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エスケープ 06


 荒く、不規則に吐かれる息。

 重い足取りと血を流し抑える腕。そして降りしきる雨によって、じわじわと削られていく体力。

 道中背負っていたはずの荷物も、後退する中で多くを失った。そしてそれ以上に大切な、仲間を多くを失った。

 これは完膚なきまでの敗北だ。と、僕は握った二丁の銃を叩きつけんばかりな衝動のまま、心の内で幾度も反芻する。



「これからどうする?」


「……ひとまずは、山を下りて直近の都市へ退避する。そこで駐留している部隊と合流、戦力を整えるといったところか」


「だがそれが上手くいかない」


「ああ、わかっている。まずはどうにかして、この包囲網を抜け出さないと……」



 普段は有り余る体力により、疲れなど微塵も見せないレオではあるが、今ばかりは流石に疲労の色が濃い。

 肩で息しながら僕の隣へ並び、雨でぬかるんだ地面に足を取られつつも、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 それも当然か。最初の戦闘で一番体力の消耗する動きをし、何発もの弾が掠めるという、酷く神経をすり減らす役割を担ったのだから。




 聖堂国側の戦力である、少年型クローンの部隊から襲撃を受けた僕等は、あの後一目散に下山を試みた。

 しかし真っ直ぐ来た道を戻ろうとするも、その進路上にはまたもや敵の新手が現れる破目となる。

 衛星によって監視を行っていたエイダ曰く、最低でも一週間、あるいはそれ以上前から隠れ潜んでいたであろうとのこと。

 ここまでくれば、もうかなり前からこの辺り一帯に戦力を潜ませ、虎視眈々と攻撃の機会を窺っていたという事になるのだろう。


 だが敵を褒めている場合ではない。

 なにせこちらの被害は甚大。二十人ほどであった同行の兵士も、五人が最初の戦闘で命を落とし、七人が足止めをすると言って敵へ向かっていった。

 そこから敗走する中で散発的な戦闘となり、結果少しずつ倒れていったことによって、今現在に至っては僕等を除きたったの四人にまで数を減らしている。



「アル、俺には登っているように思えるんだが、本当にこの方角で合っているのか?」


「いや、むしろ逆方向だよ。今僕等が歩いているのは聖堂国方向だ」


「どうするつもりだ。まさかこのまま投降する気なんじゃ……」


「まさか。でも今はこっちにしか逃げ場がない、敵の思う壺だとは思うけれど」



 敵の新手が現れたのは、二度や三度だけではない。

 それこそ進もうとする先へ次々と現れ、下山しようとするこちらの動きを阻み、事前に察知したエイダによって回避するというのを繰り返す。

 極力敵の少ない個所を選んで移動し、今は僅かに包囲網が開いた一点、聖堂国側に向け進んでいた。


 言うまでもなく、今の状況は酷く危険。

 助かるための逃走であるはずが、より敵の多い国境付近へと向かっているのだから。

 今のところそちらには敵の姿を確認できないが、エイダも見逃すほど巧妙に隠れていた連中だ、本当に居ないかどうかすら定かでない。

 よしんば敵が潜んでいなくとも、背後から挟み撃ちにされる恐れに、僕は背筋が震える思いがしていた。



<申し訳ありません、監視の不備があったようです>


『気にしないでくれよ。監視を指示する前から潜んでいたならどうしようもないし、そもそも機器の性能には限界があるんだから』



 もしい実体があれば頭を地面に擦りつけんばかりの、重苦しい謝罪を告げるエイダ。

 だがそのエイダにも言ったように、多くを見通せる空からの目とはいえ、流石に探査能力には限界がある。

 なにせこちらが使っている衛星、元々は非常時の救難信号発信機としての用途で製造された物であり、画像による情報収集はあくまで補助的な機能。

 そもそもが民生品というのもあるが、敵である聖堂国の背後に、宇宙を根城とする国家が存在するとわかった以上、この優位性も脆い立場となりつつあるのかもしれない。



『それに判断を誤ったのは僕の方だ。もっと慎重に行動していれば……』


<そこは言っても仕方がないでしょう。どちらにせよ、敵に対する対策は立てる必要があったのですから>


『……悪いね、気を使わせてさ』



 内心で自身に拳を叩きつけんばかりの苛立ちを覚える。

 そんな僕にエイダは宥めるように、穏やかな口調を作ってフォローをしてくれた。


 ただ色々な意味で、現在は追い込まれつつあるように思える。

 聖堂国が既に国境を越え、これだけの戦力を投入していると、早急にラトリッジへ知らせなくてはならないというのに。

 未知の戦士に、想定よりも高い技術を得た武装。それらを知らず正面からぶつかれば、こちらの被害は想像を絶するはずだ。

 もしそういった情報を知らせる間もなく、連中が大挙して同盟領内へと雪崩れ込めば、都市の二つや三つ容易に制圧されてしまう。



 僕はそのようなことを考えながらも、一先ずは自身と仲間の安全を確保するべく、衛星から得られる情報を手掛かりとし黙々と進んでいく。

 場は重苦しい空気と疲労に荒れる呼吸、それに不規則な足取りや草を掻き分ける音によって支配される。

 そんな中にあっては、普段ずっとマイペースを貫くレオにしても、流石に息苦しさを感じたようで、そっとこちらへと話しかけてくる。



「それにしても、あの連中はいったいなんなんだ。今までの奴らとは、見た目もだが練度が桁違いだ」


「これまでの連中同様、創られた存在なのは間違いない。それもかなり強化を施したね」


「俺やリアーナと同じ……、ではないのか?」


「少し違うけれど、似たような存在であると思っていいかも」



 レオの場合は、元々存在した人間に投薬を行い、意図的に改造処置を施し強化された存在だ。

 一方でリアーナなどは、一から生み出された人造生命であるため、確かにクローン兵士と近い存在であると言ってもいいのかもしれない。

 だがレオとリアーナとは異なり、クローン連中は個々の人格といったものが付与されていないようにすら思える。

 今はその全てが命を落としているが、ミラー博士によって造られたレオの同類らも、多少なりと人らしい意志を持っていたというのに。



「どちらにせよ新しく現れた連中も、アルの故郷に関わる存在に違いはないということでいいのか?」


「より正確に言えば、僕の故郷と敵対する国が聖堂国に手を貸した結果、創られた存在みたいだ」


「そうか。ならその背後に居る連中は、俺にとっても敵という事でいいんだな」


「そんな単純な話でいいのか? 連中が聖堂国についている以上、間違いではないと思うけれど……」



 軽く言い放つレオの言葉に、僕は周囲へ張っていた警戒感が僅かに霧散するのを感じる。

 一方のレオはどうかしたかと言わんばかりに、飄々とした表情を浮かべるばかりだ。



「別に問題はないだろう。アルの故郷にとっての敵なら、俺の敵も同然だ」


「……まったく頼もしい限りだよ。こうも裏切りを心配せずにいい相手は他に居ない」


「付き合いの長い相棒だからな」


「そうだね。あの時、偶然出会って以来の」



 酷く単純なレオの思考に、僕はつい口元を綻ばせてしまう。

 今では多くの部下たちを抱え、歳相応に複雑な思考を常とするようになったレオであるが、共に傭兵となった頃はこうも簡潔な思考をしていたものだ。

 そんなかつてが懐かしく、妻であるヴィオレッタよりも長い付き合いである、彼の言うところの相棒に縁で返す。

 偶然というやつには感謝したいところだ。一人野宿をしていた僕がレオと偶然出会わなければ、今の地位も家族もなかったかもしれないのだから。



「それじゃ、その相棒にもこの場を切り抜ける案を出してもらうとしようか」


「また新手か」


「真っ直ぐいった先に三人。とは言え、一番敵の戦力が薄いのが真正面だ」



 こんな状況にもかかわらず、レオと少しばかりの緩いやり取りを交わす。

 しかし敵はこの親交を傍観してはくれぬようで、エイダにより進行方向へ数名の敵影が存在することを告げられる。


 ここまで現れた新手が、最低でも六人や七人で纏まっていたことを考えれば、この少なさは罠であると考えた方が自然か。

 群れで行動する肉食の獣は、狡猾に集団での狩りを行う。

 個々が役割を持って周囲を取り囲み、獲物の進む方向を誘導し、疲労したところで一気に喰らう。

 僕等は今、その最後となる餌場へ向け移動している最中であり、おそらく最も壁の薄い真正面こそがその終着点だ。


 敵はどういう手段によってか、一つの生物であるかの如く僕等を狩り立てている。

 しかしだからといって、背後や側面から迫る壁に穴を空けるのも難しい。



「なら戦うしかないだろう。弱い部分から叩く他に、俺らには道がない」


「たぶん罠だと思うよ。それでもいくかい?」


「万が一の時は、アルだけでも逃がしてやる。それが護衛役である俺の役目だ」



 ハッキリと、迷うことなく言い切るレオは口元を綻ばせた。

 そうして彼は背後へと振り返り、続いて歩く兵たちへと敵の接近を知らせる。

 疲労困憊、表情に暗いものが滲む彼らであったが、レオが発した一言を疑いもせず、グッとその表情には戦意の色が宿った。

 そういえば連れてきた彼らは、レオが施し育ててきたのであったか。


 だが僕はレオの背を軽く小突くと、不満を前面に押し出し静かに言い放つ。



「冗談じゃない。ここまでで何人も仲間を失っているんだ、全員で切り抜けるんだよ」



 自己犠牲の精神などを語られても、こちらとしてはまったくもって嬉しくはない。

 レオの立場からすれば、僕だけでも生かして帰すのが役割であるというのは、きっと間違いではないのだろう。

 だが彼にもまた待つ家族が居るのだ、もしここで彼を犠牲に帰ろうものなら、僕はきっとリアーナに一生恨まれてしまう。

 それになにより、家族も同然である友を失うなど冗談ではない。当然、同行している生き残った兵たちもだ。



「わかっている。俺だって帰る気でいるからな」


「ならいいよ。それじゃ、生き残るためにもう少し抗ってみようか」



 さも当然に生き残ることを告げるレオの言葉に安心した僕は、大きく頷いて再び戦意を高めるべく武器に触れる。


 人数だけを考えても圧倒的に不利。おまけに装備の面でも心許ない。

 だが大人しく狩られるつもりなど毛頭なく、僕等は手にした残り僅かな銃弾を込めていった。



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