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突破口 04


 教皇を囲い進む一団は、宗教国家たるシャノン聖堂国のイメージに反さぬ、華美さと神秘性で飾られていた。

 薄灰色のローブを纏い先頭を歩く数人は、手に長い錫杖を握り歩を進める度に地面へ突き、先端部の装飾が打ち鳴らされる。

 格好からすると神殿の司祭、ラトリッジにも来ていた輩とまったく同じ風体だ。

 そこに続く女官らしき集団もまた、両の手を合わせ祈るような仕草で無言のまま進んでいく。

 周囲を囲む人々が大きく喝采を上げる中、教皇を中心としたそこだけは、異質な空気を強く漂わせていた。



「来ました。あの神輿に乗っているのが教皇のはずですわ」



 そんな一種異様な集団を眺めていると、すぐ隣で称賛の言葉を浴びせるフリをしていたシャリアが、張りついた笑顔のままで小さく告げる。

 見れば進んでくる一団の中央、数人の兵士が一台の神輿を担いでおり、その上に置かれた椅子には一人の人物が腰かけていた。



「……驚いたな。アレがこの国の」


「はい。わたくしも実際に見るのは初めてですが、一応はあれが聖堂国で頂点に立つ存在ですわ」



 なるほど。道中でシャリアが話してくれたように、教皇が傀儡云々という噂が流れるのも、ある意味で当然なのかもしれない。

 なにせ兵士が担ぐ神輿に乗り、大通りを進む聖堂国の国主とされる神殿の教皇、その正体がまだ年端もいかぬただの少年なのだから。

 歳の頃は十に届くかどうかといったところか。国主として政を担うのは当然として、国教たる神殿のトップとして君臨するにも幼すぎる。

 あくまでもシンボル的な存在なのかもしれないが、あれでは誰かが発した言葉に対し、意味も解らず頷くことしかできまい。



「だがアレは本当に、この国の人間なのか?」


「一応はそのはずですわ……。これといって他国人であるという話は聞きませんし」



 しかしただの少年と言うには、少々語弊があるかもしれない。

 普段日光に晒されぬためだろうか、聖堂国国民に多い褐色や浅黒い肌ではなく、どちらかと言えばもっと北方の地域に住む僕等に近い。

 それに加え顔が非常に整っており、中性的にすら見えるその容姿は、どこか作り物めいた印象すら感じさせた。

 住民たちはそれを不思議には思っていないようだが、初めて見る他国人たる僕等にとって、どこか浮世離れしたものを感じずにはいられない。



「アル、気付いているか?」


「……すぐ側に居る子供だろう。ああ、おそらくあいつらと同じだ」



 だが僕が衝撃を受けたのは、なにも教皇の正体が少年であったことや、その外見が作り物めいていたからだけではない。

 もう一つの理由は、教皇を取り巻くように警護する連中の中に、見た覚えのある存在が混ざっていたからだ。

 僕の背後に立ち、同じく教皇ら一団を眺めていたレオらもまた、すぐさまそのことに気が付いたらしい。


 教皇の乗った神輿のすぐ横で、側仕えをするように歩く一人の少年。

 一見して齢の頃は教皇である少年と同年代だろうか。線の細さを感じさせるその子供は、顔へと宗教的な意味でも込められていそうな、金属製の仮面を被っていた。

 それは細部の形状こそ違えど、僕等が聖堂国へ逃げ込む原因となった、少年の姿をしたクローン兵士がしていた物とそっくりだ。



<確認。97.25%の確率で、あの時に遭遇した敵と同一の個体であると推定されます>


『となるとほぼ間違いないな。あれだけ教皇に近い位置に居るんだ、開拓船団が聖堂国中枢へ居るのは疑いようがない』



 同盟側の国境付近で遭遇した連中は、揃って仮面を被っていたため顔は知れなかった。

 だが一見して体格や雰囲気が酷似しており、僕だけでなくあの敵と遭遇した全員が勘づき、エイダまでが同一であると言うのであればまず間違いはないのだろう。

 教皇の護衛役か世話役かはわからないが、すぐ側に仕える立場へ送り込んでいるあたり、聖堂国のかなり根深い部分へ開拓船団が関わっているのは確定と言っていい。



『外見的にも教皇と齢は近そうだ。側に居て違和感はないだろうしな』


<近いと言うよりも、まったく同じと言うのが正しいのではないかと>


『……どういう意味だ?』



 教皇と年齢的に近ければ、近くへ置いていても不思議はないだろう。

 多勢に無勢ではあったが、こちらを壊滅させた戦力となる少年型のクローン、護衛役としては申し分ない。

 その点ばかりは納得し、大通りを流れていく一団を見送る。

 しかし内心で密かに頷いていると、エイダからは不穏な空気を感じさせる言葉が。



<言葉通りの意味です。あの教皇と呼ばれる少年、肉体的には隣に居るクローンとほぼ同じと言っていいでしょう>


『それじゃ、教皇自身もそうだって言うのか? にしては見た目が違うようだけれど……』



 僕はエイダのした報告に、強く眉を顰めた。

 肌の色などは、陽に晒され続ければある程度は近くなる。なのでその点は別に不思議はない。

 ただ見たところ、教皇の少年はもう少しばかり線が細く華奢に見える。だがこれも普段送る生活様式が異なれば、肉付きが変わってくるのは当然かもしれないが。


 エイダは怪訝そうにする僕に対し、まず間違いはないと断言する。

 人物の接近を感知し損なうなどのミスは稀にあるものの、こういった測定に関してエイダの判断は外れた記憶がない。

 だとすればあの教皇もまた、連中と同じくクローンである可能性はあるだろうし、それこそあの少年こそがオリジナルであるとも考えられる。

 どちらにせよシャリアが話していた、教皇が何者かの傀儡下にあるという噂。これは本当であるようだ。教皇を背後で操る、というよりも送り込んできたのは開拓船団であると。




「さて、当面は警備をどう掻い潜るかを探らないと」



 教皇の顔を確認したのが、結果的に意味のあることであったかはわからない。聖堂国を実質支配しているのが、開拓船団であるという証拠の一端は掴めたが。

 レオを除く全員にその話をすることはできないが、それでも脅威の度合いが増したのは確か。


 連なる教皇の一団が通り過ぎ、僕等は部屋の窓を閉め顔を見合わせ、今後の方策を探る。

 窓から漏れ入る光だけに照らされた、薄らと明るい部屋で呟くようにそう言うと、シャリアは前提となる話を口にした。



「さきほど宿の主人に聞いたところ、教皇が来たのは二日前。例年であれば、最低でも十日は逗留をしますわ」


「ならば今日を入れて、あと八日以内にこの町を抜けなければいけないのか……」



 とりあえず必要なのは情報収集。衛星を使い敵の現在位置は知れても、この先どう動くかまでは予測しかできない。

 その予測とて、ある程度判断材料となる情報がなくては立てられず、まずはそれらを探るところから始める必要があった。

 だが猶予として与えられた時間は僅か八日あまりと、悠長にしている時間はなさそうだ。

 教皇が首都に戻ってしまえば、護衛の近衛兵が町から去ってくれるのと引き換えに、国境を越えた先に居る共和国の軍が戻ってくる。


 それに宿だってタダではないのだ。この国で仕える通貨を持つのはシャリアだけだが、彼女の様子からすると、宿代だけで相当な額が飛んで行ったと見える。

 当然食事だってせねばならず、時間と金銭という二つの意味で、僕等にはあまり時間がなかった。



「この町には、他に潜伏している人間は居ないのか?」


「首都を担当する者が、一人来てくれていればとは思うのですが……。なかなか連絡も着かないので、確実に居るとは言い切れませんわ。それに今のわたくし同様、逃げられる内に脱出した可能性も」


「なら仕方がない、僕とシャリアが探りを入れるとしよう。そういったことは得意だからね」



 もう一人くらい協力者が居ればと思い、僅かな期待を込めてシャリアに尋ねるも、彼女はすぐさま顔を横へ振る。

 連れてきた兵たちは、あくまでも前線に出て戦うことに特化し訓練を受けてきた人間であり、シャリアのように潜み紛れることを本職としてはいない。

 運が良ければこの町にもう一人、諜報要員が来ているようではあるが、居るかどうかも定かでない戦力に期待もできないか。

 僕もまた専門的な技術を得たわけではないが、これでも敵国への潜入経験だけは幾度かある。となれば僕等が担うより他ない。



「では俺たちは留守番をしているとしよう。そういった役割は向いていない」


「悪いね。留守中はできれば部屋から出ず、全員で固まっていてくれ。人目に晒されるのは避けたい」


「承知した。精々大人しくしている」



 僕とシャリアが町中で情報を集めると告げるなり、レオはやれやれと言わんばかりに、こちらが言いだす前に留守番を申し出た。

 レオもまた僕同様の回数敵国への潜入経験を持つが、彼の場合は戦場で先頭に立って斬り込むといった荒事を得意とする。

 反面元来が細かいことを苦手とし、顔を隠しながら人に紛れ、微細な情報を集めるといった役割は向いていない気質であった。

 自身でそれを重々わかっているからこそ、ここで英気を養うに徹することにしたのだろう。



「それじゃ、早速出るとしようか。食事は外で適当に調達してくるよ」



 深く外套のフードを被り直し、僕はシャリアを伴って静かに部屋の扉を開ける。

 廊下へ出ると石造りの壁から発せられる、ヒンヤリとした空気にホッとするも、すぐさまそこから寂しい懐事情を思い出してしまう。

 歩きながら密かにシャリアへとその話を振ってみれば、彼女は苦笑しつつも「なんとかなりますわ」と返した。



「ただ十日近く滞在するとなれば、少々厳しいですわね……」


「なにか適当に処分できる物があればいいんだが」


「下手に貴重な物を売ると、今度は悪目立ちしてしまいますわ。賭場があるのでそこで増やすという手もありますが、これはばかり最後の手段にしておきたいところですわね」



 やはり異常なまでの物価高騰が状態化した町では、数日を超すだけで一苦労だ。

 売れる物が有るとすれば、国境での戦闘時に拾った敵の銃だが、こんな物を売っては見つけてくださいと言わんばかり。

 ギャンブルに関しては内容次第だが、エイダに確率計算などを任せてしまえば、問題なく勝ちを拾う事はできるはず。

 しかし賭場で下手に勝てば目立ってしまうし、そもそも顔すら晒さぬ客を入れてくれようはずもないか。



「ならこいつはどうだ? 非常用に隠し持っていたんだけど」


「飴玉……、ですか。悪くはないと思いますわ、甘い物はこの土地でも貴重ですもの」



 僕は外套の下に下げた小さな小袋を漁り、布に包まれた数個の菓子を取り出す。

 そいつはこの暑さ故に、少々溶けて布に張り付いているのだが、別段食すのに不都合があるものではない。

 取り出した飴を見せると、シャリアはこれなら然程目立つこともなく、多少なりと路銀の足しになってくれるとお墨付きを下した。

 食料事情が切迫している聖堂国では、嗜好品である甘味はどうしたところで生産が後回しにされる。糖を採るための畑は、当然に普通の食料を産する方に回されているようだ。



「それにしても、随分と可愛らしい物をお持ちなのですね」


「長距離を移動したりする時は、道中泊まった宿の子供にあげたりするんだ。そうすると待遇が見違えて良くなる」


「貴方ほどの立場となっても、最初から最大限の待遇をされないのですか?」


「商売人は金ありきで動くからね。相手が誰であろうと、少しでも利益を出したがる。幾分かは歓待の余力を残しているようだよ」



 よもや宿の子供へあげるための菓子が、敵国へ侵入して以降最後の食料として後生大事にされ、今度はこんな形で役に立ってくれるとは。

 傭兵団時代から密かにやっている裏ワザだったが、これを教えてくれた先輩傭兵には感謝しておかねば。

 ともあれこいつを売っぱらえば、ここ数日口に入れてきた果実以外の物を買えるはず。


 それにしても、こういうのも久々だ。僕が傭兵となる少し前、初めて人里に出て当面の旅費や生活費を稼ぐために、航宙船に有った適当な物を売ったのを思い出す。

 その時に売った布地は、巡り巡って数年後に別の都市で偶然見かけたのだが、流石にこいつはそうもいかないか。

 僕は薄く口元を綻ばせ、一つくらい飴を口へ放り込みたい欲求に抗いながら、シャリアと共に宿の階段を下りていった。



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