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突破口 07


 あれから二日ほど、僕とシャリアはそれほど広くもない保養地の町中を歩き回り、方々で情報を集め続けた。

 だが初日に得られた以上の内容は耳にできず、余程しっかり秘匿されているのか、教皇付き近衛兵の行動予定などは、その断片すら手に入らない。

 今日でこの地に来て四日目。そろそろ今後採る方策を確定させ、準備を始めねばならない頃合いだ。


 ただ例年は十日ほどの滞在をしているとはいえ、今年もそうであるとは断言できない。

 今は聖堂国内の状況が状況だけに、下手をすれば明日にでも教皇が首都へ戻るとなってもおかしくはなく、焦りを感じずにはいられなかった。


 教皇が滞在している今の時期を選び突破するというのも、元々はシャリア一人で行動するという前提で組まれたプラン。

 一人では密かに抜けられるものも、人数が増えれば容易ではなくなっていく。

 そのため僕等は最後の手段として用意していた、陽動を用いた脱出方法を選択することとした。



「承服できかねます。その役目、我々が担うのが筋というものでしょう」


「しかしどれだけ危険かがわからないんだ、より実力のある者が行くってのが、無難な選択だと思うけど?」


「だとしてもです。いえ、だからこそ我々が! よもやお二人に囮を任せ、のうのうと逃げ出すなどと……」



 早朝。まだ陽も昇りきらず、肌寒さすら感じさせる時刻。

 揃って起き一つの部屋へ集まると、僕は全員へこの簡潔な計画を伝えた。


 だがやはり当然のように、聞くなり難色を示し役割を買って出る兵士たち。

 レオは案の定了承してくれたのだが、残る三人の兵たちはとんでもないと口を揃え、思い留まるよう訴えかける。

 自身ですら相応しい振る舞いをしているかはわからなくとも、一応は彼らにとってこちらは主君。

 その相手を囮とし、自分たちが隙を見て脱出するというのは、半ば戦力外を通告されたも同然。

 彼らにとって僕を護衛するという義務感と共に、プライドが許さないものであった。



「ならば他に妙案があるのか? 全員で隠れながら抜けるのは不可能だ、当然この人数で強行突破も現実的じゃない。となれば手段は限られる」


「ですから、我々が囮役を担います。それが叶わぬのであれば、せめて同行を……」


「なら連れて行けない理由を、ハッキリと言わせてもらおうか。君たちを連れて行くことで、僕等にとって重荷となってしまうからだ」



 これは間違いなく、彼らの自尊心を酷く傷つけてしまう発言だ。

 しかしこの三人には申し訳ないが、あのような場所へ行くには実力的に物足りないというのが正直なところ。

 なにせ下手をすれば聖域内には、クローン兵がうようよしているかもしれず、そうなれば彼らはただ屍となるのを避けられない。

 おまけに一人はかなり癒えたとはいえ、まだ歩行に違和感を抱える怪我人。

 ここまで必至に着いて来てくれたのだ、国境を越える時に自ら囮となった兵士を想えば、これ以上数を減らすのは是非とも避けたい。



「……それは、ご命令でしょうか」


「命令だ。以後は聖堂国内の状況と敵の戦力、そして地理情報を持ち帰るのを君たちの任務とする。シャリアに従って国境を越え、ラトリッジへ無事帰還せよ。もしこの命令に異論があるのであれば、僕の権限で即時軍より追放処分とする」



 明確に、仲間としての頼みではなく命令として指示を下す。

 それでもなお彼らは食い下がり、自身の立場をかなぐり捨ててでも説得しようとするも、こちらが真っ直ぐに見据えた目に言葉を詰まらせていた。



「了解……、致しました」


「頼んだ。なに、僕等だって数年前までは傭兵として最前線で斬り合っていたんだ、命を繋ぐ術くらいは心得ている。君たちが帰還を果たした時、僕等が追いつけていなかった場合には、救出を行うための策でも練ってくれ」



 もう説得は無理と悟ったか、怪我をした兵は拳を握りしめ不承不承ながらも承知する。

 きっと自身の負傷が、この選択へと至った理由の一つであろうと考え、自責の念に堪えないといったところだろうか。

 だがそれでもいい。自身を戦力とするのを諦め、大人しく帰路に着いてくれるというのであれば。



「では準備を始めるとしよう。引き続き僕等は食料の調達に向かう、と言っても買うのは例の果物だけれどね」



 そう言って立ち上がると、僕はシャリアを連れて部屋を跡にする。

 一瞬だけ兵たちの顔を窺うと、各々が苦渋や失意、もしくは悲しそうな表情を浮かべていた。

 レオへと視線をやるとすぐさま目が合う。アイコンタクトで彼らのフォローを頼むといった意図を飛ばせば、彼はそれを察したのか頷いてくれる。



 そんな四人を置いて宿を出て、陽が昇ったばかりの大通りへと出る。

 そこかしこでは商店が開店の準備を始めており、まだ早い時間ではあるが、町中にはパンを焼く匂いや、肉を炙った芳ばしい香りが漂い始めていた。

 幸いにも懐具合はまだそれなりに温かい。彼らに精を付けさせるべく、大き目な肉でも買って行こうかと考えていると、後ろを歩いていたはずのシャリアが横へと並んでくる。



「よろしかったんですの? あのような物言いをされて」


「仕方がない。あれくらいキツく言わないと、無理やりにでも着いて来かねないからね」


「今でこそ貴方の下に居ますけれど、わたくしにはわからない世界ですわね」



 彼女は露天が試食として配り始めた肉の欠片を口へ放り込みつつも、先ほど強い口調で突っ撥ねたのを気にしていた。

 立場を考えれば、彼らがああ言うのは当たり前と言えば当たり前。

 だがそれを不条理にも突き放し、不要と斬り捨てて追いやったのだ。信頼も何もあったものではない。


 これが結果的に彼らの命を繋ぐとは思うが、シャリアにしてみれば少々首を傾げてしまうものであるようだ。

 元来が暗殺者である彼女にしてみれば、忠誠という言葉が関わる概念は、言葉では理解しつつも実感が伴わぬのだろう。

 逆に言えば僕にも忠誠心を持っていないことになるが、そこいら辺は今更なので別にいいかと考える。



「もうちょっと君との付き合いが長くなれば、いずれ理解してくれると期待しているよ」


「そのためにはもう少しばかり、近い距離で信頼を築いていく必要がありそうですわね。ですがお生憎様、わたくしは友人を裏切れませんもの」



 露天の前でおどけてそう告げると、シャリアは嘆かんばかりの演技を交え返す。

 確かに彼女とそのようなものを構築するには、普段の距離が遠すぎるようだ。

 ヴィオレッタとはラトリッジへ顔を出すたびに会っているようだが、僕とはそういったことがないため、共に行動している現在が最も言葉を交わしている有様であった。


 そんな僕等の様子を見て、露天の店主は揚々と話しかけてくる。

 さほど大きな声ではなかったのだが、商機を逃さぬという術の一環か、存外客の会話というものを聞いているようだ。



「なんだいお嬢さん、もしかして上役の兄ちゃんに言い寄られてんのかい?」


「ええ、ここ最近ずっと情熱的に迫られて困っていますの。おじさま助けてくださいます?」


「そいつは難儀してるな。どれ、こいつを買ってくれるなら、俺の要らぬ正義感が顔を出すかもしれないぜ」



 もちろんこの露天商にしても、本気で彼女の言葉を真に受けているわけではない。

 こちらの会話に便乗し、冗談を交えて親しみ易さを表に出すことで、少しでも多く売り上げようという目論見だ。

 それそのものは別におかしな話ではないし、先ほどもらった試食はなかなかの味であったため、買うのもやぶさかではなかった。


 ただ大人しく金を払うだけでは勿体なく、シャリアは露天商の話に便乗し冗談を交えると、僕とレオが向かう"聖域"についてへそれとなく話題を修正していく。

 あの土地そのものは、この町に住む住民であれば常識と言える存在であるため、それほど唐突と言えるものではないようだ。



「わたくしもいつかは行ってみたいものですわ。うちの上役はなかなかに財布の紐が堅いもので、聖域へ行けるだけの寄付をしてくれませんの」


「お嬢さんも大変なお願いをするもんだ。だが女を口説こうってんなら、少しは甲斐性を見せねぇとな。と言っても、あれは少しの範疇じゃないけどよ」



 シャリアのわざとらしいため息に、露天商の男はカラカラと笑い声をあげる。

 具体的にいくらとは言わないが、この様子だと聖域へ入るために必要となる寄付額は、かなりの高額であるようだ。

 当然彼もそんな金額は到底払えないと言うのだが、その直後ニカリと口元を緩めたかと思えば、小声ながら嬉しそうに口を開く。



「あんまり大きな声じゃ言えねぇがよ、俺は今度聖域へ連れて行ってもらえることになったんだよ。馴染のお客が誘ってくれてさ」


「あら、羨ましいですわね。いったいどれほど素晴らしい場所なのでしょう」


「俺も詳しくは知らないけどよ、その連れて行ってくれる客の話だと、一度行けば毎年の寄付が惜しくなくなるってことだ」



 余程あの地へ行けるのが嬉しいのか、露天商の男は次第に表情をヘラヘラと和らげていく。

 客の前でするような顔ではないが、それほどまでにこの地へ住む神殿の信者にとって、聖域へ行くというのは垂涎物の体験であるらしい。


 エイダが聖域から出てきたクローンの姿を確認してから数日、数十人の人間があそこへと出入りしている。

 それはクローン連中だけでなく、司祭らしき格好をした人間や、ただの一般人と思わしき集団などもだ。

 今のところ中で何が行われているかは知りようはないが、露天商の話によれば、信者にとって楽園と呼べる場所であると考えられた。



 話を聞けた礼代わりに、それなりの値がついた商品を購入。

 露天から離れ少しして、シャリアらが国境を越えた後で食べる物としてそれを渡すと、彼女は受け取りつつかぶった外套の下、若干重苦しい声色で呟いた。



「わたくしにできる助力は、もうこれだけです。あとは……」


「十分に助かったよ。それに君が気にすることはない」


「でしたらせめて、お二人の無事だけでも祈らせていただきますわ」



 露天商から聞き出した話は、以後別行動を取りより危険に身を晒す僕とレオへの、激励の代わりであったようだ。

 そんなシャリアへと、僕は絶対に生きて帰りつく決意を、明確にメッセージという形で託すことにする。



「共和国へ入ったら、すぐに合流するつもりではいる。でももしそれが叶わない場合、帰ってヴィオレッタに伝えてくれないか。"近いうちに必ず望みを叶えてみせる"って」


「いったい何の話かは存じませんけれど、承知いたしましたわ。……決して、自身のお言葉を違えぬように」


「ああ、約束しよう。ヴィオレッタに恨まれるのは御免被る」



 シャリアはこの伝言に、どのような意味が込められているか知る由もない。

 しかし相応に深い意味があるのであろうと、あえて内容を問おうとはせず、柔和に笑んで言葉を運ぶのを了承した。

 こうも断言した以上、違えては後が怖い。

 その身震いするような心地を糧とし、僕はシャリアへ必ずの帰還を約束した。



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