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突破口 06


 シャノン聖堂国の国教というよりも、政治体制そのものと言っていいのが、この国でまず全ての人間が属す神殿という組織。

 都市王国ラトリッジを含め、同盟領に住む人間の多くは、信仰心とは少々縁遠いため実感し辛いが、神殿の頂点に立つ教皇を敬い暮らすというのは、聖堂国国民の思考や習慣に根差したものであった。

 現教皇ハウロネアが、例え見た目風変わりな少年であっても、それは決してブレることがない。


 その神殿が管理し、高位の司祭や一定の寄付を行った者のみが立ち入ることの許されるという、"聖域"と呼ばれる特別な土地。

 取引を行った商店の主から聞き出し、その地を監視し始めたエイダであったが、それからさほどの時間すら置かず不審な光景を捉えていた。



<間違いなく、あれはクローンたちの集団です。これまで見てきた初期のタイプと、その後に見た少年型。双方の混成部隊でしょう>


『となればただの宗教施設とは言えそうにないな。神殿のというより、聖堂国軍に関連した場所か?』


<そこまではまだ何とも。ですが無視できぬ存在であるのは間違いありません>



 監視を始めて早々エイダが捉えたのは、聖域と呼ばれる場所に在る遺跡から、十数人も人影が出てくる様子。

 それは僕等が遭遇し、幾度となく戦いを行ってきた相手の姿。

 商店主はあの場所が、高位の司祭など一部の者しか立ち入れぬ場所であると言っていたが、まさかクローン連中が司祭を担っているとは考え難い。

 なのでそこが祈りの場として以外の意味合いを持つことを、明確に示唆しているようであった。



 そんな光景を見せられた僕は、この国を脱出するための案が瞬時に浮かぶ。

 ただこれが現実的であるかどうかを相談するべく、シャリアを伴い入った酒場の奥で、誰に聞かれることなく静かに言葉を交わした。



「マーカスからは、僕についてなにかおかしな話をされたことはないか?」


「また随分と具体性に欠ける問いですこと。……ですがそうですわね、彼から聞かされた話がないことも」



 僕が傭兵となって以来の仲間であり、今は都市王国ラトリッジにおいて諜報面の全権を握るマーカス。

 彼直属の配下であるシャリアへまず問うたのは、そのマーカスから僕のことをどう聞いているかという点。



「どんな風に?」


「自分たちが信じられぬほどの、異様な能力を持っている。彼からはそう聞かされましたわ。それは腕力などというよりも、見通す力、見えるはずのない場所で起きている出来事を看破する力であると」



 僕がこの惑星の出身ではなく、全く異なる文明圏で生まれこの地へ辿り着いたことを知るのは、レオやヴィオレッタを含むごく一部の人に限られる。

 その内の一人であるマーカスは、惑星の外へ浮かぶ衛星に関しては理解できずとも、これまで僕がしてきた言動などから、どういった術を有しているかに一定の理解をしていたのだとは思う。

 そしてシャリアに対して抽象的ながら、断片的な話をしてくれていたらしい。

 これは各地で潜伏し情報を探るというシャリアらの役割上、多少なりと明かさねばならぬ側面があるようであった。



「ご本人を前にこう言うのは憚られますが、俄には信じがたい話ですわね。そのような力があるのならば、是非ともご教授頂きたいところですわ」


「同感だ。僕が逆の立場なら、同じことを言っている」


「では彼の評価は、過剰にすぎるものであるとお認めに? にしても荒唐無稽だとは思いますが」



 とはいえ自身より上となるマーカスから聞いたとしても、早々に信用できる話ではない。

 シャリアは疑いの残る本心を隠さず、軽口交じりで信憑性が欠けると断言した。

 これが普通、そして当然の反応なのだとは思う。


 だが聖域に関してを話すには、まずマーカスがしていた話を信じて貰わねばならない。

 なにせ唐突にこの話を切りだしても、頭がおかしくなったと思われるのが関の山だからだ。



 僕は届いた酒を軽く口へ含みながら、証明するために幾つかの事例を挙げていく。

 それは僕等がこの国へ入り込む少し前の天気等々、彼女ら潜伏している要員が報告するまでもないとあえて伝えなかった内容だ。

 そこいらへんのデータは、エイダがいくらでも溜めこんでいるため、問われれば即座に返すことができる。

 ついでに現在ラトリッジでの状況を事細かに話していくと、彼女自身にはその真偽を判別する術がないが、具体的な内容に表情はゆっくりと変わっていく。

 疑いや呆れが混ざったものから、徐々に険しく意外そうなものへと。



「……わかりました。まだ正直信じきれてはいませんが、彼の言っていたのはそう間違ったものではないのかもしれません」



 とりあえずはある程度納得してくれたのか、シャリアは手にした果実水を置き背を伸ばす。

 これが前置きにすぎず、本題は別にあると察しているために。

 そんな彼女へと僕はこれからの行動について、協力を願うことにした。



「おそらく"聖域"と呼ばれる場所は、聖堂国にとってただの信仰の場ではなく、軍にとっても重要な施設だ。そこを攻めようと思う」


「危険に過ぎませんか? 敵の懐に入っているという点では、好機と言えなくはないです。しかしこちらの戦力はたったの六人、それも内一人は怪我人ですわよ」


「なにも本格的に打撃を与えようって話じゃないよ。あくまで陽動、その間に君は兵たちを連れ脱出を果たして欲しい」



 聖域へと立ち入れるのが、司祭だけでなく一定額の寄付を行った民間人もというのが気にはなる。

 だがその聖域へと奇襲をかけることにより、この保養地へと駐留している教皇の近衛部隊を、あるいは同じく駐留している兵士を引き付けられるはず。

 シャリアへと頼んだのは、聖域へと敵の戦力が向かう隙を窺い、手薄になったところで一気に国境を突破して欲しいというもの。

 僕とレオを除く、三人の兵士を連れて。



「ではまさか、二人だけで攻撃されるつもりですか!?」


「こう言っちゃなんだけれど、その方が身軽に動ける。おそらく聖域に存在する施設は、主に地下へ建造されている。動くにも隠れるにも、少ないのが有利に働くはずだ」


「もし見通すという力が本当だとしても、敵の拠点へ主君をおめおめ行かせるとでもお思いですか」


「僕の力量は、君なら知っているだろう。直接刃を交えたんだから」



 決して三人の兵たちが、実力的に大きく不足しているとは言わない。むしろ都市王国ラトリッジの軍において、彼らはかなり腕が立つ部類に入るくらいだ。

 しかし彼らには悪いが、どれだけの戦力が聖域内の施設に潜んでいるかもしれない以上、余程突出した実力がなくては連れて行けない。

 となれば僕とレオの二人だけの方が、立ち回るには容易であると言っていい。なにせ誰に遠慮するでもなく、全力で暴れまわることができるのだから。

 当人たちはきっと、納得がいかないとは思うが。



「ご自身はどう脱出されるおつもりで? 敵の警戒がさらに厳しくなるのは避けられませんわ」


「僕等だけであれば何とでもなるよ。元来た道を辿って山を越えてもいいし、西へ回って小舟を調達してもいい。監視の目を逃れるのは得意だからね」


「また気楽に仰いますこと。……そうでしたわね、人とは異なる目をお持ちなのでしたか」



 流石に黙して頷くこともできないのか、シャリアは眼つきを鋭く異論を唱えかける。

 だが彼女は諦めたように肩を落とすと、つい先ほどした話を反芻するように口へと出した。


 エイダの助力で衛星を使えば、監視網をくぐるのはわけない。

 多くの兵士を抱える聖堂国にしても、国土を跨るように一列に兵を並べて追い込むこともできはせず、どうしたところで穴はできる。

 特に遮るもののない砂漠や荒野がほとんどな土地、敵を発見するのは比較的容易だ。


 それにもし遭遇しても、よほど多勢に無勢でない限り十分対処はできる。

 実際聖堂国へと抜けた後でも、その気になれば踵を返して山を越え、クローン連中を排除して帰還すること自体は可能であった。

 ただし、どれも僕とレオの二人だけであればという前提だけれど。



「もちろん、他に良い手段があるのならそちらを選ぶ。現状では強行突破以外に、これといった打開策がないために提示した案にすぎないんだから」


「ではわたくしは精々、その無茶な案を実行に移させぬよう知恵を絞るといたしましょう」


「頼んだよ。教皇がここに留まる、数日のうちにね」



 なにも他に安全な手段を放り出してまで、強引に戦おうというわけではない。

 あくまでも策を講じる候補の一つ。最終手段としての方法だ。

 それを承知したであろうシャリアは、グッと自身の果実水を飲み干すと、既に思案に入りつつあるであろう表情をして嘆息する。


 もし彼女に良案を浮かび、現実的な手段として用いうるならそちらを選べばいい。

 ただ時間のなさは否めず、あまり悠長に頭を捻っている猶予はない。

 教皇がこの地へ留まるのは、例年通りであればあと八日程度。それを過ぎれば共和国側の軍が、再び国境地帯へと展開を初めてしまう。

 行動のための準備に要する時間も含めれば、もっと時間は切迫していた。



 ここまで話したところで、いったん切り上げることにし、僕等は揃って暇な酒場を跡にする。

 物価高が慢性化した町にしては、それほど値も高くはなかったため、おそらく地元住民ばかりが利用する店なのだろう。

 外套のフードを目深にかぶり、陽が落ちていく町中を黙したまま進んでいく。

 宿へ戻る前に露天へと寄り、六人分の食事を適当に見繕っていると、シャリアが思い出したように「そういえば」と、側で小さく口を開く。



「普通にレオニード様を戦力として数えておられましたが、ご本人の了解を得ずともよろしいのですか?」


「大丈夫さ。レオならまず協力してくれるよ」


「命令すれば従ってくれる……、というのとは違うようですわね」


「彼と知り合ってもう随分と経つからね。ヴィオレッタよりも付き合いは長いし、まず同意してくれるはずだ」



 言われてみれば確かにそうで、僕はレオの意見を聞く前から彼を戦力としてカウントしてしまっていた。

 だがレオであれば、協力しないという選択をすることはないはず。

 それに甘えていると言えばそうなのだろうが、彼が居ると居ないでは大きく戦力が違うし、背中を任せるのにこれ以上はない相手であった。



「信頼されているご様子で。ですがそのようなお話を聞かされると、善からぬ想像をしてしまいますわね」


「……一応言っておくけれど、僕もレオもそっちの趣味はないよ」


「あら、てっきり結婚は偽装かと。親友になんと報告すればいいのか、頭を悩ませましたのに」



 おそらくシャリアは、僕をからかっているのだろう。突拍子もない発案をし、彼女を困惑させた仕返しといったところか。

 商店の棚に置かれた酒の入った壷を抱える彼女は、今の発言を人質にしていると言わんばかりの様子で、軽く僕へと押し付けてくる。

 きっと宿で待つ皆で飲む分だろうが、少しばかり高めな値段設定のそれに溜息衝きながらも、僕は仕方がないと呟き脇へと抱えた。



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