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潜伏 03


 細やかで軽く、少しの風で舞い上がる砂塵。

 吹く風はそこまで強くはないものの、風に乗って流れる風がフードの隙間へと飛び込み目に刺さる。

 その砂を少しでも防がんと服の隙間を強く握り、僕等は地面を直視するように顔を下げつつ進んでいく。



「あと少しだ。もう見え始めているぞ」



 そんな砂の波から身体を守り歩く中、僕はすぐ背後を歩く一人へと声をかける。

 ぎこちなく歩を進める彼は、国境越えの最中に脚を負傷した兵士。

 険しい山を下り、灼熱の荒野と砂漠を越え。僕等はその間なんとか数を減らすことなく、ゆっくりと数日をかけて最も近い都市へ近付きつつあった。


 傷が癒えたとは流石に言い難いが、なんとか歩けるまでの状態となった兵は、暑さに額へ汗しながらも気力を振り絞る。

 怪我をしていることで余計に目立つかもしれないが、都市の中へ入れば案外手当の手段も得られるかもしれない。

 当然ここに僕等の存在を察知した追手が居る恐れはあるが、食料の一つも手に入れねば、ここから先へ向かう事も儘ならなかった。



「少しだけ背負おう。町に入ったら自分で歩いて貰わないとならないからな」


「ですが……。いえ、承知いたしました」



 その彼のすぐ隣を歩くレオは、腰を屈め自身の背へ乗るよう告げる。

 己を鍛えた上官であるレオに、そのような真似をさせるのは抵抗があるのか、傷を負った兵は一瞬だけ躊躇する。

 しかし彼の言い分も尤もであると考えたのか、すぐさま観念し大人しくレオの背へと身体を預けた。

 この地は既に敵国。無理は即座に自分たちへ跳ね返り、加速度的に追い込まれていく。

 今は立場など捨て去り、全員が生き残るため力を合わせなくては……。



 レオが怪我をした彼を背負い、僕等五人は都市の間近まで迫る。

 ここはかつて山脈地下の廃坑道を通り、その途中で迎えとして来たミラー博士からの使いによって案内された町だ。

 ただ風によって砂が流された影響からか、以前に来た時には見た覚えのない、風化した家屋の跡がチラホラと目に映る。

 地下へと都市を建造する前に使っていた痕跡であろうが、その様子にここでなら待つのに丁度良いだろうとレオは呟いた。



「では私もここに残ります。人前で上手く脚の状態を隠す自信がありませんので」


「治療はどうするんだ。医者の一人でも居るかもしれない」


「……失礼を承知で申し上げれば、もし仮に医者が居たとしても、診せるのは危険ではないかと」



 レオがその家屋跡へと触れたところで、彼の背へ乗っていた兵はレオと共に残ると告げる。

 この町へと立ち寄る目的の一つに、彼の治療というのも含まれているのだが、自分もレオと共に町へ入らず、外で待っていると言って譲らない。

 そんな彼の様子に困りつつも、僕はその言い分にも一理あると考えた。

 おそらく怪我をしている状態では目立つということに加え、医者に診てもらうのであれば、どうしたところで身体を晒さねばならない。

 聖堂国国民の多くが浅黒い肌を持つ以上、それは確かに危険な行為だ。

 あとはレオを一人で待たせるのが心苦しいというのもあるのだろうし、ここまでの道中で少しばかり怪我が悪化してしまい、言葉通り平静を装うのが厳しいのかもしれない。



「わかった、ではせめて手当てのできる物を調達して来よう」


「なんともご迷惑を……」


「何度も言うが、あまり気に病むな。それじゃあレオ、少しの間任せたよ」



 恐縮し通しな彼のことは、とりあえずレオに任せておくとしよう。

 僕は二人を置いて廃屋へ背を向けると、残る二人の兵を連れ都市へ向け歩を進めた。



<ですが当てなど有るのですか? この土地の金銭を持たぬうえ、物々交換の出来そうな品も……>


『なに、大丈夫だよ。いざとなれば短剣の一本や二本売れば、少しくらいは金になってくれる。それに……』


<それに?>



 踏めば沈む砂に足を取られながら歩き始めると、会話が終わるのを待っていたのか、エイダが心配そうな声色で話しかけた。

 ここまでずっと周辺一帯の監視を継続していたエイダだが、今のところ周囲に脅威らしい脅威は見当たらないと判断し、声を発したようだ。


 そのエイダが言うように、僕等はこの地で使える通貨を持っていない。

 ついでに言えば、現在の聖堂国で物々交換に有利となるであろう食料も、装備品の多くを失ったせいで底をつきかけている。

 むしろここで食料が手に入らなければ、僕等はラトリッジへ帰るどころか、数日以内に飢えて倒れてしまう。

 しかしそんな状況でもある程度落ち着いていられるのは、僅かながら当てに出来そうな心当たりが存在するためであった。



『それに見つけ出すのは一苦労だろうけれど、頼る相手が居ないでもないからね』


<頼る相手、ですか? ミラー博士でしたらとっくに地球へ帰って居ないはずですが>


『マーカスの配下だよ。たった数人だけれど、聖堂国へ潜んでいる人員が居ると言っていた』



 追い詰められた状況ながら、なんとか僕等にも希望となりえる存在は居る。

 それが諜報活動を担う人員の存在であり、僅かながらこの国にも一定数が入り込み、色々と情報をもたらしてくれていた。

 聖堂国との戦闘が激化しつつある今も、危険を冒しながら潜伏を続け、鳥を使って情報の伝達を行っていると聞く。

 この国が深刻な食糧難であるという話も、その彼ら彼女らによって得た情報だ。



『ただこちらが見つけるというよりも、向こうに見つけてもらわないといけないな。なにせ僕じゃ見分ける手段がない』


<そんな不確かな綱をよく掴もうと思ったものです。今はそれ以外にないのでしょうけれど>


『おそらくはこの都市にも居る。なんとか接触できれば、帰還への目途も少しは立ってくれるんじゃないかな』



 この国へと入り込んでいる内の一人は、貿易を行う際の拠点となっていた港町に居るだろう。

 あとは首都に一人か二人、そして最も国境に近いこの都市へと、最低一人は潜伏させているはずであった。



<では目立つ加減を間違えぬようにしなければ>


『ああ、程ほどに隠れつつ目立ち、こちらの存在に気付いてもらう。……随分と難しいように思うけれど』



 口にしてみれば、なかなかにハードルの高い真似だとは思う。

 だが今のところ他に頼れる存在も居らず、僕等が全員無事に帰り着くにはこれが無難な選択であると思えた。

 むしろここでその人物と接触できねば、より窮地に立たされてしまう。



 どうか上手く接触できるようにと願いながら、僕は眼前にポツリと立つ一軒の石造りの小屋へと入っていく。

 都市への入口として建てられたそこへと入り、すぐにあった階段を下りて地下へ。

 随分と前に来た時と変わらぬ、外とは大きく異なるひんやりとした空気。

 だが以前とは大きく異なる気配を、僕は階段を降りきった先ですぐさま感じ取った。



「これは……、酷い有様ですね」



 最後の一段を踏んで着いた、地下都市の居住エリア。

 そこの光景を目にするなり、背後を歩く一人は小さくも強い困惑が滲み出る声で呻いた。



「食料事情が切迫しているというのは本当だったようだな。なるほど、これなら確かに他国への侵略を急ぐわけだ」


「もちろん同情するつもりは毛頭ありませんが、仮に私が聖堂国側の立場であれば、やはりそうすると思います」



 密かに言葉を交わしながら、僕等は降り立った地下の市街へと歩を進めていく。


 ようやく辿り着いた町で見たもの、それはこちらが想像していた以上の飢えと渇きであった。

 道の端々には座り込み俯いたまま、微動だにしない住民たちが幾人も。

 普通に歩いている住民も居るのだが、それとなく注意し見てみれば、頬のこけた者が非常に多く、人目で人々の栄養状態が芳しくないことがわかる。

 事前に言葉の上で、聖堂国が飢餓に見舞われているというのは聞いていた。

 地下水の枯渇によって起きた事態と知っていたが、こちらが想像をしていた以上に聖堂国は切迫しているようだ。



<そういえば聖堂国の背後に居ると思われる開拓船団も、この国と同じような状況でしたか>


『だからここを選んだ……、ってことはないだろうけれど、それでも多少近いものを感じてしまうな』



 実際には口を開かず、無言のまま歩き住民たちの酷い有様を探っていると、エイダは思い出したようにその名を口にした。


 地球発祥の人類でありながら、地球にとっての主敵となった"開拓船団独立共和国"。

 元は他星系への植民船団であるそこは、食料問題に端を発したクーデターによって、結果地球と敵対する道を選んだ集団だ。

 どういう偶然か地球の軍と同じく、この惑星で何がしかの実験場としている連中が、ここシャノン聖堂国へと技術的な援助を行っているのは疑いない。

 その聖堂国の背後に居る開拓船団独立共和国もまた、ここと同じく食料事情が切迫した国であるため、この点では非常によく似ているのだろう。



「ですがこのような有様では、食料調達は期待薄やもしれません」


「武器の一本でも金になればと思ったけれど、金で食料が買えるような状況ではなさそうだな」



 ソッと隣へ並び歩く兵は、人々の様子を見るなり落胆した様子を見せる。

 以前にこの町の光景を見た時には、天井から陽光を取り入れ地下であっても作物の栽培を行っていた。

 だがかつて畑が存在した場所へ視線を向けてみれば、ただただ乾ききった砂とも土とも見える地面に、干からび茶色く変色した植物が細々と植わるのみ。

 外から来た人間がいくら金を積もうと、出せる食料など皆無であると主張せんばかりだ。


 そのせいだろうか、僕等のように地下に潜っても肌を晒さず、フードを被ったままの人間に対して住民たちは見向きもしない。

 おそらくは既に、余所者へ警戒心を抱くといった余裕すらないのだ。



「ならせめて薬の一つでも手に入れたい。痛み止めでもあれば、随分と違うはずだ」


「わかりました、では商店を当たってみましょう」


「いや、医者を探した方が早い。おそらく店には何も残っていないだろうから」



 食料を得るのが望み薄となれば、今すぐにでも移動を再開しなくてはならない。

 なにせ既にこちらの持つ保存食は尽きかけており、山越えの際に得た水も少々心許ないのだ。この僅かな量で、次の町へ向かう必要がある。

 だがせめて、負傷した兵の包帯くらいは換えてやりたいところ。

 なのでそれらを得ようと兵は向かいかけるも、僕は彼を押し留め、地下の道に沿って並ぶ商店へ視線を向けた。


 かつて人々の賑わう声が反響していた通りは閑散とし、開店状態の店舗はほぼ存在しない。

 それに見たところその多くが襲撃を受けているようで、入口の扉は破壊され、中にあった品のほとんどは略奪にあっている。

 例えそれが口にできる類の品でなくとも、食料との交換に使えるという一縷の望みを抱き、住民たちが略奪をした成れの果て。


 ならばその住民たちにしても、比較的手を出し辛いであろう医者を頼る方が、多少なりと望みあるというもの。

 診せられもしない患者のために、数少ない物資を出してくれるかは不安だが、いざとなれば脅しをかけてでも得てみせる。

 そう考えつつ、僕は通りの隅にひっそりと構えていた、診療所の扉をノックした。



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