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潜伏 01


 進路上へ現れた敵は、たったの三人。だが正面の敵に対して、採れる手段は数少なかった。

 おそらくは装備面で完全な状態にある連中と相反し、こちらは既に著しく消耗している。

 全員が息も絶え絶えとすら言われかねぬ状態であり、正面切っての撃ち合いでは、損害がさらに増えるのは避けられない。

 どういう手段によってか、連中は他の少年型クローンたちと連携を取っているようだが、そいつらと連動される前に討つ他ない。


 故に採った行動は先手必勝。

 正面からの撃ち合いで使う短銃ではなく、少しばかり銃身の長い物を使い、木々の隙間を縫って狙撃。

 一人を沈黙させたところで、一斉に残る全員で仕留めるという、なんとも単純な作戦であった。

 だがその単純な作戦ですら、消耗の激しいこちらには高いハードル。

 敵の反撃によって一人が腰を撃ち貫かれ、これ以上の戦闘どころか移動すら不可能という、絶望的な結果を迎えてしまう。



「本当に、本当にそれでいいのか?」


「……正直に言えば恐ろしいですが、構いません。間違いなく自分は足手纏いになりますし、そうなれば全員が共倒れです」



 本当は怯えから震えが止まらぬのだろう。それでも負傷をした彼は、持てるありったけの弾を持ち、自らが囮になりこの場へ留まると言って聞かなかった。

 おそらくその判断は正しい。彼を背負って逃げることはギリギリ可能だろうけれど、当然こちらに負担は今よりずっと増え、彼も含め共倒れとなるのは必至。


 当人が言い出し決めたこととはいえ、これは非情な判断だ。

 可能ならば彼をここで見捨てることなく、背負い連れて帰りたいというのが本音。だが現状僕等にはそうするだけの手段がない。


 背負う背嚢の中には、密かに持ちだした地球製の装備が仕舞われており、迫る敵の全てを排除するに十分な火力をもっている。

 だが敵を殲滅することはできても、そいつは仕様することで周囲へ猛烈炎を撒き散らしてしまう。

 現在居るこの一帯には木々が多い繁り、乾燥地帯が近いこともあって生木でも容易に燃え移ってしまい、今度は大規模な山火事となって火に巻かれるのがオチ。

 なのでここは、当人も望むように置いていく選択以外にはなかった。



「家族のことを……、お願いいたします」


「わかった、必ず面倒はこちらで見る。君も最後まで勇敢であったと」


「それだけ聞ければ十分です。……ご無事の帰還、散った皆とこの地で願っております」



 それだけ言うと僕等は全員で敬礼を行い、地面に腰を降ろし銃で杖衝く彼に背を向けた。

 これ以上言葉をかけることで、彼の決心を揺らがせる方が余程酷な真似だ。


 未練を振り払わんと、一度として振り返らずに進む。

 だが距離が離れるにつれ、背後からは置いて来た兵のすすり泣く声が、僅かに聞こえた気がした。

 それは耳の奥底で延々と響き、心臓の奥へズクリと黒いものが染み入るような感覚を覚える。

 だが今は自ら買って出た彼を囮とし、少しでも生き残る可能性を上げるべく移動しなくては。


 一介の傭兵から傭兵団の団長へと成り上がり、その後都市を掌握し、傭兵国と字される国の王とまでなった。

 だが僕自身はこうして敵に囲まれ、大切な兵を無為に危険へと晒し、なおかつ置き去りにしようとしている。

 我ながら何と無力なのかと歯噛みし、握った銃が強く軋むほどに力を込めた。



「アル、一応聞いておくが……、ここからどうするつもりだ?」


「南下する。このまま国境を越え、聖堂国へ入ろうと思う」


「正気か? それこそ敵の真っ只中だぞ」



 歩を勧めながら問うレオの言葉に、僕は静かにではあるがハッキリと、山を越え聖堂国へ向かうと告げた。

 当然それを聞いていたレオ以下、残る三人の兵も一様に目を見開く。

 レオの言うようにそれこそ敵がうようよと居る土地であり、勝手もわからねば通用する貨幣も持たない。

 こちらを喰らわんとする敵の口へと、身体に塩を擦り込んで飛び込むようなものだ。



「連中はおそらく、こちらを逃がすつもりはない。当然北へ向かうと考え先回りしているはずだ」


「だから裏をかくと? で、入ってからはどうする気だ」


「まずは身を隠して手を考える。西岸に移動して小舟を調達するか、あるいは東へ移動し共和国を経由するか」


「つまり今のところ妙案は無しか」



 肩を落とし首を横へ振るレオに、僕は自嘲気味に笑いながら「そうだよ」と返す。

 だが今は他に考えうる手段がない。もしヴィオレッタあたりと連絡が取れるなら、海沿いにでも出た所で、ラトリッジ近郊に隠してある飛行艇で迎えに来てもらえばいい。

 エイダにより衛星を介して自動操縦が行えるため、そういった手段も採れるのだが、如何せん起動準備だけは人の手が必要であった。

 それも彼女と連絡が取れぬ以上、机上の空論の域を超えぬ話ではあるが。



「彼は命を懸けてまで、道を開いてくれようとしている。決して無駄にはできない。確かに聖堂国への侵入は、限りなく危険だとは思う。けれど成功の可能性が低かろうと、最後まで足掻いてみせるよ」


「仕方がない、他に手がない以上は付き合ってやるさ」


「悪いね。君たちも構わないか?」



 こうも包囲されてしまった以上、直接北上し同盟領内に戻るというのは現実的ではない。

 ならば採れる手段は一度聖堂国へ入り、そこから帰還への道を模索すること。、

 連中もおそらく、自分たちのテリトリーへと誘導しているはずだ。確実にこちらを嬲り殺すために。

 だがそうとわかってはいても、今はそれに乗る他に道はなかった。


 僕が覚悟を決めてそう告げると、レオと残る三人の兵も短く返事を返す。

 緊張のせいか表情は強張っているが、恐れ尻込みをした様子などは見られない。

 ここまでくればあとは覚悟を決めるしかないと考えているのだろうが、流石はレオが訓練してきた兵たちだと、僕は今更ながら密かに感心をした。



「それじゃ急ごうか。彼が敵を引き付けてくれるのにも限界が……」



 残った数少ない荷を背負い直し、僕は歩きながら急ぐよう告げる。

 ただそれを言い終えようとしたところで、歩いて来た方角から短い発砲音が耳へと届く。

 おそらく負傷し囮となるべく残った彼が、追手を仕留めんが為に放った弾だ。


 グッと息を呑みその音へと背を向け、歩を速めて坂を上っていく。

 少しの間を置いて数度、同じような発砲音が山中に響き、その後は行けども行けども僕等自身の足音ばかりが聞こえるばかりであった。



「アル、誰もお前を責めたりはしない」


「いや、僕のせいだよ。敵の戦力を見誤ったんだから」



 仲間が命を落としていくのに背を向け、言葉無く進む僕へとレオは小さく呟き、背へと軽く手を触れる。

 きっと彼の言うように、僕は表だって責められはしないのだろう。

 だが衛星の性能不足を言い訳としようが、敵が潜んでいるのに気付かず、のこのことやって来たのは僕自身。

 もっと多くの人員を連れ、山狩りをするように安全を確保していれば、こうも窮地には追い込まれなかったはずだ。

 それとも先手を打った気になって行動したのが、そもそもの間違いであったのか。答えを返してくれる者はない。



「……雨か」


「好都合だ。危険にはなるけれど、天候だけはこっちの味方をしてくれるらしい」



 ただ僕が自己嫌悪の海に沈もうとする間もなく、腕へポツリと滴が触れるのに気付く。

 見上げれば木々に繁る葉の隙間から、細やかな雨が降り注ぎ始めており、次第にそれが大粒となって髪を濡らしていく。


 山脈を越えればすぐ砂漠地帯というこの地域にも、多少なりと雨は降るが、それは年に数度といった程度であると聞く。

 比較的珍しい天の恵みに、僕は僅かながら希望を抱いた。

 この程度の降雨量であれば、山火事を収める程度には足りず、例の武器を使うにはまだ心許ない。

 ただ雨が降れば多少足跡も消えやすくなるし、音も雨音に紛れ聞こえ辛く視界も悪い。追い立てる側よりも逃げる側にとって有利な条件だ。

 当然滑落などの危険は増えるが、今更一つ二つ危険が増えたところでそう変わりはすまい。



「行こう。この機を逃す訳にはいかない」



 雨水を飲み干すように吸い込んでいく地面を踏みしめ、僕は振り返ることなく告げる。

 いくら天候がこちらに優位へ働きつつあるとはいえ、圧倒的に数の上で不利な状況に変わりはなかった。

 獰猛な肉食獣であるのはこちらも同じだが、僕等の牙は既にボロボロ。噛み付き合えば致命傷となるのは避けられない。



『ルート選択は頼んだ。敵と遭遇する回数が増えれば増えるほど、帰還できる可能性は減る一方だ』


<任せてもらってもいいのですか? この状況を招いたのはわたしですが>


『なら他に誰を頼れって言うんだ。僕等が揃って帰り着くためには、エイダの目が必要なんだよ』



 高く聳える山を真っ直ぐに見据えつつ、エイダへと移動のルート指示を任せる。

 しかし当のエイダはといえば、自身の行っていた監視の目を潜り抜けられたという自責からか、返す言葉には自信なさ気だ。

 だが敵の懐へともぐり込む以上、進む道は常に暗闇の中も同然であり、エイダの情報だけを頼りにせねば歩は進めない。



<……わかりました。必ず、必ず成功させてみせましょう>


『頼んだよ。僕等にできるのは精々、指示通りに動き続けるくらいだ』



 AIであるというのに、エイダには逡巡するという人間臭い思考が存在するらしい。

 僅かな間を置いて、誓いを立てるように了解を口にした。


 こちらの素性や扱う装備に関してを知るレオはともかく、事前に敵の位置を察し回避し続けていれば、兵たちは当然のように色々と怪しむことだろう。

 だが今更そのようなことを言っている場合ではなく、いざとなれば彼らにも素性をバラしてしまうのもやぶさかではない。



<では生き残るために、今から一戦交えてもらいます>


『避けられないのか?』


<迂回できなくはないですが、その後は余計に追い詰められるだけでしょうね。それにこの天候なら、不意を討つのは十分可能です>


『仕方がないか……。精々怪我の一つもしないよう処理するよ』


<検討を祈ります。わたしは以後のルートをシミュレーションしておきましょう>



 ただ残念ながら、ここから一切刃を交えず切り抜けるのは不可能であるようだ。

 エイダは戦闘回避の現実性を問う僕に対し、非情なまでの根拠を突き付けてきた。


 こうまで断言するのであれば、そうするのが無難なのであろうと、振り返って戦いとなりそうであると告げる。

 すると全員の目は鋭くギラつき、無言のまま手には武器が握られた。

 どうしてそのような事を知ったかなどというのは、もう既に彼らにとってはどうでもよいモノであるらしい。

 それならばいっそのこと頼もしいと感じた僕は、エイダが地図上でマーキングした場所へと、自身の武器を手に急ぎ向かった。



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