亡者の楽園 05
「教皇か……。アレはこちらが指示した通りに動く、ただの操り人形に過ぎんよ」
さらなる情報を引き出すべく、クローン製造へ携わる技術者の男へと脅しをかけていく。
そうして幾つか言葉を交わしていく中で、少年型のクローンと同じ容姿を持つ存在、教皇についてへ話が及んだ。
「先代教皇の時から、あそこへ据わるのは我々が生み出した個体だ。とはいえ他の個体と異なり、教皇となる一体だけは若干の自我を持つよう調整してある」
「よく神殿の連中が許したもんだ。別にクローンをそこに当てる必要などないだろうに」
「現在のアレは聖堂国の中枢へ居る連中にとって、開拓船団に対する忠誠の象徴だ。こちらが製造するクローンを教皇として扱う内は、頃合いを見てこの星には過ぎる技術……、つまり餌だな、それを与えてやる。こちらを神の使いとでも思っているらしい」
壮年の技術者が言うには、開拓船団はこの地へ来るなり上手く神殿に接触し、航宙船の存在などにより自身を神として演出した。
結果開拓船団は長くこの地へ留まる事が出来、より能力が高く、より食料を必要としない兵士の研究を続けてこれた。
開拓船団内でも、こういった研究はあまり日の当てたくない内容であるため、あまり本国で行うリスクは避けたかったようだ。
代々が年若い子供を据えるという聖堂国のトップは、基本的に大人たちの助言を受け政を担ってきたため、傀儡となるのが普通であるという。
そのため深く聖堂国へ入り込んだ開拓船団が、思う通りに動かすには都合が良かったらしい。
ただ流石に同じ外見では不信がられるため、代毎にある程度容姿などは変えているようだが。
「それで、お前はここをどうするつもりだ。一応は地球側に組しているのだろう? 直接敵対する間柄ではないが、それでもここを破壊する理由はあるはず」
「……どうにも僕には、ここを破壊しろと言っているように聞こえるんだが」
一通りを聞き終えたところで、僕は突き付けた短剣の先を納めてやる。
ようやく自身から離れた刃にホッとしたであろう男は、脱力した様子で大きく息を吐くなり、なにやらおかしな事を口走り始める。
いったいどういった意図があるのかと考えるも、こいつにも一応の事情があるようだ。
「否定をするつもりはない。正直そうしてくれた方が、我々としても都合が良いのだ」
「それでいいのか? まがりなりにも、聖堂国はお前たちの配下に治まった国だろう」
「いい加減こちらの研究も粗方終わっている。むしろ聖堂国へ留まる理由はなく、不要な設備を残していくつもりも最初からなかった」
どうやら研究の大部分を終えた開拓船団にとって、既に聖堂国の利用価値はないようだ。
利害は一致していると言わんばかりな男の言葉に、僕はその真偽がどうであるかに思考を巡らせる。
ただもし本心からの言葉であるならば、こちらにとっては好都合だ。
どのみち聖域内のどこかで暴れる予定であったし、それが敵の戦力を生むクローンの生産施設ともなれば、一石二鳥以上の価値がある。
「しかし条件がある。ワシを手に掛けず無事逃がすこと、それを約束してくれるのであれば、むしろ協力をしてもいい」
「こっちとしてはむしろ、このまま口封じをしても構わないんだ。一応は地球側の人間だからね、脅威となりえるデータを持つ人間を活かす理由もない」
「お前はそのような真似をせぬよ。もしそのような手段に出れば、いずれ開拓船団からの報復を受ける恐れは捨てきれないと、十分に理解しているはずだ。それにデータは既に本国へ送信済み、ここでワシが死しても大して意味はない」
取引を持ちかける男へと、僕は安易に乗ることをせずカマをかけるのだが、逆になかなかに痛いところを衝いてくる。
僕は基本的に地球側の軍に協力する身ではあるが、立場的にはただの民間人でしかない。
軍へ協力を行う対価は、僕がこの惑星上でする行動を黙認してくれること。逆に言えばただそれだけの関係だ。
地球へ帰る機会があったにも関わらず、それを蹴り地球人としての生を捨てた以上、軍は僕の身に危険が迫った時に助けてくれるでもなくただ傍観に徹する。
それはきっと、仮に開拓船団が僕を狙って動いた場合も同じだろう。
ただでさえ人口の少ない開拓船団だ、戦力を生み出す技術を持つ者を死なせでもすれば、連中は明確に僕を敵として認識するはず。
そうなれば僕はこの狭い地上で、遥かに強大な力を持つ組織が、いつ命を狙いに来るか怯え続ける破目となってしまう。
「お前がどうしてここへ来たのかは知らない。だが生きて出たいはず、ワシであればそのためのルートを提供できるが」
「……いいだろう。だが行動を起こすタイミング等は、こちらの指示に従ってもらう」
「承知した。ここを抜けさえすればあとは好きにするといい、ワシはそのまま高跳びさせてもらう」
聖域から脱した後は、前もって開拓船団の本星へ帰るための手段を用意しているようだ。
随分と遠い高跳びもあったものだが、このくらいは当然の準備なのだろう。
不慮の事態で敵国へ入り込む状況に追い込まれ、やっつけの手段で逃げ出そうとする僕等とは大違いだ。
僕は強い苛立ちを心の内で舌打ちして誤魔化すと、不承不承ではあるが男の提案に乗ることにした。
とりあえず身体を離し、大声を上げるような真似をしないと確信したあたりで、しばらくここで待たせることにする。
一応武器も用意するよう告げると、男は脱出の準備だけは進めておくと言うので、その言葉をなんとか信用し、踵を返してレオが待つ観客席へと向かった。
<どうもいまいち信用しきれませんが……>
「同感だ。なにせずっとクローンを製造し続け、同盟へ差し向けていた側の人間だからな」
<とはいえそれそのものは、開拓船団の意向ではないようですが>
暗い通路を小走りで進む中、不信感を隠しもしないエイダの言葉に頷く。
技術者の男から色々と聞き出したところ、結局聖堂国が同盟への攻撃に出た理由は、食糧問題の一点に尽きるというもの。
渇水に端を発した不作は、国を統治する神殿の幹部たちに、侵略という手段を選ばせるに十分な理由となったようだ。
あいつはそのための戦力となるクローンを、祈りという形でただ求められるがまま、生み出し続けていただけであった。
もちろん多くの個体を生み出すことで、より多くのデータを得るという目的もあり、あえてそれに異を唱えはしなかった。
聖堂国の背後に在る開拓船団が、侵攻も含め全ての糸を引いているのではと考えていたが、こればかりは邪推でしかなかったようだ。
「どちらにせよ、今はこの話に乗るしかない。シャリアたちが無事に国境を越え、僕等もここを脱出するためにも」
<もし上手くいかなかったら?>
「その時はここを崩落させて、馬鹿でかい墓にでもしてやるさ」
きっとその墓には、僕自身を含め大勢が埋まることになる。
もちろんそんな事態は御免被りたいが、もしも最終的に逃げるのが不可能となった場合、僕はその選択を選ぶはず。
捕まりでもすれば、いずれ僕がラトリッジにおいてどういう立場であるかも判明してしまうだろうし、そうなれば聖堂国は何がしかの取引材料にしようとする。
ラトリッジを預かるヴィオレッタが、それへ素直に応じるとは思えないが、だとしても最も避けたい事態であった。
我ながら愉快にはなれぬ冗談を口にし、エイダから窘められつつ通路を戻っていく。
ようやく長いそこを抜け、最初に入った幕の裏から出て明りに晒されると、変わらず人々の談笑や歓声が響いていた。
まるで花吹雪と見紛うほどに、チップとして撒かれる金を踏み歩き闘技場の観客席へと戻る。
元いた席へ急ぎ座ろうとすると、どういう訳かレオの姿はなく、怪訝に思いながらも同じ席へと腰を降ろした。
まさか素性がバレ、拘束されてしまったのだろうかと考える。
しかし直後に背後から現れた影は、僕のすぐ隣へと座り、手に持っていた木製のカップを差し出してきた。
「どうだった?」
「一応は行動を起こす場所の目途がついたよ。……どうしたんだい、それは?」
「今日は随分と運が向いているらしくてな。折角だから、今のうちに食っておこうと思った」
一つ間を空けて座ったレオから、僕は果実水の入ったカップを受け取る。
だが彼の手には他にも幾つかの皿が持たれ、難しそうに僕等の間にある空きの席へと並べていった。
どうもレオは裕福そうな商人から受け取った金で、あの後も賭け事を続けていたらしい。
大人しく見ているだけというのも目立つため、別に構いはしないのだが、結果彼の予想は的中を続けたようだ。
腰へ下げた布袋の中には、最初に受け取った数十倍に相当する額が、ジャラジャラと金属の擦れる音を鳴らし納められていた。
この国へ来て以降、あまり豪勢な食事に在りつけていなかったレオは、これ幸いと食事に手を付けることにしたと口にする。
なのでレオが席を離れていたのは、出店へ軽食を買いに行っていたためであった。
「これを食べたら移動しよう。どれだけかかるかはわからないけれど、長い戦闘になるはず」
「最後の晩餐、にはならないだろうな」
「さてね。でも僕が人生の最後に食べるのは、ヴィオレッタが作ってくれたスープと決めてるからさ。あまり上手じゃないけれど」
「俺もだ。帰ったらリアーナが食事を作って待ってくれている」
小さく囁くように、この小皿を空とした後の行動を伝えていく。
なんだかんだ言っても、ここは聖堂国の軍に関連する施設であるのに違いはなく、一定数の戦力が居るはずだ。
クローンの闘技者も居るであろうし、少しすれば近隣の保養地から、教皇直属の近衛も駆けつけてくる。
最低でもそこまでは戦い続ける必要があり、僕等二人で数十、下手をすれば百を越える数を相手せねばならない。
あの男がどういった脱出ルートを用意しているかは知らないが、なんとか生き残らなくては。
「余った金はどうする。この国を出たら不要だろう?」
話を終えた僕等は、緊張に狭くなった食道へと、静かに食事を押し込んでいく。
そうして置かれた小皿を空としたところで、レオは事を起す前に、自身が持つ布袋の財布を指さした。
確かにこのギャンブルで増やした金も、国境を越えれば使えなくなってしまう。
だが僕は辛うじて笑顔を作ると、立ち上がり決意を込めてレオへと告げた。
「持っておいてくれ。ここを脱出した後、国境を越えるまでは必要だからさ」




