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突破口 05


 甘味というのは同盟領内においても、それなりに貴重な代物だ。

 それは当然ながら、普段口にする食料の方が生産の優先度が高いのに加え、単純に糖類を得られる植物の栽培が難しいために。

 聖堂国においてもその理屈は同じで、僕等の土地と比べ現在苛烈な食糧事情を抱えるとなれば、そういった傾向はより顕著となっていた。


 故にごく僅かな、それこそ舐め続けていればものの一時間ほどで無くなるような量の飴玉であっても、目玉の飛び出る額が値札を飾る。

 聖堂国内でも特に物価が高いこの保養地では、そこから更に桁が一つ二つ跳ね上がってしまう。

 しかし物があると知れば欲っするのが人の性か、数粒の飴玉を持ち込んだ先である店の店主は、見るなり交渉も早々に驚く金額を提示してきた。



「いや、助かったよ。常に甘味の注文は引っ切り無しでね」


「そんなに足りていないのですか?」


「今のように教皇様がいらっしゃっている時などは、人が多いせいでただでさえ少ない量を奪い合いさ。他所の土地は食事にも事欠くようだが」



 小袋へと入れた飴玉を渡し、その対価となる金銭を受け取る。

 そのやり取りを行いながら交わす会話の中、商店主は嬉しさというよりも安堵感に眉を緩めていた。

 この町に滞在している聖堂国の富裕層たちが、そういった物を注文するも、供給量が圧倒的に足りていないせいだろう。


 店主の様子を見るに、一言か二言でも難色を示せば、すぐさま買い取りの提示額を上げてくるのだとは思う。

 しかし下手に粘ってこちらの素性を探られたり、他の人間に見られるのだけは避けたい。

 それなりの額になってくれたことであるし、これで十分と満足し欲をかかぬ方が良いはずだ。



「他所の土地で水が沸かなくなったのは、今代の教皇様に替わられた頃からだって話だ。おかげで糖の入手も儘ならんよ」


「そのようなことを申されない方が。不敬と取られかねませんよ」


「おっと、それもそうだ。ただ教皇様には、なんとかお力を発揮していただきたいもんだな」



 店主は大事そうに買い取った飴玉を仕舞い込むと、腕を組み手に入らぬ商品への嘆きを口にする。

 宗教国家であるこの国において、それは下手をすれば兵士に拘束すらされかねない言動ではあるが、商売人としては切実な悩みであるようだ。



「きっと今回の逗留を終えられた後で、教皇様は"聖域"へとお立ち寄りになられるはず。そこで神への祈りを捧げられるだろうがね」


「……聖域?」



 両の手を組み、先ほどした自身の言動を振り払うように祈りを捧げる店主。

 その店主は短く行った祈りを解くと、教皇が保養地での逗留を終えた後、立ち寄るとされる在る場所についてを口にした。


 "聖域"と言う店主の言葉に、僕はついオウム返しに反復をする。

 だが聖堂国の国民であれば、それは常識に近い知識であるのかもしれず、一瞬しまったと後悔の念が思考に奔る。

 神殿の信徒ではないと疑われはしないか、迂闊なことを口走ってしまったかと思うも、店主は然程気にせず笑う。



「ああ。ここいらに住む者しか知らない場所だからな、他所の地方から来た人らは知らなくて当然さ。ここから少しだけ南へ行ったところに、神殿が管理している土地があってよ」



 僕等が知らなかったのを不思議がるでもなく、それで当然とばかりに告げる店主。

 聞いてもいないのにどんどん自ら話をしていくのは、多分に自身がした言動を誤魔化す目的もあるだろうが、こちらにとっては好都合。

 これがどう役立つかは知らないが、話してくれるというのであれば聞いておくに越したことはない。



「名前だけは聞いた覚えがありますわ。ですがその聖域というのは、どういった場所なんですの?」


「ワシも詳しくは知らんのだが、より神に近い距離で疎通を行える、力に満ちた場所であると聞く。そこで教皇様が祈りを捧げられれば、きっと今の苦難を乗り越える知恵を授けてくれるはずさ」



 シャリアは存在そのものは知っていたようだが、具体的にどのような場所であるかまでは承知していないようだ。

 僅かに身を乗り出すと、さも信徒であれば知りたいのが当たり前とばかりの顔で店主に尋ねる。

 店主もまた彼女の演技を疑うこともなく、自身が知るだけの内容を、聞かれるがまま話していった。

 商売人なのだから、少しはもったいぶっても良さそうなものだが、貴重な甘味を売った礼も兼ねているのかもしれない。



「一応はワシも熱心な信徒だ。一度は聖域の空気へ触れてみたいもんだが、あそこは神殿内でも一部の高位司祭たちか、一定の寄付をした人間だけしか立ち入れない場所でな」


「ではこの町の住人でそこへ行った人は」


「ほとんど居ないだろうよ。ここへ逗留してるような金持ちは行けるだろうが、ここいらの商人は基本的に金持ちの相手をしちゃいても、聖域に入れるほどの寄付ができるわけじゃないからよ」



 少々その聖域とやらが気にはなるが、店主から得られる情報はここいらが限界のようだ。

 あまり突っ込んで聞いても知らないだろうし、この会話が神殿関係者に聞かれでもすれば厄介。

 僕はここいらで満足することにし、店主へと礼を言ってシャリア共々引き上げることにした。



 商店から出て強い陽射しに晒されたところで、眩しさに目を細める。

 だがそれを他所に思考を移し、今しがた聞いた聖域とやらに該当する場所がないかとエイダへ尋ねてみると、報告はすぐさま返ってきた。



<現在地から南へ約二十km、神殿跡と思わしき遺跡群が存在するようです>


『そこに人の姿は?』


<今現在は確認されません。ただこの土地の例に沿って、やはり地下に施設が建造されている可能性は>



 ただの噂だけではなく、実際にそれらしき場所が存在するのは事実であるようだ。

 今のところ人の活動らしき物は見られないようだが、酷暑が常な土地であるだけに、エイダの言うように地下に主たる建造物があるのは否定できないか。

 そこが神殿にとって重要であっても、ただの宗教的な意味合いを持つ施設であるのかもしれない。

 もしそうであれば別段用など無いのだが、ふと思うところがあった僕は、エイダへ注視しておくよう頼むことにした。



『当面そこを重点的に監視してくれ。なにかあれば報告を』


<了解しました。代わりに北方の監視度合いを下げることにしましょう>



 とりあえずは注視しておくことにすると、エイダは普段から監視を行っている、同盟の北側地域への度合いを少しだけ減らすと告げてきた。

 全ての気になる土地を監視しろというのは、衛星の機能面で無茶であるため、そればかりは仕方がない。

 それにもしそちらで異常を感知したとして、今の僕等にはなにか行動に移れるだけの状況ではないのだから、他に選択肢はないようだ。



 商店から出てエイダとのやり取りを行う中、僕とシャリアは炎天下の通りを無言のまま進んでいく。

 所々で買い物を装って商店へ入り、そこで世間話をする素振りで店の人間と会話を交わす。

 そうして僅かな断片ではあるが、僕等は教皇やその護衛である近衛兵たちの動きを探っていった。


 あまり突っ込んだ問いが出来ぬため、もう数日はかかると思っていたこれだが、商店の人間たちは今時分随分と儲かっているためか、さほど抵抗なく色々と話してくれる。

 そのため初日の今日だけで、うっすらとではあるが、近衛兵たちがどういった動きをするのかの輪郭が見え始めていた。


 ただ次の店でこの日は最後にしようかと、徐々に傾きかけた陽射しの中歩いていると、エイダから短い報告がもたらされる。

 その内容は被ったフードの中で険しく眉を顰めるものであり、僕は無意識に歩を止めてしまっていた。



「どうかされましたか?」


「いや、ちょっとね……。シャリア、少しだけ寄り道をしてから戻ろう」


「え? は、はい」



 後ろを歩くシャリアの声に、僕はどう返したものかと悩みつつ誤魔化す。

 ただその止まった場所で、丁度あった路地へふと視線を向けてみれば、奥へと昼間から開いている一軒の酒場を見つける。

 そこへ行こうと告げ路地へ入ると、突然に予定になかった行動を取る僕へ、彼女は珍しく面食らった様子を浮かべた。


 ただなにも突然に、酒が飲みたくなったからという訳ではない。

 もしそうであるならば、丁度潤った懐事情でもあることだし、全員分を買って宿で飲むところだ。

 酒場へ寄るのはあくまでも宿へと戻る前に、もう少し色々と情報を集めたかったというのもあるし、シャリアと話しておきたいことがあったため。

 食料の買い出しなどもしなくてはならないが、このくらいなら許容範囲だろう。、


 僕は彼女を連れて路地を進み、閑散とした酒場へ足を踏み入れる。

 そこで適当に酒精の弱い酒と、ここまでの道中で散々口にしてきた果実を絞った飲み物を頼むと、店の一番奥へ席を確保した。



「いったいどんな秘密の話をしていただけますの? いきなりこんな所へ入って、それもこんな奥の席を」


「案外君を口説こうとしているのかもよ」


「とても素敵なお話しですが、まずあり得ませんわ。そんなことをして、これから帰るまでずっと気まずい想いをするのはお嫌でしょう? それにきっと、貴方は愛妻家ですもの」



 酒場の店主と話をするでもなく、すぐさま奥の席を陣取ったあたりで、彼女は何がしかの用があると察したらしい。

 僕はシャリアの問いに対し、一見して真面目な風を装って冗談を口にする。

 ただすぐさまその冗談は看破され、逆に気恥ずかしい想いをさせられてしまう。

 ヴィオレッタの親友も同然な相手だ、実際そんな真似に及んでしまえば、後々困ったことになるのは目に見えているせいもあるだろうけれど。



「共和国へ渡った後、向こうで潜伏している人間と接触する手段はあるか?」


「ええ、一応万が一の場合に備えて、おおよその居場所だけは把握を」



 注文した飲み物と、小さな肴が届く。

 それを置いた店主が席から去り、カウンターの向こうへと行ったのを確認した僕は、話が始まるのを待つシャリアへそう切り出した。



「なら君たちが共和国へ入った後、当面匿ってもらえる目処はつきそうだな」


「……いったいなにを考えておられるんですの?」



 予定では共和国へと侵入を果たした後、幾つかの都市を経由して、同盟との国境に聳える渓谷を渡ることにはなっている。

 だがその予定を反故にするかのような僕の言葉に、シャリアは表情をスッと鋭く変えていた。


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