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壁面に咲く 06


 リゴー商会からの不穏な話を聞かされた僕は、当然のように翌日には都市統治者と顔を合わせた。

 いくらそれを断ったとはいえ、流石にあのような求めをされて、都市ドラクアを治める人物に伝えぬわけにもいかないためだ。

 そのため面と向かい昨日の一件を話したのだが、統治者である男から返されたのは、リゴー商会の企てを知っていたという意外な物であった。


 ならば何故、商会をこちらと引き合わせたのか。自身の立場どころか、下手をすれば命すら奪われかねないというのに。

 だがそのことを問うてみると、彼は俯きその理由を語る。



「選択権がないのです。要求通り取り次がねば命を狙われる、どちらにせよ逃げ場など……」


「なるほど。まさかそこまで連中の立場が上になっていようとは」


「都市の金はほとんど商会が握っています。もし私が不審な死に方をしたとしても、誰も探ろうとはしません。ほとんどの人間は、連中の関与を真っ先に確信するとは思いますが」



 半ば自身の命すらも諦めかけているのか、都市統治者の男はボソリボソリと、呟いていくように語るのだが、これはまた随分と闇が深そうだ。

 僕の場合は攻撃を受けたことを機に反抗し、そのまま都市を制圧し権力を得た。

 だがここドラクアにおいては、金の力と暗殺の恐怖によって統治者を縛り、リゴー商会が実権を得ているのだろう。


 手段こそ違えど、これは権力の簒奪であると言える。

 なのでもう今の時点で、十分都市を支配しているのではと思わなくもないが、リゴー商会としてはまだ満足のいく立ち位置ではないようだ。

 実際に統治者を排除し自身がそこへ納まることで、より金を求め易くしたいということだ。



 ともあれ諸々の話を聞いた僕は、最後に統治者の男へ警護を付けると約束した。

 商会の傀儡ではあるだろうが、それでも連中よりはずっとマシであるはずで、ちゃんと身の安全を確保するのであれば裏切ったりはすまい。

 リゴー商会という脅威を感じつつも、僕等についた方が助かる道はあると考えたようで、統治者の男は協力を惜しまないと口にした。



「ではこれで失礼を。以後は連中との接触は……」


「それはもう当然です! あんなやつら、顔を合わせるなど恐ろしくて恐ろしくて」



 身を震わせ断言する男の様子に、僕は一安心と考える。

 これでもし仮にリゴー商会が善からぬ動きをした場合、鎮圧をするために動くことが可能となる。

 なにせ基本的には都市内のゴタゴタであり、同盟内とは言え他国であるこちらが手を出すには、最低限彼の要請が必要となるのだから。




 重々対処を頼まれた僕は、立場的にそう変わらないであろうに、何度も頭を下げる統治者に見送られ屋敷を跡にする。

 外に出て警護の兵と合流した所で、振り返って出てきた建物を見上げてみれば、そこに建っていたのはラトリッジの邸宅よりも小ぢんまりとした屋敷。

 昨日行ったリゴー商会の物に比べれば、随分と簡素で小さい。この辺りからも両者の力関係が窺えるようだ。



「よう、調子はどうだい大将」



 少々手狭にも思える屋敷を見上げる僕であったが、不意に背後から陽気な声が響き振り返る。

 そこには軽く手を振るジェスタが近付きつつ、統治者相手の用事を終えた僕へと、労いともからかいとも取れる表情を浮かべていた。



「一応問題はなく。ただ少々厄介ですね」


「どうかしたのか?」



 ドラクアへと援護に来た部隊は外に陣を張り直したが、ジェスタが率いる駐留部隊は変わらず都市内の拠点に待機している。

 それは都市の治安維持も名目としてあるのだが、ジェスタはそこを担うだけに今回の推移を非常に気にかけているようだ。

 近付くなり険しい表情を浮かべた僕へと、シンクロするように顔を強張らせる。


 その彼へ屋敷内でのやり取りを説明すると、普段は常に楽観的であるジェスタも、不穏さに腕を組み呻る。



「とりあえずは常時10人ほどの護衛を置き、安全を保障することを条件に納得してもらえました。これでリゴー商会も迂闊には手を出さないでしょう」


「10人か。警備に割く人数としちゃ、なかなかに痛いが仕方がねぇな。んで、説得が上手くいったのは何よりだが、こんな往来で話してもいいのかい?」


「別に構いはしませんよ、商会が悪事に手を染めているなど、ドラクアの住人はほぼ全員が知っている話ですから」



 時折思い出したかのように侵攻を行う、シャノン聖堂国との戦闘もある。なので10人もの数を護衛に割かざるをえない状況は、あまり歓迎したいものではなかった。

 ただ今回ばかりは仕方がないと考えたであろうジェスタは、自分から聞いたであろうに少数ながら人の往来がある、屋敷前の通りでの会話に眉を顰めた。


 本当なら人の居ない所で話すのが無難なのだろう。

 ただ今回はむしろラトリッジが都市統治者の側に付き、商会と対峙するという選択をしたことを知られた方が都合が良い。

 ここ都市ドラクアの内と外には、現在総勢で100人近くの兵が武装し駐留している。

 いくら恐ろしい裏社会の連中とはいえ、さすがにこれだけの戦力と真正面からぶつかるのは避けたいはずであった。

 そう考えたからこそ、昨日協力を求めてきたのだろうし。



「商会の有する戦力は、特別多くはないと聞いています。基本的に問題なく対処可能ですよ」


「だといいんだがな……」



 方々に探りを入れている人員から得た情報によれば、リゴー商会が有する戦力は、チンピラ同然の人間が40人程度。こちらからすれば、物の数ではない。

 だがジェスタは僕の発した言葉に、落とした声で警告するように呟く。いつもであれば、誰よりも楽観的な彼が。

 僕などは最近では後方に居ることが多くなったが、ジェスタの場合は今もなお最前線で身体を張っている。

 なので肌で感じる空気感というものを、鋭敏に察知しているのかもしれない。

 その直感は侮れぬものがあると考え、僕は緩みかけていた自身の気を引き締めた。



「当然警戒は続けておきます。ただ僕等は都市の外で、聖堂国の侵攻に備えねばなりません。都市内の治安維持は、そちらへ任せても構いませんか?」


「喜んで。オレらもここでの暮らしが長くなる、住み慣れた土地は落ち着いているに越したことはねぇ」


「そう言っていただければ、安心して戦えそうです。僕もたまには前線に出てみますかね、事務処理ばかりで腕が鈍りそうですから」


「んなこと言って、大将は後ろで指示出すだけだろうがよ」



 ここでようやくジェスタは白い歯を見せ、大きくガハハと笑う。

 その響く低い声は町中へと届くようであり、これが監視の目を光らせているであろう、リゴー商会の連中に向けたものであるのは明らかだった。

 普段は快活で楽天的なジェスタだが、存外こういった威嚇の作法などは心得たものだ。



「では僕はこれから、部隊の編成を行います。すぐ護衛役を寄越しますから、それまで代わりをお願いしますよ」


「おう、任された!」



 ジェスタは「来るなら来い」と言わんばかりに、一際大きな声を張り上げる。

 そしてドシドシと足音を鳴らして統治者邸に入っていこうとするのだが、ふと立ち止まるなりスッとこちらを向くと、もう一つあったであろう用事を口にした。



「ああ、そうだ。イレーニスのことなんだが……」


「あの子がなにか」


「本人ももうわかっちゃいるだろうが、やはりあの小僧は兵士に向かん。だが当人の話では、"オレたち"みたいになりたいんだとよ。好きな女くらい護れるようにな」



 ニカリと笑んだジェスタは、彼が世話をする少年についてを口にする。

 僕の居ないところで、いったいどのような話をしたのかは知らないが、口調からするとかなり腹を割ってやり取りをしたらしい。

 好きな女というのは、イレーニスがずっと仲良くしている銃工であるハルミリアのことだろうか。

 ただ兵士となりたがっている理由はそれだけではないようで、ジェスタは補足するように「もちろん、お前さんのためにもな」と告げた。


 しかしだからといって、彼の適性が早々変わるものではない。

 イレーニスの意志はありがたいのだが、そこは気持ちだけ受け取っておけばいい。

 ただそんな思考へと頭が向くも、意外なことにジェスタはイレーニスについて、新たに別の可能性を提示した。



「だがオレからあえて言わせてもらえれば、あの小僧は前線で身体を張る役割は向かんだろうが、逆に裏でこそこそ動き回るには向いているかもしれん」


「と、言うと?」


「居るだろうが、お前さんの昔馴染みで一人、そういうのが得意なヤツがよ」



 ジェスタの発した意味深な言葉に、僕は数人の顔が頭へ浮かぶ。

 あえて直接的に名指しせぬあたり、おそらく口に出すのが憚られる存在。それに裏で云々や昔馴染みという言い方をしたとなれば、たぶんマーカスのことだ。

 傭兵団時代から諜報活動を担う彼の存在を例としたというのは、ジェスタの下した評価はそちらへ適性があるというもの。

 まさかと思いはするが、否定をしようにもジェスタの笑んだ表情の中で、向ける眼だけは鋭いものが宿っていた。



「……わかりました、心に留めておきましょう。保護者としては、あまり看過できる話ではありませんが」


「同感だ。オレも娘が同じように言われれば、全力で否定してやるところさ。まだ当人には言っていないからよ、伝えるかどうかは任せるぜ」



 こちらが発した言葉へと、軽くも重みの含んだ言葉で返すジェスタ。

 彼はそれだけ言って軽く手を振り、統治者の男を護衛するため屋敷へと入っていった。

 僕もまたそんなジェスタを見送った後、護衛役の人選を行うため、都市を離れ外の陣へと戻る事にする。


 だが護衛役の兵を伴って移動する最中、僕の頭にはジェスタの言葉が幾度となくよぎっていく。

 マーカスのことは信頼しているし、彼やその部下たちが担う役割というのは、非常に大きく重要なものであるのに違いはない。

 だが決して表舞台には立てぬ存在であり、もし死すときは人知れず消えていくような立場。

 下手をすればリゴー商会のような連中よりも、さらに堅気とは言えない存在であるだけに、幼い頃から面倒を見ているイレーニスには担わせたくないものであった。



 ジェスタと別れ、ドラクアの外へ張った陣へ向かう。だがふと思い立った僕は、都市内の拠点へと寄り道をすることにした。

 部隊長であるジェスタが一時的に、統治者の屋敷で護衛をしていると伝えるためだ。

 だがそのために市街の拠点へ近づいたところで、先日同様にイレーニスが壁面へと、一心不乱に木炭を奔らせている姿を見かける。



「君は先に、部隊と合流していてくれ」


「ですが……」


「なに、10人や20人なら、襲われたってなんとかしてみせる。それよりも伝言を伝えてほしい」



 イレーニスの姿を見つけた僕は、すぐ後ろを歩いていた一人の青年兵士へと先に戻るよう告げる。

 当然護衛役である彼は、明確な拒絶こそしないものの難色を示す。

 だが僕がどうしてもと伝言を頼むと、彼は一瞬の躊躇を経てではあるが、一礼し都市の外へ向けて駆けて行った。



「随分と進んだな。これはもしかして……、ジェスタかい?」


「ア……、じゃなくて陛下」



 伝言に走った彼が去ったのを確認した僕は、角材で組んだ足場の上へ立つイレーニスに声をかける。

 そのイレーニスは声に反応し振り返るなり、一瞬こちらの名前を呼ぼうとするも、前回ジェスタに窘められたことを想い出したようだ。

 すかさず訂正し、足場から飛び降りて恭しく一礼した。



「今は普段通りでいいよ。他に見ている人間はいないから」


「うん。……そうだよ、これはジェスタ隊長」



 今は作業を手伝っている兵士の姿もなく、閑散とした路地に居るのは二人だけ。

 なので普段通り、ラトリッジの屋敷に居る時と同じように話して構わないと聞いたイレーニスは、壁へ向き直り細い指でその一角を指した。


 そこには二本の剣を持ち、敵と思わしき集団へ対峙する大男の姿が、うっすらとだが丁寧に描かれている。

 剣が二本ということは、これは当人も言うように間違いなくジェスタを描いたものだ。



「絵にまで描くだなんて、よほど彼を気に入ったんだな」


「ジェスタ隊長はスゴイよ。強いのもあるけど、みんなから尊敬されてる。ボクも隊長みたいに……」



 ソッと自身の描いたジェスタに触れたイレーニスは、こちらの言葉に肯定し憧れを口にした。

 まだ少年の域を出ない年頃というのもあるが、この二人では外見からして大きく違う。

 細い肢体と女性的な容姿を持つイレーニスに対し、隆々とした肉体と男臭い顔立ちをしたジェスタという組み合わせは、酷くチグハグであるのは否定しようがない。

 しかしだからこそ、イレーニスはジェスタに強い憧憬を抱くのだろう。



「でも、たぶんボクは隊長みたいにはなれないんだよね?」


「……そうだな。難しいとは思う」


「だよね。ジェスタ隊長は言わないけど、そう思ってるんだなってわかる」



 再び足場へ上ったイレーニスは、木炭を奔らせながら静かに、自身がジェスタのように戦えぬのかと問う。

 一瞬その問いに僕は言葉を詰まらせるも、グッと拳を握り、彼の震えていると思われる声に肯定した。


 そんなことはないと言ってやるのは簡単だが、それではあまりにも不誠実。

 まだ少年ながらも必死にジェスタの考えを読み取り、自身で受け入れようとしているのだ、ここで微かな希望を与えるのは逆に酷であると思えた。



「ならどうする、すぐにラトリッジへ帰るか?」


「ううん。隊長が任務を終えて帰るまでは、隣でお世話をするよ。そのためについて来たんだから」


「そうか。……偉いな」



 少しばかり意地悪をし試すような言葉を向けてみるも、イレーニスは壁に向かったまま大きく首を横へ振った。

 自身が兵士としての道を無いと考えた以上、ジェスタの近くに居られるのも僅かと考えたのかもしれない。

 ただどう考えたにせよ、この返事に僕はいたく満足する。


 昔から良い子ではあったが、このようにしっかりと自身の役割を果たそうとするようになるなど、危うく涙腺が緩みそうになってしまう。

 さながら気分は実の親だが、ずっと幼い頃から面倒を見ているので、ほとんど似たようなモノだろう。

 足場を登りイレーニスの隣へと立った僕は、手にした木炭で壁へとジェスタの顔を描いていく彼の頭へ手を乗せ、荒く撫でてやるのであった。



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