遮断 02
壁や床、天井から垂れ下がった装飾の幕や調度品。それらへと視線を向ければ、無数に空いた凹みや亀裂。
れれらは飛び交う銃弾により残された、戦闘の苛烈さを物語る光景だ。
ただ僕等と敵兵により放たれたそれに穿たれたのは、なにも物ばかりではなかった。
ホールに居た敵兵を一掃した僕等が目にしたのは、死屍累々と横たわる聖堂国兵士と、そうではない人たちの山。
一目で裕福に見える男や、法衣を纏った神殿の司祭。そして薄衣のみを巻き肌も露わな女性。
本来であればここで倒れる必要のなかった、戦場に立つはずのない人間たち。
「余裕はなかった」
「仕方がないよ。避けようがない犠牲、……とまでは言わないけれど、こうなる可能性は予想出来た」
レオが技術者の男と共に、ここへ到着した直後。丁度警戒態勢となっていた兵士と出くわしたらしい。
そこからは有無を言わせず戦闘へ突入、大勢の民間人が居るこのホールは、瞬く間に銃弾飛び交う戦場と化したそうだ。
異常が発生した時点で、警備の兵はまず来客たちを逃がせば良かったろうにとは思う。
ただ聖域という重要施設を守護する兵士たちにとって、それよりも僕等の排除こそが最優先であったのだろう。
呆然と立ち尽くす人々の間で行われた銃撃により、無関係な筈の大勢の招待客が血の海へ沈んでいった。
「彼女もか……。世話になったのに、悪い事をしてしまった」
視界の端に映ったのは、仰向けに倒れ半開きとなった目で、天井を見上げる半裸の女。
胸には流れ弾にやられたのだろうか、黒く落ち窪んだ穴が開き、そこから流れた血によって上半身を真っ赤に染めていた。
彼女は聖域へ入った僕等に話しかけ、闘技場へと案内してくれた給仕。
嫌々ながらも本来の持ち場であるここへ戻ったことで、交戦に巻き込まれ結果命を落としてしまったようだ。
僕はそんな彼女へ近づき顔に手を当て、ソッと目を閉じさせる。
謝罪代わりにもなりはしないが、光のない目で天井を見上げたまま放置するよりはマシというものか。
ただここで倒れる全員にそれをする余裕はなく、僕等は殲滅した聖堂国兵士の死体を越え入口へと駆けた。
「遅いぞ。早く乗るといい」
急ぎ外へ出ると、外は既に日没を迎え茜色に染まりつつあった。
そこには念押しした通りに待っていた、開拓船団の技術者である男が居り、砂漠に住まう騎乗生物の背へ跨っていた。
ヤツは戦闘の最中になんとか抜け出し、外で逃走の準備を進めていたと言う。
騎乗生物へ跨るヤツの隣には、もう一匹同じ生物が。前もって頼んでいた通り、一応は僕等が乗る分も確保してくれていたようだ。
「ではワシはここで失敬する。もう義理は果たしたろう?」
「ああ、十分だ。……もう会わぬ事を祈っているよ」
「当然だな。次に会ってお前にまた刃を向けられるのは御免被る」
外で合流するなり、すぐさま移動を開始できるようにだろうか、男は早速乗る生物の方向を変え背を向けたままで告げる。
一刻も早く僕等と別行動を取り、自身の国への帰路に着きたいということか。
ここまでくれば、もうこいつとの一時的な協力関係は終わったも同然。
敵でもあることだし、いっそここで始末してやろうかと内へ密かな欲求が首をもたげる。
だがそれを自制し軽く手を振って別れを告げると、ヤツはそのまま急ぎ生物を走らせ何処かへと行ってしまった。
聖域の外へ出た瞬間、騙し撃ちのように攻撃される可能性があったのを思えば、なんとも呆気ないものだとは思う。
「アル、ゆっくりしている暇はあるのか?」
「いや……、もう少しすれば北東から軍勢が見えるはずだよ。僕等も尻尾を巻いて逃げるとしようか」
見送る僕の背へと、レオは少しばかりの心配や緊張を抱えた声で問う。
保養地に駐留していた教皇の近衛部隊は、既に町を出て真っ直ぐにこちらへ向かっていた。
振り返って聖域の建造物を見れば、上には焚いた狼煙がまだ薄らと立ち昇っている。
これを目印とし一直線に足を速めているため、早くここを去って身を隠さねば、精鋭と称される連中と一戦交える破目となってしまう。
僕等は早速用意してあった一騎の騎乗生物へと跨ると、手綱を繰り一旦東へと進路を取った。
近衛部隊がここへ到着する頃合いで、僕等は入れ違いとなって東へ移動、その後北へ進路を変え再度保養地へ向かうことになる。
連中がここで何が起きたのかを理解し、教皇の下へ戻ろうと引き返すまでには、多少の時間を要するはず。
その頃には僕等は保養地へ入り、国境の突破を強行するという手はずになっていた。
「あいつらは、上手く国境を越えただろうか」
「おそらくね。今のところ異常らしいものは見られない、たぶんもう全員が抜けたと思う」
手綱を握る僕の背後へ座るレオが、独り言のように口にしたのは、保養地で潜み国境越えのタイミングを窺っている、シャリアと三人の兵士たちのこと。
全ての近衛が町を離れたということはないが、それでも相当数が聖域への援軍として駆けつけている。
若干一名怪我が癒えきっていないものの、今頃はきっと上手く監視の目を掻い潜り国境を越えたはず。
あとは僕等が保養地へと辿り着き、彼女らに続いて聖堂国から脱出するだけ。
僕は徐々に日が傾き暗くなりつつある空を眺め、一刻も早く到着するべく、乗る生物の脚を早めさせた。
陽は加速度的に落ちて行き、周囲はどんどんと暗闇に飲み込まれていく。
このまま陽が落ちていくのであれば、それはそれでこちらにとって好都合。夜闇に紛れるなど、僕もレオも幾度となく経験してきたのだから。
夜闇には砂を掻く生物の足音と、僕等が吐く息使いばかりが響く。
しかし北へと方向を変え進んでいき、目的の保養地が目の前に迫るかという距離へきたところで、僕は手綱を引いてその進みを止めた。
「どうした?」
「敵だ。四名くらいか、近付いてくる」
歩みを止めさせた騎乗生物の上、後ろへ座るレオの言葉に返したのは、武器を持った聖堂国の兵士が近づいているという事態。
いくら聖域へ多くを誘き寄せたとはいえ、当然教皇が居る保養地にはある程度の数は兵が残っている。
むしろ連中は数が減ったからこそ、教皇の近くで侍っているのを止め、町の周辺を警戒するべく出てきたようだ。
「どうする、迂回してやり過ごすか」
「いや、できれば急いで国境を越えたい。他にも警戒に散らばっているようだし、ここを突破するのが一番早いよ」
「なら速攻で仕留めるとしよう。と言っても、俺は射撃が苦手だからアルに任せる他ないがな」
警戒のため歩く連中が居る周辺には、障害物となるような地形は存在せず、隠れて一方的に狙撃するのは難しそうだ。
なので連中へと一気に接近し、速やかに排除する必要があった。
音の響き易い夜間ではあるが、ここからであれば接近の途中で銃による一撃は加えられるはず。
ただ幾度も発射音がすれば、当然少し離れた場所に居る連中に気付かれてしまう率は高くなるため、精々二発程度が限界だろうか。
僕は手にした銃の弾を確認し、レオと共に騎乗生物から降りて密かに接近を試みる。
ある程度近づいたところで、細かな砂の地面へと伏せて銃を構え、レオへと頷き合図を送る。
彼はそれと同時に地面を蹴り、敵へ向け力強く走る。声を上げず、静かに、滑るように肉薄する彼を余所に、僕は一番遠くへ居る敵兵へ向け一発をお見舞いした。
「どこだ!? 索敵を急――」
これまで戦ってきた聖堂国兵士よりも、少しばかり豪奢な鎧を纏った近衛兵。
見たところここに居る四人の中には、クローン兵が混じっていない。そこは救いだろうか。
ただ近衛兵を務める程の連中であるためか、一人の頭が撃ち抜かれた動揺を早々に押し殺し、すぐさま身を伏せこちらの姿を探し始めた。
なかなかの練度だ。銃同士による戦闘であれば、それでいいのだろう。しかし接近戦ともなればそうはいかない。
一足飛びに接近したレオは、手近に居た一人へ短剣を突き立て、砂の地面へと縫い付ける。
その間に僕はさらに一人を撃ち仕留めると、残る一人へ肉薄したレオは二度三度と刃を合わせ、隙を見て敵の喉を切り裂き星明りの下へ赤い飛沫を散らした。
「意外と手練れだった、もっと簡単に済むと思ったんだが」
「……そうだね」
「どうした? 急に呆けて」
手には敵の血によってまみれた短剣を握り、返り血を浴びた頬を、いまだ纏ったままな法衣の袖で拭い戻ってくるレオ。
そんなレオの目は、彼自身の身体を弄って作られた機能の副作用として表へ出る、深く青い瞳が薄明りの下で爛々と輝いていた。
僕はそんな彼の姿を呆然と眺め、少しばかりの感傷へと浸る。
近寄るなり僕の様子見たレオは、怪訝そうに眉を顰めた。
「……いや、ずっと前のことを思い出してさ」
「前? なんのことだ」
「僕等が傭兵団の訓練キャンプから連れ出されて、ラトリッジに行く途中のことだよ。卒業試験の時だ」
赤く染まった短剣と法衣、それを纏うレオを見た僕がこんな状況で思い出したのは、ずっと以前のこと。
傭兵団の訓練キャンプから教官たちによって連れられ、卒業試験として捕らえた野盗たちの始末を言い渡された時だ。
あの時に怖気ずく僕等を余所に、真っ先に前へ出て迷いなく野盗の親玉を片付けたのが、当時僕と同じく戦場をまだ経験していなかったレオ。
場所は今が砂漠地帯であるのに反し、あの時は森の深い場所だった。
しかしレオが纏う雰囲気は、少年に近い齢であったあの頃とまったく同じで、同様に凍てつくような空恐ろしさすら感じさせる。
いや、今はあの頃よりも互いにずっと強くなったし、レオの口数も当時よりずっと多くなっただろうか。
「戦場で想い出話は控えた方がいい、縁起が悪いからな。それに急ぐんだろう」
「そうだった、まだここは敵国の中だったね。忘れてくれ」
そのような事を言われたレオも、一瞬だけ視線を明後日の方角へ向けつつ、記憶を手繰り寄せる。
しばし思考を巡らせ、ようやく僕がなんの話をしているのかを思い出したようで、納得したように頷いた。
ただ当人にしても、当時の話は少しばかり気恥ずかしいのか、すぐさま背を向け話を逸らそうとする。
僕はそんなレオの言葉に同意し、苦笑しつつ銃に弾を込め、背後で待たせている騎乗生物のもとへ足を向けた。




