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壁面に咲く 07


 ゴツゴツとした視界を遮る岩と、走ろうとするも足を取られる深い砂。

 重装備を担ぎ移動するには不向きな条件だらけな、波が打ち付け潮の匂い漂う海岸。

 そんな場所で金属製の分厚い盾を砂に刺し、僕等はそれに陰れつつ隠れ手にした銃口を前方へ向ける。



「撃て、撃て! 近づけさせるな!」



 火薬と弾の爆ぜる、地響きすら感じかねない音へと晒されながら、ただ延々と迫りくる敵へと攻撃していく。

 迫る敵というのは、当然のようにこの地へと侵攻を繰り返すようになったシャノン聖堂国。

 海岸線付近に極細い侵攻ルートを開拓した連中は、散発的に今のように十数人から数十人規模の部隊を寄越していた。


 なのだが今回どういう訳か、敵の兵は持っているはずの銃で応戦してこようとはしない。

 聖堂国でよく使われている湾曲した剣を振りかざし、遮蔽物すら利用しようという思考もなく、ただひたすらに突っ込んでくるばかりであった。



「なんなんだ、アイツらは……。気味の悪い」


「詮索は後でも十分できる。今は一刻も早く、こいつ等を片付けるぞ」


「は、はい!」



 そんな連中に不気味さを感じたのは、当然僕だけではない。

 同じく盾に隠れつつ銃を放つ兵士の一人もまた、悪態を衝きながら急ぎ次の弾を込めていく。


 ジェスタの率いる部隊は、都市ドラクアの治安維持に奔走しているため、今回迎え撃っているのは僕が連れてきた増援の部隊のみ。

 十人ほどは統治者の護衛に置いて来たのもあって、本来迎え撃つための人員よりも若干少ない。

 それでも辛うじて一度も下がることなく対処できているのは、やはり連中がさながらゾンビの如く、思考無き攻撃に終始しているためであった。




 そうしてしばし、ほぼ一方的な殺戮にも等しい防衛戦が行われた後。

 海岸に死体を放置することもできず、僕等は総出で赤く染まった砂の上で、聖堂国兵士の骸を片付けていた。



「また増えている、……どころか全部がそうか」


「これまでも比率は増えていたようですが、全ての敵がコレというのは初めてかもしれません」



 敵兵の死骸を一か所に集め、火をかけるために油を撒こうとする直前。

 目ぼしい装備だけを剥ぎ取り、重ねられた聖堂国兵士の姿を見下ろす僕は、そいつらの顔を見比べるなり息を吐く。

 すると僕の隣へと立つ、この部隊を率いる隊長となる青年は、発した言葉にすぐさま頷き同意をした。


 骸となった敵を見れば案の定、それはまったく同じ容姿を持つ個体。つまりはクローンだ。

 "開拓船団独立共和国"という、宇宙の遥か遠くへ本拠を構えると言われるそこは、地球から新天地を求め移住した人類。

 現在は地球と敵対するその勢力が得意とする技術のそれは、どういった目的かこの大陸のシャノン聖堂国という、謎多き国の戦力として活用されていた。


 ある時を境に存在が周知となったクローン兵士も、現在では侵攻の最前線へと多くが投入され続けている。

 ただ聖堂国が仕掛けてくる度に比率を増やしつつあったクローンも、その全てがそうであるというのは初めて。



「ですがいい加減もう慣れてきました。先ほどは妙な攻撃をしてくるもので、少しばかり狼狽えてしまいましたが」


「全てが同じ存在というのも気にかかるけれど、どうしてあんな戦術も何もない突進ばかりだったのか……」


「ですが、楽な戦いとなるのは喜ばしいのでは?」


「弾薬が消耗しただけで、怪我人の一人も出ていないのは助かるけどね。しかし戦闘の定石を踏むどころか、自滅覚悟で突っ込んだだけに見えたのは解せない」



 青年が軽く告げる言葉に、僕は油をまかれていくのを眺めながら、腕を組み眉を顰める。

 今回の攻撃はまるで最初から負けるのが前提のよう。こちらを消耗させる、あるいは注意を引き付けようとせんばかりの行動だ。

 しかしこいつらクローンを生み出すのだって、当然大元の材料となる有機物は必要であるし、どういった装置を用いているかは知らないが手間も要る。

 最初から自我を持たせたりせず、思考をコントロールしていれば、この連中は躊躇せず命令を遂行するはず。

 だが兵をただの数と見るとしても、こんなにも勿体ない行動を採らせるだろうか。



「とりあえず撤収だ。焼き終えたら海岸から運んで、土に埋めるように。海には流さないでくれよ、漁師たちが無用な穢れを嫌うから」


「承知いたしました」



 火を放たれ燃えていくクローンたちを眺めた僕は、部隊長である青年へと指示を出す。

 そうして判を押したように同じな顔と、鼻を衝く毛が焼かれる臭いから目を背け、僕は一人歩いて都市へと戻ることにした。

 迎え撃つのに使った場所と都市では、歩いてものの二十分程度しか離れてはいない。護衛は必要ないだろう。


 敵の死骸処理を任せ、都市までの短い距離を歩きながら、視線の前方に在る漁港を擁す町並みを眺めて思案する。

 リゴー商会による接触を受けてから、既に十日近くが経過。

 連中はこちらと敵対こそしないものの、これといって行動を起こすこともなく、都市内は一見して平穏な日々を享受していた。

 だがああも露骨な悪事を仄めかしたというのに、こうも動きがないというのは逆に不信感がつのるばかりだ。



 一人で歩き都市へ辿り着くと、正門をくぐり市街を進んでいく。

 ここに来てすっかり見慣れた商店の角を曲がり、ひと気の少ない路地を進んでいくと、真っ白な家屋が連なる一帯の中で、ひときわ目を引くカラフルな建物が目に入る。

 いつも通り二人ほどの兵士が、壁に張りつき彩色の作業をしているのだが、この日は珍しくジェスタが対面に建つ民家の壁に背を預け、ノンビリとその作業を眺めていた。



「随分と進んだもんですね」


「ああ、最初の予定より伸びちまったが、イレーニスの話だともう完成は近いそうだ」



 ジェスタへと声をかけると、彼はこちらへ視線をやり、いつも通りに軽く手を掲げて挨拶をする。

 今日は用事でも言いつけているのか、主に描いているイレーニスは居ないようだが、代わりに非番の者たちが交代で作業を進めているらしい。

 折角の休みに面倒ではないのだろうかと思いはするが、これで案外悪くない気晴らしになっているのだと、ジェスタは愉快そうに語った。



「なかなか良いもんだな、自分の存在がこうして残るってのは」



 そのジェスタは口元を綻ばせながら、色の塗られていく壁の一角を指す。

 ジェスタが指さしたそこには、彼自身を描いたというのが明確にわかる、イレーニスによる渾身の絵が。

 二本の剣を自在に操り、敵へと勇猛果敢に突進しようかという戦士の姿だ。



「一躍有名人ですか。この都市限定ですが」


「言ってくれるな団長も。ついでだから名前も刻んでもらいたいところだ、もしオレが死んでも、後世に語り継がれるようによ」


「死んだときに自身の証を云々っていうその話、傭兵時代から誰もが一度は使う鉄板の冗談ですけれど、正直こちらとしてはどう返したものか悩むんですよね」


「悪い悪い。だが時々はこうしてよ、口に出しておかないと忘れそうになるもんでな」



 気持ちとしてはわからないでもない。

 僕等がまだ傭兵団であった頃、参加した戦場ではほぼ連戦連勝であった。それは傭兵団が国へと変わった今も同じだ。

 しかしだからこそ、時折は言葉に出して自身へ突き付けておかないと、この稼業が酷く危険なモノであると失念しそうになってしまう。


 ともあれこんなしんみりとした会話、長々と続けていたいものではない。

 ジェスタは自身の感傷を振り払うべく思考を切り替えたのか、僕が先ほどまで居た都市外の様子を尋ねてきた。



「で、どうだったよ。外の連中は」


「毎度変わらず。と言いたい所ですが、今回は少々毛色が違っていましたね」



 問うてきたジェスタに、つい今しがたの戦闘に関してを話す。

 今はリゴー商会の件によって、都市内の警戒に専念してもらっている彼の率いる部隊だが、これまで幾度となく聖堂国と相対していたのだ。

 徐々にクローンの比率が増えているのは承知しており、それに対する感想を求められたのだろう。

 ただジェスタの予想以上の状況であると告げると、彼はやはり怪訝そうに首を傾げた。



「そいつは確かにおかしいな。あのおかしな連中が何者かは知らんが、持ってるだろう銃すら使わなかったてのは」


「正直意図がさっぱり読めません。こっちは弾薬を多少消費した程度ですし、このくらいなら数日以内に補給物資として届きます。損害は皆無と言っていい」


「奴さんもそのくらい承知してるだろうからな。悪戯に戦力を消耗させるだなんぞ、普通じゃ考えられねぇ」



 当然のようにジェスタもまた、僕と同じ意見を口にする。

 こちらの戦力が消耗しないという点では、つい先ほど部隊長の青年が言っていたように助かるのは事実。

 しかしあまりにも不可解な敵の行動に、話を聞くだけであっても疑問が口を衝くようであった。



「町中の方も、こんな状況だってのにあんま緊迫感がねぇしよ。どうにも肩透かしを食らうようでいかんな」


「住民も敵の襲撃に慣れてきたのでは?」


「そのせいかもしれねぇ。敵襲の鐘が鳴ってる最中でも、普通に店を開けてやがる」



 現在都市内の治安維持を担うジェスタが見る限り、本当ならば一番混乱をきたす戦闘中ですら、町の中は落ち着いたものだと言い放つ。

 平静を保っていると言えば聞こえはいいが、彼の言い様からすると、どうやら危機感がないという印象を受けるようだ。

 ただそもそもが商売人であるリゴー商会の息がかかっているのであれば、もし仮に聖堂国の襲撃を恐れていても、易々と店も閉められないのかもしれない。



「最近じゃ行商人も度々町を訪れるらしい。連中もよくこんな騒々しい土地に来るもんだ、聖堂国が攻めてきてるのは知ってるだろうによ」


「彼らからすれば、今だからこそ来るのでしょう。物流が滞りがちな戦場こそ、大きく稼ぐ好機ですから」



 こちらに関してはそう不思議なモノではないだろう。

 行商人というのは店を構えた商人よりも機に敏であり、定期のルート以外にも柔軟に動いていけるため、より儲けの出る場所へと移動をする。

 戦場では武具や食料に始まり、医薬品や衣料などで多くの金が動くため、むしろ彼ら行商人にとっては大きなチャンス。

 逆に危険の気配に対し敏感である行商人が、戦場から消え去った時というのは、その地域が本当に本当に危なくなった合図であると、多くの先輩傭兵たちが語っていた。



「まあいい、オレらはそいつらもひっくるめて護ってやるだけだ」


「そうですね、実際僕等がやることに変わりは――」



 肩を竦めるジェスタは、そんなよくわからぬ状況でも、自身の役割にそう大差はないと考えたらしい。

 彼の言葉に同感した僕は頷き同意をするのだが、その言葉を言い終えようとした時、聞きなれた声が火急を告げるべく頭へ響く。



<アル、聖堂国側からの侵入を探知しました>


『早くないか!? ついさっき撃退したばかりだってのに』



 直後脳へと投影される映像を見れば、エイダの言う通り確かに10数人からなる一団が、海岸線付近のルートを進む様子が捉えられている。

 今しがた数十人の敵を一掃したというのに、もう次の攻撃が来たというのか。

 これまでは最短でも二日は間が空いていたというのに、今回はいったいどうして……。



「どうかしたか大将?」


「い、いえ……。すみません、所用を思い出したので一旦陣へ戻ります」



 エイダからの思いもよらぬ報告に、つい呆然としてしまっていたようだ。

 怪訝そうにするジェスタへと、都市外に設置した陣へ戻ると告げた僕は、急ぎこの場から離れるべく足を速めた。

 もう暫くすれば、侵攻ルート付近を監視している砦からの伝令が届き、戦闘を告げる鐘の音が街中へ響き渡る事だろう。

 その前に次の戦闘へ備えるべく、それとなく準備を進めておく必要がある。

 不可解な状況が立て続けに起きている気もするが、今はそこへ探りを入れている暇はなさそうであった。



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