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偵察走 05


 後方の補給部隊を攻撃……、というよりも半ば殲滅した僕は、警戒を厳にする共和国軍の本隊脇をコッソリとすり抜け、デナムにほど近い場所まで戻っていた。


 とは言うものの、その横を抜けるのは並大抵の労力ではなかった。

 何せ待機する本隊の近辺、渓谷内のそこら中に兵士が配置され、猫一匹見逃さないという意気込みが、ヒシヒシと感じられる警戒体制であったのだ。


 野営地付近の傾斜地が、木々に覆われていたのはこちらにとって幸いだったか。

 大昔に戦場で使われていたという、枝や葉っぱを身に纏った服を見よう見まねで作り、度々草むらに擬態しながら少しずつ進んでいった。


 夜が明けた頃になってようやくデナム近くまで辿り着いたのだが、安堵する間もなく新たに気がかりな状態が生まれていたようだ。



「まだウォルトンに動きはないんだよな?」


<肯定です。まだ攻撃を仕掛けてはおらず、待機状態のままでいる模様>



 最初にケイリーを報告に戻したため、その時点でデナムの戦力が微々たるものであることは伝わっているはずだ。

 だが共和国からの援軍の有無が定かでなかったため、その時点では下手に行動は起こせずにいたのかもしれない。

 この点に関しては理解できる。


 ただそれもレオが斥候の存在を伝えた事により、急ぎ攻め落とさねばならない状態であるというのは判明したはずだ。

 それでも攻撃に移っていないというのは、何がしかの障害が発生しているのであると考えるのが自然か。

 傭兵隊を指揮するデクスター隊長は、そういった機会を逃すような人には思えないので尚更だ。


 レオが無事帰り着いていないという可能性もない。

 これはエイダが上空からの監視によって、無事の帰還を確認しているのだから。




「となるとやっぱり騎士隊だろうか……」


<これまでの傾向から分析しますと、その可能性は高いでしょう>


「だろうなぁ……。相変わらず足を引っ張って来そうだ」



 頭へと浮かんだ一つの不安要素に、僕は嘆息混じりで告げる。


 戦乱の矢面に立つとはいえ、あくまでも傭兵団は戦力として雇用される側。

 傭兵団を雇うのは都市そのものであり、あるいはその都市に居る騎士隊だ。


 自分たちが疎かにしていた偵察によって得られた情報が有益となり、作戦行動の方針が決まる。

 それを騎士たちが快く思わない可能性はどうにも高そうだった。

 傭兵たちにおんぶに抱っこな状態である騎士隊ではあるが、指揮系統では上位に在る以上、もしそういった指示を下されれば聞く他ない。


 もしもそんな状況に陥っていたとしたら、非常にマズい状況に追い込まれる可能性がある。




「共和国軍はどうなっている?」


<引くつもりはないようですよ、アルフレート。後続の生き残った補給部隊と合流し、デナム方面へ向けて進軍を再開する模様です>



 マズい状況は確定してしまう。

 上手くすれば食料の問題から撤退を決めてくれるかと考えたのだが、共和国の指揮官は前へと進むことを決めたようだ。

 やはりあの攻撃によって、物資を減らしすぎてしまったようだ。


 ……いっそ本体の方も、全滅させておけば良かっただろうか。

 などと物騒な考えが頭をよぎるが、そうする訳にもいくまい。


 僕が一人で偵察を行っていることはレオを通じて知られているし、その上で突如大勢の戦力が壊滅しただなどとなれば、今後色々とやり辛くてしかたない。

 ライフル型の装備が想像を遥かに超えて強力であったため、行う事自体は容易ではあるのだけれど。



「まずは隊長に報告を行うしかないか」


<補給部隊への攻撃に関しては、どう説明するつもりで?>


「コッソリ近づいて火を放ったことにするよ。偶然酒か油にでも引火して燃え広がったってね。ここには火薬の類はないだろうし」



 何にせよこれ以上は、僕一人で行動して誤魔化しが効く状態ではない。

 厳戒態勢の緊張感が漏れるかのようなデナムの側を通り抜け、僕は一路ウォルトンの陣が在る場所まで足を速めていった。







 僕がウォルトンの陣地へと戻って目にしたのは、今すぐにでも攻撃に移れると言わんばかりの空気を纏う傭兵たちの姿だった。

 その様子からはどこかピリピリとしたものを感じられ、心なしか苛立ちが表に現れているように思えなくはない。

 その傭兵たちの姿を見るに、僕が戻る道中に想像した内容が、ほぼ正解だったのだろうという確信を抱く。



「アル、戻ってきたんですね」



 人の中を進む僕を見つけ出したマーカスの声が、背後から降りかかる。

 振り返ると彼もまたしっかりとした装備に身を包み、すぐにでも戦闘に移れる体勢となっていた。



「ああ、丁度今。ところでうちの大将がどこに行ったか知らないか? 新しく報告したい事があるんだけど」


「デクスター隊長でしたら向こうですよ。……騎士隊の待機している天幕です」



 苦々しそうな口調で、マーカスは陣地奥に立つ大きな天幕を振り返りもせず指さす。

 案の定ではあるが、騎士たちとの間に揉め事が発生しているようだ。

 それは僕等が偵察に出る前からではあったけれども。



「面倒なことになってますけど、行くんですか?」


「正直嫌だけれど、行かない訳にもね」



 肩を竦めて言う僕に対し、マーカスはただ苦笑して「いってらっしゃい」とだけ告げた。



 重装備をした傭兵たちの間をすり抜け、陣の最も後方に位置する天幕を目指す。

 傍目にもここが本部ですと主張しているかのように見えるそれは、何の意味があるのか所々に銀糸などの刺繍が施されていた。


 このウォルトンという都市の規模を考えれば、随分と張り込んだ代物だとは思う。

 というよりも、戦場で使う道具としては無駄そのものと言っていい。


 入口にかけられた布をくぐると、中では数人の騎士が椅子へとふんぞり返って座っている。

 その騎士たちを相手にデクスター隊長は、案の定罵声にも似た説得を繰り広げていた。



「今攻撃せねばもう好機はないかもしれないのだ! 連中が共和国と合流してしまえば、この地すら護りきれんぞ!」


「今までも共和国如き、容易く蹴散らしてきた。我らの力を持ってすれば、デナムと合流したところで問題はあるまい」


「そもそも今まで戦ってこれたのは、デナムで防備に徹していたからだ! 地形と都市の城壁あっての戦果であるとなぜ理解できない!」



 隊長の大声にも、騎士たちは動じた様子もなくただ見下した視線を向けるのみ。

 危機意識が無いというよりも、まるで自分たちが負けるという可能性を考えていない。

 自分たちは勝って当然、根拠はなくともそれが絶対的な真理であると。


 これはダメだ。

 話にならないというよりも、そもそも相手にするのが時間の無駄。

 僕は内心でため息衝きながら天幕の奥へと進むと、大急ぎで帰ってきたふうを装って息切らしながら隊長の少し後ろに立つ。



「お話し中失礼いたします。ただいま帰投いたしました」


「……戻ったか、ご苦労だった。それでどうだ? 共和国は迫っているのだろう」



 隊長の言葉に、僕は息を整えるフリをしながら小さく頷く。

 その時に少しだけ騎士たちを見るも、やはりこれまでと態度が変わる様子など無く、ただ偉そうにふんぞり返るばかり。



「多少の妨害工作はして参りましたが、焼け石に水でした。共和国軍約一千、現在もデナムに向けて移動中と思われます」


「一千か……、多いな」



 報告を聞き小さく舌打ちする隊長。

 それはそうだろう。そんな数で攻めて来られでもすれば、とてもではないが持ちこたえるのは不可能だ。

 この地に派遣された傭兵は二百にも満たない。

 騎士隊も多少は居るが、そちらは戦力にならないので勘定には入れなくてもいい。


 これまでも共和国が大規模な攻勢をかけてきた例はあるが、それを防いできたのは先ほど隊長も言っていたように、要塞化されたデナムの防御力あってのもの。

 そこを越えてこられては、とてもではないがこちらの戦力で太刀打ちできるものではない。


 ただ一つ手があるとすれば、今の内に打って出てデナムを奪取、防衛線を押し上げるくらいか。



「そ……、それがどうした! 下賤な共和国軍人程度、我らが蹴散らしてくれるわ!」



 流石に僕の告げた人数には、騎士たちも焦りの色を露わにした。

 狼狽して立ち上がり、決して出来もしないことを捲し立て虚勢を張る。

 我らと言うからには自分たちだけで突っ込んできてくれるとありがたいのだが。


 デクスター隊長は同様の色を隠せない騎士たちの存在を無視し、僕へと向き直ると詳しい状況を問うてきた。



「妨害工作というのは?」


「後方から別途補給の部隊が来ていると予測したので、発見したそちらの荷へと火を放ちました。被害の確認に足が止まりますし、物資が減れば進軍を躊躇うかと考えまして」


「そうか……。よく無事で戻ってきたものだ。結局は止まってくれなかったようだが」


「申し訳ありません」



 謝罪に頭を下げると、隊長は動じた様子もなく気にするなと言って頭を上げるよう告げる。

 目の前で狼狽えるばかりの騎士たちと比較するまでもないが、なんと落ち着いた人物である事か。

 これで彼までもが騎士たちや、最近会った護衛の依頼主のような人物であれば、いい加減嫌になって逃げだしかねない状況だ。


 物資を狙うという勝手な行動に対しても、これといって責めようという気配はない。

 彼にしてみれば、今の時点でそんなことはどうでも良いのかもしれないが。




「予想でいい、お前は共和国軍の到着がいつ頃になると考える」


「そうですね……」



 デクスター隊長の問いを受け、僕はエイダへと確認を行う。

 僕自身の予想でもいいらしいが、より正確な情報を伝えたいと考えたためだ。



「おそらく明日の早朝には。早ければ深夜にはデナムへ到達するかもしれません」



 距離としては大したものではないが、大部隊な上に狭い渓谷の中という悪路のため進む速度は遅い。

 だが僕の妨害により多くの物資を失ったことで、無理をしてでも足を速めてしまう可能性は高くなってしまった。


 ただ様子を探る限りでは、共和国軍は幸運にも周囲の警戒を優先し慎重に進んでいると見られ、速度を上げることはなかった。

 とはいえあまり楽観できるほどに時間はなく、それこそデナムを取り戻して防備を整えるには、日没までに攻勢を掛けなければ間に合わない。


 僕の告げたタイムリミットを聞いた指揮官は、深く息を吐き騎士たちへと再び問う。



「今一度お聞きします。今の時点で攻撃に出る意志はないということですね?」


「く……、くどいぞ! お前ら傭兵の進言など当てになるか!」


「わかりました。……致し方ない」



 再び僕を向き直ると、デクスター隊長は重い口調で僕へと次の命令を告げた。



「アルフレート、展開している全団員に伝令だ。撤退の準備を始めろ」


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