エスケープ 01
議論白熱。
おそらくこの言葉が使われるのは、大抵状況が良い方向を向いている場合なのだろう。
自己の考えを主張しつつも、相手の話を聞いたうえで同意や異論を口にし、あるいは対案を提示する。
掛かる時間の程はさて置くとして、台本を読み上げるように、形だけの会議をするよりはずっと建設的であるように思える。
しかしこれが結論の出しようがない内容であれば、白熱した議論の行く末はどうなるのだろうか。
その場合はむしろ、会議を開く事すら意味を成さないのではと、そう思い始めてもおかしくはない。
僕はこの日、ラトリッジの屋敷に在る一室で、そんなことを考えながら頬杖を突き、目の前の光景を眺めていた。
「だがどうやって山脈を越えるのか! あの山にあるのは、到底騎乗鳥が進めるような道ではない。いや、道ですらない!」
「ならこの先もずっと手をこまねいて、散発的に攻めてくるだけの敵を追い払うのか!? 冗談ではない、傭兵団であった頃ならばいざ知らず、今の我々は国なのだぞ」
「騎乗鳥が使えないというのは、物資を運べないのと同義だ! 水も得られぬ灼熱の地で、どうやって戦えと言うのか」
侃々諤々、屋敷内に設けられた元応接間の会議室では、ラトリッジの軍において一定以上の立場を持つ者たちが集い、今後の方策というか指針についてを話し合っていた。
ただ内容は徐々にズレていき、今やり合っている内容は、いかにしてシャノン聖堂国へと打って出るか。
両国の間には高い山脈が聳え、それが天然の防壁として働き大軍を拒んでいるのだが、逆に言えば反撃を行うのにも障害となる。
彼らはいかにしてそれを越えるかを模索し、あるいはそれが理由で不可能と結論付けようとしていた。
本来は別の議題があったのだが、いつの間にやらこうも物騒な話へと変わってしまっている。
ともあれ彼らの腸が煮えくり返っているのは確かだろう。聖堂国との戦闘によって、ここまでで相当数の兵士が犠牲となっているのだから。
それがジェスタという、軍内でも指折りの実力者が討たれたことで、より鮮明化されてしまった。
シャノン聖堂国は西方都市国家同盟にとって、……いや、都市王国ラトリッジにとって最たる脅威であると。
そのせいで交戦論を隠さなくなった彼らであるが、実際に行動に出るべきかとなると、意見は異なってくるらしい。
ただいつまでも怒鳴り合っていても収まるものも収まらず、僕は立ち上がり彼らを制すると、あえて話の流れを戻すことなく静かに告げる。
「あまり表沙汰にした話ではないが、僕は傭兵団時代に聖堂国へと潜入した経験がある。その経験から言わせてもらえれば、数百人からの兵が活動するのに、向こうで必要な物資調達をするのは不可能だ」
もしこちらから仕掛けたとしても、まず向こうでは物資の確保が難しい。
なにせ乾燥した土地で水の確保もままならず、食料は都市の地下で生産された少量にとどまり、それを略奪するわけにもいかないからだ。
「では……」
「だが彼の言い分にも一理ある。現状いくらこちらが優位に立っているとはいえ、連中が新たな進入路を開拓しないとも限らない。ドラクアの時のように、工作を仕掛けられる恐れは常に存在する。となればその前に打って出るというのは、考慮に値する案だ」
かといって一概に攻勢に出るのが悪いとは言えないだろう。
なにせ先日の都市ドラクアの一件に例えられるように、連中は既にこちらを翻弄しようと策を講じているのだから。
いつまでも後手後手に回っていれば、いずれ致命的な被害を被りかねない。
もっとも、そもそも大勢を送り込むためのルートすらないのだから、それ以前の話ではあるが。
「何にせよ陸路では難しい。となれば現実的に考えられるのは、海路からの侵入になる」
「我々もそれは考えました。しかし数百に及ぶ兵と物資を運ぶとなれば、都市ベルバークの海運商が持つ大型船が必要となります」
「借り受けるというのは難しいだろうな……。以前に都市を占拠されて以降、連中は聖堂国と関わるのに及び腰だ」
一応向こうの策略による一環であったとはいえ、重い鉱石を運んでの交易を行っていたのだ。
同盟最大の交易港であるベルバークに出入りするような、かなり大きい貨物船が停泊できる、水深の深い港が向こうにも存在する。
なので大人数の輸送を行うとすれば、海上から乗り込むというのが一番現実的。
しかし海路での移動には、海運商が敬遠しているのとはまた別の問題が存在した。
「知っての通り、現在こちらが使用する武器である銃、これは元々聖堂国で正式採用されていた代物。我々よりも金属加工に優れた連中だ、これよりずっと大きな、それこそ船を沈めかねない物を有していてもおかしくはない」
「船を……、ですか? まさかそのような物があるなど……」
「無い、とは断言できないよ。なにせ連中はあんなにも得体の知れない戦力を、大量に有しているのだから」
僕がそう言うと、居並ぶ多くが押し黙る。
得体の知れない戦力、つまりは聖堂国が投入してくるクローン兵士のことだ。
ここに居るほぼ全員が一度はその異様さを目の当たりとしている以上、これを言われては返す言葉がないのだろう。
もっとも技術的な方向性は違うものの、船を沈める威力を持つ兵器、つまり大砲を作る方が遥かに簡単だ。
もちろん彼らはそれを知る由もないのだが、ああいった全く同じ容姿を持つ兵士を量産することが、常軌を逸した道の術であることは理解しているようであった。
「ただ指をくわえて、攻めてくるのを待つのが口惜しい気持ちはわかる。だが今は反撃に出るだけの手段がない、残念なことにね」
「……わかりました。致し方ありませんな」
「結構。では話を元に戻そうか」
渋々ではあるが、攻勢に出るべきと主張していた部隊長の一人は、現状聖堂国へと攻め込む手段に欠けることを理解してくれる。
その彼が大人しく言葉を引っ込めたところで、僕は再度議題となる内容へ修正することにした。
実際のところこちらで防備に徹するのであればともかく、もし軍勢を率い侵入するルートが存在するとしても、乗り越えるべきハードルはあまりにも高い。
なにせこちらの戦力は、兵を消耗する前の時点でも千人に達してはいないのだ。
対して推定ではあるが、シャノン聖堂国の兵士数は少なくとも数万に上る。
防衛においては地形や自然環境という、大きく優位に働く条件を味方に付け撃退していただけで、真っ向からぶつかってしまえば敗退は必至。
なので現実としてこちらから攻撃を仕掛けるという案は、到底実行に移すことができないものであった。
その程度彼らも理解していようものだが、それすら凌駕するほどに我慢がならないということか。
なんとか軌道の修正を行った軍議は、その後粛々と進められた。
内容は侵入してくる聖堂国兵士への対処を行うため、どの地域に部隊を配置し監視を行うかや、侵入ルートの捜索を行う割り当てなどだ。
ただこの辺りに関しては、ある程度共通してどうするべきかの認識があったため、聖堂国相手に攻撃を仕掛けるか否かという内容ほどには、白熱した内容とはならなかった。
「では以上だ。次に会える機会を楽しみにしているよ」
一応予定していた全てを終えたところで、立ち上がり解散を告げる。
集った全員は各々敬礼をし、パラパラと己が率いる部隊のもとへ帰っていくのを見送ったところで、僕は卓の端へ浅く腰掛け息を衝く。
そこで丁度タイミングを見計らったように、茶のおかわりを運んできた執事のルシオラからそれを受け取って、疲労を解すようにゆっくり飲んでいると、部屋に残っていたレオがすぐ隣の椅子へと腰かけてきた。
「そういえば、全然口を開かなかったね」
「俺がこの場で何か言える訳がないだろう。誰もそれを求めてはいない」
軍議が行われる中、ずっと隅の椅子へと腰かけ眺めていたレオは、その間ずっと黙したままであった。
彼の真骨頂は戦闘における敵陣への斬り込みであり、あるいは戦士として新米兵士たちの見本となる訓練を行うこと。
現在はラトリッジでも上の地位にありながら、部隊を率いてはいないレオがこういった場を得意とせぬことは、身内の中では半ば公然のモノとなっていた。
「たまにこういう場を設けると、疲れて仕方がないよ」
「なら今日はノンビリするといい。他に予定はないんだろう?」
「今日は一応ないはずだけど……」
手にしたカップを卓の上に置き、嘆息するように本音を漏らす。
するとレオはなにやら誘いをかける気でいるのか、この後に予定がないかを尋ねてきた。
そこで一瞬、チラリとすぐ側で控えているルシオラへ視線を遣ると、彼女は口を開かずただ小さく頷き、この日はもう自由にして構わないというお墨付きを示した。
「暇、ということでいいらしいよ」
「ならたまには家に来るといい。リアーナも久しぶりに会いたがっている」
ルシオラからの許可が下りた僕は、肩を竦めてレオへと告げる。
すると彼は表情を変えることもなく、長く寄りついていなかった家に来るよう提案してきた。
僕に会いたがっているというリアーナがレオと二人だけで暮らすその家には、もう随分と足を踏み入れていない。
リアーナが密かにレオを慕っていると知って以降、ソッとしておこうと考えあえて近寄らぬようにしていたためだ。
「そうだね……、今日はヴィオレッタも留守にしているし、たまにはお邪魔しようかな」
「邪魔も何も、そもそもがお前の家でもあるだろう。余所余所しい」
申し出を受け家に行くことを了解すると、彼は呆れたように背を向け、行くぞとばかりに早速部屋の扉を押し開けようとする。
言われてみればその通りで、今でこそ都市中央に建てられたこの屋敷で暮らしてはいるが、あのボロ屋こそ僕等本来の我が家だ。
レオに言われるまで、すっかりそれを忘れそうになっていた自身に苦笑しつつ、僕は彼が促すままに応接間から出る。
実のところ、いまだこの屋敷に在る広い寝室では落ち着けない時がある。
傭兵となってから、同じチームの仲間と共に直した我が家。僕はそこへ向かう足を速め、どこか浮足立つ気持ちを感じていた。




