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エスケープ 02


 都市ラトリッジ旧市街の、住宅街が広がる区画の奥。入り組んだ路地を進んだ先に、一見してボロボロな二階建ての建物は存在した。

 レオに連れられ向かったそこは、僕が傭兵となって以降、ずっと住みついていた懐かしの我が家。


 現在では防衛上の観点から、多少なりと区画整理を行っているため、そこへ至る路地もかつてよりずっとマシにはなっている。

 だがそれでも古い街並みは健在で、薄暗くどこか不穏さすら感じさせるそこは、慣れぬ人間であれば怖気づいてもおかしくはない空気を漂わせていた。



「ご無沙汰しています。お元気でしたか?」


「それはもちろん。久しぶりだね」



 開いた扉の向こうで、僕を迎えてくれたのはここの住人であるリアーナだ。

 彼女は長く顔を合わせていなかった僕に対し、以前と同じ柔らかな笑みを浮かべ、中へ入るよう促す。

 そんなリアーナの勧めを大人しく受け、僕は家の中へと入り久方ぶりのリビングへ移動し腰かけた。


 この都市に暮らすようになって以降、墓守を担っていたリアーナとは、互いに立場上よく葬儀に出るため顔を合わす機会は多い。

 であるはずなのだが、現在のリアーナは身重の身であり、そのせいで久しく会えずにいたのだ。

 彼女のことを妹のようなものであると言っていたわりには、存外レオも男であったようで、しっかりとリアーナへ手を出していたらしい。


 結婚はまだ未定であるようだが、こういった点ではレオに随分と先を行かれてしまった。

 こっちは結婚こそしているものの、近頃の忙しさからヴィオレッタと仲睦まじくする時間が取れずにいるため、もう暫く先の話になるのだろう。



「さあどうぞ、沢山食べてください。まだまだありますから」



 しばらくすると、レオが僕を誘うのは予定通りであったようで、リアーナ手製の料理が次々と運ばれてくる。

 かつては料理の一つも出来なかった彼女だが、レオと共に暮らす内に、そういったことも随分と覚えたようだ。


 口を付けてみればなかなかの代物で、僕は贅沢ではないが手間のかかったそれらに舌鼓を打つ。

 出された食事を楽しみながら、久方ぶりである本来の我が家を懐かしみ、二人と想い出話に話題を咲かせていく。

 ただあらかた食べ終えたところで、リアーナは食後の茶を淹れ持ってくるなり、片付けのためと告げリビングから中座した。



「ではごゆっくりどうぞ。片づけを終えたら部屋に戻っていますから、なにかご用があれば呼んでください」


「悪いね、気を遣わせてしまって」


「構いませんよ。ではまた後で」



 彼女はそれだけ言うと、会釈して僕とレオを二人だけにするべく自室へと引っ込んでいく。

 手伝おうかと告げるも即座に断られたので、どうも自身を交えてであれば、話せぬ内容もあろうと気を使った結果なのかもしれない。


 そのリアーナが去り、リビングには僕とレオの二人だけとなる。

 都市の運営もなんとか軌道に乗り、それらを任せられる人材も一定数を確保しつつある。

 故に僕自身も戦闘のため各地を飛び回る機会が多くなったため、レオともこうやってゆっくり話をする機会は減ってしまっていた。

 なので何を話したらいいのかと思うも、彼の側には確認したいものがあったようで、静かに口を開く。



「連中……、シャノン聖堂国なんだが、他にわかったことはあるのか? 軍議の最中、何かを言おうとして引っ込めたろう」


「……よく見ている。確かに、わかっている事がもう少しばかりあるよ」



 唐突とも思えるレオが問うてきた内容に、僕は茶のカップを置き大人しく頷く。

 昼間に行った軍議の最中、一瞬言おうかと逡巡してやめた発言があったのだが、レオは付き合いの長さからかそれを察したようだ。

 やはり身内であるからといって、あまり大っぴらにしたくはない内容もあるのだが、彼には話しても問題はない。



「海上からの攻撃は危険だと言ったろう? さっきは敵が船を沈めてしまう手段を持っているかもと言ったけれど、実際にそれを有しているのが確認されている」


「なら船での移動は……」


「近付いた時点で、格好の標的だ。成す術もなく海の藻屑になるのは御免被りたい」



 当然こちらとて、ただ手をこまねいて攻めてくるのを待っているわけではない。

 衛星から得られる情報が限定的である以上、密かに聖堂国へと人を潜入させ、内情を探らせることとなった。

 大部隊での侵入は不可能であったとしても、数人規模という極少数ならば十分に可能。

 海岸線に沿って小舟を進ませ、なんとか聖堂国への潜入を果たした人員に、現在は諸々の情報収集を行ってもらっている。


 その結果として、連中が大砲に相当する装備を一定数保有していることを掴んでいる。

 あとは単純に数日前に沿岸部で演習を行っているのを衛星が捉えたのだが、それはおそらく向こうもこちらの反撃を想定しているためだろう。

 ともあれその双方を擦り合わせた結果、色々と有益な情報が得られているのだが、レオにしてみればそれを言わなかったことは首を傾げるものであるようだ。



「ならそう言えばいいだろう。きっと納得するはずだ」


「彼らには悪いけれど、全てを話す訳にはいかないよ。なにせ聖堂国も人を送り込んでいるんだ、身内が懐柔されていないとは限らない」



 腕を組み椅子へもたれ怪訝そうに告げるレオに、僕は表情を険しくしつつ返す。

 先ほどの場に集っていた、ラトリッジの軍内で相応の地位に立つ面々。その彼らが聞けば、信用されていないのかと憤慨するかもしれない。

 しかし先日の都市ドラクアにおいて、聖堂国側がリゴー商会と接触し、密かに内へ潜り込んで制圧の機会を窺っていたことを考えれば、そのような恐れはどうしたって捨てきれなかった。



「ともあれ海路を用いての攻撃は難しい。似た物を造って反撃を試みるのは不可能じゃないけれど、もし実際に運用するにしても当分先の話だよ」


「では本当に、こちらから攻撃を仕掛けるのは不可能なのか?」


「なんだい、レオもこっちから打って出るのに賛成だと?」


「そうじゃない。ただアルのことだ、なにか手の一つでも用意しているんじゃないかとな」



 ハッキリと、海からの攻撃には大きな危険が伴うと断言する。

 まったく不可能であるとまでは言わないが、見合うだけの戦果を上げるのは難しく、いたずらにこちらの戦力を消耗するばかりとなるはずだ。

 しかしレオはまだ言っていない手段があるのではと、テーブルの上に身を乗り出してくる。

 買い被りすぎにも思えるが、本当のところ彼の言う通りではあった。



「無いでもないかな。ただこっちも難しいとは思う」


「試しに話してみるといい。聞くぞ」


「……陸と海が厳しいなら、残る手は空だ」



 僕自身も現実的ではないと考えつつ告げると、レオは案の定険しい表情のままで首を傾げた。

 陸路の面から言えば、厳密には軍勢を率い聖堂国へ向けて踏破可能なルートは存在する。

 しかしそれは敵対する国家である、東の大国ワディンガム共和国を経由するというもので、かなり現実的であるとは言い難い。

 ならば物資輸送の面が解消され、大規模な戦力が移動し易いのは船だが、これもまた前述したように大きな危険が伴う。

 となれば必然的に、残る手段は空からとなる。


 そこで考えたのは、最近めっきり埃をかぶってしまった飛行艇を引っ張り出し、空から攻め込むという物。

 直接陸地に着陸せずとも、海の上にも降りれるという構造上、砂浜さえあれば十分上陸は可能だ。


 ただ飛行艇の存在は傭兵団時代からずっと秘匿しており、国となった今にあってもなお極一部の者が知るに留まる。

 知っているのは僕とレオを除けば、ヴィオレッタやマーカス、あとはリアーナや燃料の製造を受け持つビルトーリオくらいのもの。

 それほど巨大な機体とは言えず大勢を乗せられないという点も含め、飛行艇を攻撃に使うというのもまた現実的ではなかった。


 そのことをレオに告げると、彼は空から火薬の類を投下し攻撃してはという案を口にする。

 つまりは爆撃なのだが、そういった概念を持たぬこの星にあってはなかなかに突飛な発想であった。



「悪くないけれど、敵が対空兵器を有している恐れもある。なにせ連中の背後には、遥かに高い技術を持つ存在が居るんだから」


「アルの故郷にとっての敵とかいう奴らか。俺は直接そいつらを知らんが、到底敵う相手でないのはわかる」


「連中がどの程度、聖堂国に入り込んでいるかは不明だ。だがあれだけの複製体を投入してくる辺り、随分と身に余る技術を与えているようだしね」



 シャノン聖堂国の背後で、彼らの技術力に多大な関与をしていると思われる国家、"開拓船団独立共和国"。

 この惑星外、無限とも思える広大な宇宙において地球と敵対するその国家が、聖堂国へと深く関わっているのは間違いない。

 現代地球においては、さほど高次でも特殊でもないクローン製造技術だが、この惑星の水準を考えればあまりに過ぎた代物。

 この情報をくれた人物によれば、もうずっと以前から開拓船団はこの惑星に潜み、聖堂国の影で何がしかの実験を行っているであろうとのことだった。



「存在を秘匿している以上、表だって飛行艇は使用できない。となると……」


「アレに乗り込めるのは俺たちだけか。……立場を考えると無理だな」


「たまには傭兵団で下っ端だった頃みたいな無茶もしたいところだけれどね。今はそうもいかない」


「俺もその頃の方が気楽だった。今でも末端の兵に戻りたくなる」



 僕等はそう言って、互いに自由とは言えぬ我が身を笑い合う。

 飛行艇を使うとすれば、乗り込めるのは僕等二人とヴィオレッタしかいない。だが一国の国主と、軍で高い地位にある者だけで敵国へ乗り込むなど、許されるはずがなかった。

 もし万が一飛行艇が落とされでもしようものなら、それこそ目も当てられない。



「そういうことだよ。現状僕等にできるのは、定期的に攻めてくる連中を撃退しながら、地道に侵入ルートを潰していくくらいだ」


「上手くはいかないな。こういうじれったい戦いは、俺の好みじゃない」


「僕もだ。戦争が長く続くって点では、都市にとって悪い話ではないけれどね」



 結局はこういう結論に至るしかないのだろう。

 まだまだ聖堂国に関しては、行動を起こすに足る情報が少なすぎる。

 なので今は都市として稼ぐ場に事欠かないという点を善しとし、大人しく散発的な攻撃を仕掛けてくる聖堂国相手に、後手後手の対処を続ける以外に道はなかった。




「さて、そろそろお暇しようかな」


「もう少しゆっくりしていけばいいだろう。リアーナもたぶん、アルが使っていた寝室の準備をしている」


「そいつはありがたいけれど、二人だけの時間を邪魔するつもりはないよ。君だって次にいつ遠征に組み込まれるかわからないんだ、折角の時間を彼女のために使ってやりなって」



 ひとしきり話も終えたところで、僕は空となったカップを置き立ち上がる。

 ようやく帰れた本来の我が家というのもあって、レオは泊まっていくよう勧めてはくれるのだが、半ば新婚家庭のような二人を邪魔するのも気が引ける。

 僕はレオを揶揄する言葉を吐きつつ、名残りを振り払うように軽く手を掲げ、路地裏に建つボロ屋を跡にした。



 ヒンヤリとした冷たい空気の路地を一人歩き、護衛や使用人に囲まれる日常からの解放感に浸る。

 ただどうしても振り払えない存在が側に居り、その彼女は疑いの強く篭った声色で、僕の思考へと確認するように問いかけてきた。



<まさかとは思いますが、貴方自身が行こうなどと考えていないでしょうね?>


「なにをだ?」


<飛行艇の話です。よもや物は試しなどと言いだしかねませんから>



 最近はずっと国境付近の監視に悪戦苦闘しているエイダは、これまで黙っていた口を開く。

 埃をかぶった飛行艇について話が及んだことで、思い立った僕が無茶を遣らぬよう、釘を刺そうということらしい。



「久しぶりに飛びたいって気持ちはあるんだけれどね」


<さきほど自身も言っていたばかりでしょうに。立場を考え自重するのも役割の一つです、余暇に飛ばす程度であればさて置き、単身敵国へ乗り込むのはいただけません>


「いくらなんでも、そこまで無謀でいるつもりはないんだけれどね。でもそう言われてしまうと、なんだか日に日に自由が失われていく気がするよ……」


<アルが無茶をしたがるのは毎度のことですから、わたしはいい加減驚きはしませんが。ですが家臣のことも考えてあげてはどうです?>



 そこを言われては立つ瀬がない。

 エイダの辛辣な、いつも幾人もの人間に言われているような発言に、僕は返す言葉を無くしてしまう。


 ならば大人しくエイダの言い分に従うしかあるまい。

 しかし僕は薄暗く肌寒い裏路地を進むにつれ、この光景が都市の統治者となって以降の、窮屈な在り様と重ならなくもないと思い始める。

 故に逆にこの光景が、広い空への渇望を誘発するのではと、危うく言葉に漏らしそうになっていた。



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