壁面に咲く 02
都市ベルバーク占拠以降、同盟に対し敵対意識を隠さなくなったシャノン聖堂国。
国境付近の海岸線に侵入ルートを開拓した連中は、毎日のようにとは言わぬまでも、再三に渡って侵攻の手を伸ばしてきた。
ただ南部に在る狭い廃坑道は既に潰され、新しいルートも細く大規模な軍勢を送り込むことは不可能。
そのため敵部隊の規模も、十数人から数十人程度といった、比較的小規模な軍勢に納まっていた。
しかし当然ながらその戦闘によって、こちらの兵たちにも少なからず死者が出ている。
相手よりも数的優位性を保っているし、倒れる数も向こうに比べると格段に少ないとはいえ、それでもやはり一定数の犠牲が出てしまうのは、やむを得ないことなのだろう。
「仲間たちへ最後の別れを。黙祷」
都市ラトリッジ新市街の、一角へと置かれた墓地。傭兵団時代から所有しているそこは、戦死した仲間たちを多く埋葬してきた場所だ。
ある程度広い面積を持つそこへと集った、自身を含む数十人の人間。
背後へと並ぶ大勢の兵士へと、僕は静かに戦場で散った仲間の冥福を祈るよう告げた。
黙祷の合図を告げると、立ち並ぶ全員が一斉に同じ体勢を取る気配が感じられる。
沈黙が墓地の中を支配し、聞こえるのは新市街に住む子供たちが発する楽しそうな遊び声と、飛び立つ小鳥が鳴らす羽音ばかり。
泣く者はない。武器を手に取り戦いを生業にすると決めた時点で、多くの者は覚悟をしていたろうから。
「……もういいだろう、そろそろ埋めてやってくれ」
「はい」
ある程度の時間をかけ黙祷を済ませたところで、僕は幾つか掘られた穴のすぐ側へ立つ、数人の兵士へと声をかける。
彼らは頷くなり、足元へ積まれた土をどんどん落としていく。
その穴には先日の戦闘で命を落とした兵が、一人ずつ棺桶に納められ置かれている。
死したことは不幸ではあるが、彼らはまだその中でも幸運な方だ。戦場では遺骸の回収も儘ならず、墓が空であることも珍しくはないのだから。
墓穴を完全に埋め終えると、背後で並ぶ兵たちへと解散を告げた。
それを合図に兵たちはパラパラと散っていき、僕もまた埋め終えた上に一本の杭を打ったのを見届け、墓地の隅へ置かれたベンチへ腰掛けしばしの休息を摂る。
「ご苦労さん、団長」
「……ああ。すみませんね、葬儀の度に隊から人を貸してもらって」
「構いやしないさ、自分たちにとっても仲間のためだ」
僕がベンチで力を抜き目を閉じていると、すぐ横へと一人の人物が腰かける。
見ればガタイの良い筋骨隆々とした青年が、こちらを見てニカリと笑み挨拶をしてきた。
その彼に挨拶がてら労をねぎらうと、首を横へ振り一転してどこか寂しそうな様子を浮かべた。
ジェスタという名の彼は、傭兵団が一時は解体寸前となった時期以前からの、比較的付き合いの長い古株。
むしろ彼の方が傭兵として先輩であり、右も左もわからぬ新米の頃は、レオ共々度々彼の世話になってきた。
であるはずなのだが、僕が傭兵団を率いるようになって以降も、それに不満を漏らすことなく居続けてくれる非常に在り難い存在だ。
ジェスタは戦闘能力も高く人望もあるのだが、あまり世渡りの類が得意ではなく、なかなか上には立てずにいた。
とはいえいまだ僕のことを団長と言い続ける彼も、ラトリッジが王国となって以降、50人ほどの兵で構成された部隊を率いる、軍における要人の一人となっている。
「そろそろ戦場が懐かしくなってきたのでは?」
「オレは命令さえあれば喜んで行くぜ。だが部下たちには、もう少しばかり休息を与えたいところだな。……また別の任務が控えているのか?」
「いや、ちょっとした冗談ですよ。まだもう暫くは、ここで英気を養ってください」
冗談めかして戦場一筋であるジェスタに問うてみると、彼は表情を引き締めて返す。
この辺りがいまいち噛み合わないのが、世渡りベタな彼の気質の一端なのだろう。個人的には非常に好感が持てるのだが。
立場的にはジェスタの方が敬った喋り方をする必要があるのだろうけれど、幾度かヘイゼルさんらに注意されても直らなかったので、良くも悪くも傭兵向きの人間であったようだ。
その彼が率いる部隊は少し前まで、沿岸部で聖堂国からの侵入者を迎え撃つ任に就いていたのだが、今は別の部隊と交代しラトリッジへ戻って来ていた。
ずっとあちらで戦闘を担わせるのも重荷であるため、定期的に入れ替えを行い休暇を取らせるという理由からだ。
その代わりという訳ではないのだが、ジェスタの部隊に属する兵たちは、訓練の合間を見てはこうして、墓地での埋葬作業の手伝いを買って出てくれているのであった。
「ですが今回の休暇が済んだら、またあちらに向かってもらう可能性はあります」
「それは一向に構わないが……、もしかして苦戦してんのか?」
「いや、そうじゃないんですけどね。正直、比較的若い兵を中心に戦意が落ちているらしくて。交代の頻度を早める必要がありそうで」
軽く笑って告げるも、僕はすぐさまそれが冗談では済まないかもしれないと告げる。
一瞬ジェスタの頭には戦況の悪化という状況が浮かんだようだが、次いで戦意の低下についてを口にするなり、彼はすぐさまその理由について心当たりを口にした。
「あの連中か。確かに自分も初めて対峙した時、恐れ以上に不気味さを先に感じちまった」
「なかなかお目に掛かれる光景ではないでしょう、同じ顔をした人間が大挙して押し寄せるというのは」
「確かに新兵連中じゃ、あれだけで戦意を失ってもおかしくはねぇな」
対聖堂国で最大の脅威となっているのは、相手の武器や兵数ではない。
全く同じ容姿を持った複数の兵が、猛然と向かってくるという異様な光景により、戦意を削がれてしまうことであった。
遥か宇宙の彼方に存在する、開拓船団独立共和国という名の地球をルーツに持つ国家。
本来であればこの惑星に存在しえないそこがもたらした、クローンを作りだす技術か装置かによって生み出された敵の主戦力は、目下僕等にとって最大の脅威となっていた。
最初こそ動揺が広がるのを恐れ箝口令を敷いたが、やはり人の口に戸は建てられぬのだろう。
徐々にそういった存在の噂は広がり、既に兵たちの間では周知の存在となりつつある。
「こればかりは慣れるのを待つか、新兵の段階から覚悟させておく他ないか……」
「最初から知ったうえで入隊したんなら、多少は違うのかもしれんがよ。新兵に訓練中から知らせておくってのは、無難かもしんねぇな」
はてさてどう対処したものかと考えるも、結局行きつくのはこの辺りの結論か。
最初に遭遇した時よりも、若干ではあるが戦闘能力が上がっている敵ではあったが、それでも特別戦い方が変わるものではない。
遠い所から銃で狙撃し、近付けば近接武器で斬り捨てる、極端に言えばやることはそれだけだ。
ネックとなっている兵の動揺という課題は、個々の覚悟という対策以外には至りようもなかった。
ならば仕方なしと、僕は少しばかりの休憩を終えベンチから立ち上がろうとする。
しかしそのタイミングで、ジェスタは一つ思い浮かぶことがあったようだ。
「そういえば、新兵で思い出した。団長のところで面倒を見ている少年なんだがよ……」
「イレーニスのことですか?」
「ああ、最近駄馬の安息小屋に入り浸っているらしい。訓練キャンプへの参加申請をしにな」
傭兵団時代から拠点として活用していた酒場、店主であるヘイゼルさんが管理する"駄馬の安息小屋"は、現在では一般の住民たちへも解放されている。
しかしただ普通に酒場として使われるだけでなく、ラトリッジの軍へ参加を希望する者に対しての窓口にもなっており、毎日幾人かの希望者が訪れていると聞く。
だが思い出したように告げるジェスタの言葉に、僕は軽く頭を抱える。
かつてここより東のワディンガム共和国へと潜入し、その帰路として通った海上で偶然に拾ったイレーニスという少年。
現在は僕等と共に都市中央の屋敷へ住む彼は、身寄りもないため僕が引き取り、半ば弟も同然な家族となっていた。
ただそのイレーニスは、以前から度々自身も傭兵になりたいと口にしており、傭兵団が国軍となった今では、いずれ自身も軍に入ると言い続けていた。
しかしまさか、既に志願まで行っているとまでは知らなかった……。
「なんだ、まさか反対しているのか?」
「……そうですね。正直、僕にはイレーニスがそういった事に向いているとは思えないので」
「確かに何日か前にオレも見たが、腕なんて随分と細かったな。最初は娘かと思ったもんだ」
ジェスタはそう言ってカラカラと笑い声をあげる。
彼の言う通りイレーニスは容姿が非常に中性的で、迎え入れてから何年か経つ今でも、幼年期と変わらず性別を間違われることが多々あった。
性格面では見た目に反し勝ち気で、そこだけを見れば戦いに向いているとは思う。
しかし見たところイレーニスの身体は、同年代の少年たちと比べても線が細く、武器を持っても支えられるかは疑わしいというのが正直な印象であった。
「それにあの子は案外頭が回ります、兵士にならずとも十分やっていける」
「団長も随分と子煩悩になったもんだ。弟じゃなく自分の子供に対しての言葉だぜそりゃ」
大きく笑うジェスタであったが、彼は僕が発した言葉に表情を苦笑へ変える。
別にイレーニスを我が子として扱っていたつもりはないのだが、他者から見れば同じように見えてしまうのだろうか。
そのジェスタは今度はしんみりとした様子へ変わると、ベンチへと身体を預け天を仰ぎ見ると、独白するように呟く。
「傭兵だろうと一国の兵士だろうと、なんだかんだでこの稼業、人よりずっと早死にしちまうからな」
「だからこそ余程の理由がないと、選びやしない選択でしたからね。その代わりに待遇はかなりのものですが」
「傭兵団の頃はそうだったろうが、危険に反して今じゃすっかり人気職の一つだぜ。変われば変わるもんだ」
現代の地球であればともかく、この惑星における戦場ではアッサリと人が死んでいく。
故に傭兵稼業を選ぶ人間というのは、何がしかの事情を抱えた人間ばかり。
ヴィオレッタは父の跡を継ぐため、マーカスは貧しい故郷へ仕送りをするために。戦火によって家族を失い、武器を取る以外の道を無くした者も多い。
僕やレオなどは少々事情が特殊であるため参考にならないが、概ね特別な理由があって初めて選ぶのが、傭兵という危険な稼業であった。
ただ都市国家ラトリッジが王国となり、傭兵団が正規軍となったことで、ジェスタの言うように取り巻く状況は大きく変化した。
危険の代償として好待遇であった傭兵は、安定しつつも良い給金を得られる人気の職へ。
無論先ほど葬儀を行ったように、死の危険は相変わらず存在するものの、傭兵団時代とは異なり特別な事情を抱えずとも門を叩かれるようになった。
「オレも人の親だ、子供が兵士になると言いだしたら、手放しでは喜べん気持ちはわかるぜ」
僕等も今となっては別段後悔もしていないし、この稼業を誇りに思っている。
だが他に比較的平穏な道があるというのに、あえて身内を引っ張り込みたいかと思えば、少々悩ましいところではあった。
ジェスタ自身も四人か五人の子を成しており、そのほとんどが女の子であるとのことなので、心境としては僕以上のものがあるようだ。
僕とは三つほどしか齢が違わないというのに、随分と大したものだとは思う。
ただジェスタはなにも、僕がイレーニスを兵とするのに反対しているのを、完全に指示しようというわけではないらしい。
再びニカリと笑んだかと思えば、彼は一つの提案を口にした。
「そこでよ、試しに預けちゃみねえか。オレに」
僕はそんなジェスタが発した言葉の意味を、瞬時には理解できず首を傾げる。
それに反して彼は愉快そうに笑みを深めると、身を乗り出し意図することを話し始めた。




