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突破口 02


 燦々と降り注ぐ、命を焼き焦がさんばかりの強い陽射し。

 視界の及ぶ範疇には水を想起させる色が皆無で、あるのはただひたすら続く砂の波と、熱せられ陽炎の立つ岩。

 辛うじて空の水色が映るも、それとて見上げれば日光によって目が焼かれてしまう。


 そんな到底人が暮らす土地とは思えぬ、乾いた空気ばかりが漂う昼日中。

 僕等は地面から隆起した大岩の陰へ入り、長い日中をただひたらす耐えて待つという時間に晒されていた。


 とはいえ空気が乾燥している為か、日陰に入ると思いのほか涼しく、服を脱ぎ放つ必要はない。

 それに真昼間であるため、焚火をする必要が無いのは助かるところだ。

 昼夜の感覚が逆転してしまうというのはあるものの、冷え込む夜間に移動し昼間に陰で休むというのは、この土地では理にかなった手段であるのだろう。



「今のうちに少しでも体力を温存しておきましょう。この時間帯に外を歩き回るのは、自殺行為ですもの」


「そいつは言えてる。僕も干からびるのは御免被りたい」



 夜が明ける少し前にこの岩場へ辿り着き、乗ってきた生物が砂を食むのを眺めた後、僕等は岩陰で荷を解き簡素な天幕を立てた。

 そこで寝床の準備をしたところで夜は明け、強く照り付ける陽射しから隠れつつ、休息を告げるシャリアに促され食事とすることにした。


 ただ食事とは言え、口に入れるのは彼女が用意してくれた小さな果実のみ。

 僅かな栄養と水分の摂取を兼ねた、なんとも物足りぬそれをゆっくり噛みしめていく。



「痛みの方はどうですか? 効きが悪いようでしたら、もう少しだけ痛み止めを用意いたしますが」


「問題はありませんよ。ずっと楽になりましたし、歩く程度なら問題なく」



 果実だけの食事を早々に終えたシャリアは、脚に怪我をした兵へ近寄り様子を尋ねる。

 その様子は彼女がこの地で扮していた、医者らしさを感じさせるものだ。



「なら安心です、ですがあまり無茶はされませんように」


「ここから先も問題なく移動はできそうなのか?」


「おそらく大丈夫ではないかと。まだ数日はこうした移動を続けますし、見たところそれまでには走れるようになれますわ」



 兵の包帯を巻き直すシャリアへ尋ねると、彼女は緩やかな笑みを浮かべる。

 最初の手当てが良かったのか、それともシャリアに処置して貰ったおかげか、運よく傷口も化膿せずに済んだようで、聖堂国からの脱出にもとりあえずは支障がなさそうだ。



 新しい包帯へと替え終えたところで、彼女はゆっくりと腰を降ろす。

 そこで自身の懐へ忍ばせていたナイフを取り出すと、鞘へ納めたままのそれで、砂地の地面へと浅く絵を彫り始めていた。



「眠る前に、この先の行程を再確認しておきますがよろしいでしょうか?」


「頼むよ。僕等はここいらの地理に疎い、君の足を引っ張らないためにも」


「承知いたしました。ではまず、わたくしたちが最初に向かう町なのですが――」



 大雑把ながら地面に地図を描くシャリア。

 彼女は僕等を見回すと、再度今後の行程についてを確認したいと申し出た。

 その考えには同意したい。なにせ右も左もわからぬ異国の地、多少なりとここで活動し続けているシャリアの方が、ずっと状況を把握し易いだろうから。

 同意し頼む僕へと頷いた彼女は、早速現在地を示しつつ、これから向かう場所を記していく。


 シャリアの話を要約すると、僕等はこれから聖堂国の北東部へと向かうことになるようだ。

 国境付近に築かれた都市を経由し、一旦隣国のワディンガム共和国へと移動。その後共和国内の複数都市を経由し、同盟との間にある渓谷を越えるというものであった。

 これ自体はそう突飛な手段ではなく、おおよそ僕が最初に考えたルートと似たもの。

 とはいえこの国で活動する諜報要員のシャリアが決めたというのは、それが最も成功確率の高い手段であるという証明であった。


 ただ聖堂国内でも有名な保養地であるという、国境付近に建つその町は、シャリアによると少々問題があるようだ。



「ただ例年であれば今の時期、そこには教皇が湯治目的で逗留しています。当然教皇を警護する近衛部隊も居るので、警戒は厳重そのものですわ」


「時期をずらす訳には? 帰り着くのは遅くなるが、確実ならそっちを選んでもいい」



 国境付近の町を経由するに当たって、最も大きいとされる障害を口にするシャリア。

 その言葉にレオは、少しばかり帰還の時期は遅くなっても、より安全な時期を選んではと尤もな言葉を吐いた。

 だがシャリアはレオに対し首を横へ振ると、それが叶わぬ理由が存在すると口にする。



「わたくしもそうしたいのは山々なのですが、教皇が帰った後となると、逆に危険性は増してしまいます」


「と言うと?」


「普段は都市との国境近隣に、共和国側が軍を配備しているのです。ただ共和国も無闇に聖堂国を刺激したくないようで、教皇が逗留している時期だけは後退を」



 困ったように告げるシャリアの言葉に、僕を始めとして全員が納得したように頷く。

 聖堂国と国境を面しているワディンガム共和国は、基本的に領土的野心の強い国家だ。

 なので同盟にも度々攻め入っているし、これまで多くの国を征服し内に取り込んでいった。

 しかし大陸中央部に君臨するその大国にしても、聖堂国はあまり前面から相対したくはない相手であるようで、その国主たる教皇が居る時期だけは軍を引くようであった。

 エイダに確認してみれば、確かに国境より多少後退しているのか、すぐに戦闘が行えるような態勢ではないと返される。



「教皇を守護する近衛部隊は精強ですが、多くても数は百を越えるといった程度。対して共和国の軍勢は数千です。どちらがより越えるのに困難な相手かは……」


「言わずともわかる、ということだな。確かにまだそちらの方がマシかもしれない」


「ご理解いただき感謝しますわ。他に越境の叶う道があればよいのですが、人が通るには険しすぎる場所であったり、あるいは隠れるのが叶わぬ平野であったりと移動が困難なもので」



 一瞬他のルートがないのだろうかと考えるも、口を開く前に彼女はその可能性を否定した。

 やはりシャリアが言う手段が最も無難であり、確実性が高いということか。

 それになにも彼女とて、その百を超える近衛兵たちを強行突破しようと言うわけではないのだろう。

 あくまでも見つからぬよう、戦闘にならぬよう抜けていくという前提の話だ。



「立ち寄るのが名高い保養地、折角なので温泉にでも浸かって療養できればいいのですが、そこばかりはご容赦ください」


「そいつは残念。きっとこの傷ももっと早く治ったでしょうに」



 どちらにせよ険しい障害は避けられぬためか、場の空気は陽射しの熱さに反し冷え込んでいく。

 しかしそんな中で冗談めかして言うシャリアに、負傷した兵は自身の怪我した足をポンと叩き笑った。

 なるほどこういった気の使い方が、最初に行った町で彼女が受け入れられていた理由の一端なのだろう。



「とはいうものの、今回も教皇が同じだけの護衛を連れてきているかは、行って確認しないと断言はできません。なのでもし例年より数が多ければ、別の手段に切り替える可能性も……」


「承知した。そこいらの判断は、君を信頼して任せることにしよう」


「……ありがとうございます。ではとりあえずは以上ですので、日没まで休みましょう」



 ここで再確認を終えたのか、シャリアは軽く手を叩き休息を摂ろうと告げる。

 一応は交代で見張りをすることにし、僕等は順に一人ずつ起き、陽が沈むまでの時間を睡眠に当てることとした。

 まだ午前の比較的早い時間であるため、かなりの間があるのは確かだが、これから先の懸念を考えれば休める時に休んでおきたい。




 レオが最初に見張りを行うことになり、僕等は簡素な天幕の中で横になる。

 当然女性であるシャリアだけは、少しばかり離れ大岩に触れんばかりの位置へと建てた、一人用の天幕へ入り休んでいた。

 ただ彼女もあまりに外が明るいためか、それとも道行への不安からか、少しして天幕から出て大きく伸びをしているのに気付く。

 そのシャリアへと眠れないのかと聞くと、彼女は小さく頷き苦笑する。



「夜もあの子たちに乗って移動するだけですので、それほど疲れるものではありませんから。わたくしはもう少し後で休めば十分ですわ」


「なら少しばかり話し相手になってもらおうかな。実はちょっと聞きたい事もあってね」



 僕自身もまたあまり眠れそうになく、先ほどから天幕を抜け出し、日陰で座って熱い陽射しの外を眺めていた。

 その隣へと来たシャリアが、もう少しばかり起きていると言うもので、僕はこれ幸いと彼女に聞いておきたかったことがあると告げる。

 シャリアもまた雑談くらいであれば付き合うと返し、ゆっくりと腰を降ろす。



「それで、聞きたい事というのは」


「いや、実はあの学院に居たもう一人の子が、今頃どうしているだろうかと。少し前にヴィオレッタが気にしていてね」


「ラナイのことですか?」



 早速用件を問う彼女に聞いたのは、かつて僕等が傭兵であった頃、護衛任務のために忍び込んた離島の学院で会った娘について。

 当時は暗殺稼業に身をやつしていたシャリアが、その離島の学院へ生徒として潜入し暗殺の対象としたのが、とある小都市の統治者一家の長子であるラナイと呼ばれた少女。

 結局はこちらの妨害によってそれは失敗、ラナイという少女は結局無事に終わる。

 だが同じく生徒として入り込んだヴィオレッタと共に、三人はなかなかに気を許し合っていたため、時折どうしているかを気に掛けているようであった。



「彼女でしたら、卒業後に地元へ帰って商家の青年と結婚したそうですわよ」


「そうだったのか。あまり接点のない都市だからね、ヴィオレッタも知らなかったんだな」



 当時はともかく、今ではヴィオレッタも都市を統治する側の人間。

 なので立場的には接点があってもおかしくはないのだが、ラトリッジとはこれといった繋がりもない土地だけに、やり取りを行うこともなかったようだ。

 単純に、今まではそうするだけの暇がなかったというのもあるだろうが。


 彼女から簡潔な内容を聞き、僕はしばし口を閉ざす。

 今のも要件の一つではあるのだが、本当に聞きたかったことはこれとは別にある。しかしそれを問うてしまっていいのかと、僕は久しく感じなかった躊躇を抱いていた。

 だがそんな心情は、シャリアにとってお見通しであったのだろう。



「それが本題、とは思えませんが?」


「……勘が鋭いな」



 フッと息を吐くシャリア。彼女はこちらへと向き直ると、小さく抑えた声で最も聞くべきである内容を引き出そうとした。

 人とのやり取りから、僅かな情報を引き出すのを得意とするような人間だからこそ、こういった諜報活動を担えるのだ。

 そんな彼女に隠し事をしようとしても、早々に看破されるのがオチということか。

 ならば躊躇するだけ無駄かと、僕は思い切りつつも小さな声で口を開く。



「実際のところ、成功の可能性はどのくらいあるんだ?」


「……半々、と言ったところですわね。全員が五体満足で帰り着くとなれば、もっと下がるやもしれません」



 本題はこれ、僕等がこのまま国境を越えて共和国へ入り、再びラトリッジへと帰り着くことができるかどうか。

 シャリアはここまで、ある程度楽観的な物言いを続けてきてはいる。

 しかし大抵の場合、計画は計画通りにいかぬものであるし、大なり小なり予期せぬトラブルが起きることの方が多い。


 そして案の定シャリアから返された内容は、平穏無事とは程遠いもの。つまりある程度の戦闘を覚悟しろということだ。

 もし国境を越えるのに成功しても、その先に通る共和国もまた敵国であるのに変わりはない。

 かつてあの地へと潜入した時、帰還を果たすためわざわざ遠回りし、大陸東端の国から船に乗って帰路に着いたものだ。

 場合によってはまったく同じルートを通らねばならないかもしれず、そうなればかなりの強行軍は避けられない。



「本来であれば、これはわたくし一人だけで使う手段。人数が多くなれば、当然発見される危険性は高くなりますわ」


「やっぱり一切の戦闘を回避とはいかないか……」


「西側から海沿いの道を進むという手段もあります。ただそちらは聖堂国が、最も高い頻度で侵攻の際に使う場所。危険性は共和国越えの比では……」


「いや、こっちで構わないよ。一番成功の確率が高いと判断したから、東側の道を選んだんだろう?」



 他に手段がないでもない。しかし危険であると訴えるシャリア。

 僕はそんな彼女へ対し、危険が存在するとしても、このまま予定に沿ったルートを進むと告げる。



「仰る通りです。よろしいのですか?」


「言ったろう、僕等は君を信じて任せるって。悪かったな、これはあくまで僕自身の覚悟のために聞いたんだ」



 再度確認をするシャリアへと、小さく謝罪を口にしつつ頷く。

 これから先、彼女が選んだ行程でどういった被害が出るかはわからない、しかしその責を負わせてはならないだろう。

 故に僕はそれを知り、前もって覚悟しておこうと考えた。


 そのことを告げると、シャリアはくすぐったいような、少しばかり照れたような珍しい表情を浮かべる。

 彼女が僕の言葉をどう受け取ったかはわからないが、その表情を隠すように立ち上がり、静かに天幕へと戻っていった。



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