焼情 02
遥か高空に浮かぶ観測衛星。
乗る航宙船が墜落した直後に打ち上げたそれは、夜間の暗がりの中でも対象を捉え、僕の脳へと映す映像を送り続ける。
僕が目を覚ましてから、しばしの時間が経過。
共和国軍は更に前進し、今では目視で一人一人の姿を捉えられそうな距離へと迫っている。
迫る兵士たちの手には抜身の剣や槍、あるいは今すぐにでも射れそうな弓。
その様子からは、進む先に在るデナムが味方であるという思考を感じさせない。
「おそらくこちらが待ち受けているのに気付いていますね」
「ま、それはそうだろうな。ボンクラな騎士共と違って、向こうは職業軍人の集まりだ。そこまで間抜けじゃないってことだろう」
僕と短いやり取りを終えた隊長は、上げた片腕を小さく回し合図を出す。
すると城壁の上で待機していた弓手たちは弓へと矢を番え、いつでも引き絞れる体勢へと移る。
合図すればいつでも先制攻撃ができるよう、攻撃準備に映る為の合図であったようだ。
振り返って見ればマーカスも同様に矢を番え、その表情からは密かな緊張感が溢れ出していた。
「アルフレート、騎兵たちはどうしている」
「一部が正門付近で息巻いています。出て貰いますか?」
「いいや。可哀想だが、今回はまず騎兵の出番はないな」
「彼らにとっては残念なことです」
いつの間にやら、僕は指揮官の側で情報の伝達係と化している。
これも得た評価に寄るものかと思いもするが、それと同時に僕のような新米がそんな役割をしなければならないという事実に、首を傾げざるをえない。
現在のデナムを最前線とする東部防衛線に派遣されているのは、現状最も戦火の激しい北方戦線から分けられた部隊と、近隣都市の支部に散らばっている傭兵たちだ。
傭兵団の最高戦力に次ぐ、いわゆる二軍と言える部隊であるとはいえ、そこまで人材不足なのだろうかと。
「騎兵たちは予定通り、万が一の場合に備えて退避時の物資運搬に専念させる。それも不要になるとは思うが」
「確実に守りきれる、ということでしょうか?」
思う、という言葉を使ってこそいるものの、デクスター隊長の言葉は断定的な色を纏っていた。
その自信ありげな発言が気になり、分を弁えぬのを承知の上で問う。
若干生意気な問いだったかもしれないが、彼は特別機嫌を悪くした様子もなく、ニカリと笑んで返した。
「我々が兵数で遥かに劣るというのは事実だ。しかしデナムを押さえた以上、優位は揺らがぬだろうな。何故だかわかるか?」
「えっと……」
隊長は敵が目の前まで迫っているというのに、どこかノンビリとした雰囲気で問い返す。
意趣返しの如く唐突に振られたその問いに、僕は正面の共和国軍を見やりながら考えた。
共和国が同盟側の領土に侵入するためには、この渓谷を通らねばならない。
なぜなら国境線のほとんどを、巨大な山脈によって閉ざされているため、軍勢が通行可能なだけの道はここにしか存在しないからだ。
その渓谷は非常に狭いものであり、比較的平らな部分を進もうとすると、どうしても列となって進まざるをえなくなる。
となると千に迫る数の軍勢とはいえ、一度に戦闘を行える数はたかが知れてしまう。
その上進路上の渓谷をほぼ丸々覆う作りをしているデナムの構造上、両脇や背後からの攻撃は難しい。
『後列から矢を射ようとしても、下手をすれば届かず味方に当てる可能性もあるな』
<風向き次第では、十分に有り得るでしょう>
『ああ。それに地面には石も多い、騎兵にとっては戦い辛い条件だ』
おそらくはデクスター隊長が騎兵に待機を命じているのは、こういった理由もあるのだろう。
数人の斥候による破壊工作という手は使えそうだが、傭兵隊が周囲を警戒している現状では、潜入も容易ではあるまい。
こうして見れば、高く分厚い都市の城壁だけでなく、地形的な要因も含めて圧倒的に防衛側が有利。
例え五倍近くの戦力差を誇るとしてもだ。
デナムという都市国家は、それそのものが難攻不落の要塞と化しているように思える。
守る側は道に罠を張り、ただひたすら城壁の上から矢を射り、門を固く閉ざしていれば負けることはない。
ここが対共和国の防衛線としての役割を担う為に生まれた都市であるというのを、僕は今更ながらに実感した。
それを指揮官に答えてみると、彼は僕の背を軽く叩きニカリと笑む。
おそらく模範解答と言える内容であったようで、ひとまず及第点を与えられた事に僕は安堵した。
「もし連中がここを攻め落とそうと思うならば、空から攻撃を仕掛けてくるしかあるまい」
「空から、ですか」
「大昔には空を飛ぶ生物を飼い慣らし、戦力にしていたなんて話も聞く。もっとも今じゃそんなのも居ないから、どだい無理な話ではあるがな」
僕は夜明け間近な紺色の空を見上げる。
ここを真っ向から落とそうと考えるならば、航空戦力が必要であるということか。
かつて存在していたという空飛ぶ生物が今となっては存在しない以上、それを成すには飛行機などを創り出す技術を確立しなければならない。
だがこの惑星の文明水準を考えれば、そんなのは数百年単位で先の話となるはず。
つまりこの都市の攻略は、現時点においてほぼ不可能と言うことだ。
「これまで共和国は再三侵攻を繰り返し、この地で幾度となく苦汁を舐めてきたことだろう。だからこそ今回は、内部から切り崩そうとしたのだな」
正攻法でダメなら裏側から。
内部の人間を寝返らせ、自分たちに優位な状況へ持ち込もうというのは、至極当然な選択に思えた。
街の人たちがしていた話では、デナムの騎士たちはこの都市を統治する人物を斬り、クーデター同然に都市を乗っ取ったのだと聞く。
仕える相手を殺害してまで共和国に付くには、何がしかの大きな見返りが存在したはずだ。
「ですが、どうやって共和国は騎士たちを唆したのでしょうか……」
「そこに関してはまだ何も聞いていないが、追々わかることだろう。……さあ、来るぞ」
どこか暢気な調子でしていた会話を切り上げ、迫る敵を見据えるデクスター隊長。
その表情はこれまでと大きく異なり、双眸には獰猛な色が浮かぶ。
やはり彼もまた歴戦の傭兵であり、大所帯の傭兵団で上に立つ人物であるのだと実感した。
先ほどと同じく隊長が片手をかざすと、城壁上に並ぶ弓手たちは一斉に弓を引き絞る。
しばし溜めた後、敵が良い頃合いまで接近するのを待ったところで、隊長はその腕を振り下ろした。
先制攻撃。弓手によって矢は一斉に、朝焼けに染まりつつある空へと放たれる。
大きな放物線を描いた後に降り注ぐ矢は、共和国軍の先頭集団へ。
二十人程度の人数が放つそれではあったが、見た限りでは一定数がその餌食となったようだ。
共和国軍の兵士たちは地面へと倒れ、その動きを止める。
薄暗い中から聞こえてくる、悲鳴と混乱。そして怒声。
倒れた者たちの背後を進んでいた重装の歩兵たちは、慌てた様子で背負った大盾を上面に構えて歩を進める。
共和国の弓手たちは反撃を行おうとするのだが、状況のわからぬまま背後からどんどん兵士たちが進もうとするため、狙いを定めて撃つことが困難となっているようだった。
これも地形のせいで長い列とならざるをえない弊害か。
何度も侵攻を繰り返しているのだから、そういった対策をすればいいのにとは思ったりもするが。
しかし隊長の言葉に寄れば、ここまでの規模で攻勢をかけてくるのは珍しいそうなので、向こうも勝手が掴めないのかもしれない。
「次だ! 矢筒をありったけ持って来い!」
弓手たちは次々と矢を射かけ、運び込んだ矢筒をみるみるうちに消費していく。
ただその放たれる多くの矢も、前線の重装歩兵たちが上面に展開する大盾によって防がれ、歩みを止めるだけの効果は得られ難くなっていた。
しかしその足は事前に渓谷へ掘っておいた畝によって、歩兵たちは酷く歩き難い状況とされていた。
上ばかりを気にして足をとられ、転倒した結果矢を受ける者たちも僅かながら存在する。
僕等がデナムを占拠した直後、まず真っ先に行ったのがこの土木作業だった。
わざと歩き難い状況を作り出して歩みを遅らせ、より矢の降り注ぐ時間を長くするためだ。
ただ当然のことながら、そんなものはいずれ突破されてしまう。
畝を越えた敵兵は一安心したのか、そのまま一直線に走って進もうとしていた。
だがそこで姿を現すのが次の罠。
「なっ! ぐあああぁぁ!」
「おい、どうした……、ぎゃあああ!」
先頭を進み畝を越えた重装の歩兵たちが、悲鳴と共にその動きを止めた。
その脚は膝付近まで地面へと沈み込み、逃げ出すでもなくただ上半身のみで暴れ回る。
実に安易な手段ではあるが、畝を越えて油断したであろう頃合いを見計らい、落とし穴を仕掛けておいたのだ。
あまり時間がなかったため深いものは掘れず、精々が膝上まで潜り込む程度のもの。
ちょっと足を上げればすぐに脱出出来る程度の深さでしかない。
ただしその中には折れた剣や槍の穂先、あるいは建材用の曲がった釘などを大量に仕込んである。
歩兵たちは脚甲を身に着けているとはいえ、歩き易さを考慮し足裏まで金属で覆っている訳ではない。
当然そんな状況で刃物を勢いよく踏んでしまえば、足を貫き身動きが取れなくなるのも当然と言えば当然。
もっと深い落とし穴を用意出来ればより効果的ではあったのだが、そこはウォルトンの騎士たちが無駄なプライドを発揮していたせいで、必要な時間が取れなくなってしまった。
「今だ! どんどん鏃を食らわせてやりな!」
落とし穴にはまった兵士たちは苦痛にのたうち、助けを求めて大盾を手放してしまったところを、上空から次々と矢が襲う。
抵抗すら難しく餌食となっていく歩兵の姿に、背後から進む後続の兵士たちは恐れ慄いている様子であった。
当然のことながら、これもまた計算の範疇。
最初を惨たらしく殺す事によって、その後から迫る敵の士気を落とすというのは、常套手段と言えるものだ。
多くの兵士たちが罠や矢の餌食となり、その命を散らしていく。
ただそんな状況でも多数であるというのは強みなのか、恐怖を振り払い数にものを言わせて前へと進んでくる共和国軍。
畝を突破し、刃物を仕込んだ落とし穴も死体によって埋められ、もう少しで城壁へと到達しようかという頃。
デクスター隊長は静かに、足元の壷を一つ拾い上げた。
「頃合いだな」
「はい。投下準備!」
僕は彼の言葉に頷き、周囲に声を発す。
手には隊長と同じく、城壁の上に並べて置いてあった壷。
他の傭兵たちも一様にそれを拾い上げ、姿勢低く待機をしていた。
「よし、落とせ!」
隊長の号令に合わせ、傭兵たちは無数の壷を放り投げる。
落下したそれらは下に居た兵士たちの頭を叩き、衝撃によって幾らかの兵士がが昏倒していく。
しかし壷を落としたのは、直接打撃を加えるという目的の為ではない。
壷の中身は高濃度のアルコールや燃え易い獣脂で満たされており、割れる端から周囲にその液体を撒き散らしていた。
その後、他から離れた壷の代わりとばかりに、僕を含め幾人かが松明を手にする。
これからやろうとすることなど、あえて誰かに説明するまでもない。
「いいぞ! やっちまえ!」
下の様子を確認した年嵩の傭兵が叫ぶと同時に、僕は眼下の共和国軍兵士たちへ向けて松明を放った。
他にも数か所から同様に松明が投げ入れられる。
落ち行く松明を、酒まみれ脂まみれとなり、困惑する兵士たちが見上げる。
僕にはその兵士たちが、自らの身に何が起ころうとしているか、理解しているように思えてならなかった。