亡者の楽園 01
三人の兵士と共に国境越えをする役割をシャリアに任せ、この日から僕とレオは彼女らと別行動を取る。
そのため砂漠を越える為の爬虫類にも似た生物は、僕等が預かることとなった。
どちらにせよあの保養地から国境はすぐであり、気候的にあちらに適応できぬ生物であるそうなので、連れて行くという選択肢がなかったためだ。
行った先のワディンガム共和国では、当然のように聖堂国の通貨は使えぬため、ついでに手元へ残った金銭もほとんどを受け取っている。
そうして別れた僕等は移動用の生物に跨り、保養地を抜け南下。
"聖域"と呼ばれる地を目指し進んだ先に見えてきたのは、流れる砂に埋もれることなく築かれた、遺跡と言い表わすのがピッタリの建造物であった。
「さて、どうしたもんだか」
「まさか何も考えていなかったのか?」
うず高く積もった砂の山。その陰へと隠れた僕とレオは、数百m先に在る巨大ではあるが入口だけの建造物を眺める。
その入口へと立つ数名の歩哨を見るなり、僕が呟いた言葉にレオは眉間へと皺を寄せた。
聖域に在る施設へと入り、そこで暴れることによって陽動とする。
今のところはまだ、保養地へと逗留する教皇らに動きらしきものは見られない。
しかしだからといって安穏とはしていられず、動き始める前に聖域を襲撃し、陽動役としての役割を果たす必要があった。
「まさか。ただできるだけ早く、侵入したいと思ってさ。もう一日か二日は余裕があるだろうけれど、それだって確実な話じゃない」
「ならばすぐに突っ込むか? あの人数なら余裕だろう」
「止めておこう。見たところ警備に立っているのは聖堂国の一般兵だ、でも中もそうだとは言い切れないし……」
目下の問題は、如何にあそこへと侵入を果たすか。
当初の目的を果たすだけであれば、入口で暴れるという手もある。しかしより混乱させるためには、どれだけ深いか知れぬ中へ入り、中枢に近い箇所で行動を起こしたいところ。
そのためには存在を気取られずに、あるいは自然に見張りを越えていく必要があった。
だが早々都合良くいくはずもなく、僕は早朝の徐々に上がっていく気温の中、ジッと入口を観察していく。
その間にも夜間に移動をしてきたであろう、何組かの人間が中へと入っていくのが見える。
一般の市民らしき者の中には、僕とシャリアへ聖域に行くと話していた、露天商の姿も確認できた。
「やはり身元の確認はするみたいだな。神殿に寄付しないと入れないんだ、当然だろうけれど」
「ならいっそ俺たちも金を払ってみるか。喜んで入れてくれるかもしれないぞ」
「そいつは名案だ。膨大な額を払わなきゃいけないって難点を除けばね」
訪れる全員がフードを外し顔を晒してから、おそらく寄付をした証明らしき書面を見せている。
あれが手に入らないというのに加え、顔を晒さねばならないというのは厳しい。
聖堂国に侵入以降、強い陽射しによって随分焼けてはきたものの、まだ聖堂国国民に見られるほどではないからであった。
となるとシャリアはどうやら、かなり無理をし強く肌を焼いていたようだ。
そんな光景を見ていると、中へ入ろうとする神殿の司祭らしき姿が目に映る。
連中もまた警備のチェックを受けると疑っていなかったのだが、そいつらは司祭特有の両手を軽く掲げる挨拶をすると、意外なことにこれといった検査を受けることなく中へ進んでいった。
「もしかして、司祭は普通には入れるのか?」
「まだわからない。もう少しだけ様子を見てみよう」
レオの頭に浮かんだのは、司祭だけは特別扱いが存在するという可能性。
今のを見た限りでは、他の訪問者とは別の対応をされていたので、僕もまた同じ感想を抱きはした。
ただあの一団だけがなにか特別な事情を持っていたのかもしれず、確認をするためもう一度司祭が来ないかと待つことにする。
そうしてしばし待ち、次にやって来たのも先ほどの司祭と同じ格好をした集団。
いったいどうなるだろうかと注視していれば、結果は前と同様。司祭らはただ挨拶をしただけで、警備を素通りするというものであった。
「決まりだな。どうする?」
「それはもちろん、便乗させてもらうとするよ。ここに来る司祭を待ち伏せよう」
完全な確証と言うには不安だが、現状で最も頼みとなりそうな案であるのに違いはない。
顔を見合せた僕等はすぐにその場を移動し、近くで待機させておいた騎乗生物へと乗り込んだ。
エイダに衛星を使い捜索させると、もう陽が昇った時間帯ではあるが、比較的近くに同じような生物に乗った一団を発見。
手綱を握り走らせ、そいつらが聖域へと入る前に接近を試みることにした。
焼けつかんばかりな炎天下の中でも、支障なく奔るトカゲのような亀のような生物。
砂埃をあげ進み砂漠の一点で停止をすると、間もなく前方から数匹の同じ生物が走ってくるのが見えた。
大きく腕を振ってその迫る相手を呼び止めると、すぐ近くへ寄りゆっくりと停止する。
「失礼、司祭様とお見受けしますが……」
「何用だ。我々はこれから、非常に重大なお役目を果たさねばならぬ。用があるならば手短に済ませよ」
鞍に跨ったままで、こちらを見下ろす三人の司祭たち。
そいつらはいかにも面倒そうな様子を隠そうともせず、早く用件だけ述べろと居丈高に言い放つ。
本来思想を伝え人を導く側の人間であろうに、随分な言い草だ。
「実は私共、これから聖域へと向かう予定なのですが」
「ふむ、お前たちもか。ということは信仰の証を示したのであろう、実に素晴らしい行いだ」
僕が聖域へ向かうことを告げると、司祭たちの半分フードに隠れた表情が、僅かに笑まれるのに気付く。
司祭でもない人間が聖域へ行くというのは、神殿へと多額の寄付を行ったというのに他ならない。この連中が満足そうに頷くのは当然であった。
「して、なぜに我々を呼び止めた。聖域はもう目前、そのまま入ればよかろう」
「実はその件で、司祭様がたにお願いがございまして」
「なんだ、まさか証書を紛失したというのではないだろうな? もしそうならば、寄付を行った町まで戻らねばならぬ。我々では証明しようがないからな」
「いえいえ、そうではなく……」
さり気なく司祭たちへと近寄り、僕は下手に出た調子で用件の出だしを口にする。
だが別に本気で丁重に頼みごとをする訳でもなく、怪訝そうにする司祭の一人へと間近に寄るなり、小さくもハッキリと告げた。
「少々、入るためにその法衣を頂戴したいと考えまして」
「……なんだと?」
司祭の一人は、意味が理解できないといった様子で問い返す。
だが男が怪訝そうな顔を向けるなり、僕は迷うことなく懐へ手を忍ばせると、備えておいた投擲用のナイフを取り出した。
鞘と外套からナイフを抜き放つなり、勢いを利用し鋭く投げつける。
幾度かの回転を経て司祭の目を穿ち、そいつはグラリと身体を傾け鞍の上から崩れ落ちていった。
残る二人の司祭は、その光景に唖然とすらできず固まる。
だが内片方が乗る生物へと、同時に仕掛けたレオが掴まって飛び乗り、彼は司祭の頭を腕で固定し勢いよく捻り上げた。
ゴキンと鈍い音を立て、白目を剥き脱力する二人目の司祭。
僕はレオがしたそれを横目で見つつ、残る一人へと迫りそいつの被るフードを捲り外すと、レオがしたのと同じように首を掴んで強く回してやる。
「一着をダメにしたな」
「でも二着は無事だったよ。不用意だったのは否定しようがないけれど」
舞い上がる砂埃を置き土産に逃げ出す生物を余所に、骸となった司祭へ近寄り、顔へ突き刺さった投擲ナイフを引き抜く。
そんな僕へとレオは軽く背を叩き、からかい混じりに司祭を指さした。
司祭であると証明する外套型の法衣を得るための襲撃だというのに、最初に投擲ナイフで仕留めたそいつのは、当然のようにフード部分へ血がべっとりと付着。
こんな物を着ていては、さすがに警備の兵も警戒心を高めてしまうはず。
なので聖域の施設へ潜入するための変装としては、こいつはもう使い物にならなかった。
幸いにも残り二人の分は、綺麗なままであるため問題はないが。
「ところで今更なんだが、なにも始末しなくて良かったんじゃないか?」
「どちらかと言えば、そっちの方が残酷だと思うけどね。身ぐるみ剥いで放置なんてしたら、もっと酷い有様になるよ」
既に息絶えた司祭たちから法衣を剥ぎ取っていくレオは、ちょっとばかり気まずい様子を浮かべる。
居丈高ではあったが、この司祭たち自身は別になにかをしたわけでもなく、僕等にとってもただ敵国に住むだけな人間でしかない。
敵の兵士であれば今更気にも留めないが、いくら宗教国家とは言え軍人ですらない司祭が相手だけに、抵抗があるのは当然だった。
それに別に法衣を奪うという目的だけであれば、なにも命まで奪う必要はない。気絶でもさせて転がしておけばいい。
しかしその場合であっても、司祭たちはどのみち命を落とす破目になる。
なにせこの灼熱の砂漠、身体を剥き出しのまま放置していれば、意識を取り戻す頃には干上がっているのが目に見えていた。
意識はありつつも動けなくなった状態で、砂と陽射しに焼かれていくのを考えれば、苦しまぬ内に死ぬ方がまだ多少なりとマシに思える。
「なら生かして帰してやればよかったんじゃないのか」
「それだと今度は、敵の増援を呼び寄せるのが早すぎるよ。僕等がちゃんと脱出する準備を済ましてからじゃないとさ」
これが時間に制約のない作戦であれば、どこかで隔離でもしておき、事が済んだら解放してやるという手段もある。
ただ聖域内で暴れた後は、僕ら自身も速やかにこの国を脱出する必要があり、司祭らを解放してやる暇すらない。
どちらにせよ司祭の着る法衣を奪うと決めた時点で、こうなるのは確定的であった。
「さて、早速警備を騙せるか試してみようか」
「演技は苦手だ。司祭らしく振る舞えと言われてもな……」
「話すのは僕がやるよ。レオは連中のしていた挨拶を一緒にしてくれればいいさ」
レオはそう言いつつ試しに一度、司祭がしていた礼をしてみる。
ゆっくりと掲げられる両の手は、多少ぎこちないものの連中がしていたものと同じ。
これでもし怪しまれてしまったならば、実力行使に出る他ないかと考え、僕もまた苦笑しながら同じ礼をレオへと返した。




