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亡者の楽園 04


 扉を超え少しばかり歩き、もう一枚の扉を開き進んだ部屋。そこに存在したのは、幾つもの横たわった透明な筒。

 材質が何であるかは知らないが、ガラスの類が軒並み高価であるこの地において、ただの鑑賞品として置いてるなどありえない。

 そもそもが薄暗く人っ子一人居ない空間で、そんな物は必要がないだろう。


 そんな筒の中を静かに覗き込んでみれば、中にあるのは握りこぶし大ほどの小さな塊。

 赤くも見え、黒いようにも見えるそれは筒の中へ満たされた液体の中で浮かんでいるのだが、この筒に似た物を僕は暫く以前にも見た覚えがあった。

 かつてシャノン聖堂国からミラー博士と共に持ち帰った飛行艇。今はラトリッジ近郊に隠しているそれに積まれていた、人口的な生命を眠らせておくベッドに似ている。



「となるとココが、クローンの製造施設であるのは確実か」


<これで全てとは限りませんが、この場所がかなり大規模な施設であるには違いないでしょう>



 見れば今いる空間の奥には、ズラリと並ぶ透明なタンクが。

 数十では利かぬその数に、僕は眩暈を覚えるかの如く頭へ手を当てた。

 結論から言えば、した予想は見事なまでに正解だったようだ。

 金と享楽に溺れる亡者たちの楽園。その裏に存在するのが、このように遥か高次な技術を用いた生産施設であるなどと、ここへ来た客人たちは思いもしないはず。



 さて、いったん戻ってレオと合流してここを破壊してやろうかと考え、脱出ルートの確保について思考を巡らせ始める。

 しかし耳へ足音らしきものが聞こえ、僕は急ぎ透明なタンク横へ置かれた、管理用の装置と思われる機械の陰へ身体を滑り込ませた。


 二人分ほどの足跡は、ゴロゴロという車輪の回る音を大きく立て、台車の上に乗せたなにかを運んでくる。

 いったいなんであろうかと、暗がりの中で密かに窺い目を凝らす。

 すると目の前を通り過ぎ、大きな箱状の機械の前で止まった時に見えたのは、乱雑に積まれた幾人もの身体。



「武具は全部取ったのか? ナイフ一本でも残ってると、後で大目玉喰らっちまう」


「問題はねぇよ。こんだけズタズタになってんだ、武器なんて使い切って今頃闘技場に転がってるだろ」



 ピクリとも動かぬ複数の人間を運んできた二人組は、金属製の箱を前で面倒臭そうに言葉を交わす。

 よく見ればその積まれた人間は、一様に身体へ幾つもの傷を負い、流れた血は赤黒く固まっていた。

 既に事切れているのが明らかで、こいつらの話す内容からすれば、先ほど見た闘技者たちであるようだ。



「にしても不気味な奴等だな……」


「いつまでも見てたって仕方がないだろ。早く放り込むぞ」



 死し積まれた闘技者を見下ろす男らは、その顔を覗き込み気味の悪そうな様子を見せる。

 全く同じ顔を持ったクローンだ、どうやら詳しくを聞かされていない連中からして見れば、得体の知れぬ存在が不審に感じられてならないらしい。


 その身体を担ぎ上げ、蓋を開いた箱の中へ次々と放り込んでいく男たち。

 機械の中へクローンが放り込まれる度に作動音が聞こえ、それと同時に嫌な……、おそらく身体を粉砕されていく吐き気を催す音が響く。

 機械はすぐ近くに置かれた別の機械へとパイプが繋がれ、そこから更に先ほど見た透明なタンクへと繋がっていた。



「酷い音だ……。既に死んでいるとはいえ、背筋が寒くなる」


<あの機械で死んだクローンを分解精製し、新たに生まれるクローンの栄養源とするようです。一種のリサイクルと言えますね>


「まるで共食いだな。嫌なリサイクルもあったもんだ」



 あれだけの兵が、どうやって生み出されているのかとは思っていた。

 ただこの光景を見れば、まだその内の一端ではあるが得心がいった。

 この食糧事情が切迫した国では、死した兵すら新たな戦力の素材とされるようだ。

 案外食糧難によって死んだ民間人すら回収し、こうやって"再利用"をされているのかもしれない。


 クローンの闘技者たちを処理し終えた二人組は、僕が入ってきた入口とは別の方向へと出て行く。

 扉が閉められ鍵を掛けられた音が響き、製造施設内は再び機械の駆動音だけが響く空間に戻る。

 そこでもう一度出て中を探ろうとするも、今度は僕が入ってきた側の扉が開き、中へと一人の人間が踏み入る。


 そいつはゆっくりと歩き、別段動揺をする素振りもなく機械や透明なタンクを観察していく。

 どうやら陰に隠しておいた見張りの死体は、見つからずに済んでいるようだ。



「……技術者、といったところか。見た目からして兵士じゃない」


<ではここについて色々と知っているかもしれません。どうするのですか?>


「無論捕まえる。片付けるにしても、話の一つくらいは聞いてからで遅くはない」



 一人だけで入ってきたのは、薄手のローブを纏った壮年の男。

 兵士に見える格好をしているわけでも、先ほどのような体格が良い連中でもない。そして神殿の司祭にしては、格好が簡素に過ぎる。

 なにより製造途中であるクローンをジッと観察する様子から、僕はこいつが直接クローン製造に携わる人間であると考えた。


 案外聖堂国へこの技術をもたらした、"開拓船団"の人間かもしれない。

 もしそうであるなら、具体的にどうこうとは言えないまでも、何がしかの話を聞き出せる可能性はあった。


 他に人が入ってくる気配がないのを確認すると、僕は静かに物陰から出る。

 そうして壮年の男の背後から忍びより、法衣の下へ隠していた短剣を抜く。

 空いた手で素早く男の口元を抑えると、小さく耳元で「騒ぐな」とだけ簡潔に告げた。



「そうだ、大人しくしていれば危害は加えない」



 短剣を首筋へと押し当て、自身でもまるで信じていない言葉を吐く。

 やってることはまるで悪党だが、そのおかげか男は上げかけた悲鳴をなんとか収め、降参を示さんと両の手を軽く挙げていた。


 刃がめり込むかどうかの状態で、壁際へと連れて行く。

 そこでゆっくりこちらを向かすと、そいつの顔をようやくマジマジと拝んでやった。



「お前は、聖堂国の人間じゃないな」


「……」


「もう口を開いていい。だが静かに、大声を出さぬように話せ」



 そいつの顔は、聖堂国の国民に多い浅黒く焼けた肌ではなく、どちらかと言えば僕等のそれに近い。

 となればこの地で生まれ育った人間ではないと考え問うたのだが、そいつは口を閉ざし喉を鳴らすばかり。

 そこで喋ってもいいと告げるも、念の為叫びでもしようものなら、すぐに一突きしてやるとばかりに、グッと腰だめに武器を構える。



「……そうだ。だがここの人間でないのはそっちも同じだろう。同盟か、それとも共和国か?」


「さて、どこが正解だろうね。案外もっと遠くかもしれないよ」



 思いのほか冷静なそいつに感心しつつも、僕は逆に向けられた質問をはぐらかす。

 話を聞き出した後で、こいつをどうするかはまだ決めていない。だが今はあえて、謎のままにしておいた方が口を開き易いだろう。



「幾つか聞きたいことがある。正直に話してくれるだろう?」


「答えたら命は助けてくれるのだろうな……」


「約束しよう。本当のことを口にしてくれるならね」



 我ながら白々しいとは思うが、今はこう言っておく方が無難か。

 そいつも僕の言葉を完全に信用したとは思えぬが、他に道がないと考えたようで、緊張に汗しながらも頷いて見せた。



「まず一つ、ここはお前が全てを管理しているのか? だとすれば、誰の命令で行っている」


「この設備を扱えるのは私一人だけだ。他の連中では、なにをどうしているかなど理解もできん。命令は……、上の人間からされた」


「上の人間? 神殿のか、それとも軍の?」


「もっと遥か上の存在だ。軍や神殿など、私へ名を下した存在から見れば、ただの下っ端に過ぎん」



 命惜しさにだろうか、思ったよりもずっと滑らかに口を開いてくれる。

 ただ明確な自身に命令を与えている存在の名を、壮年の男は明確にしようとはしない。

 それが口にしてはならぬモノであるせいか、それともこちらに言っても通じぬ相手と考えたがためか。



「聖堂国の頂点と言えば教皇だ、そんなのは子供でも知っている。だがお前はあえてその名を出さず、"人物"ではなく"存在"とはぐらかした。おかしな物言いをするものだな」


「それは……」


「指示をしたのが軍でも神殿でも、そして教皇でもない。となれば"開拓船団"か」



 あえてより一層に声を潜め、囁くように呟く単語。

 男は静かに発されたその言葉に、ハッとし目を大きく見開いた。

 本来ならば誰も知らぬであろうその名を、何故この惑星に住む者が知っているのかという思考。手に取るようにわかる。


 間違いない、こいつは遥か宇宙の彼方へと居を構える地球の主敵、"開拓船団独立共和国"から派遣された技術者だ。

 一人か二人は降りてきている可能性はあったが、よもやこうも簡単に出くわすとは思ってもみなかった。



「なんだ、まだわかっていないのか。こっちはさっきからずっと、この惑星の言語を使わず話しているんだぞ」


「……」


「自動翻訳に任せっきりで、こっちがどの言語を使っているか気付いていなかったんだろ?」



 少々嫌味っぽい口調で、僕は自身のことを省みぬ言葉で揺さぶってやる。

 案の定そいつは何処かへ置かれたAIの補助を受け、自動で言語の翻訳を受けていたようだ。

 そのため僕が地球の言葉を使って話しているのに、一切気付きはしなかったらしい。


 少しばかり、昔のことを想い出す。

 ヴィオレッタの父親、地球の軍に属するあの人と初めて会った時も、自動で行われる翻訳によって、言語が同じであると気付けていなかった。

 あの時に彼がどういう心境であったのか、今ならよくわかるというものだ。



「……なるほど、お前がそうか。となれば同盟側に銃をもたらしたのもお前の入れ知恵だな」


「お察しの通りだよ。聖堂国に少しでも対抗するためにね」


「以前まで聖堂国の西部に居を構えていた、地球の研究者については知っている。だがそいつが使うのとは違う、同盟領へ向けて使用されている衛星もお前の物か」



 つまり開拓船団に対し、衛星の存在は察知されているということか。

 だがそれも当然だろうか、そもそもが非常時に使われる民生品の代物、巧妙に存在を隠すような機能など備わってはいない。

 おまけにしばらく前に連中が降下してきた時、飛行艇まで出して交戦の手助けをしたのだ、存在を感知されているのが普通。


 ただ現状では、互いにこの惑星上で行っていた行為を黙認し、不干渉を貫いている地球と開拓船団。

 下手に手を出して蛇を出しても困ると、存在を感知しつつもこれまで黙認していたようだ。


 それにしても、これは色々と話しが聞き出せそうだ。

 僕は内心でニヤリとほくそ笑むと、手にした短剣をわざと光に当てギラつかせ、男を壁に押し付けさらに話を聞き出すべく口を開いた。



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