壁面に咲く 10
状況は決して芳しくない。
というのも、どういったルートによってかリゴー商会が抱えた戦力であるクローンたちが、思いのほか手強かったためだ。
最近都市ドラクアを襲ってきていた連中は、何故か碌な判断すらせずただ突っ込んでくるという、生きた屍の如き攻撃しかしてこなかった。
だが現在都市内で動いている連中は、屍どころか冷静な判断能力を持ち、組織的な連携によって行動していた。
むしろ一番最初に見た時の、人足に扮していた頃の連中に戻ったと言える。
「重傷者は屋敷に入って手当てを、比較的軽傷の者は統治者の護衛に回るんだ」
ドラクアの都市統治者邸を襲った連中を殲滅し終えるなり、肩に負った傷を抑える兵士の一人へと指示を出す。
なんとか自身が囮役を担うことによって、この場は切り抜けることができた。
しかし残念なことに二人程の犠牲者が出てしまい、僕は苦渋に震える手を抑える。
指示を出した彼にしても、反撃を試みる中で敵の弾が一発貫通したようだ。
本来ならば彼も手当てを受けさせるところだが、ここに居る中ではこれでも比較的軽傷の方。
僕自身も何発か弾が身体を掠め、服の至る所から血が滲んでいる。
「僕は残りを助けに向かう、この様子だとかなり苦戦しているはずだ」
「お一人で向かわれるつもりですか?」
「仕方がないだろう。非常時だ」
だが衛星で確認した所、ジェスタの方はもっと状況が悪い。
拠点前の道を封鎖し応戦しているようだが、既に備蓄分の弾は心許ないのか、反撃のため銃を向ける頻度が随分と減っている。
傷付いた片で息をしながら問う兵士へとそう告げ、返される言葉を聞く間もなく走り出す。
「エイダ、最短ルートを表示してくれ。移動中は出力を40%で維持、戦闘に入ったら80%に調整だ」
<了解しました、拠点までの最短ルートをマップに表示します>
「間に合ってくれよ……。全滅だなんて洒落にならない」
<残念ですがアル、また一人倒れたようです>
飛ぶように駆け拠点へ向かう中、指示を出しつつ戦闘を続ける兵士たちの無事を願う。
だがエイダから告げられ脳へ投影されたのは、一人の兵が応戦のためバリケードから顔を覗かせたところで、敵の放った弾により命を落とすという瞬間であった。
その周辺には血を撒き散らし倒れ、身動き一つしていない兵士が7人。既に事切れているのは明らかだ。
ここは戦場である以上、どうしたところで死人が出るのは避けられない。
だがまた一人の味方が命を落とした事実に、僕は歯噛みし地を蹴る足へ力を込めていく。
見ればジェスタも既に弾切れとなっているようで、拠点の中から引っ張り出してきた槍や手斧を、一瞬だけ身を晒しつつ投擲している。
そんな手段でも僅かながら敵を仕留めているので、この点は流石と言う他なかった。
「なら一人でも多く生き残ってもらう。出力を50%に上げろ!」
<よいのですか? もう長い時間、高出力で起動を続けています。このままでは身体の方が……>
「休息なら後で十分摂らせてもらう。今はイレーニスやジェスタたちを助けるのが先だ」
低い出力であれば、長時間の起動にはさして影響はない。しかし高い出力ともなればそうはいかず、身体への負担は飛躍的に大きくなっていく。
だが一分でも一秒でも早く助けに向かうべく、僕は身体にかかる負担を心配するエイダにさらへと、出力を上げるよう指示する。
あの後、イレーニスは裏路地を通って拠点に入っていたようで、時折中から出て負傷者の手当てをしている姿が確認されていた。
無事であることに安堵する一方、このままでは彼もまた命を落としてしまいかねない。
おそらく連中は子供だからといって容赦してくれるほど、生ぬるい存在ではないだろうから。
当然ジェスタを始めとした兵士たちは、戦場で散る覚悟を持っている。
しかしイレーニスは従者という立場なれど、あくまでも雑用係として使われる一般の市民。
ならばジェスタらには悪いが、助ける最優先対象はイレーニスとなる。勿論、共に暮らす家族であるというのもあるが。
エイダへ指示した直後、出力の上昇と共にグッと身体へ負荷がかかるのを感じる。
しかしそのような重い感覚や、勢い余って路地に置かれた木箱が身体に当たるのも構わず、ただただ仲間たちの下へと急いだ。
頭に投影された最短コースを辿り、住民たちが隠れ無人となった道を行く。
そうしてようやく拠点のすぐ近くへと辿り着いた時に見たのは、愛用する二本の剣を握ったジェスタが、敵の一人に対し横薙ぎに剣を振るう光景であった。
「遅くなりました!」
「よう団長。随分と遅刻したもんじゃねぇか!」
白かったはずな拠点の壁面へと描かれ、色とりどりに塗られたイレーニスの絵。
その前で敵と対峙しているジェスタは、僕の声に大きく返しながら敵の首を斬り飛ばす。
どうやら既に弾は尽きているようで、バリケードも破壊され随分と押し込まれつつも、辛うじて拠点への入り口だけは死守していた。
接近戦に持ち込んでいるあたり、敵もまた弾が尽きているのかもしれない。
ただ僕が駆けつけるまでに負った被害は、決して小さなものではなかった。
彼の足元には十数体もの死体が転がり、その内3割ほどはクローン以外の容姿を持つ。つまり都市王国ラトリッジの兵士たちであった。
「後ろだ! そっちは頼むぜ」
一人奮闘するジェスタの声に反応し、すかさず背後を振り返る。
そこには湾曲した剣を振り上げる敵の姿があり、無意識のうちに腰の剣を抜き放った僕は、それが振り下ろされる前に肉薄し貫いた。
「すまんな、だが後はこいつらを切り刻んでやるだけだ!」
「気を付けてください、自慢の剣も弾は逸らせませんよ」
「こいつらももう残っちゃいねぇってよ! さっきから一発も撃たれてねぇ」
やはり弾切れを起こしたのはこちらだけではないようだ。
見ればまだ十人ほど残るクローンたちは、その全員が既に銃を手にしてはいない。
かなり多くの被害を出してしまったが、少なくとも倒れていった彼らは、敵の弾を使い果たさせるという結果を残したようだ。
「……感謝する」
命と引き換えにと言っていいものか、こちらにとって戦い易い状況を生み出してくれた彼らに礼を口にし、僕は残る敵の掃討に取り掛かる。
拠点の入り口を挟んで道の両側をそれぞれ担い、剣を手に迫る敵へと斬り込んだ。
一人、また一人と数を減らしていく中で、僕はほんの一瞬ジェスタへと視線を向ける。
手にした二本の剣を振るう彼の姿は、まさにイレーニスが壁面へ描いた通り。
傭兵たちによって付けられた、"石棺"という呼び名の如く、堅牢な守りの技術と力強い斬撃により、敵を次々となます切りにしていく。
傭兵団を解体し都市王国ラトリッジの軍となって以降、徐々に傭兵団時代からの人間は減っている。
引退によって剣を置く者や、戦場で散りゆくことでその比率を下げていく中、兵士という名を背負いながらも彼はいまだ傭兵の気概を持ったままだ。
傭兵国という俗称を冠する都市王国ラトリッジにおいて、その名を体現する一人であることは間違いない。
良し悪しはさておいて、こんなにも苛烈な戦い方をする人間は、今となってはレオとジェスタくらいのものだろう。
その接近戦ではクローンたちを圧倒するジェスタ。
だが彼が両の剣で二人の敵を同時に貫いた瞬間、僕等の丁度間で一人の声が上がった。
「ジェスタ隊長、予備の武器を――」
まだ変声期も経ていない、高く幼い声。
拠点の入り口を勢いよく開き出てきた存在、イレーニスは細い腕に数本の無骨な剣を重そうに抱え、戦いを続けるジェスタへそれを届けようとしていた。
だがかなりの数を減らしたとはいえ、敵の勢いはいまだ健在。
戦い身を護る術を持たぬ少年にとって、ここは決して立ち入ることが許されぬ空間であった。
「いかん、出て来るな!」
突如として姿を現した少年に、一見して感情の有無すら怪しく思えるクローン連中にしても、見逃せぬ好機と映ったか。
ジェスタと対峙する二人の敵がほぼ同時に、地面に放り出していた銃を拾い上げると、その銃口を素早くイレーニスへと向けた。
しまった、と僕は思考が一気に張り詰め、敵の動きへ意識が集中する。
全ての弾を撃ち終えたが故に銃を捨てたと考えていたが、万が一の場合に奥の手として残しておいたようだ。
しかしこちらにとってそれは感心していられる事態ではなく、ジェスタもそれに気付き大きく警告の声を発した。
「……え?」
その声を聞いたイレーニスではあるが、瞬時に行動を起こすことなど叶わない。
自らに向けられる銃口に目を見開き、呆気に取られ僅かな声を漏らすばかりで、立ちつくし脚は微動だにしない。
僕は急ぎ懐へ手を突っ込み、服の内側に備えている投擲用のナイフへと触れる。
しかし敵との間にはイレーニスとジェスタが居り、ここから投げていては碌な威力にならぬであろうし、そもそも命中するかすらも怪しい。
それにおそらく、今から投げていては間に合いはしない。
「――クソがっ!」
「ジェスタ!」
僕よりはずっと近いジェスタにしても、撃たれる前に敵を屠るのは不可能。
となれば彼の頭に浮かんだ手段は、たった一つだけであったのだろう。
クローンとイレーニスの間へ猛然と立ちはだかると、射線の全てをイレーニスから隠すように大きく手足を広げた。
直後、一瞬の間隔を置き赤く火を噴く銃口が二つ。
鳴り響く破裂音に、重なる僕とジェスタの叫び声。
それらがほぼ同時に余韻を残し消えたところで、ハッとした僕はすぐ間近に迫っていた敵を斬り捨て、動きを止めたジェスタへ再度視線を向ける。
「畜生……、痛てぇだろうが!」
彼はほんの僅かに身体をよろめかせたかと思うも、叫び敵へと猛進する。
弾を放ち銃を捨てた敵へと肉薄し、自慢の双剣を銀色の軌跡が残らんばかりの素早さで振るい、敵二人首を同時に刎ね飛ばした。
「……ジェスタ隊長?」
「おう、無事か小僧。ったくよ、世話をかけさせるんじゃねぇぞ」
瞬く間に敵を屠るジェスタは、腰を抜かし尻餅付いたイレーニスへと振り返り、ニカリと普段と変わらぬ笑みを向ける。
しかしその腹と胸には、分厚い衣服と軽装の鎧を通し血が滲んでおり、放たれた弾丸が彼を捉えていたのが明らか。
軽傷、……ということはないはずだ。
シャノン聖堂国が使う銃は、性能的にはこちらが持つ物よりも劣る。
しかしだからといって決して威力に劣るという訳ではなく、一発でも当たれば十分人を死に至らしめるだけの物。
それを二発、しかも急所といえる胸と腹に食らっているのだ、無事であろうはずがなかった。
「サッサと中に入れ。這ってならいけるだろう」
「で、でも……」
「いいから入ってろ。後で迎えに行ってやっからよ」
イレーニスへと、ジェスタは穏やかな視線を向ける。
彼は静かにイレーニスを諭すよう告げると、再び背を向け敵へと対峙した。
残る敵は彼の側に2人と、僕の側に2人。あの傷を押して半分片付ける気なのであろうかと考えるも、意外なことにジェスタは背を向けたまま、僕へと一つの頼みごとを口にする。
「頼む団長。腰の抜けたうちの小僧を、中に連れて入っちゃもらえないか?」
淡々と、背を向けたままで僕へと告げるジェスタ。
彼の言葉を聞いた僕は、一瞬だけなにを馬鹿なことをと思い、不平が口を衝きそうになる。
僕がイレーニスを連れ中に入るということは、あのような傷を負った状態で一人戦うと宣言するも同然。
しかし直後に彼の覚悟を察し、グッと言葉を飲み込むと、走ってイレーニスの側へ寄り細い身体を抱き抱えた。
「すまねぇな。あんたに頼まれた世話、今だけ放り出させてもらうぜ」
「……武運を祈ります」
「はっ! オレに武運が無かったことなんて、過去に一度でもあったか?」
一転して自信満々言い放つジェスタの言葉に頷くと、彼を置いて急ぎ拠点の中へと入る。
分厚い木の扉を閉め、閂をかけて施錠したところでようやくイレーニスを降ろした。
だが足を着くなり幼い少年は僕の服を掴み、泣き出さんばかりの剣幕で叫ぶ。
「アル、なんで!? あのままじゃジェスタ隊長が!」
イレーニスもわかってはいるのだろう、あそこでジェスタを置いていってしまえば、彼を見殺しにするも同然であると。
しかしまだ連中が弾を隠し持っていないとも限らず、この少年を無事助けるためには、こうするのが無難な選択であった。
ジェスタ自身それを理解したうえで、頼んだのだろう。
叫び訴え、胸を叩くイレーニスを見下ろしながら、僕はそう思うことにした。




