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壁面に咲く 05


 扉や窓の全てへと金色に輝く金属が縁を飾り、壁には絡み合う男女を斬りつけんとする光景を描いた、巨大な絵画が飾られる。

 椅子の肘置きには髑髏の装飾が大きく彫られており、背もたれには肉食獣の毛皮で作られたカバー。

 正直かなりの悪趣味により彩られたここは、ジェスタの報告によって聞かされた、都市ドラクアに在るリゴー商会所有の屋敷であった。


 ただ世の裏表を問わず手広く商いをやっているおかげか、屋敷は随分と豪華な造りをしており、どこかラトリッジの統治者邸を思い出される。

 もっともあちらは今となっては、置かれていた無駄に高い装飾などは全て売り払い、国庫の足しとしているため随分と簡素になっているのだが。

 執事のルシオラなどはそれを快くは思っておらず、最低限の権威を示すだけの調度品くらいは残しておくべきであったと、度々小言を言われていた。


 その口煩いルシオラを伴い、実態がいわゆるマフィアの類でもあると知りつつこの商会に来たのは、どうしてもとドラクアの都市統治者に頼み込まれたが故。

 この地で最も金を持つであろうリゴー商会には、都市統治者といえど容易には逆らえないということなのだろう。



「よくぞおいで下さいました。まさか一国の国主をお迎えできようとは」



 大仰な身振りで語るのは、リゴー商会の商店主である男。

 つまりはここの親玉となる存在ではあるが、そいつはどこかニヤついた笑顔を浮かべ、歓待の言葉を吐く。

 都市統治者へ圧力をかけ寄越させたというのに、なんとも白々しいものだ。



「招きに感謝する。……随分と羽振りが良さそうだな」


「ええ、それはもう。当商会は長く海産物の売買と、その流通を担っておりまして。特に最近ではラトリッジの皆様のおかげで、安全に商いも行えております」


「そいつは結構なことだ。とはいえそれだけでここまでの財を築けたとは思えないが」



 手もみしながら自身の商いを説明する男だが、僕はそれを聞き流しつつ、それとなくリゴー商会の裏の顔に関してを触れる。

 すると男は笑みを気味悪くニタリと歪め、自身も同じような趣味の悪い椅子へと腰を降ろす。

 こちらが何を言いたいのかわかっているだろうし、当人も今更隠すつもりなどないようだ。



「隠し立ては致しません。我々が行う商いは、大っぴらにできぬものが多分に含まれておりますので」


「よく統治者連中も黙っているものだ」


「それは陛下をお呼びできた点からもお察しでしょうが、あヤツ等は我々の傀儡も同然ですので」



 やはり隠すつもりのなかった男は、本来取り締まり罰を下すべき統治者が、既に自身の支配下であると断言した。

 袖の下くらいは渡しているのだとは思うが、そういった行為を黙認させ続け、こうまで手広くやるあたり本当に傀儡となっているのだろう。


 この屋敷へと来る前、正式にリゴー商会からの招きを受けたところで調べてみると、連中が行っているのは相当に危ない橋であった。

 この星にもいわゆる麻薬に相当する物は存在し、極端な中毒性から多くの都市で危険なモノとして扱われる。

 リゴー商会が正規の商品を流通させるその裏で扱うのは、そういった禁制植物の売買。

 当然ここドラクアでも禁じられた品であることに変わりはないのだが、取り締まりを命じる都市統治者がああでは、既に有名無実と化しているようであった。



「よもやラトリッジは、この件に首を突っ込まれぬとは思いますが」


「無論だ。いかな禁を破っているとはいえ、ここは他国。統治者の要請無く干渉はしないさ」



 細めた目でジッとこちらを窺う商会主の男は、釘を刺すように呟く。

 僕はそれに対し肩を竦めると、面白くはないがヤツが発した言葉を肯定した。


 法を冒している存在を目の前にしてはいるが、こちらとしては正直手を出すのが憚られる。

 なにせ都市内の治安維持活動は都市側の権限であり、下手に手を出し取り締まろうものなら、統治権の略奪と言われてもおかしくはなかった。

 正直僕もこれ以上、傘下に治める都市を増やしたとは思っておらず、別段同盟全土を統一しようという野心もないのだから。



 そんな僕の返答へ、納得したように頷く商会主。

 ヤツはこちらが商会を取り締まる意志が無いのを確認するなり、これがおそらく今回の本題なのだろう、勿体ぶった言葉を吐き出した。



「ただいつまでも傀儡として生かすのも、少々勿体ないと思いまして」


「ならどうする。いっそ悪事から足を洗って、権力を返してやるか?」


「ご冗談を。商会とは利益を求める集団、一度手にした商いを自ら手放すなど」



 どうにもおかしな流れになっている気がする。

 商会主の言葉からは都市統治者への嘲りと同時に、自身の利をなおも貪欲に求めようという、明確な意志を感じられた。

 いったい何を企てているのであろうと思考を巡らすも、仮説一つを立てる前に正解がヤツの口を衝く。



「常々思っていたのです。もし仮にここドラクアが我々のもとで新たな国となれば、いったい如何ほどの富を得られるであろうかと」


「……都市を乗っ取るつもりか」


「とんでもございません。より都市に富をもたらせる人間が、上に立つ利点がどれだけあるかという話です。そう、貴方がた傭兵国のように」



 男の発する言葉に、僕は肘置きに刻まれた髑髏模様の上へ腕を預け、大きく息を吐いた。

 大義名分もあったものではないが、つまるところ傀儡である統治者を排除することで、商売の枷を完全に取り払おうということだ。

 なのでこいつが今から言わんとすることは一つだろう、権力の簒奪に協力をしろと。

 実際にそれをした僕に求めてくる辺り、随分と図太い神経をしている。



「その代わりこちらが扱う品の一割を、無償で向こう二十年お譲りしましょう。まずは手付として、後日一部の輸送を行います」


「何故我々がそれを受けると思っているのか。既に協力を確信している口振りだが」


「これは異なことを。この近隣で産出される植物、その一割を扱うだけでどれだけの金銭が転がり込んで来るか。貴方がた傭兵も実際には我々と同じ商売人、金銭の力には抗えませぬ」



 こちらの返事を待つ間もなく、そそくさと交わす書面を用意し始める商会主。

 それを押し留め問うてみれば、返されたのはさも当然とばかりな持論であった。


 なんとも気に食わない。

 都市王国ラトリッジはその成り立ちから、住民たちすら傭兵国という俗称を口にする。

 それは別に構わないのだが、その名を聞いた他都市の人間からすれば、変わらず金さえ払えば武力を行使する集団という印象が強く残るようであった。




「色々と要り様なのではございませんか? 聖堂国との戦闘も長く続きます、持てる物は持って置くに越したことはないかと」


「それは一商会が気にするような話ではない。ましてや悪事に加担しろなどと、よく言えたものだな」


「わたくし共も同盟の未来を案じてのことでございます。清濁合わせ呑みこまねば、何一つとして儘なりません」



 聖堂国との戦闘にはコイツの言う通り、これから先もずっと金がかかり続けるのは確か。

 それに清廉潔白を表に出していても、裏では人に言えぬものなど有るのが普通。

 だがそのようなこと言われるまでもなく、ましてや禁制品の取引に加担しろという無茶な要求をする男へと、僕は声に少しばかりの圧を込めて警告をする。

 とはいえ流石に裏社会で生きる輩なだけはあり、この程度では動じやしない。


 コイツとの会談を仲介したのは、ここドラクアの統治者だ。

 しかしまさかその統治者も、このような企みを持ちかけるために、接触を計るよう頼まれたとは思いもすまい。

 でなければいかな都市の経済を握るリゴー商会といえど、自身を排除しようと目論む輩とこちらを引き合わせるはずがなかった。



「帰らせてもらう。他国の内情に首を突っ込むつもりは毛頭ないのでね」


「お待ちください。決してそちらに損は――」


「くどい。お前が唆しているのは、どう言い繕おうとただの侵略行為。せめてもう少し真っ当な言い分を用意するべきであったな」



 趣味の悪いゴテゴテとした椅子から立ち上がると、背後で黙したまま立つルシオラを引き連れ扉へ向かう。

 当然商店主の男は引き止めようとするも、僕はその言葉を振り払い真正面から見下ろすように、断じて乗る気はないと宣言した。


 壮年の域に差し掛かった商会主からすれば、「この若造が」と、声を大に罵声を浴びせたい心情だろう。

 だが立場上は到底逆らえる相手でなく、下手を打とうものなら逆に制裁を加えられてしまうというのが明らか。

 商会主は息を呑み言葉を引っ込めると、存外アッサリと引き止めを諦め、深く頭を下げ僕を見送った。



 商会主を置いて部屋から出た僕は、そのまま振り返る事もなく屋敷を跡にする。

 そのまま窓越しに射られているであろう視線を無視し、大通りを進み用意された宿へと入ったところで、ようやく後ろを歩いていたルシオラは口を開いた。



「この身のご主人様は、方々で厄介事を引き起こすお方のようで」


「いや、僕のせいじゃないだろう……。こいつは完全にドラクアの問題だよ」


「とはいえ他の都市統治者であれば、このような要請はなされなかったでしょう。武力を持つが故に、利用しようというのですから」



 宿の食堂で腰かける僕へと、相変わらずの辛辣さを隠しもしないルシオラは嘆息しつつ語る。

 確かに彼女の言うように、リゴー商会はラトリッジの軍事力を求め、このような善からぬ企てをしたのだとは思う。

 なのでもしも仮に、僕が至って平凡な都市統治者であれば、そもそも顔を合わすことなどなかったはず。

 もっともその場合、そもそもこの地に来ることなどなさそうであるが。



「ともあれ君の言うところの、厄介事があるのは判明した。変な所で騒動に発展しなければいいけれど……、無理だろうな」


「もし商会が単独でも事を起すとすれば、最も混乱する機に乗じて動くはずです」


「となれば聖堂国が侵攻してきた時だろうな。協力を取り付けるのに失敗した以上、今度はこちらが留守にしている機会を狙うに違いない」



 先ほどした脅し程度で、裏社会で動いてるような商会が、金になる企みを諦めるとは思えない。

 となればどこかのタイミングで、都市を掌握するべく謀反を起こす。

 それは一時的にとはいえ都市を離れる必要に迫られる、聖堂国が国境を越えてきた時となるはずだ。

 基本的には手を出す対象ではないとしても、もしも統治者から要請があれば、僕等はリゴー商会に剣を振り下ろすのだから。


 ルシオラと言葉を交わす僕は、そこまで考えたところで腰を上げる。

 そして食堂の隅で一人立っていた、警護要員である兵を呼びつけると、以後の行動を伝達させるために指示を出した。



「すぐに宿を引き払う。広場へ設営した陣も撤収、都市の外で野営を行うぞ」



 その言葉を聞くなり、護衛役の兵は敬礼し急ぎ宿を飛び出していく。

 慌ただしく伝令に走った彼を見送った僕が、再び手近な椅子へと腰かけたところで、近寄ってきたルシオラは表情を険しくしていた。



「リゴー商会が攻め込んでくると?」


「そこはまだわからない、だが念には念を入れておく」



 非合法な商売に手を染めているような連中だ、密かに一定の戦力を有しているはず。

 勿論それはこちらの軍勢と比肩しうるようなものではないだろうが、だとしても不意を討たれればどうなるかわかったものではい。



「すまないが、君も伝令に走ってくれないか」


「承知いたしました。なんとお伝えしましょう?」


「ジェスタのところへ行って、事情を話してくれ。連中が統治者を害する可能性がある以上、僕等に代わって彼らに警護を任せる。警戒を厳にするようにと」



 ついでに軍属ではないが、ルシオラにも言伝を頼む。

 軍への誘いを断り続けている彼女ではあるが、このくらいであれば気にもしないのか、快く頷くと小走りとなって宿を出て行く。

 ルシオラは執事であると同時に護衛役も兼ねているのだが、今程度の状況であれば問題ないと考えたらしい。


 警護の兵とルシオラが居なくなり、静まり返った宿。

 そこで僕は椅子から立ち上がり上階への階段を踏むと、自身の荷を移動させるべく部屋へ移動する。

 ここドラクアへは、ただ兵たちを鼓舞するための応援に駆け付けたというのに、予想だにしない方向へ転がりつつある。


 だがそれにしても、商会主もやけに簡単に引き下がったものだ。

 なにか他に善からぬ企みでもあるのだろうかと考えるも、今の時点ではそれがどういったものかを探りようがない。

 願わくば早々の解決をと思うも、やはり簡単にはいかないのであろうと、床板の軋む度に懸念が沸き起こる心地であった。



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