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焼情 01


 渓谷内での戦闘そのものは、拍子抜けするほどアッサリと終了してしまった。

 というよりも、実際にウォルトン側の傭兵隊とデナムの騎士隊が、真面に衝突する以前に終わったと言っていい。


 レオや僕などの、武器と大盾で武装した最前衛の背後から、マーカスを含めた長弓を持つ人員が一度だけデナムの隊列へと射る。

 渓谷の底で向かい合っての戦闘は、たったそれだけの行動で終結したのだ。



 十数人の死傷者を出したデナムの騎士隊は、こちらが突撃を仕掛けようとした時点でアッサリと白旗を上げ武器を投げ捨てた。

 元々合流する共和国軍を完全に当てにしていた連中であるだけに、自らの血が流れたと知った途端、抵抗の意志を消失してしまったようだ。

 地面に膝をついて媚びつつ降伏を示す様子は、酷く無様と言うかプライドの欠片もないと感じられる。



 デナムの城壁を越え、市街地へと入り込んで完全に都市を制圧した傭兵隊は、すぐさま次なる防衛戦に備えての準備に追われていた。

 一方現在の僕は隊長の下した指示を伝達する役割を振られ、方々を走り回って先輩傭兵たちに、デクスター隊長からの指示を伝えていた。



「攻城用の装備は全てウォルトンまで引き上げさせて下さい。その際に都市内で供給する分も含めて、当面の食糧を運んでくるようにとのことです」


「了解した。拘束したデナム騎士は移送しなくていいのか?」


「そちらに関しては、デナムの住民たちによって処罰を決定するそうなので、それ次第ですね」


「なるほどな。……ではこちらの出番はないかもしれんな、代わりに土を掘り返す破目になりそうだ」



 彼の告げた言葉に、僕は若干の苦笑いを返す。

 おそらく彼が言いたいのは、デナムの住民たちが行う裁判によって、騎士たちが首を刎ねられる可能性が高いというものなのだろうか。

 随分とブラックなジョークではあるが、これは傭兵稼業の定番と言える会話だ。



「土木用の器具は揃っているので、その点は心配要りませんね」


「そいつは言えてる! それにしても、思った以上にあっけなく終わったもんだ。まさか破城槌を引っ張り出しただけで、あそこまで怯えるとはな」


「騎士たちには戦場の経験がありませんからね。まさか城門に触れる前に投降するとは思ってもみませんでしたが」



 面白そうな、あるいは残念そうな口調で告げる先輩傭兵に、再度の苦笑と共に感想を述べる。

 渓谷内での戦闘を終えた時点では、まだデナムの城内に残っている騎士たちは抵抗の意志を残していた。

 しかしその気概も、巨大な破城鎚の威容に挫かれてしまったようだ。


 ……なんというか、一戦交えてまで同盟を離反しようとした連中にしては、あまりにも根性が無さすぎるのではなかろうか。

 最初の長弓による攻撃で、デナムの騎士が十数名の死傷者を出した以外では、一切血が流れないというなんとも珍しい戦場となっていた。

 こちらとしては損害が出なかったので、ある意味非常に助かるのだが。



 ただそんな被害無く終わった戦闘ではあるが、それはそれで不満を持つ人は存在するようだ。



「なぁアルよ。ちょっと頼まれごとをしちゃくれねぇか?」


「どうされたんですか?」



 次の連絡先へと急ぐ僕へと、偶然通りがかった一人の若い傭兵が声を掛ける。

 彼は愛用していると思われる立派なランスを肩へと担ぎ、片方の手で相棒たる騎乗鳥の背を撫でていた。



「なに、ボスに頼んで欲しいんだよ。共和国の連中が来たら、真っ先に俺らを出してくれるようにさ」



 多少デクスター隊長に気に入られた感はあるが、現状僕はただの使いっ走りにしか過ぎない。

 そんな僕へと彼は一生の頼みだと言わんが如く、肩を掴んで頼み込む。

 これから先現れるであろう共和国軍が見えたら、先陣を切って戦わして欲しいと。



「これからするのは防衛戦ですからね……。あまり騎兵の出番が多い状況にはならないのでは?」


「だからこそだって! 攻めがあんなだったろ? 多少はこっちにも出番を回してくれねぇと、飯のタネにもなりゃしねぇ」



 彼は周りを見回し、大仰な身振りで声を上げる。

 それに反応したのか、やはり同じようにランスと騎乗鳥をセットとした十数人の男たちは、同意するかの如く首を縦に振っていた。


 彼らのように騎乗鳥に跨って戦う騎兵たちは、騎士隊との一戦で自分たちに活躍の場が与えられなかったことへの不満から、地団太踏むかのように悔しがる。

 僕からしてみれば、怪我をするリスクを負わずに済んで良かったと思う。

 しかし彼らにしてみれば、戦いによって自身の評価を上げる場を失ったという想いがより強いようだ。



「……一応伝えてはおきます。お望みの通りになるかはわかりませんが」


「すまねぇな。もし上手く戦果を上げたら、お前んとこのチーム全員に一杯奢ってやるよ」


「わかりました、期待せずに楽しみにしておきますよ」



 軽口叩きつつも了承を示すと、それによって彼は機嫌を良くしたようだ。

 あまり期待には応えられないような気もするのだが、とりあえずこの場は無理だと言って時間を消費する訳にも行くまい。

 ちゃんと隊長には伝えておくのだから、彼ら自身もそこまで文句はないはず。



『デクスター隊長も大変だな。下からの要望も汲まなきゃいけないんだから』


<上に立つのですから、板挟みになるのも当然でしょうね。そこを調整するのが役割です>


『本当、人望を集めつつこなせるってのは、並大抵の苦労じゃなさそうだ』



 下からは要望という名の不満に突き上げられ、上からは無茶な命令によって押さえつけられる。

 その上である程度情に流されず、最適な判断をせねばならない。

 隊長を見ていると板挟みとされ苦労している様子が、ヒシヒシと伝わってくる。


 今も彼はデナムの住民を代表して来た人たちと、顔を突き合わせて今後についての相談事をしているはず。

 戦闘前に隊長の口から発せられた、お前は将来的に上に立つという言葉が、今であれば冗談であってくれとすら思えてくる。



<ところでアルフレート、あまり時間もないのでは?>


「っと、そうだった。急がないと……」



 唐突にエイダによって急かされ、ハッと我に返る。

 少々呆と考え込んでしまってはいたが、今の僕にそんな余裕などない。

 なにせ今まさに共和国軍は刻一刻と迫っており、迎え撃つための準備を速やかに行わなければならないのだから。


 小さく頬を叩いて自身に気合を入れると、小走りとなった僕は次の場所へと向けて急いだ。







 陽も完全に落ちた夜間。デナムの城壁上部には大量の松明が焚かれ煌々としている。

 その時僕はと言えば、城壁内側の隅に置かれたテーブルの上へ突っ伏し、霞む目を擦りながら目の前に置かれた夕食を突いていた。


 共和国軍は深夜以降の来襲が予想されるため、傭兵たちはそこまでの間に順次休息を取っている。

 だが僕は延々隊長の連絡役として奔走していたため、今の今まで食事すら取れずにいたのだ。



「お疲れアル。ちょっとお酒飲む?」


「いや、いい……。ここで飲んだらいざって時に起きれる気がしない」


「じゃあせめて食事だけして早く寝なよ。あたしたちの椅子使っていいからさ」



 気持ち悪い程の穏やかな声で、疲労の海に沈む僕へと気遣うケイリー。


 彼女を含めた皆は、代わる代わる食事や軽い睡眠といったものを摂っている。

 ただ隊長から次々と指示を受ける僕はそういった暇もなく、完全に日没を迎えた今になってようやく、ひと時の休息を得られることとなった。

 上から気に入られるというのも、ある意味で善し悪しかもしれない。



 昨日の昼間に偵察へ出て以降、道中木にもたれかかっての僅かな睡眠を摂った以外に休む時間すらない。

 幾度となくブレスレットの機能を使用して身体の強化を行っているため、身体にはある程度の負荷が蓄積。

 いい加減に疲労もピークに達しようとしていた。


 もっとも、僕に指示を下す隊長自身も全く休息を取っていないようなので、僕だけが一人不満を口にするというのも気が引けた。

 上が動かないというのも顰蹙を買うが、休まないというのもまた下にとっては苦悩の種となるようだ。

 非常に参考になる。それが活かされる時が来るかは知れないけれど。



「ボクらも今から休憩なので、横で休ませてもらいますね。何か用が有ったら何でも言って下さい」


「スマン、そうさせてもらう」



 マーカスもまた、ケイリー同様に優しく声をかけてくれる。


 こういう時はやはり仲間という存在がありがたいものだ。

 彼らは皆、僕がウォルトンの陣に戻って以降、日中ずっと走り回っていたことを知っている。

 普段僕をリーダーだ何だと煽てて面倒事を押し付けてくるが、流石にこういった状況では心配してくれていたようだった。


 レオは今のところ何か気遣う言葉を掛けてきたりはしないが、彼に関しては労わる言葉などに期待するのは酷というものか。

 ただ僕が飲んでいた水のコップへ、一度何も言わず注ぎ足してくれたので、やはり彼なりに僕を心配してくれてはいるのだとは思う。

 少しだけ、その不器用な気遣いが嬉しい。



「ゴメン、もう寝る。何かあったら起こしてくれ」


「うんわかった。おやすみなさい、アル」



 限界を迎えた僕は食事を中断すると、そのまま長椅子の上で横になり、皆に頼みごとだけして目を閉じる。

 食事の最中でかなり行儀が悪いとは思うのだが、今ばかりは許してもらいたい。

 身体の力を抜き瞼を落とした直後、周囲の騒々しさを意に返さぬが如く、僕は泥沼に沈み込んでいくような感覚を覚え始めていた。





 ゆさりゆさりと、何度も身体を揺さぶられる感覚。

 一度だけ軽く払いのけてみるも、直後にはそれまで以上の力で強く揺すられ、耳元では罵声めいた大きな声。

 うっすらと瞼を持ち上げてみると、眼前には鼻先が触れんばかりの間近に迫るケイリーの顔が。



「起きてってば! アル!」



 長椅子の上で眠る僕は彼女に跨られ、襟元を掴まれて顔を寄せられていた。

 襟を掴まれるという行為と、その形相が切羽詰っているのでなければ、なかなかに男として冥利に尽きる体勢であるに違いない。

 だがその剣幕からして、色っぽい展開など期待できようはずもなかった。


 横になったまま彼女の顔を見上げると、その向こうにある空はまだ暗い。

 僅かに紺色がかり始めてはいるものの、今がまだ夜も明けぬ時間であることを物語っている。



「……来たのか?」


「うん、今見張りの人が知らせに周ってる」



 僕の問いに対し、簡潔に返すケイリーの言葉に僕は身体を起こす。

 テーブルの上に置いてあったカップの水をグイと煽り、頬を叩いて眠気にフラつく頭を何とか覚醒させる。



「デクスター隊長は?」


「上。もう起きて見張り櫓に行ってる」



 ケイリーはすぐさま上を指さす。

 強く叩きすぎて僅かな痛みに襲われる頬をさすりながら、僕は自身の武器が納められた小さなバックパックを背負い、城壁の上へと向かった。



 狭い内部の階段を一気に上へと駆け登る。

 最上部に出て共和国側の渓谷を覗き込むと、遥か向こうには赤黄色い明りがぽつんぽつんと散見し始めていた。

 遂に共和国軍が目視可能なまでの距離に接近したようだ。

 もっとも、僕は敵がいつ頃来るかというのを知っていたため、別に驚きや焦りといったものはないのだが。


 疲労困憊であったとはいえ、我ながらそんな状況でよく平然と眠っていられたものだと思う。

 僕自身が思っていたよりもずっと、その神経は傭兵となって以降図太くなってきているのかもしれない。



「アルフレート、起きて来たか」


「申し訳ありません、寝過ごしてしまいました」



 デクスター隊長は一足先に城壁の上へと登り、迫る共和国軍をジッと見つめていた。

 いったいいつ眠っているのか知れないが、なんともバイタリティ溢れる人物だ。



「ようやく(やっこ)さんのお出ましだ、お前の予想通りだったな」


「恐縮です」



 そういえば陣地に戻った時、デクスター隊長に深夜か早朝にでもやって来ると報告したのは僕自身だったか。

 隊長は満足そうに頷いており、それが逸る戦闘への高揚感からなのか、僕の報告が正確だったことへの満足感からなのかは知れない。

 ただ後者であったならば、僕ではなくエイダによる功績なので素直には喜べないものがある。



『予測が当たったじゃないか』


<当然です。この程度の計算であれば、もっと性能の低いシステムでも容易かと>



 ちょっと褒めたつもりだったのだが、エイダにしてみれば当たり前に過ぎる事であったようだ。

 可愛げもなく単調に返される反応が、未だに若干霞がかった僕の思考には面白くないと思えた。



「松明は焚いたままで構わない。その代わり姿はまだ晒すなよ」



 そんな僕を尻目に、デクスター隊長は周囲の傭兵たちへ、息を潜めているように伝達する。


 流石にデナムを奪還された事に気付かぬほど、共和孤軍も甘くはない。松明を消して忍んだところで、とっくにバレているのは明らか。

 それに僕の行った妨害活動により、共和国軍の警戒は高まっているはず。

 より多くの偵察が出されたかもしれないし、きっとそれによって、僕とレオが始末した斥候の死体が発見されている可能性も高い。


 ただ向こうも更なる襲撃を警戒して、ここまで慎重に来た可能性は高そうだ。

 その警戒によって疲労も蓄積しているというのは想像に難くなかった。



「どうだ、緊張するか?」


「若干ですが。でも大丈夫です」



 こちらへと視線を向け、ニタリとするデクスター隊長。

 その問いに対して僕は平静を務め、覚悟はできている旨を口にした。


 僕の周囲には大量に置かれた壷や、矢筒に触れる弓手の緊迫した表情。

 それ等に囲まれながら、城壁の影へと身を隠しつつ徐々に迫る敵軍の松明を見やる。

 その光景に僕は今更ながら、先ほど肯定した以上の緊張感を覚え始めていた。



話に整合性を取るの難しい…。

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