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潜伏 02


 大陸西部の中域を領土とする西方都市国家同盟と、大陸の南部一帯を治めるシャノン聖堂国。

 その両者間へと線を引くように伸びる山脈は、人の行き来をするという発想すら抱かせぬほどに高く聳えていた。

 確かに麓へ行くほどに高く見え、この山を越えてまで未知の国へ行こうと考えたのは、よほどの酔狂者か商魂逞しい行商人くらいのものだろう。


 とはいえ実際のところ、歩いてみれば岩山へ齧りついて越えるという程のものではなく、極々細いものながら徒歩での越境に使えるルートは存在する。

 だが実際にそこを通ろうとしてみれば、これまでここを聖堂国が侵攻の主要ルートに使わなかったのに、なるほどと納得をする他なかった。


 主な理由としては、途中で補給らしい補給が不可能という点だ。

 水が沸く場所が存在するでもなく、日常的な強風と照り付ける陽射しによってか、植物の一つも生えてはいない。

 持って来た食料が尽きれば倒れる他なく、僕等も珍しく降る雨によって水を確保していなければ、言葉通り行き倒れていたことだろう。



「ようやく一心地つけるか。すまないレオ、包帯を取ってくれないか」


「わかった。こいつが最後だ」



 そんな生物が生きるを拒む場所で、僕等は降りしきる雨から逃れるように、道中で見つけた小さな洞窟へと逃げ込んだ。

 洞窟とは言っても、実際には五人全員が入ればそれだけで窮屈に感じる程度な、横穴と評しても差し支えない代物。

 だがここまで来る最中に敵と幾度かの戦闘を行い、雨の中体力を奪われ続けていた僕等にとって、間違いなくこの狭い空間は救いであると言えた。



「も……、申し訳ありません。自分などに最後の物資を」


「構わないよ。今使わないでいつ使うっていうんだ」



 その横穴へと入り腰を降ろすと、早速大幅に減ってしまった荷物の中からレオに頼み、最後の一つとなった包帯を取り出してもらう。

 僕等は幸運にも辛うじて敵の包囲網を掻い潜り、その山を越え聖堂国側へと侵入に成功した。

 しかし当然五体満足にとはいかず、包囲を狭める少年型クローンとの戦いを経て生き残った兵の内、一人が足を負傷してしまっていた。


 負傷をした彼は一人残って囮となった仲間同様、自分も残ると言い張ったのだが、その時点では多少状況も改善しつつあった。

 なので自己犠牲を吐く口を黙らせ、レオがここまで背負ってきたのだ。



「大丈夫、骨は折れていない。止血も上手くできているし、少し休んだら歩けるようになるはずだ」



 僕は煮沸され納められた布を巻きつけながら、怪我をした兵へと穏やかに告げる。

 強く打撲し脚の一部に裂傷はできているが、反応を見たところ骨には異常はなさそうだ。

 比較的綺麗な水も手に入り傷口も流したため、悪質な感染症の類への危険も少しは減らせるはず。



「食料はどの程度残っている?」


「今は水が手に入るからいいとして、食い物は節約してもあと四日分といったところか。荷物の多くを失ったのが痛いな」


「それまでに食料の確保をしないといけないな。いったん麓へ降りてから、ここへ往復してくる余裕はない。となれば全員で下山しないと」



 次いでレオへ食料の確認をしてみると、こちらはなかなかに切迫した様子が返される。

 そこで僕はエイダへと指示し、かつてこの地へと潜入した時に得た情報を引き出す。

 僕等がまだ傭兵団であった頃、地下の廃坑道を通って聖堂国へ侵入を果たした時、坑道から出てきた位置にここはほど近い。

 そこからしばらく歩いた先に小さな都市が存在し、そこへと立ち寄って補給を行ったのだ。

 なのでなんとかそこまで行ければ、食料を手に入れられるかもしれない。



「だが今は止めた方がいい。下山途中に足を滑らすのがオチだし、晴れるのを待って移動を再開しようと思う」


「わかった。ならそれまでは休ませてもらうか、流石に俺も疲れた」



 ただ怪我人も居る以上、この天気の中を下るのは不安がある。

 見たところ連中はその意図こそ不明だが、現在も同盟領側に広がる森の中で展開しているようで、急ぎ移動をせねば見つかってしまうということもなさそう。

 なので僕は雨が止むのを待ち、そこから下山するのが無難であると告げると、レオはそれに頷くなり大きく欠伸をした。


 彼は狭い横穴の中でグッと身体を伸ばすと、自身の僅かに残った荷物を枕代わりとして横になる。

 そんなレオの姿を見るなり、僕は兵たちと顔を見合わせ苦笑する。

 とはいえ彼の行動そのものは間違ったものではなく、交代で見張りを立てながら、順に仮眠を摂ることとした。



 先に見張りを担うと手を上げた兵の一人に任せ、僕は残る二人と共に横穴の中で寝転がる。

 しかし休まねばならぬと頭ではわかっていながらも、ここまでの緊張感のためか、あるいはこれから潜入する先への不安からか、瞼を落とせど寝付くことができなかった。

 そんな僕の様子に気付いたのだろうか。一足先に横になり眠っていたはずのレオが、寝返りを打ちこちらへ向くと、眠る他の二人に聞こえぬ小さな声で話しかけてくる。



「実際どうなんだ」


「どう……、と言うと?」


「俺たちが無事帰りつけるかどうかだ。海へ出るにしても共和国へ行くにしても、一筋縄でいかないのは俺にもわかる」



 レオは珍しく深刻そうな表情を浮かべ、辛うじて隣で横になる僕へと聞こえる程度の声で、道行の不安を吐露した。

 普段は楽観的というか、あまり深刻に物事を考えぬ志向であるレオではあるが、事ここに至ってまではそうもいかないらしい。


 ただ彼の不安も当然であり、まさに僕等の現状は前途多難と言うのが相応しい。

 まず第一に、この国の貨幣を持っていないというのが致命的。食料を得るにしても、人から情報を聞き出すにしてもだ。

 聖堂国は深刻な食糧難であると聞くため、物々交換という手段がないでもないが、交換するための物資に乏しいというのはいただけない。



「まったくの無謀、とは思わない。最近ずっと聖堂国の正規兵が見られないのは、おそらく軍が碌に機能していないせいだ」


「出し抜く余地はあると?」


「同じ外見をした連中がどれだけの数居るかは知らないけれど、いくら何でも広い聖堂国の国土全体を監視するほどじゃないはず。普通の兵士相手なら、僕等で十分に対処できるよ」


「もしも……、アルが考える以上に奴らが多かったら?」


「その時は諸手を上げるしかないかな。困ったことに」



 この楽観視が今の状況を招いたようにも思えるが、そう考えなくては一歩すら踏み出せない。

 僕は険しい表情のままであるレオへと、まだ抗う余地はあると言い切った。


 クローンを製造するのにしても、ある程度時間や費用が必要となる。

 いくらなんでも監視の目で国土を埋め尽くすほどの数を用意するのは、無理を通り越して妄想の範疇だろう。

 仮にその妄想が現実となってしまった暁には、それこそ降伏以外の道は残されていないだろうけれども。


 食糧調達が上手くいけば、とりあえずこの場は凌げる。ただ問題はその後、具体的な聖堂国からの脱出手段だ。

 ヴィオレッタと連絡がつくのであれば、彼女に飛行艇を動かしてもらうという手が使えないでもない。

 しかしここから手紙を送るわけにもいかず、かといってエイダの操る衛星を介しての通信も難しい。

 万が一を考えヴィオレッタにも、僕が持つのと同じ端末を預けようかとも考えたのだが、アレはほとんど予備が存在しないため、どうするか保留にしたままであった。



「……目下一番の問題は、聖堂国の中を移動するのに少し障害があるってことかも」


「なんだ?」


「僕等の見た目だよ。聖堂国の住民とは大きく違うから、バレないよう移動するのはかなり骨が折れる」



 しかしいくら望みがあるとはいえ、やはりそこには相応のハードルが存在する。

 最も障害となるのは、気候の影響もあって聖堂国国民の多くが浅黒く日焼けした肌を持つのに対し、僕等はそこまでではないという点。

 聖堂国の民は、陽射しを避けるため外では白に近い色をした外套をすっぽり被っているが、地下に建造された都市内ではそうもいかない。

 全員とは言わないものの、多くの人はフードなどを脱ぎ顔を晒しているため、地下で脱がぬ人間は下手をすれば悪目立ちしてしまうのだ。



「正直に言ってしまえば、レオはそういった面で顕著だ。特にその髪は目立ちすぎる」



 当人もおそらくこの内容に話が及んだ時点で、すぐさま理解をしたはず。

 銀色の髪に青の瞳という、同盟領内ですら奇異な外見は、この地においてはさらに異質なものだ。

 彼自身は元々この国の民であるはずなのだが、ミラー博士によって行われた度重なる投薬により、既にその外見は大きく聖堂国国民のそれとは異なっている。



「ならば置いて行くといい。俺はアルたちが帰り着くまで、どこかに潜んでいるとしよう。そのうち迎えに来てくれれば」


「冗談じゃない、そんなことをすればリアーナに刺されてしまうよ」



 少々早合点してしまったらしきレオは、自分の存在が足を引っ張ると考えたか、置いてラトリッジへ帰還するよう告げる。

 だがここまで連れ添った相棒、いくらなんでも置いて行くのはしのびないし、ただでさえ多くの仲間を失っているのだ。

 それにもしこのような理由でレオを置いて行ったとして、ラトリッジに戻った時にリアーナへとどう説明したものか。

 今は身重の身であるリアーナだが、本来彼女は戦えば僕やレオよりもずっと強いのだ。逆上されでもしたら敵いはしない。



「ただレオには悪いけれど、場合によっては町中へ入るのは諦めてもらう必要があるかもしれない」


「その程度なら構わないさ。野宿などは慣れたものだ」


「聖堂国のほとんどは砂漠だ、向こうと勝手は違うと思うけれどね」



 レオにしてみれば、町の外で待つ程度であればさしたる苦でもないようだ。

 確かに置いて行かれるよりはずっとマシかもしれないが、それでも辛い立場であるのに変わりはないだろうに。

 僕はそんな言葉を平然と吐いてくれる彼に、より小さな声ですまないと口にする。

 するとレオは横になったままで軽く首を横へ振り、僅かに口元を綻ばせていた。



「ともあれ雨が止むのを待って移動を再開だな。俺は町には入れないかもしれんが、その代わり頼りにしているぞ」


「任された。それに一応は、当てが無いでもないからさ」



 ここで話を切り上げ、眠る体制へと戻るレオ。

 最後に信頼を口にしてくれた彼へと、僕は細い藁のような物ではあるが、この地で辛うじて力となれそうな当ての存在を口にした。



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