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エスケープ 04


 重く鳴る足音に、時折響く獣の鳴き声。

 緑深い森の中を進む音の発生源、十数騎に上る騎乗鳥とその操者たちは、獣道も同然な細い藪の隙間を進んでいた。


 幾つもの小山を越え、僅かな水量の小川を渡り進んだ先で、戦闘を行く人物は騎乗鳥の足を止める。

 そこで一旦降りて振り返った彼は、軽く頷くと小声でこちらへ告げた。



「我々が案内出来るのはここまでです。あとはそちらの判断にお任せします」


「十分に助かった。報酬の方は後日、君たちの指定した場所へ運ばせよう」



 少しばかり申し訳なさそうに告げる彼へと、僕は気にせぬよう礼を返す。

 加えてここまでの案内に対する報酬を明言すると、彼は極僅かながら表情が緩んだように見えた。



「ここから先は、騎乗鳥での移動が難しいかと。徒歩で進むのをお奨めします」


「では、しばらく預かっていてもらえないだろうか。なに、もちろん迎えに来るし別途支払いもする」


「承知いたしました。我らが主も、喜んでお受けになるでしょう」



 進行方向を指さす彼は、自身も乗っていた騎乗鳥へと視線を遣る。

 彼の指した方向を眺めてみれば、木々に覆われながらも急な斜面が連なっており、これは確かに乗っての移動は難しそうだ。

 僕はその彼へと、自分の背後に続く十名程が乗っていた全ての騎乗鳥を任せることにし、荷物を降ろすのに取り掛かる。



「数日で戻るとは思う。それまで頼んだ」


「言ってらっしゃいませ。どうかお気を付けて」



 それだけ言って自身の荷を背負うと、合図をし進路を進む。

 後ろで騎乗鳥を纏め頭を下げる三人ほどの男たちへと振り返ることなく、僕等は高く聳える山へ向け、ゆっくりと歩を進めていった。




 ラトリッジから遥か南方、シャノン聖堂国との国境に跨る山脈。

 レオと十人ほどの兵のみを護衛に連れた僕は、 そこに存在した聖堂国からの侵入ルートの様子を確認するべく、お忍びで遠征を行うこととした。


 その道中に寄ったのは、多くの娼婦たちが集う歓楽都市。

 だが別に娼婦に相手をしてもらおうという話ではなく、娼婦というのは大抵が、情報屋としての側面を少なからず持っているため。

 特にあの小都市には、大勢の娼婦たちを束ねる顔役とも言える人物が居り、以前にも二度か三度会った彼女は、情報屋としての元締めでもあった。

 そんな彼女に助力を求め、深い森の中であるそこを安全に通るべく、道に詳しい人物を紹介してもらうこととなったのだ。


 つい先ほど乗ってきた騎乗鳥を任せた人物がそうなのだが、これ以上先へ進むのは危険が伴うため、同行は難しいということだろう。

 いくらルートを爆破し封じたとはいえ、一人二人であれば越えられないこともない道だ。密かに潜入した聖堂国兵士と、不意の遭遇をするという事態は十分に予想しえた。

 彼にも情報屋の元締めとなる女性にも、随分と高い報酬を弾んだのだが、これ以上は流石に無理強いも出来はしない。



「さっきも言ったけれど、慎重に行こう。道は塞いだとはいえ、諦め悪く越えて来る連中が居るかもしれない」



 すぐ背後を歩く十人ほどの兵たちへ振り返り、内容にしては軽めの調子で注意を促す。

 すると彼らは小さくではあるが、ハッキリと了解を返してきた。


 ただよくよく見れば、先ほどまでが楽に移動をしていた反動か、背に負った背嚢の重さに息吐きつつ汗を流している者が多い。

 もちろん彼らとて厳しい訓練を経た兵、この程度で値を上げることはない。

 しかし巨大な山脈によって遮られているとはいえ、この向こうは熱波吹き荒ぶ砂漠地帯と言える土地。

 暑さはじわりと肌へ張りつくようで、僕自身の額にも汗が滴ろうかという有様であった。


 ある程度であれば我慢のしようもあるが、下手をすれば脱水でやられてしまいかねない。

 まめな水の確保が必要であろうと考え、エイダに近くへ沢でもないかと、探すように指示を出そうとした時、すぐ隣へと並ぶべく歩を速めたレオが話しかけてくる。



「で、実際はどうなんだ」


「……どう、というと?」


「敵の存在だ。アルがああいった警告をする時は、大抵近くに脅威が迫っている場合がほとんどだった」



 背後を歩く他の兵に聞こえぬようにか、独り言でも呟くようにして問うてくるレオ。

 彼は僕が先ほど兵士たちにした注意の言葉が、実際に迫りくる驚異の前振りであると判断したらしい。

 レオらへと僕自身の正体を明かすより以前にも、事前に脅威を予見するようなフリをし、警告を発したことが度々あった。

 それは衛星によって収集した映像を元にした情報なのだが、彼は今度もまたその類であると考えたようで、その表情からは半ば確信めいたものすら感じられる。



「……十四人ってところだね。武装はしていると思うけれど、全員が外套を被っているせいでよくはわからない」


「例の同じ顔をした連中か」


「おそらくは。こんな越えるだけで危険とも言えぬ道だ、あの連中なら使い捨てにされてもおかしくはない」



 付き合いの長さ故にだろうか、レオがした予想は外れてはおらず、実際にエイダによってしばらく前、これから向かう場所の付近で敵らしき姿が確認されていた。

 これまた彼の言うように、まず間違いなく毎度のようにクローンたちによる越境部隊だ。

 まだもう少し先へ進んだ場所なのだが、到着すれば戦闘は避けられそうもない。


 おそらく正規の聖堂国兵士とは異なり、換えの効くクローン兵士は、ほぼ消耗品の扱いとなっているはず。

 でなければあのように、無為に散るだけの戦い方などさせるはずがないし、敵国に潜入するという役割を行わせている辺り、その予想はまず間違いないのだろう。



「一人ずつ相手をすれば十分か」


「ああ、基本的には向こうより装備の面では上回っているんだ、連れてきたのも経験を積んだ人間ばかりだから大丈夫だよ。余程こちらにとって、想定外の事態が起きない限りは」


「それはそうなんだろうが、今回は随分と不吉なことを言うんだな」


「このくらい心配性で丁度いいんだと思うよ。ヴィオレッタからしてみれば、時々これが鬱陶しいらしいけれど」



 そう言って僕はカラカラと笑う。

 どうしたのかと怪訝そうにする背後を進む兵に、なんでもないと返し、再び坂道を歩きながらレオへと視線を向ける。

 すると彼はヴィオレッタの名を出したことで、自身の家で待たせている伴侶も同然な娘のことを想い出したようだ。



「リアーナは……、大丈夫だろうか」


「なにせ身重だからね。先日会った時には問題なく動けていたけれど、もう少しすれば大変かもしれない」



 大きな背嚢の影に隠れるように頭を落とすレオは、随分と腹の大きくなってきたリアーナへの心配を口にした。

 見れば眉間には皺が寄り、視線は所在なさ気に左右へと揺れている。

 もう一端の父親気分であるようで、今までのレオであればこのような狼狽えにも近い態度など、到底露わとはしなかったろう。



「なら早く帰ってやるか。一人では何かと不自由もあるだろう」


「それがいいよ。ただ今回はあくまでも下見、なにも攻め込もうって訳じゃないんだし、十日もすればラトリッジに帰れるさ」


「俺もそう願っている。ラトリッジへ戻った時に産まれていようものなら、後々まで嫌味を言われかねない」



 表情を僅かに強張らせたレオは、そう言って背嚢の肩掛けを握る手にグッと力を込め呟く。

 実のところ、これで意外と尻に敷かれているのだろうか。普段ずっと穏やかなリアーナではあるが、僕の見ていない家庭内では強い立場を発揮しているようだ。

 母は強しという言葉を引用するのが、正しいのか否か。



「で、アルの方はどうなんだ。色々な人間が同じことを言っていたぞ、跡継ぎはまだなのかとな」


「色々って……、誰が言ってたんだか」


「ルシオラにゼイラム、デクスターとヘイゼルにあとはエイブラム教官もか。それとヴィオレッタ当人だな」



 指折り数え名を挙げていくレオの言葉に、僕はガクリと肩を落とす。

 ヴィオレッタは置いておくとして、ルシオラとゼイラム元騎士隊長はつい最近も同じことを言われたので今更だが、酒場の主人であるヘイゼルさんに、東部で防衛を担うデクスター隊長まで同じことを言っていたとは。

 それに新兵訓練キャンプの教官であるエイブラムなど、僕自身一年以上会っていないというのに、密かに顔を合わせていたレオには余計なことを言ってくれたようだ。


 だがそれだけこの件を、周囲は気に掛けていてくれるということなのだろう。

 人口にして約三万という、特別大きくはない都市であっても、その頂点に立つというのは、こういった面でも責を負うということか。



「あとは俺もだな。てっきり二人の場合は、もっと早くにそうなると思っていたが」


「極力善処するよ。というかレオの方こそ、ずっと昔からモテていたじゃないか」


「そうなのか? 別にそういった記憶はないんだが……」


「間違いなくね。僕等が傭兵になった最初の頃、北に物資を届けた時だって――」



 敵が迫りつつある状況にも関わらず、僕等は小声ながら想い出話に花を咲かす。

 それにしてももう随分と付き合いの長いレオではあるが、彼とこのような会話をする時が来るとは思ってもみなかった。

 下手をすれば、互いに伴侶を得る前にどちらかが……、いやあるいは双方が命を落とす可能性すらある稼業であっただけに。



 もちろん兵たちの前であるため、露骨に笑い合う訳にもいかない。

 なので互いに淡々と語り合うような、それこそ夜に酒でも飲み交わしながらするように話す。

 そうして幾ばくかのやり取りをしていると、不意に会話を遮るように、エイダが近付きつつある敵に関する情報を新たに放ってきた。

 しかしどうにも様子がおかしく、声色からはなにやら不審げな気配を滲ませている。



<おかしいですね……。いつもとは少し違うようです>


『違うって、いったい何がどう違うんだ?』


<これまで確認された個体に比べ、体格が少しばかり小さいようなのです。外套を被ってはいますが、全員が同じような体格なので、クローン体であるのに変わりはないと思うのですが>



 降って沸いた不可解な報告に、僕は口を噤み首を捻る。

 聖堂国との戦闘が発生して以降、国境を越えて投入してくる戦力のほぼ全てが、一番最初に見たのとまったく同じ容姿をしたクローンであった。

 中肉中背、容姿的にも特徴らしい特徴がない青年の顔。事前に知らずすれ違えば記憶に残りもしない、そんな存在だ。


 ただ見てきた全てがそうだからと言って、聖堂国が有するクローン体の全てが、同じ容姿を持つとは限らない。

 今まで投入されてこなかっただけで、幾つか複数のタイプを有しており、今回待ち構えているのは今まで見てきたのとは異なるだけなのかもしれない。

 故に今まで相手をしてきた連中と比較し、能力的な差異が存在する恐れもある。

 僕は密かにレオへとその話をすると、彼は目元に鋭い色を滲ませ警戒を露わとした。



「もう少しで目的地だ。警戒を厳に、戦闘態勢へ移れるよう準備しておいてくれ」



 すぐさま後ろへ振り返り、着いて歩く兵たちへ告げる。

 彼らは短い返事を経て、腰に差していた取り回しやすいよう改良した短銃を手にし、各々いつでも発射できるよう歩きながらも器用に弾を込めていく。

 この直後に実際戦闘になるのだから、彼らはこちらの推測が神がかり的な的中をしたと感じるはず。相変わらずなんというマッチポンプか。


 そんな自身の恥ずかしげもない行動に苦笑しつつ、僕等は足音を忍ばせ森の傾斜を進んでいく。

 そうしてしばらく歩いていくと、目の前には大木の根が大きく盛り上がった遮蔽物が。

 ゆっくり近寄ってそこへ隠れ、敵が居るであろう向こうを静かに窺う。

 このまま機を見て接近し、敵を掃討すれば問題はない。そのように考えていたのだが、レオと共に覗いた先へ居た連中の姿を見るなり、僕は目を見開き息を呑むのであった。



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