和国軍の動きが早ければ対峙しなくてはならない。
その時には何よりもまず自分たちの命を繋ぐためにも、これを使って排除する必要があった。
ただ可能であれば、共和国相手にコイツを使うのは避けたいところ。
これの仕組みやどこで入手したかを知られることはないが、こんな代物を持った人間が居ると知られれば、向こうも相応の対処を講じてくるはず。
連射にも限界があるだけに、大軍で殺到されれば成す術がない。
「まずどこへ向かう? シャリア達が向かう場所はわかるが、あくまでも最初の予定ではだろう」
「とりあえず、予定していた地点へ向かおう。もしそこで彼女らが待っていなければ、一番国境に近い町へ移動する」
夜明けの近づく山地を走りつつ、僕等は次の行動を相談し合う。
レオの言うように何の問題もなく国境を抜けた場合、どこで落ち合うかの打ち合わせは既に済ませてある。
だがもし彼女らが捕まってしまい、その場所へ現れることがなかったとすれば……。
聖堂国側の兵に拘束されたなら、そのまま引き返して保養地へ連れて行かれるはず。
しかしその様子は今のところ見られない。となれば上手く逃げおおせたか、あるいは共和国側の兵に拘束されたか。
もし後者であれば、国境から最も近い町に連れて行かれたはず。
願わくば全員が無事であればと、僕は懇願するような想いを抱き、レオと共に薄らと緑の見え始めた山へ駆けていった。




