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突破口 01


「……コイツに乗って行くのか」



 シャリアと合流を果たした後、ようやくしばしの休息を得た僕等は、泥へ溺れるように眠りについた。

 僕等が高いびきをかき眠る中、彼女は砂漠地帯での移動をスムーズに行うべく、道中使う乗り物を用意してくれていたようだ。

 ただ荷を背負って診療所を跡にし、町から少し離れた場所へと行き用意された乗り物を見た僕は、想像だにしていなかったその外観へ呆気にとられる。

 それは僕に限らずレオ以下他の面々もそうであり、ポカンと口を開き困惑の様相を露わとしていた。



「この国では騎乗鳥が使われていませんもの。なにせ国土の大半が砂と荒れ地、足を取られては思うように走れませんわ」


「その理屈はわかるけれど、なかなかに抵抗のある見た目をしているな」


「この子が一番安定して進んでくれます。聖堂国では比較的一般的な移動手段ですから、そこまで目立つこともありませんし」



 そう言うシャリアは、目の前で砂の上に座る生物へと近寄り、道中の無事を祈るように頭を撫でた。

 だが僕は彼女と並ぶその生物、同盟領や東の共和国など、この大陸で騎乗や荷引きにおいて一般的な騎乗鳥とは大きくことなる、その生物の威容に緊張してしまう。


 ギョロリとし飛び出た眼は四方八方をぐるぐると見回し、四肢は太く鋭い爪と固そうな指が地面を噛む。

 重心低く、尾は長く。トカゲと亀、あとはカメレオンあたりを足して割った上に、それを人の四倍ほどに巨大化させた外見と言えばいいのだろうか。

 ただ岩のようにゴツゴツとし灰色がかった身体の上に、人が乗るための鞍が被せられているのが、辛うじてコイツを騎乗のための生物であると主張していた。



「初めて見た時には、わたくしも驚いたものですわ。大丈夫、見た目に反して温厚ですし、一度乗れば慣れます」


「一応聞いておくけれど、餌は何を食べるんだ?」


「そこら辺にある砂を食べるそうですわ。正確にはその中に潜っている、小さな虫や小動物をですが。人でも捕食すると思われましたか?」


「どうしても見た感じでの印象がね……。今も君が頭から齧られるんじゃないかと、気が気じゃないよ」



 平気であると告げるシャリアに、僕は冗談めかしつつ肩を竦める。

 ただ彼女がこうも確信持って言うのだし、それが二人ずつ乗れるように計3匹、大人しく座って僕等が乗るのを待っていた。

 そもそも危険な生物であれば、鞍など乗せるのも儘ならないだろう。



 早速出発しようと言うシャリアに促され、僕等は恐る恐るその生物へと跨る。

 僕とシャリア、レオと足を負傷した兵、それに残る二人で乗り合わせたその生物は、跨るなりゆっくり身体を起こす。


 最初は恐る恐る手綱を握り、その丸太と見紛うばかりな太い脚に緊張をした。

 だが走り始め砂漠の上を移動するにつれ、なるほど存外に乗り心地は悪くないと思えてくる。

 動きは軽快で振動少なく、触れてみれば意外にヒンヤリとしており、時折口から発せられる鳴き声は想像したよりずっと可愛らしいものだ。

 それに手綱の操作へ素直に反応し、乗りこなすのも簡単であった。



「もうお慣れになりましたか?」


「ああ、こいつはなかなかに悪くない。向こうでも使いたくなるくらいだ」


「残念ながら寒さに弱い子なので、ラトリッジあたりの気候では難しいですわね。砂漠地帯以外には適応できないようで」


「そいつは残念だ。思ったよりも力強いから、荷引きに丁度良さそうなんだけれど」



 すぐ真後ろに乗るシャリアは身を乗り出しこちらを覗き込むと、軽い調子で尋ねる。

 手綱を握り異様な見た目の生物を操りながら、僕は最初の印象などどこ吹く風、少しばかり愉快さすら感じながら返した。

 乗りこなすのに熟練を要する騎乗鳥より、ずっと初心者向きの生物だ。

 一瞬こいつの有益な使い方を模索するも、生息するにはこの地でなくてはならないらしい。もっとも連れて行く手段がなさそうなので、どちらにせよそれは叶わないようだが。



 三匹の生物へと乗った僕等はしばし、陽が落ち寒さすら感じる夜の砂漠を進む。

 シャリアによると順調に行けば深夜の内に、岩場のある地域に差し掛かるようなので、そこで昼間の陽射しを避けて休息を摂り、再び夜に移動するということ。

 どうやら随分と入念に移動ルートの選定を行っているようで、聖堂国からの脱出手段は、シャリアにとっての虎の子であることが窺えた。


 ただそんなやり取りの中、彼女は思い出したようにこの国の状況についてを話し始める。



「……傀儡?」


「はい、あくまでも首都近辺で流れている、噂の段階ではありますが」



 最近聖堂国で妙な噂が流れていると言うシャリアの話を聞いてみれば、それはこの国を統治する国主に当たる、神殿の教皇に関するモノ。

 どうやらその教皇が、これまでには決して行わなかったような指示を出したり、これまで重用していた側近たちのほとんどを、突然に排除し始めたという噂が巷へ流れているようだ。

 故に国民は、……といっても首都に住む者たち限定だそうだが、教皇が何者かによって籠絡され、国が傀儡状態に置かれているのではという不安を囁くのだと言う。



「酒に酔って声高にそれを話す人間は、大抵掴まったりしているそうです。といっても教皇を悪く言う人間は、掴まって袋叩きに遭うのがこの国では普通ですけれど」


「宗教が根幹というか全てをなす国だからな。そこの頂点に立つ人間に対する批判は、許されないんだろうさ」


「なので口にする者そのものは減っているのですが、やはり人の口に戸は建てられませんもの」



 密かに噂は人々の間に広まり、首都へ潜伏しているシャリアの同僚たちの耳へと届く。

 それは彼女の下へと伝わり、これを有益な情報としてラトリッジに送るかどうかというタイミングで、丁度よく僕等が訪ねたようだ。

 送る手間が省けたと苦笑するシャリアは、すぐさまその表情を収め、淡々とここまでに得られた情報を口にしていく。


 シャリアが伝えてくる情報を耳にしながら、僕は傀儡と化しているという教皇について、もしそれが事実だとした場合の心当たりが浮かぶ。

 仮に聖堂国の背後に何かが居るとすれば、それはまず間違いなく"開拓船団"だ。

 "開拓船団独立共和国"という名を持つその勢力は、地球発祥人類によって行われた、新たな居住惑星開拓を目的として出発した人々を元とする。

 そいつらが聖堂国の背後に居るのはまず間違いなく、クローン兵士を生み出す技術も連中によるモノであるのに疑いはない。



「そういえば聖堂国の兵士について、なにか聞いていることはないか?」


「……仰っているのは、まったく同じ顔を持つ連中に関してですね」


「そうだ。実は君と会う前に戦った連中は、これまでに見たのと異なる外見をしていた。揃って同じ顔だって点では変わらないけれど」



 彼女もこの件に関しては既に承知しており、色々と探っていたろうことは想像に難くない。

 なにせあのように奇異な集団、いくら外套にフードを被っていたとしても、ゾロゾロと移動すれば目立って仕方がないだろう。

 ただ連中に関して調べていたであろうシャリアも、新たに現れた子供の外見を持つ存在に関しては、知らないと首を横へ振った。



「首都に居る同僚たちから聞いた話では、あの連中が食事を摂るところを、見たことがないそうです」


「全くか?」


「一切とまでは申しませんが、ほぼ飲まず食わずで過ごしているようで、見た目も相まって聖堂国の兵士からも気味悪がられているとか」



 その件で思い出したのか、シャリアが話したのは眉を顰める内容。

 当然生物である以上、食事や水分の摂取は必要不可欠。特にこのような高温で乾燥した地域では、それらを怠れば一瞬で命取りだ。

 ただ僕等が国境越えの際に遭遇した連中が、山の中で延々来るかどうかもわからぬ相手を隠れて待っていたことからも、話の信憑性そのものはありそうだ。


 それに聖堂国が食料と水に困っているのと同様に、開拓船団独立共和国もまた、食料生産に大きな問題を抱える国。

 聖堂国の背後にあの国が居ると考えれば、低栄養状態に強い兵士が居るというのもおかしな話でもなかった。

 案外この国へクローンの技術を供出しているのは、そういった兵士を試験製造するためであるのかもしれない。



 シャリアから諸々の話を聞くうち、夜間の冷え込みが徐々に厳しくなり、昼間とは異なる理由で外套の前を強く締めていく。

 だが乗る生物は変わらぬ速度で砂漠を駆け、一度として止まる素振りはなかった。

 この寒さでも平然と動けるのだから、トカゲや亀のような外見に反し、変温動物の類ではないのかもしれない。



「これをお使いください」


「悪いね。思いのほか冷える」


「どうぞ遠慮なく。ですがわたくしも寒いので、失礼させて頂きますが」



 後ろに座るシャリアはこちらが凍えているのに気付いたのか、積んだ荷物の中から一枚の厚手の毛布を取り出す。

 ただ彼女も実のところ寒かったようで、大きなそれを僕の身体へ巻きつつ、自身もスッポリとそこへ納まっていた。

 一人で包まるよりも、こちらの方がずっと温かいので、若干の緊張感は抱くもありがたい。



「でもなんというか……、色々と申し訳ない気にさせられる」


「別にこれが裏切りとは思いませんわ。きっとこの程度であれば、あの子も許してくれますわよ。平手の一発は覚悟しなくてはならないでしょうけれど」


「平手で済めばいいんだけどね……」



 ただやはりこうやって一枚の毛布で包まるのを考えると、相手は伴侶であるヴィオレッタが望ましい。

 別段これが浮気だなどと思いはしないが、存外嫉妬深さを持つ彼女だ。シャリアとは親友であるだけに、今の格好を知ればあまり良い顔はしないとは思う。

 シャリアもまたその光景を思い浮かべたのか、毛布の中でくすりと小さく笑んでいた。


 その一枚の毛布で僅かな暖を取りつつ、僕はここより遥か北の地に残るヴィオレッタのことを考える。

 彼女は今頃、どうしているだろうか。

 突発的な戦闘に巻き込まれ、生き延びるために連絡を取る間もなくそのまま国境まで越えてしまった。

 きっとヴィオレッタは、急に消息を絶った僕等を心配していることだろう。

 エイダによれば、今のところ探索のため軍勢を差し向けるというような、短絡的な行動を起こしてはいないようだが。


 思い返せばヴィオレッタは、僕に早く帰って来いと言っていた。

 レオが近いうちに父親となろうとしている様子を見て、自身もそういった欲求に目覚めたというのもあるのだろう。

 今の状況ではそれを叶えてやる術はなく、尚のこと自身の不覚が身に沁みる。



「見えてまいりました、あそこで昼間をやり過ごしましょう」



 僕がヴィオレッタに思いを馳せていると、シャリアは毛布から腕を出し一点を指さす。

 その先には夜闇の中で星に照らされ、大きな岩山の群れがうっすらと浮かび、あれが彼女の言っていた休憩地点である事が知れた。

 あの場所で昼の陽射しを避け、夜に移動を再開する。そうして幾度かの日を越えていけば、東側の国境付近へ辿り着くはずだ。


 まだ一山二山のトラブルはあるだろうが、必ず全員でラトリッジへ帰ってみせる。

 僕は我が家となる屋敷で待つヴィオレッタを想い、グッと手綱を握る手に力を込めた。



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