亡者の楽園 02
二人で揃って両の手を掲げ、会釈するように軽く頭を俯かせる。
被るフードすら取らず行った、僕等からすれば少々無礼にすら思える動作。
だがその動きを見た警備の兵たちは、別段気にするでもなく、身分の照会すらせず道を開けていた。
「想像以上に呆気なかったな……」
「あれで警備が務まるのか?」
「どうだかね。でも何にしろ助かったよ、中に入る前から武器を抜かずに済んだ」
黙したままでゆっくりと入口をくぐり、外気から隔絶されヒンヤリとした施設内を進んでいく。
そうして振り返っても背後の警備兵たちの表情が窺えぬ距離へ来たところで、僕とレオは小声で会話しつつ安堵の息を漏らす。
よもや一切言葉すら交わさず、いともアッサリ通してもらえるとは思ってもいなかった。
少々どころではなく肩透かしを食らうようではあるが、これはシャノン聖堂国における、神殿関係者の地位がどれだけ高いかを示しているようだ。
だがこちらにとっては好都合。これで聖域の奥へと進み暴れることで、陽動としての役割を果たせる。
それに神殿だけでなく軍も絡んでいるであろうこの施設が、どういったモノであるのかを知る好機でもある。これは多分に自身の好奇心も含んでいるのだが。
「扉が見えてきたぞ。進むか?」
「当然。僕はむしろ、何が出て来るか楽しみになってきたよ」
「気楽だな……。だがそのくらいで丁度いいのかもな」
少しばかり進んでいくと、所々でポツリポツリと灯った明りの向こう、真正面に一枚の大きな扉が姿を現す。
レオは珍しく息を呑み、かぶった法衣の下へと忍ばせた、短剣の柄を握る音が聞こえる。
だが一転して僕は口元を僅かに綻ばせ、先へなにが待つかに恥ずかしげもなく沸き立つ思いがしていた。レオには呆れられたようだが。
近付いてみれば、砂漠地帯がほとんどな聖堂国にしては珍しく、扉は固い木材を使った大きなものであった。
かなり高価であろうにと思うも、国そのものを統べるも同然な神殿の施設、このくらいは当然なのかもしれない。
扉の向こうからは、ざわめきらしき声が聞こえてくるため、ここへ入った人間の多くが居るというのは間違いなさそうだ。
さていったい何が見られることやらと、僕は少しばかりの興味に急かされつつ、重い一枚板の扉を押し開けた。
「……なんだ、これは」
扉を開け奥から差し込む光が、暗がりへと慣れた目に突き刺さる。
だが僅かな間を置いて明るいそこへと視線を向けた瞬間、僕は無意識のうちに思考が言葉として漏れてしまう。
だが見ればレオもまた、フードの下で困惑した表情を浮かべ、こちらはどう反応したものかと言葉を失っていた。
開いた扉の向こうにあったのは、およそ軍事施設とも宗教施設とも思えぬ光景。
喧騒と享楽、香り立つ酒と半裸の女、そして価値を感じさせぬほどに床へばら撒かれる貨幣。
それは信仰の下に暮らし、今は飢えと渇きに耐えている国民を想えば、到底信じられぬものであった。
「賭博場……、と言っていいのか?」
「もしくはやたら派手な酒場かな。どちらにせよ、聖職者が出入りする場所じゃない」
目の前に広がる光景に、二人して揃い呆気に取られる。
そこでは大勢の裕福そうな男女や、頭から法衣をかぶった司祭、そして給仕役であろう半裸の女性たちで埋め尽くされていた。
数百人は入るであろう、地下に在るとは思えぬ大きなホール。
そんな場所で僕とレオは唖然としていると、入って来たばかりなこちらの姿に気付いたようで、薄布を軽く巻き付けた程度といった服装をした、給仕係の女が近づいてくる。
「いらっしゃいませ、お客様。ラメルタ産の果実酒を取り揃えておりますがが、いかがでしょうか?」
お客様、ときたものだ。
片手に銀色の盆を持ち、その上へいくつもの酒で満たされたカップを載せ、女は華やかな笑みを向けてきた。
確か彼女が言うラメルタというのは、聖堂国の南部に在る酒造で有名な都市であると、シャリアが道中暇つぶしに話してくれていた。
高級酒の代名詞であるというそこの酒を、このように色香を撒き散らす女性が運ぶなど、"聖域"という名に反しおよそ信仰の場とは思えない。
「失礼。これでも信仰に身を捧げた身、酒の類は遠慮させていただきます」
「あら、珍しい。ここにいらっしゃる司祭様方は、皆さんよくお飲みになられますのに」
「そうなのですか? 実はここへ来るのは初めてでしてね」
「どおりで。他の司祭様はすぐ身体へ触りにくるのに、お二方はそうされないのかと思ったら」
酒を勧めてくる給仕の女へと、僕は首を横へ振り断りを入れる。
すると彼女は一瞬呆気に取られるも、すぐにクスクスと小さな笑いを漏らした。
だがそれにしても、ここに来ている司祭連中は、随分と下卑た行為に及ぶのが常態化しているらしい。
この聖域と呼ばれる土地は高位の司祭だけが来れるようだが、地位に反してその内は俗に塗れているようであった。
「もしよろしければ、私がここの案内を致しますが」
「よろしいのですか? まだどこで何をしていいものやら、皆目見当もつかないので助かります」
「構いません。私もイヤらしい手付きで触ろうとしない、紳士的な殿方を案内する方が、よほど気楽というものですから」
軽く笑んだ給仕の女は、手近に居た他の人間に酒の乗った盆を渡す。
そうして妖艶さすら感じさせる手招きをすると、混雑したホールの中を軽やかに進んでいった。
僕とレオは顔を見合わせ、大人しく彼女の後ろを着いていく。
広大なホールの隅へ在る、これまた大きな扉を少しだけ開き通ると、先にはポツリポツリと人がまばらに立つ通路が。
案内を買って出てくれた女は、先ほどの場所で司祭たちに触れられるのが相当に嫌だと見え、そこをゆったりと漂うように進んでいく。
「この先には何があるのですか?」
「聖域内において最大の目玉、といったところでしょうか。お世辞にも品が良い余興とは言えませんけれど」
「さっきの場所よりも?」
「ええ、もっと。私はさっきの空間に辟易していたので、こうして案内役として同行していますけれど、本当はこちらもお奨めはしかねます」
薄暗い通路を進む中、僕は前を進む女へと先に待つものが何かを尋ねる。
すると返されてきたのは、具体的な内容には言及はしないものの、公序良俗を考えれば褒められたものではないというもの。
彼女は口を開きつつも嘆息し、うんざりといった様子を隠しもしなかった。
言葉からはかなり本音らしきものが垣間見えるため、本当はここを辞めたがっているのかもしれない。
「まぁ……、見ればわかります。お二人は他の司祭様たちとは違うようなので、お気を悪くされるかもしれませんが」
通路を突きあたりまで行くと、やはり同じ作りをした一枚の扉が。
その取っ手へと手を掛ける女は、開く前に念を押すようにこちらへ気構えを促す。
だが彼女がこうまで言うからには、気分を害するに十分な見世物が繰り広げられているらしい。
僕等が頷き了解を返すと、彼女はグッと扉を押し開ける。
そうして目と耳に飛び込んできたのは、先ほどの部屋に居たのと同じくらいの人数が、歓声を上げ金と紙の束を握りしめる光景。
「なるほど、これが聖域最大の余興ってやつか」
僕はその様子を見るなり、すぐさまそれが何かを理解し、呟くと同時に深く息を吐いた。
そこは中央の数メートルほど窪んだ平たい個所を中心とし、周囲を数多くの座席がすり鉢状に設置されている。
おそらくは一種の闘技場。いや、コロシアムと言い表わした方が無難だろうか。
一対一で戦うにはかなり広く造られた中央の空間には、幾つもの身を隠せそうな障害物が無作為に設置されている。
「毎回一度に四人が同時に入り、最後に立っていた者が勝者となります」
「わかり易いですね。しかしこういうのは同め……、他の国にも存在すると聞きますが」
「あら、他所の土地にも存在するのですか?」
「以前に司祭としての先輩方に聞いた話ですがね。素手での拳闘が主で、連勝を続ける戦士は英雄扱いであるとか」
ついうっかりと同盟内でのことを口走りそうになるも、必至に抑え告げる。
ただこういった趣向の見世物は、聖堂国に限らず在る所には在るものだ。
ラトリッジには存在しないが、同盟領内でも二か所ほどもう少し規模の小さな所があるし、隣国のワディンガム共和国では、巨大な施設を建て上級市民の娯楽となっていると聞く。
なので別段珍しくはないのだが、説明をしてくれる彼女はこちらが返した言葉に、少しばかり困った表情を浮かべる。
「ではここは他と違いますね。聖域の闘技場では拳だけに限らず、刃物や銃を普通に使いますもの。内三人が死ぬまで決着はつきませんし、場内の盛り上がりが凄まじい時などは、最後の一人となった時点で猛獣も放たれます」
「そして観る側は金を賭けると?」
「ええ。誰が生き残るか、どういった手段で相手の息の根を止めるか、最後に猛獣を仕留められるかといったところを」
「なるほどな、そいつは確かに趣味が悪い」
これは予想以上に品のない場所であるらしい。
案内役である彼女が、こちらも好ましくない場所だと言っていた理由がわかるというものだ。
見れば観客席に居る多くが、賭けの証明となる札を持ち、今まさに出てきた戦士へ喝采を浴びせていた。
その中には僕とシャリアへ、聖域へ連れて行ってもらえると言っていた露天商の姿もあり、所在なさ気に賭け札を握りしめている。
僕は脱力しかけながらも、戦士の出てきた場所へと視線を向ける。
障害物の置かれた戦場には、四人ほどの人間が出てきているのだが、全員が頭からすっぽりと被るローブを着ていた。
それぞれに色が違うので、あれで区別を付けるのだろう。
「あそこへ出ているのは、どういった人間が?」
「私はそこまで存じませんので……。基本的に闘技場の運営は、軍の管轄ですから」
いったいどんな人間が、この悪辣な場へ引きずり出されているのだろうかと問うも、彼女は一切知らないと言う。
だが彼女の言葉からすると、やはりここは神殿と軍、双方によって管理されている場所のようだ。
となればここで騒動を起こせば、さぞ慌てて援軍を寄越してくるだろう。
それを果たせれば、僕等が脱出し国境を越えるのは大変かもしれないが、シャリアらはより安全に逃げ出せるかもしれない。
僕はそのためにどこで暴れてやろうかと、眼下の闘技場で始まった戦いを見下ろしながら、密かに周囲を窺い始めていた。




