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突破口 03


 暑い昼間を休息に当て、冷え込む夜間に騎乗用の生物に乗って移動を行う。

 そういった日を四度ほど繰り返し、僕等は手持ちの食料が尽きるのを待たず、目的とする国境付近の保養地へと辿り着いた。


 ここまでは至って順調。しかし本格的な困難はここからだ。

 時期的に例年教皇が滞在しているというこの地、まだ護衛の近衛部隊という脅威を越えなくてはならない。

 ただ身に纏う緊張感を外套に押し込め、町への入り口をくぐった僕等は、目にした景観に少々呆気に取られていた。



「……随分と人が多いな。もっと閑散としているものとばかり思っていた」



 正門をくぐった僕等が目にしたのは、大通りを埋め尽くさんばかりな人の山。

 砂色や薄灰色をした外套を纏うそれらの人々は、熱気と店々が呼び込みをする喧騒の中、ぞろぞろと通りを闊歩していた。


 聖堂国内の中でも、他の場所に比べずっと気温の落ち着いたこの地では、都市そのものが地下へ建造されていない。

 ただやはりある程度陽射しが強いのに変わりはなく、道行く人々は一様に外套を被り、襲い掛かる陽射しから身を護っていた。

 なので外見的に顔を晒せぬ僕等にとって、この場所は非常にやり易いと言える。


 しかし最初に見た町が、飢えと渇きに支配されていたのを思えば、ここの平常感は異質と言っていい。

 僕が以前この国へ侵入した時に見たのと、さほど変わらぬ日常がこの保養地では満ち満ちていた。



「お気づきでしょうが、ここは今まで通ってきた土地とは異なり、気候がずっと穏やかですわ。温泉の他に普通の水も湧いていますから、作物も普通に採れますし」


「ここだけは以前通りの生活が送れているのか……」



 大通りを埋める人々の間を縫い、僕等は揃ってシャリアの後ろをついて歩く。

 そんな中で彼女が話してくれたのは、酷い食糧難に見舞われた聖堂国にあって、この土地だけは例外であるということ。

 国境の山岳地帯に近いこの町は、少しばかり標高が高い場所にあるため、気温が若干低くなっているせいもあるのだろう。

 ただシャリアの説明通りであるならば、納得のいかない点がある。



「だがそうであるなら、国民はこぞってこの町へ来ようとしないのか? 見たところ飢えた人も居ない、それこそ別の国のようだ」


「確かにこの町は聖堂国内で唯一と言っていいほど、食料事情が安定しています。首都なども今は酷い有様だとは聞きますし」


「だとすれば余計に、人々が大挙して押し寄せていてもおかしくはないだろうに」


「……実はこの町、相当に物価が高いのです。それこそ常軌を逸するほどに。他所の土地ではタダ同然で手に入る物が、ここでは数百倍の値が付くというのも珍しくはありません」



 人が多いのは確かなのだが、国内で唯一の安定した土地という割には少ない。

 なのでどうしてかと考え尋ねてみると、シャリアから返されたのは、なんとも切実な理由であった。


 つまりこの保養地に居る人間は、聖堂国内の富裕層ばかりということ。

 本来住む土地が飢餓に見舞われているため、わざわざここへ逃げ込んでいるというのが、シャリアのする説明だ。

 ならば物を売る側にしても、それなりの値を吹っ掛けてもおかしくはなく、一般の国民たちが生活していけるような町ではなくなってしまう。



「この時期は教皇を一目見ようと来る人間も多いのです。ただ今は食料事情のそのせいもあってか、例年よりずっと混んでいるようですわ。……わたくしも来るのは初めてですが」


「いっそ紛れるのには好都合だよ。これなら僕等を見咎める者も少ないだろう」


「だと良いのですが。……ありました、ここで空きが無いか尋ねてみましょう」



 実際にはここへ初めて来るというシャリアだが、これだけ事前に情報を得ているのであれば問題はない。

 その彼女は一軒の建物の前で立ち止まると、迷うことなく中へと入っていく。

 看板には宿を示す表記が。ここでいったん拠点を確保し、状況を確認しながら突破の機会を窺おうということであった。


 シャリアに続いて中へ入ると、石造りな建物の中はヒンヤリとしており、人と陽射しの発する熱に茹だっていた僕はようやく一息つく。

 見れば彼女は奥のカウンターへと寄り、宿の主人と思わしき男へと、部屋の空きがないかと尋ねていた。



「大丈夫だそうです。辛うじて三部屋だけ確保できましたわ」


「なら一部屋を君に使ってもらおうか。残り二つを僕等が」



 ただかなり財布は厳しいことになったようだ。

 宿もまた他の商店と同様、代金を相当にぼったくっているようで、シャリアは手にした財布が軽くなったとばかりに肩を竦めた。

 辛うじてというのは部屋に空きがなかったというよりも、そちらの意味で発された言葉なのだろう。



 宿の店主が居る前であるため、外套を脱ぐこともなく僕等は割り振られた二階の部屋へ。

 内一つの部屋をシャリアに使ってもらうこととし、残りを僕等五人で分けて使う。

 三人の兵たちは自分らで一つを使うと申し出たため、必然僕とレオが同室となった。

 そこで一旦解散し、各々の部屋で荷物を置いて着替えだけを済ますと、全員が僕とレオが使う部屋へと集まる。



「とりあえずは様子見だな」


「はい。町中を教皇が移動する度に、護衛も配置が変わりますもの」


「教皇の予定が掴めればいいんだけれど……。下手に国境側へ町を抜ければ、この監視下では拘束もされかねないか」



 隣室にどのような人間が居るとも限らない。

 僕等か厳重に部屋の鍵を閉めると、顔を突き合わせるようにして小声で以後の行動を撃ちあわせる。


 衛星を使いエイダに確認してもらったところ、確かに共和国の軍は陣を遥か後方に下げているようだ。

 ただだからといって急ぎ国境へ向かえば、悪目立ちしてしまうのは避けられそうもない。

 なので最低限怪しまれぬよう、できれば聖堂国の兵に見つからぬ手段で、共和国との国境へ行く必要があった。


 だがこの町で逗留しているという教皇の予定がわからねば、兵がどう動くかの予想も立てられない。

 それに似たような外套を纏う人間がゾロゾロと歩いているが、僕等にはどれがその近衛兵であるのかすら知らない。

 シャリアに見分けがつくかを尋ねてみれば、彼女はソッと部屋の窓を僅かに開き、眼下で行き交う通行人たちを凝視する。



「……居ました、あれが教皇の護衛役となる近衛兵です」



 目的とする近衛兵の姿を見つけたシャリアは、指さすことなく視線のみで対象を示す。

 それだけでは判りづらいとは思うも、それらしき位置へと目を遣れば、彼女がどれを指しているのかはすぐにわかった。


 そいつは外套を纏っていることに変わりはないのだが、その色は他の通行人達と異なり、真っ新に染め抜かれた白。

 わらわらと歩く通行人たちの中で、数人がそういった純白の外套を纏っており、陽に晒された顔に据わる目は鋭い。

 見るからに一般市民とは異なる、警戒感を露わとし隠そうともしないその風体に、僕は気付かれぬうちに窓を閉めた。



「あれならまだ判別がつき易いな。折角これだけ近くに来たんだ、ついでに教皇の顔でも拝んでおきたいところだけど」



 薄灰色や乳白色の中での白だ、特別目立つとまでは言えないが、それでもずっと見つけやすいだけまだマシというもの。

 とりあえずは脅威となるであろう、この町で展開している近衛兵の見分けがつくことに安堵する。

 そこでこの機に、教皇がどんな顔をしているか見てみたいという、ちょっとした好奇心が首をもたげた。

 ほぼほぼ冗談で発した言葉ではあるが、意外なことにシャリアは平然とそれが可能であると告げる。



「見れるはずですわ。確か日に一度は、逗留している宿から湯殿へ移動するため大通りを行くそうで。その時に見れると、以前に同僚から聞いたことが」


「そうなのか? 神秘性を演出するために、もっと隠されてるもんだと思ったけれど」


「他国に対してはともかく、聖堂国内において神殿は開かれた存在ですもの」



 ラトリッジのように小規模な国であれば、王たる存在も存外気楽に街中を歩き回るもの。

 現に僕は執務の間に時折、気晴らしに外を歩いては屋台などを巡り、商店主たちと雑談を交わすことがある。

 だがここシャノン聖堂国は、推定で数百万という国民を抱える大国。

 その国主であると同時に、国教たる神殿においても頂点に立つ教皇となれば、早々簡単に顔を拝むことなど叶わないと思っていたのだが。



「言ってる傍から。おそらくあれが、教皇を連れた一団ですわ」



 顔を見るのは簡単だと告げるシャリアの言葉に、意外に思い腕を組み首を傾げる。

 だがそうしていると、外からはなにやら歓声めいた声が響き始め、それは段々と大きくなっていく。

 シャリアが小さく窓を開き様子を確かめると、丁度いいとばかりに微笑んで大きく窓を開け放った。

 どうやら件の教皇とやらが、湯殿へ移動するタイミングであるようだ。



「言うまでもないとは思いますが、皆さん決して敵意は見せないでください。あくまでも笑顔で、喝采を浴びせるフリでもいいので」


「わかっているさ。いくらなんでも、不審に思われる行動はしないって」



 開いた窓から顔を覗かせ、大通りを一望する。

 そこには近隣の他の宿からも同じように人が覗き、遠くから迫る一団を迎えるべく手を振っていた。

 平伏して迎えるのかと思いきや、様相はパレードのそれと同じだ。


 そんな中でシャリアは念押すように、僕等へと聖堂国国民を演じるよう告げる。

 敵の総大将が目の前を通るのだ、今後まずないであろう、絶好の暗殺を行える状況であるのに疑いはない。

 しかしそのような真似をすれば、すぐさま取り囲まれてしまう。

 ならばせめてこの機会、同盟の主敵となった聖堂国のトップがどのような輩か、この目に焼き付けさせてもらうとしよう。


 グッと緊張感を押し殺し、周囲で歓声を上げる人間に混ざり、極力自然と思われる笑顔を浮かべる。

 そうして一団が来るのを待ち、目の前を通り映った教皇の姿に、僕等は声を発するのを忘れんばかりな衝撃を受けたのだった。



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