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壁面に咲く 11


 静かな海風が吹き抜ける、都市ドラクアの夕刻。

 街並みを茜色に染めていく陽射しを浴びる僕は、ただ一人立ち真正面をジッと凝視していた。

 そこに在るのは一枚の大きな絵。白壁の建物の壁一面を埋め尽くさんばかりに、戦士たちによる戦いを描いたモノだ。


 これを描いた人物が誰であるかを耳にすれば、多くの人は感嘆するに違いない。

 なにせまだ齢にして十二にも満たぬ、年端もいかぬ少年によるものなのだから。

 もちろんたった一人だけではなく、多くの者による手伝いが存在するのだが、だとしてもこれは十分な出来栄えだ。

 もっともこれを描いた当人、イレーニスが描いてはいない別の彩が、現在この大きな絵は存在した。



「随分と派手な足跡を残していったもんだな……」


<ある意味ではそうでしょう。ですが仕上げと言うには、些か目を愉しませてはくれそうにない物ですが>



 完成を待たずして止まった絵の一角に視線をやる僕に、エイダは少しばかりの嫌味ったらしさを込めて返す。

 その視線の先、双剣を手にし勇猛果敢な様を描かれた一人の戦士の足元へ、赤く塗りたくられた色を眺める。


 それは一見して足元へ咲く大輪のようであり、あるいは深い沼を表すようでもある。

 しかしその正体は、作者であるイレーニスが描いてはおらず、決して描くつもりなどなかったであろう、モデルとなった人物自身による血の海。



「最後にここで果てるってのは、ジェスタらしいと言えばらしいか」



 最初はドス黒かったそれも、既に酸化によって赤く変色している。

 僕はその強く染まった壁を眺めつつ、件の人物がした最後の彩に対し、自身の及ばなさへの自嘲も含め嘆息した。



 あの後、イレーニスを連れ拠点の中へと避難した僕等が外へ出たのは、ジェスタの叫びや剣戟の音が全て止んだ後であった。

 嗚咽するイレーニスを置き、一人外の様子を確認するべく出た僕が見たのは、壁面へ描かれた絵に寄りかかり、脱力するジェスタの姿。

 自身をモデルとし描かれた戦士へ重なっていたジェスタは、僕の姿を見るなり安堵したのか、少しばかりの言葉を交わした末に事切れた。



<遺言についてはどうするつもりで?>


「そりゃもちろん、希望を叶えてやる他ないだろうな。彼とも長い付き合いだ」



 最後に発した彼の言葉の一つは、自身の家族に向けてのものであった。

 密かに傭兵団時代から貯めた金があるようで、そいつを回収し家族に渡すようにと、死の間際にジェスタからは頼まれた。

 具体的な額までは知らないが、以後家族らが食うに困らないくらいのものにはなっているようだ。

 もっともそれがなくとも、このような形で失った仲間の家族、こちらとしてはある程度面倒を見ようとは思っていたのだが。



<彼はイレーニスを護ってくれたことですしね>


「ああ。本当に、惜しい人を失った」



 エイダの抑揚なくも落ち着いた声に、僕はグッと拳を握りしめる。

 イレーニスを連れ逃がしたあの時、僕も残って素早く戦闘を終わらせていれば、まだジェスタにも助かった可能性があるのではないかと。

 ……いや、やはり無理だったのだろう。二発もの弾を急所に食らい、出血も構わず戦いを止めなかったのだ、きっとどう処置を施しても助かりはしなかった。

 当人もそう考えたからこそ、僕にイレーニスを護るよう託したのだろうし、最後の力を戦いへ向けたのだ。


 僕は彼を傭兵としての気概を持つ人物と評したが、その考えは改める必要があるだろう。

 ジェスタが傭兵のままであれば、きっとイレーニスを護ることと自身が生き残ること、その双方を両立する道を模索したはず。

 だが実際の彼は、なによりもイレーニスの無事を優先し、自ら銃弾の盾となった。

 傭兵のままであれば、こんな行動には出ないだろう。


 ただその反面、傭兵らしい勝ち気な気概も残っていたらしい。

 彼が最後に残したもう一つの言葉を、僕は反芻するように口にする。



「"本当は、少しだけ恨んでいた"……、か」


<彼もまた相応に上へ立つ欲はあったのですね>


「当然かもしれない。あの性格で、よく隠していたものだとは思うけれど」



 これまでずっと力を貸してくれていたジェスタが、最後にニカリと笑みながら発露させた不満。

 それは自身を差し置いて僕が傭兵団の団長へ、都市を簒奪してからは王となったこと。

 不満などないとばかりに快活であったジェスタも、内心では怒り心頭とまでは言わないものの、内へ黒いモノが溜まってはいたらしい。

 ただ最後に自身が死す瞬間までそれを言わず、仕舞い込んで僕へ助力し続けてくれたのは、彼の気概の表れかもしれない。

 少しばかりショックではある。だがジェスタも聖人君子ではないのだと、僕はどこか彼の残した言葉に、安堵する想いがしていた。





「陛下、商会の占拠を完了しました」


「ご苦労様、どうだった?」



 僕は本心を晒し去った戦友を悼み、壁に描かれた絵を眺め続けた。

 ただそうしていると、部隊長を務める青年が走って近寄るのが視界の端へ映る。

 彼はすぐ側へ来るなり敬礼し、指示しておいたリゴー商会本拠の占拠が完了した旨を告げた。


 もし万が一リゴー商会が行動を起こした場合には、反撃として商会の壊滅を行うよう、統治者からは事前に要請を受けている。

 そのため戦闘後の消耗した部隊を再編、リゴー商会の拠点を制圧するべく行動を起こしたのだ。

 都市を攻撃していた聖堂国の部隊も片づけ終えた後であるため、かなりの強行軍ではあったが、占拠そのものは無事に完了したらしい。

 しかし報告を持って来た青年は困惑した空気を滲ませ、まったくの異常がなかった訳ではないことを口にする。



「それが……。リゴー商会の商会主以下、主だった構成員は全て居ました。しかし突入時には既に全員が死亡、生存者は皆無です」


「……使用人もか?」


「いいえ、どういう訳かそちらは全員が無傷でした。騒動が起こる直前、近隣の住民が商会の屋敷から大きな音が幾度も聞こえたと言っていましたので、商会構成員がやられたのはその時ではないかと」



 逃げられないと悟っての自害、……ということはないのだろう。

 口振りからするとかなり無残に殺されていたようで、連中の持つ銃によって成す術もなくやられたようだ。

 クローン連中が商会の屋敷から出て来た時、あの時点でもう商会の主だった面々は全て始末されていたのだとは思う。


 ただ大抵こういった場合、使用人も犠牲になることが多そうなものだが、どういう意図か一切手を出しはしなかったようだ。

 この件は最初から色々と感じるところが多いが、また一つ不可解な点が増えたように思える。



「ご苦労。死体はこの都市の騎士隊連中にでも任せればいい、僕等は片付けをして撤収だ」


「了解いたしました。これで万事解決、でしょうか」


「さてね……。まだ騒動が起きそうにも思うけれど、とりあえず一区切りだ」



 これ以上この件でやれる事などなく、僕は部隊長の青年へと撤収を指示した。

 ただ彼は万事解決と言いはするも、その言葉へと素直に頷けるような戦果ではなかったろう。

 なにせ都市ドラクアへ駐留していた部隊と、増援のため連れてきた部隊。その双方を合わせて百人を越える兵士たちの内、二十人以上もが命を落としたのだ。

 ジェスタも含めそれだけの被害を出した以上、痛手は決して小さいと言えない。


 武を持って戦場で生きるのを生業とするとはいえ、なかなか厳しい状況だ。

 武装の優位性もあって、敵より圧倒的に被害は少ないのだが、一度不意を打たれてしまえばこうも脆い。



 部隊長の青年が戻っていき、僕は再び壁を見上げ息を吐く。

 すると今度は壁の一角にある、木製の扉が音を立てて開かれ、中からは小柄な影が姿を現す。

 それはついさっきまでジェスタの死を知り泣き腫らしていたイレーニスで、赤くなった眼を瞬かせ、鼻を鳴らしてゆっくりと外へ出てきた。



「もう、泣くのはいいのか?」


「……うん」



 拠点の建物から出てきたイレーニスは、震える顔を上げる。

 あれだけ尊敬していた相手が、自身をかばった結果命を落としたのだ。

 直接ジェスタの遺骸を見た時点で気を失ってもおかしくはなかったが、そうならなかっただけ気丈であると言えた。


 そのイレーニスは僕の隣へ立つと、意を決したように壁面へと顔を向ける。

 自身が描いた大きな絵。特に丹精込めていたであろう、ジェスタをモデルとした部分に視線を向けると、幼い背に緊張が奔る様が見られた。

 ジワリと目元に浮かぶ涙を袖で拭い、嗚咽を浅く漏らしながら向き合う。

 この気概だけは、兵士に向いているのではないかと思わなくもない。



「これが戦場に身を置くということだよ。あれだけ強かった人間が、簡単に命を散らす」


「うん。アルやレオの次くらいに強い自信はあるって、ジェスタ隊長も言ってた」


「そうか……。もう隠し立てする必要もないだろうから言うけれど、そのジェスタは断言していたよ、イレーニスは兵士に向いていないと」


「わかってる。それでも……、ボクは」



 壁面のジェスタを模した戦士の足元に咲く、赤い大輪の花を凝視しつつイレーニスは歯を食いしばる。

 僕はあえて、ジェスタの下した評価をイレーニスへ真っ正直に伝えた。

 それでもこのような言葉を漏らすあたり、自身が兵士に不向きであると理解はしつつも、なお諦めるつもりはないらしい。

 赤く泣き腫らした目を、ジッと描かれた戦士へ向けている様は、幼いながらも一端の兵士に近い鋭さすら感じさせる。

 おそらくジェスタが命を賭して護ったことが、余計にイレーニスの意志を固くしているのだろう。


 きっとどれだけの言葉を弄しても、大人しく納得するような子ではない。

 僕はしばらく沈黙し、イレーニスと共に壁を眺めながら僅かな逡巡を経て、ようやく意を決して一つの言葉を吐き出した。



「従者イレーニス、兵士を志す君に一つの提案をしたい。聞く気はあるか?」


「え……」


「どちらだ?」


「あ、……あります! なんでも言ってください!」



 突如として親代わりである"アル"から、"国主"としての言葉使いへと変わった僕の態度に困惑するイレーニス。

 しかし一瞬の間を置いて背筋を伸ばした少年は、まだ兵士でもないというのにビシリと敬礼の真似事をしこちらを向いた。



「これはジェスタ隊長が君に残した、可能性の一つだ。選ぶかどうかは、君自身の選択に任せる」


「はい!」


「よろしい。まず――」



 これを伝えてしまってもいいのか悩みはしたが、言った当人が去ってしまった以上、他に伝えてやれる者は居ない。

 ジェスタが示した、マーカスらと同じ道を。

 普通の兵士となるよりもよほど危険で、決して表に出せるような立場ではない。

 だがイレーニスにその意思があり、適性のお墨付きまで貰っている以上、僕はジェスタを模した戦士の絵を前にし、伝えずにいることはできなかった。


 敬礼しこちらの言葉に耳を傾けるイレーニスの姿からは、最初に出会った頃の弱々しさが微塵も感じられない。

 ならばこそ、伝えてやらねばならないのだろう。

 僕はイレーニスの親代わりという看板を外し、固い言葉使いをもって彼に伝える。

 ジェスタ自身も伝えかねていたであろう話を、その彼を模して描かれた壁の前で。



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