エスケープ 05
中肉中背で目立たぬ、それこそ街中を歩けば一人か二人は見そうなほどに没個性な、聖堂国が送り込んできたクローン兵士。
それは完全にコピーされた外見に、寸分の狂いもなく備えた身体能力。鍛え上げられた兵士と遜色ない実力を持つ、十分に脅威と言い表わしていい存在だ。
だが森に据わる大木の根に隠れ、密かに窺った先に居る連中はどういうことか。
全員が一糸乱れぬと言えるほど、まったく同じ容姿である点は変わらぬのだが、その見た目が随分と若い。
いや、幼いとすら言ってもいい。
「なんなんだ、あいつらは……」
「僕に聞かれてもね。敵であるのに変わりはなさそうだけれど、今までと違い過ぎる」
隆起した木の根から同様に覗くレオは、珍しく困惑を露わとした様子で呟く。
ただ彼のそんな反応も当然に思える、視線の先で無言のまま腰を降ろし、僅かな休息を摂っているであろう連中の姿を見れば。
だいたいイレーニスと同じくらいだろうか、まだあどけなさが残るというよりも、見るからに少年であると主張せんばかりな線の細さ。
総勢十四人全員がほぼ同じ見たである点を除けば、普通に街中の広場で遊んでいてもおかしくはない齢の頃。
ただ連中は揃って、顔のおおよそ半分を覆い隠す仮面を被っており、表情などは窺い知れなかった。
「ああいうのも、アルの故郷ではよく居るのか?」
「いや……、流石にそれはないとは思うけれど」
以前に聞いた限りでは、開拓船団におけるクローン生産は、培養槽によって体組織の断片から生み出していると聞く。
なのでこの少年然としたクローンたちが、これまで見てきた連中の成長途上にある状態で、何がしかの理由によって成長しきる前に出したという可能性はある。
ただ仮面の隙間から見える顔には、あまりこれまでの連中と似た面影らしきものは見られない。
あくまでも仮定の話に過ぎないが、まったく別の人物をベースに生み出された個体なのかもしれなかった。
ともあれこんな相手と急に戦えと言われても、兵たちとて混乱してしまう。
いったん木の陰から離れ後退した僕等は、今見たものを伝えぬわけにはいかず、全てを兵士たちへ話すことにした。
当然のように、彼らは俄に信じられないといった様子を浮かべる。
しかし流石に僕とレオの二人が真剣に話す以上、これが冗談などではないとわかったようだ。
「では我々は、子供を相手に戦わねばならぬというのですか……」
「言わんとすることはわかるが、連中がどの程度の実力を持っているかは未知数だ。侮ったり躊躇えば死ぬのはこっちだぞ」
今回連れてきた兵士たちは、皆クローン相手の戦闘を相応にこなした、比較的戦闘経験の多い者ばかり。
いい加減同じ顔をした敵の存在にも慣れているはずだが、やはり少年然とした外見ともなれば、いかな敵とはいえ抵抗があるのは確か。
僕やレオ、それに傭兵団時代からのベテランなどは、自身があのくらいの年頃から戦っていただけに、ある程度の割きりは出来ている。
しかし彼らの多くは、実力者とはいえ僕等よりも後輩に当たり、中には傭兵団解体後からの人員すら居る。
直接連中と相対した時、迷いなく引き鉄を引けるかは疑わしいかもしれない。
「碌に何かを引き出せるとは思わないが、できれば二人は捕らえたい。だがそれ以外には容赦するな、こっちだってそこまで余裕があるわけでは――」
即座に全滅させるというのが一番無難というか、結果的にこちらの被害を抑えられる。
ただ全員を始末してしまうというのも問題だろうか。なにせ見たこともない敵だ、こういった存在が居ると認識するためにも、二人くらいは連行したい所だ。
なので僕がその旨を伝えようとしたところだ。背後から僅かに草を揺らす音が聞こえ、隣へ居たレオが僕を突き飛ばしたのは。
直後に鳴るのは、木々に繁る葉を揺るがす破裂音。
レオによって突き飛ばされた、今まさに自身が居た場所へ振動が響き、土を周囲へ撒き散らす。
すかさず首を回して背後の方を窺えば、そこには草むらの中から伸びた煙を吐く一本の筒が。
「見つかったか! 散開しろ、木の陰に隠れて応戦する!」
いったい何時の間に接近していたのか、僕等は先ほど見た少年型クローンからの襲撃を受けていた。
最初に連中の存在を探知した時などはともかく、今は山脈下部の深い森の中。エイダによる警戒も効きづらい状況を突かれたのだろう。
接近してくるまでもう少し余裕があると思っていたのだが、どういう訳か向こうはこちらを探知、密かに忍び寄っていたようだ。
いきなり不意を突かれるも、レオのおかげで初撃を回避。
その状況にノンビリ混乱する余裕すらなく、僕は大きく声を発し兵たちに散らばるよう指示を出した。
瞬時に反応し、各々が手近に立つ太い木々の影へと駆ける。
僕もまた同じく地面を蹴って、葉と太い根によって死角となった場所へ転がり込むと、土にまみれた自身の格好を無視し、腰に差していた短銃を取り出した。
深く息を吐きながら、落ち着くよう自身に鞭打ちつつ弾を込めていく。
そうしているとすぐ隣へと、地面に落ちた葉を撒き散らすようにレオが滑り込んできた。
「すまないレオ、さっきは助かった」
「構わない。それよりあいつら、今までの連中よりずっと頭が回るらしい」
「ああ、前の連中はここまで器用に忍んでは来なかったからね。少なくとも勘はずっと優れていそうだ」
彼はこの場所へ入ってきた今の時点で、自身の腰に差した中剣を抜き放っていた。
深い森の中を通るため、愛用の大剣は置いてきているせいなのだが、それでも苦手とする銃を使うよりはずっと高い戦果を発揮してくれる。
普段はそれでも多少なりと銃を使っているのだが、それすら行う気がないというのは、つまり敵が油断のならぬ存在であると認識したが故だ。
バシン、ドシリと。一斉に攻め寄ってくるクローンたちが放つ弾が、間断なく木を揺さぶる。
一斉に撃ち放っているであろうそれらによって、ここから見える他の兵たちもまた、なかなか応戦が出来ずにいた。
だが考えてもみれば、敵の数は僅かに十四人。こちらにも近いだけの数が居り、散らばっている以上は攻撃を集中することもできない。
それに弾を込める時間とて必要となるはずなのに、どうして応戦すら儘ならぬほどの銃弾が放たれ続けているというのか。
森の中ゆえにエイダに探ってもらうこともできず、僕は意を決して僅かに目を覗かせる。
すると視線の先に見えた連中の手にある銃は、手元に近い部分の構造が、随分こちらの物とは異なっていた。
いわゆる回転式などと呼ばれるそれであり、発射される度に操作を行い、僅かに回る様が見て取れる。
「連射できるだって!? 冗談じゃない」
「こっちの物よりも新しい型なのか?」
「そうみたいだ。でも考えてみれば、そうであってもおかしくはないか……」
即座に敵の武器が、こちらよりずっと脅威となりえる物だと理解したレオへと、僕は肯定しつつもどこか納得をしてしまう。
ミラー博士が聖堂国へもたらした簡素な仕組みの銃だが、それが開拓船団によって改良法が教えられていてもおかしくはない。僕自身がやったように。
ただでさえこの惑星において、良質の金属が採れその加工に優れた聖堂国。アイデアさえ与えられれば、形にするのにそう時間はかからないのだろう。
「だが奴らも無限には弾を持っていないだろう。それを待つか?」
「でもどの程度持っているかがわからない。空になるのが先か、隠れてる木が倒れるのが先か」
「なら俺が囮になる。その隙に少しでも数を減らしてくれ」
「……すまない。反対したいところだけれど、他に頼る他なさそうだ」
僕はレオのした提案に、抵抗感を覚えながらも頼むことにした。
自身の身に着けた機器を使い身体機能を強化すれば、短い間隔である程度の数を減らせるだろう。
銃で一人、投げナイフで一人、あとは落ちてる小石でも投げれば牽制にはなるはずだ。
だが高速で連続して飛来する弾を、全て避けながら反撃するというのは厳しく、幾つかは食らってしまうかもしれない。
そしてその一方で、レオは遠距離での攻撃を苦手とする。となればこの役割分担は、無難な選択であるのかもしれない。
「合図をしたら反撃を試みる。迷うなよ!」
木々に着弾し破裂する音の中、隠れ攻撃をやり過ごしている兵たちへと叫ぶ。
今いる位置からは見えない人間も居るが、おそらくはちゃんと聞こえている。そう判断した。
レオと一瞬だけ視線を合わせるなり、彼はそれが開始の合図と判断し飛び出す。
瞬時に敵も反応したようで、レオが走った個所へ沿うように銃弾が飛び、すぐ近くの木々を抉っていく。
その様子を目で捉えるなり、思い切って僕は身体を外へと晒し、手にした短銃の銃口を敵へ向けた。
直後、自身の目に映ったのはまだ年端もいかぬ少年の姿。
眼には意志の光なく、ただ虚ろに映るそれは、まるで人形のよう。
抵抗感が皆無であるとは言えないが、ここで迷えば逆にやられる。なにせ連中はこちらが予想していなかった、ずっと実戦向きな武器を有しているのだから。
銃口をしっかり敵へと向けると、すかさず引き金を引く。
極々僅かな放物線を描き飛ぶそれは、しっかりクローンの眉間を捉え、そいつはただ無言のまま頭から背後へと崩れ落ちていった。
「撃て、撃て! 片っ端から排除するんだ!」
手元に握っていた投擲用のナイフも投げつけ、再度木の陰へと隠れ次弾を装填する。
その間も敵を少しでも減らすべく叫び、他の兵たちが反撃をするよう促していく。
とはいえやはり前もって覚悟をしていても、いざ目の前に幼い見た目をした存在が現れれば、躊躇してしまう者が出てくるのは当然か。
中には向けた銃口が火を噴くことなく、身体を晒したまま硬直する者が数名。
そしてその僅かな躊躇が、彼らにとっては致命傷となったようで、引き金に指を掛けたまま胴や腹を撃ち抜かれ、深い緑の中へ鮮血を撒き散らしていく。
「死にたくなければ応戦しろ!」
「し、しかし……」
「あれは子供じゃない、子供の姿をした獣だ! 倒れた仲間を見ろ!」
やはり長年培ってきた常識、どうしたところでこれが邪魔をする。
狼狽え木の陰に隠れる兵は、強い困惑と動揺を露わとしながら、銃弾飛び交う空間を挟んでこちらを見る。
自らの都市に住む住民たちを護るという、兵士たちへ叩き込んだ信念や理念が、ここでは逆に障害となってしまう。例えそれが敵であったとしても。
僕はその彼へと、あえて倒れた仲間の身体を指さし、戦わねば同じ道を辿るだけであると断言した。
だが残念なことにその彼もまた、数人の倒れた仲間と運命を共にしてしまう。
意を決し彼が様子を窺おうと僅かに陰から覗いた瞬間、その頭蓋を真っ赤に染める破目となってしまったのだ。
敵が僅かに除いた頭を、精密に撃ち貫いた訳ではあるまい。今のは偶然、流れ弾が丁度そのタイミングで迫っていたという不運。
「……クソッ!」
僕の指示のせいで彼を死なせてしまったのだろうかと、歯噛みし悪態衝きつつも、弾を込める度に応戦していく。
レオも囮となり傷を負いつつも、辛うじて致命傷は避けているようで、敵を引き付けながら一人、また一人と斬り捨てていった。
最初十四人居た少年姿のクローンも、数を大きく減らし八人ほどに。だが一方のこちらも既に、兵の半分ほどを失ってしまっている。
数の上では不利。そして間の悪いことに、僕等をもっと悪い状況へと叩き落とす情報がもたらされてしまう。
<新手の接近を探知しました。あと二十分もすれば接敵します>
『どういうことだ!? なんで気付かなかった』
<近場に存在する、岩場の中に潜んでいたようで。おそらくここ数日の話ではありません、もっと前から>
降って沸いた脅威は、更に敵が接近しているというもの。
エイダはここ数日、目的地となるこの辺り一帯の監視を行っていたはずであり、そんな連中が侵入すれば気付くはずであった。
だがもしエイダの言うことが正しいとなれば、連中は僕等がここへ来ることを、事前に読んでいたということになる。
あるいはいずれこのルートを再構築すべく、接近する人間を狩るために潜ませていたのかもしれない。
だがどちらにせよ、これは非常にマズイ事態だ。
まだ正確な人数は把握できていないが、これだけ消耗したこちらにとって、例え一人の増援であっても、決壊するに足る要因となりかねない。
「……撤収だ。全員後退するぞ!」
「諦めるしかないのか」
「残念だけれど。無理をしてでも連中を殲滅させる意味は薄い」
仕方なしに撤退を指示すると、丁度近くへと戻っていたレオは嘆息するように息を吐く。
見れば彼の身体からは、幾筋もの血が滴っており、かなりの苦戦を強いられている様を色濃く突き付けてくる。
そんなレオも口惜しいだろうが、もう既に大きな被害が出てしまっている。これ以上意地を張って戦いを続ければ、今度はいたずらに犠牲を増やすだけ。
僕は生き残った兵たちを先に走らせると、少しずつ後退しながら牽制のため銃を撃つ。
その際に足下へ転がっていた、敵の使っている銃を一丁拾うと、グッと歯を食いしばり背を向けるのだった。