壁面に咲く 01
幼少期に僕が乗る航宙船が墜落したこの惑星には、大小様々な大陸や島が存在する。
とはいえその中でもマトモに知っているのは、現在住まうこの最も大きな大陸と、一度か二度行ったことのある幾つかの島のみ。
社会体系の断片などは伝わるものの、殆ど交易もない他の大陸に関して知ることは少ない。
どれだけの文明を持つのか、如何ほどの技術水準を誇るのか。それらは衛星からある程度垣間見えるものの、実際のところ多くは謎に包まれていた。
だが一つ言えることがあるとすれば、おそらくこの惑星上で僕等の王国にとって、最大の脅威となるであろう存在は、すぐ間近に存在するということ。
シャノン聖堂国と呼ばれるその宗教国家は、本来であれば持ちようのない技術を用い、遂にはこちらへと仕掛けて来るに至る。
そうなるに至った、本当の目的はわからない。
しかし降りかかる火の粉を払わぬという選択肢は存在せず、僕等は己が領土と国民を護るための行動を開始していた。
「銃身は前よりも少し長くしました。取り回しは難しくなるけれど、その方が精度は上がるでしょうから」
「構わないよ、迎え撃つのに使う分には十分だ。他には?」
「弾を装填し易いよう、挿入口に少し削りを入れたくらいですかね。今のところ」
家路を急ぐ人々の姿も消え、眠りへ誘う夜闇に侵食されつつあるラトリッジ。
僕はそんな夜間、新市街の外れにヒッソリと佇む一軒の大きな工房を尋ね、そこを取り仕切るハルミリアという娘と言葉を交わしていた。
周囲には夜の帳が降り、既に真っ暗となっているというのに、工房内では甲高い音と職人たちの大声が響き続ける。
この時間にこうまで騒々しいのは、この工房を除けば酒場か新婚夫婦の家くらいのものだろう。
現在では都市王国ラトリッジの国営となった、銃の製造を行う工房の責任者であるハルミリアは、手にしたライフルを掲げて見せた。
まだ十代の後半に入ったばかりでしかない、職人としては限りなく若い彼女ではあるが、堂々とした素振りで自信有り気に語る。
「全員に行き渡るだけの数を揃えるには、あとどれくらい必要になるかな」
「材料ですか? それとも時間?」
「両方だ」
「そうですね……。材料は今の調子で入手できるなら、近いうちに揃うとは思います。ただ時間は何とも言えません、あるだけ欲しいといったところですか。それに弾の方もとなれば、更に時間を要しますので……」
着々と製造されつつある銃の束を見下ろした僕は、ハルミリアへと予定数を揃えるまでの見通しを尋ねた。
聖堂国が真意は定かでないが、こちらの土地を狙って侵攻を行い始めた以上、戦力の拡充は急務となりつつある。
なので兵の増員と並行し、工房をフル稼働させ急ピッチで銃の製造を行っていたのだ。
勿論物が物であるだけに、持たせていい相手は選ばねばならず、素性の確認が済んで問題なしと判断された者に限るのだが。
とはいえハルミリアの口調からすると、どうやら全くもって人手が足らないらしい。
見れば工房内に居る職人たちからは、一様に疲労の色が見え、そう考えて聞けば発している声もどこか掠れ気味だ。
下手をすればもう二日は眠っていないようであり、一見して元気そうなハルミリアにしても、無理をしているというのが雰囲気から滲んでいた。
「職人の数が圧倒的に足りないな」
「正直。ですが都市内で引き抜ける目ぼしい職人は、もう他には居ません。これ以上無理に引き抜けば、鍛冶組合も黙ってはいないでしょうし……」
「おまけに技量だけでなく、口の堅さも必須だ。やはり増員は見込めないか……」
嘆息し人手の不足を口にする僕を見上げる彼女は、無言のままで小さく頷く。
既に存在は同盟領内で広く知れ渡った銃であるが、その製法や構造ばかりは秘匿されている。
故にその製造を担う職人に関しても、技量の高さと同時に情報を漏らさぬというのが大きな条件となっていた。
他都市の統治者などは喉から手が出んばかりの勢いで、金を積んで製法を教えてくれと持ちかけられたことは度々ある。
だが銃の存在は、ラトリッジが同盟内で確固たる立場を保つための看板。
決して外に漏らすこと叶わぬものであり、当然それを担う職人には、好待遇と引き換えに強い縛りが存在した。
とはいえしっかりと選んだはずの職人ではあるが、その人選も完璧であるとは言い難いようだ。
ハルミリアとやり取りを行う僕のすぐ横へ立った、相談役であるゼイラム元騎士隊長が、耳打ちするように小さな言葉を発する。
「陛下、その職人の件で一つご報告が」
「どうしました?」
「ここでは少々……」
「なるほど、では向こうで聞きましょう。ハルミリア、隣の部屋を借りるよ」
あまり人前で話すのが憚られる内容であるのか、ゼイラムは視線を一瞬だけ他所へ向ける。
僕はその意思を感じ取るなり、ハルミリアへと工房内の休憩所となっている一室を使わせてくれるよう頼んだ。
ハルミリアがそれを承諾してくれるなり、ゼイラムを連れ隣の休憩所へと移る。
そこで置かれた椅子へ腰かけると、しっかり戸締りをしたゼイラムは、近寄り潜めた声で用件を切り出した。
「昨日ですが、新型の試作品を持ちだした職人が一名」
「家に持ち帰って作業を……、ってわけじゃないんでしょうね」
「はい。旧市街の古い宿で、取引相手と接触を計っておりました。現在はマーカス殿の配下が拘束を」
ゼイラムが切り出した内容に、僕は椅子の背もたれへ身体を預け息を吐く。
これそのものは、決して驚くような内容ではない。
この工房で何を製造しているかは、近隣の住民であればとっくに察するであろうし、ちょっと調べればそこから他所へ話が漏れていくのは避けようがなかった。
なので常にこの工房周辺には、近隣住民に扮した人間が常駐しており、製法などの秘密を漏らさぬよう監視を行っている。
その監視役であるマーカス配下の人間が、行動のおかしな職人を追跡。
結果持ち出した新型を引き渡すべく相手と接触したところで、拘束するに至ったようだ。
「何と言っているのですか?」
「"金に目が眩んだ"と。脅されて持ちだした訳ではないようで」
いかな身元をしっかりと調べ迎え入れた職人とはいえ、どうしても金の誘惑には抗いがたい。
そういった事を踏まえ、この工房に入った職人へは相当額の給金を支払っているのだが。
取引の相手はおそらく、銃の製法を欲した他都市の間者あたりだろう。
そいつらから接触されたその職人は、積まれた金の匂いに酔い、禁を破って銃を持ちだしたようであった。
「残念です。折角の技量を持っていても、そのような人間を置いてはおけない」
「職人と取引相手、両名の処遇は如何いたしましょう。陛下に代わりお伝えしますが」
「任せると伝えて下さい。適切な対処をしてくれれば構いません」
「承知いたしました。では、一足先に失礼を」
それだけ告げるなり、ゼイラムは一礼して休憩所から出て行く。
ゼイラムにしても、そして指示を受け取ったマーカスの配下も、この言葉から受け取る意味は一つだけだ。
ハルミリアが人手不足を嘆いていたばかりだというのに、折角の貴重な職人を失うのは心苦しいが、こればかりは仕方があるまい。
僕は一息ついて椅子から立ち上がると、表情も変えず平然とこのような指示をする自身の内面が、随分と血生臭くなってきたものだと自嘲する。
傭兵時代は直接手が血に塗れたが、今は心臓と思考がドス黒く染まっていくかのようだ。
「すまないハルミリア、助かったよ」
休憩室から出た僕は、金属を相手に槌を軽く振っていたハルミリアへと礼をする。
しかし彼女から向けられたのは、どこか言葉に困ったような表情。
ゼイラムが先ほどの話をしたとは思えない。なので彼女は僕等が何の話をしていたのか、薄々感じ取っているようだ。
昨日から職人が一人消えているのだから、それも当然だろうか。
「人手に関しては、こっちでも探してみる」
「……お気遣い、感謝いたします」
「引き続き頼んだよ。だが無理のないよう、休息を摂りながらで構わない」
先ほどとは異なり、どこかたどたどしいハルミリアの口調。
おそらく彼女も、姿を消した職人がどうなったのかは薄々感付いているのだろう。
かつて彼女自身は騎士に襲われかけたことがあるが、その後そいつらが僕によって斬り捨てられたのを知っているため、僕がこういった事に躊躇するとは思っていないために。
ハルミリアへと励むよう告げると、そそくさと工房から出て行く。
若干濁り始めた工房内の空気感を嫌い、逃げるように跡にしたところで、不意にエイダからの声が降りかかる。
<アル、先日頼まれていた件ですが>
「あ、ああ。なにかわかったか?」
<南西部の海岸付近で、聖堂国の者たちと思われる集団を感知しました。例の廃坑道を抜けてきた様子はないので、海岸線か山地に抜け道があるのでは>
突如として発せられたエイダからの報告は、以前より頼んでいた南側への警戒に関するもの。
やはり一度都市の占拠に失敗したからといって、そう易々と諦めたりはしないようだ。
複数の斥候らしき人影の存在に、僕は銃の増産を早めに指示しておいたのが正解であったと確信する。
しかしそのことへ思考が向くなり、僕はつい先ほどのことを思い出す。
<どうかされましたか?>
「いや、さっきはハルミリアを怯えさせてしまったなと思ってさ」
夜闇の中、自身の住まう屋敷へ向け歩きながら静かに呟く。
つい先ほど彼女から向けられた表情には、困惑や同様の他に混ざっていた感情が含まれていた。
それはあえて言うならば、畏怖や恐怖とでも言い表すものだ。
「顔も知らぬ赤の他人から嫌われるのは、一向に構いはしない。でも身内からとなると、なかなかに堪えるものがあるな」
<そんなのはとっくに覚悟の上でしょう。事情を知る相手から、非道の誹りを受けるなど>
少しばかりの弱音を吐くも、変わらずエイダから発せられる言葉は辛辣だ。
他者からの冷たい視線を浴び、親しいはずの人からは畏怖の感情を抱かれ、それでも気を張り続けなくてはならない。
王となった時にそう警告してきたのは、エイダとゼイラム元騎士隊長、そして上に立つ者の孤独を説いたヘイゼルさんであったか。
人から見えぬ裏側で手を血に染めた今では、その言葉が骨身に沁みる。
だからこそエイダには、この辛辣さを維持して貰わねばならない。
「悪いね、これからもそう厳しく言ってくれると助かる」
<……本当に大丈夫ですか? よもや被虐趣味に目覚めたということは>
「ないよ。そればかりは否定させてもらう」
なにやら善からぬ勘違いを始めたエイダに、僕は苦笑しながら否定を口にした。
エイダを始めとし、僕の周囲にはヴィオレッタを含め鞭を振るう者ばかりだ。
時々は真っ赤に染まった手へと、飴玉を握らせてくれる人が居てもいいように思うが、それは望むべくもないのだろう。
僕はそんな事を想いながら、人々が寝静まりつつある中、真っ直ぐ家路を急いだ。




